表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第6章 スキャンダル

 2028年1月。


 ケマル島での追跡劇から二ヶ月、アリエス連合王国は新年を迎えた。だが、コーストガードに休息の二文字はない。隊員たちは年末に交代で短い休暇を取り、新年に合わせて船に集結した。


 七王国の同盟から成るこの国では、交代で就任する国家元首はまたの名をフラッグマンともいう。連合王国旗と並び、その年の元首を務める王国の旗が掲揚されるためだ。フラッグマンが交代する際、各巡視船のメインマストに掲げられる王国の旗もまた掛け替えられる。


 昨年までのアンディ陛下——王立製油所のオーナーであるザイド殿下の父——の旗が降ろされ、新たにレザ陛下の旗が冬の陽光に翻った。レザ陛下は国内最大の水産業コングロマリットを率いる実力者であり、最近のカシュー堆での不漁には、誰よりも神経を尖らせていると噂されていた。


 カルビンが報告したカシュー堆付近の原因不明の不漁については何事もなかったかのように握りつぶされたが、海賊たちの間に快速巡視船の情報が広まったのだろう、襲撃の発生は明らかに減少していた。そういった意味で、アラディンは間違いなく強力な抑止力として機能していた。


 カシュー堆での原因不明の不漁は、SNSを通じてじわじわと海外でも知られていた。


 たまたまこの事象を知った米国のジャーナリストが、ほんの気まぐれで新たにリリースされたAIアプリケーションのテストケースとしてこれを取り上げた。


 ワシントンD.C.、Global Press Network (GPN) 本部。


 米国を本拠とする通信社、Global Press Network社(GPN)所属のジャーナリスト、エミリー・カーターは、最新のAIアプリケーションPin Finderピン・ファインダーの結果を凝視していた。森の中から一本の針を見つけ出すという名称のこのAIは、ネット上の一見無関係な出来事同士の関係を、膨大なデータの時系列関係、相関関係に基づいて推測するという機能を備えていた。


 Pin Finderにサインアップした彼女は、たまたまその時食べていたツナサラダからアリエス産のマグロが不漁になったことを思い起こし、Pin Finderに調査させたのだ。


 AIは意外な関係を見出した。船舶の公開航跡データとSNSの投稿、そして気象ログを解析したところ、「アラディンが本来の哨戒区域を離れる日に限り、王立製油所の小型タンカーが沖合の特定ポイントへ向かっている」ことが明らかになったのだ。


 タンカーは製油所を出発し、沖合にしばらく停泊した後、母港に戻っていた。


 この関係性に興味を持ったエミリーは、アラディンが別の区域に出動した理由を調査した。

 巡視船の行動を調査するのは困難かと思われたが、あっさりと片が付いた。


 アラディンは、広報イベントに駆り出されていたのだ。

 最速、最新鋭で未来的な外観、海賊から海を守る正義の味方として、特に子どもたちには大変な人気だった。

 港に停泊しての見学には毎回長蛇の列ができ、なにより55ノットでの体験航海の抽選は大変な倍率だった。


 そして、それらのイベントには必ずザイド殿下の王立製油所がスポンサーとして名を連ねていた。


 彼女は「新鋭巡視船アラディンの密着取材」という無難なプレスビザを取得し、コーストガードへの取材アポイントを取り付けた。


 取材の話を聞いたアレックスは少々はしゃいでいた。

「アメリカのジャーナリストが取材に来るそうじゃないか。俺たち、世界中に有名になるぞ」

 居住区でアレックスに捕まったブレインは、しかし冷ややかに返した。

「なあ、アレックス、お前、有名になりたかったのか?」

「ああ、きっと今年はいい年になりそうだ」

「やめてくれ、これ以上フラグを立てるのは。アレックス、お前、この船のフラッグマン、と言われているぞ」


  エミリーは長い空の旅を終えアリエスに到着した。

 常夏の国では、1月といえども暖かく湿っぽい。だが米国北東部出身の彼女にとってはむしろ心地よい空気だった。


 現地での取材は順調だった。ドローン搭載の経緯とブレインのオタクぶり、海洋環境学を学び豊かな海を守るために入隊した副長レイラの決意、元水泳のジュニアオリンピック選手だったケイトが、引退後スポーツインストラクターとして働いていたときに溺水者を救えなかったことをきっかけに救命士を目指したエピソードなど。エミリーは彼らのプロフェッショナリズムを克明に記事にしていった。そうして一般受けする無難な内容が連載記事として公開された。


 記事が公開された後、エミリーはまだアリエスに留まっていた。


 取材中に船長のカルビンがふと漏らした、「カシュー堆での不漁の報告に、上層部が反応しない」という言葉が引っかかっていた。


 巡視船を、廃液投棄のためのタンカーから引き離すことと関係があるのだろうか。


 タンカーが、原油の精製過程で発生する酸性廃液を中和処理した廃液を海洋投棄していることはわかっていた。

 中和処理された廃液が海洋投棄された後は、外洋に流出して希釈され、環境に影響は出ないはずだった。


 一方で製油所の付近では、「毎週水曜日に悪臭が漂っていたが、去年からそれがなくなった」という話も聞こえてきた。きっと設備の改善が進んでいるのだろう。


 そんな中、GPN社の公式SNSアカウントを通じて”ハシム”という男から接触があった。

「海のことで話をしたい」


 バルカス市、路地裏のコーヒーショップ。


 エミリーは、GPNの公式SNSを通じて接触してきた”ハシム”の代理人と称する、ジャマルという男と対峙していた。


 ハシムは、「自分は島から出られない。代わりに、親友のジャマルに会ってくれ」と伝えてきた。


 ジャマルはハシムが会えない非礼を詫びたうえでこう切り出した。

「俺達が持っている情報はこれだけだ。一つ、カシュー堆。魚が穫れないだけじゃない。今まで見たこともなかった、陸地からのゴミが浮かんでいる」


「二つ目。あの辺りでは決まった日に海から刺激臭がする」奪ったPCや航海日誌から判った情報だった。


「どうしてそのことを知っているのかは、聞かないであげる。私の持っている情報、王立製油所のレポートはこれ」


 エミリーは、王立製油所の年報に掲載されていたレポートを取り出した。

 そこには、廃液の処理方法が詳細に記載されていた。製油所内の施設で中和処理を施し、残った廃液はタンカーで海洋投棄する。

 投棄ポイントはコンピュータシミュレーションを重ねて慎重に設計され、投棄された廃液は海流に乗って外洋に流出し十分に希釈されるという環境アセスメントの結果が誇らしげに記載されている。


「製油所の近くでは、去年から悪臭がしなくなったというわ。処理設備が改善されたんじゃないの?」

 ジャマルは鼻で笑った。

「逆だ。悪臭の苦情を受けた製油所は、中和処理そのものを止めたんだ。毒をそのまま、海流が運んでくれることを期待して、生の酸性廃液を海へブチ込んでいる。哨戒区域からアラディンを遠ざけた隙にな」


 エミリーの背筋に冷たいものが走った。

 環境への配慮という美名の下で行われていたのは、処理コストの削減と組織的な隠蔽だった。海流の変化という自然の気まぐれが、その「毒」を外洋ではなく、王国の宝である漁場へと押し戻していたのだ。


「そろそろ、この国を離れたほうがいい。あんたは王国の闇に触れすぎた。あとは俺たちがやる」

「あなたたちは、一体何者なの? 貨物船を襲う海賊……」

 ジャマルは立ち上がり、帽子の庇を下げた。

「俺たちは漁師だ。海から奪われたものを取り戻そうとしているだけだ」


 ジャマルと別れたエミリーは、ホテルの部屋でこれまでの取材結果を暗号化すると、VPNを通じて通信社のサーバーに送信した。ラップトップのデータやカメラに残った写真は、最初の取材や無難な記念写真を残して消去した。


 翌日、バルカス国際空港。


 エミリーは「テロ対策のランダムスクリーニング」の名目で別室へ連行された。治安当局の手によってカメラとラップトップが徹底的に洗われたが、そこにはクルーたちの笑顔と船体の記念写真しか残っていなかった。


 数日後、米国発のニュースサイトに衝撃的な見出しが躍った。


【独占】アリエス王室の汚れた油:王立製油所による大規模な組織的海洋汚染とコーストガードの私物化


 アリエスを揺るがす激震は、太平洋の向こうで発生し、まるで津波のようにアリエスを直撃した。


 信頼を寄せていた王族への疑惑、そして自分たちの船が「隠蔽の道具」として使われていたことを知ったアラディンのクルーたちの間に、静かな、しかし激しい怒りが燃え広がり始めていた。


 カルビンは、港に並ぶレザ陛下の水産会社の旗と、遠くに見える製油所の煙突を見比べた。もはや、この海は以前と同じ色には見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ