植物学者とミント水
「学者先生が欲しがっている植物の種だったら、エルフのばあちゃんが売ってるぜ」
研究のために使う花の種を探しに市場に来た僕は、植物を扱っている中年の商人に、あるエルフの店を紹介された。
町と森との中間地点にあるというエルフの店。
話によると薬草の知識を活かした商品を取り扱っている店らしく、僕が探している植物もエルフの店主が持っているのを見たことがあるらしい。
「エルフに初めて会うんだけど、大丈夫かな…。」
春にしては強い陽射しに汗ばみながら店を目指す。
エルフは神秘の住まう巨大な森に住み、めったに人間の前に姿を現さない。
長命と人間嫌いが特徴で、人間の住む場所にいる割合は大都市に一人いるかどうか。
あらゆる種族の中でも遭遇率が低い種族だ。
この町に来たのはここ数ヶ月前の事で、身の回りのことで忙しくて町についてまだ詳しく知れていなかった。
考えながら歩いていると、一軒のこぢんまりした建物と庭が見えてきた。
庭には春の植物が色とりどりに芽生え、さわさわと風に揺れている。
石畳を歩くと、少しした所に扉が見える。
ここがエルフの店か。
眼鏡をどかして顔の汗を拭う。
玄関の横には木の看板が立っていた。
近くにある窓は開いていたが、中にエルフらしき人は見当たらない。
少し緊張しながら扉を開ける。
「ごめんください…。」
扉に着いていたベルがチリンと鳴る。
明るい場所から室内に入ったからか、景色が暗く見える。
エルフのおばあさんはどこだろう。
そっと踏み入ると、店内には少女がいた。
「いらっしゃい。あらあら、外は暑かったみたいだね。」
本を読んでいたであろう少女は、挨拶するなり本を閉じて近づいてきた。
「自分じゃ気づいていないみたいだけど、お前さん顔が真っ赤だよ。今日は季節外れの暑さだからね、少し休んでいかないかい?」
え?と思い自分の顔に手を当てると、熱がこもっているのを感じた。
たまに学者仲間が夏に外での採集に没頭しすぎて倒れているのを見たことがある。
自分でも気をつけていたが、今日はまだ春だからと油断していた。
「あの…では、すいません、お言葉に甘えて。」
涼しい風が通る窓の近くのテーブルと椅子に案内され、腰をかける。
客は今はいないようだ。
少女は店の奥から、飲み物のグラスを持って出てきた。
「甘くしてあるから飲みやすいと思うよ。」
グラスの中には青々としたミントの葉が数枚と、輪切りのレモンスライスが1枚。
底には琥珀色の蜜が揺らめいていて、涼しげに氷が浮いている。
「ありがとうございます、いただきます。」
ひんやりとしたグラスを手にとり、ごくりと飲む。
ミントの清涼感が鼻に抜け、レモンの爽やかさが追いかける。
程よく甘い蜜は蜂蜜の味で、汗をかいた身体に染みた。
「はあ〜…とっても美味しいです。」
ため息と共に力が抜ける。
朝早くから市場に行きずっと動いていたためか、気づかないうちに疲労が溜まっていたようだった。
少女はふふっと笑って向かい側の椅子に座る。
「まだ若いからって油断してると、暑さにやられてひっくり返るよ?私なんか庭に出るときには休み休み作業してるんだからね。」
僕と同じか少し若そうな少女でも外にいる時には気をつけているのか。
感心しつつ気恥ずかしさを感じつつ照れていると、少女に続けて話しかけられる。
「そういう時は塩をひとつまみ舐めると良くてね。その飲み物にも入れてあるんだよ…って、そういえばうちの店に来たのは、何か用事があったのかい?」
「実は、探している人と物がありまして。」
そうだ、エルフのおばあさん。
キョロキョロと店の中を見渡しても、おばあさんらしき人は見当たらない。
「でも、今日はいないみたいです。」
「人を探しにこの店に?珍しいねえ。」
少女は首をかしげた。
きっとこの少女はおばあさんの娘か孫で、今日は店番をしているのだろう。
「日を改めてまた来ますね。」
残念だが、きっとエルフのおばあさんが売っている植物の種だ。
今日のお礼も兼ねてまた次に来よう。
そう思っていると、窓の外から声が聞こえた。
「あれ、植物学者の先生。早速店に来たのか!」
市場で店を教えてくれた商人だ。
「種は買えたかい?」
「いえ、今日はエルフのおばあさんはいないみたいで…。また別の日に来てみようと思います。」
残念に思いながら商人に伝えると、商人はきょとんとした顔をしていた。
「ん?いるじゃないか。ばあさん。」
「え、どこに??」
改めて店を見渡しても、少女と自分以外には誰もいない。
「だから、あんたの目の前にいるのが、エルフのばあさんだよ。」
商人に言われて少女を見ると、彼女は「ああ、そういうこと。」と納得した様に呟いた。
「全くあんたは、商人として独り立ちしたから安心してたのに、小さい頃から変わらず抜けてるねえ。」
少女改めエルフは商品の棚を開けて植物の種を探してくれている。
確かにどこかで聞いたことのある通り、エルフは特徴的な尖った耳をしていた。
「悪かったって。この辺じゃエルフはあんただけだから、見た目が若いのにばあさんって呼ばれてるとかそういうのを伝え損ねちまった。」
聞く所によると商人の小さい頃からエルフは少女見た目で、商人の親の親の親の親…とにかく昔の代からの馴染みらしい。
「いえ、僕もエルフの方に会うことがそもそも初めてだったので、なんだか申し訳ないです…。」
「恐縮しなくたっていいよ。はい、探してた種。」
エルフが机の上にころんと数粒の黒い種を置く。
「うんと古い花の種がないかって聞かれたからばあさんを紹介したけど、こりゃ一体なんの花の種なんだ?」
商人が種を覗き込みながら尋ねる。
「これはハスの種です。硬い殻に守られているので、長い年月が経っていてもきちんと育てれば花を咲かせるんです。」
恐らくハスが出てくるだろうという予想は当たっていた。
ほくほくしながら代金をエルフに渡したついでに、気になったことを聞く。
「ところでこのハスは、どの位昔のものなんですか?記録をしておきたいので。」
エルフは腕を組んでうーんとうなる。
「そうだね、確か森にあった池から拾って来たものだから…千年は経ってるかな?」
千年?拾って来た?
「ばあさん、そりゃうんと古い種で間違いないなあ!」
商人は大声で笑った。
店から出て庭を歩く。
少し陽が落ちたからか、歩きやすい気温になっている。
夕方に近い時間帯だからか、閉じ始めている花もあった。
草の香りのする道を歩く。
来た時には暑さでそれどころではなかったが、庭には沢山の植物がぎっしりと植えられていた。
植物たちを見てわくわくする気持ちを抑え、鞄の中にある種のことを考える。
花が咲いたら少女に…エルフのおばあさんに教えに来よう。




