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第5章 複雑な事情

 台風一過のカルバナ基地。警備局が招集した緊急会議の空気は、湿り気を帯びた熱気以上に重苦しかった。壇上に立った警備局長が、スライドに映し出された最新の被害報告を指し示す。


「この数年、海賊行為が増加しているのは知っての通りだ。従来の彼らの目的は、金品、貴金属、あるいは換金性の高い貨物だった。だから、金目の貨物を積んでいそうな貨物船や、現金取引の漁業母船が狙われるが通例だ。だが、この数週間に発生した事案は、そのどれにも当てはまらない」


 局長が強調したのは、小型ケミカルタンカーばかりを狙った奇妙な襲撃事件だった。


「それだけならおかしくない。離島への燃料輸送で、現金を扱うこともあるからな。だが、乗り込んできた海賊たちは、現金ではなく航海日誌とラップトップPCを奪って引き揚げていった」

 招集された船長の一人がつぶやく。

「PCが目当てとも思えませんね」

「ああ、PCを1台2台売り払ったとて、対した金にはならん」

「しかし、船に乗り込んできて、航海日誌とPCだけを奪う? まるで臨検じゃないですか」


 カルビンが呟くと、局長は深く頷いた。

「その通りだ。さらに不可解なのは、彼らの統制の取れた規律だ。現場のボスが命令を下し、私欲に走る略奪者は一人もいなかったという。海賊を装いながら、特定の情報を組織的に収集している勢力が存在する」


 会議の結論は、アラディンを遊撃隊として運用することだった。船長たちが敬礼し、会議は散会となった。


 カルビンはCICに主要クルーを集め、ブリーフィングを開始した。

「第2、第3区域を3日ローテーションで回る。幸い、燃料はザイド殿下のおかげで潤沢だ」

 タクソンと主計科員達が燃料と物資の手配に走る。


「ザイド殿下様々ですよ。これだけの燃料がディスカウントされるのだから」

 機関長のアレックスが独りごちる。燃料がなくなれば彼の仕事はない。

「そのためなら、イベントへの動員だってジャンジャン受け入れますよ」


 最近、急な広報イベントへの参加で、哨戒活動の予定が変更となることが数回あった。はっきりとは明かされないが、どうもザイド殿下筋からの要請のようだ。大体が、本来の出動海域とは反対方向の港でのイベント——海の安全祈念であったり、水産業振興のためのもの——での展示や体験航海であった。


 さっそくブレインがアレックスをいじっている。

「なあ、お前が何か言うと、よく事件が起きるよな。あまりフラグを立てないでくれよ」


 準備を整えたアラディンは、哨戒活動に向けカルバナ基地を出発した。


 カルビンが発令する。

「アラディン、発進。方位0-7-0、速度20ノット。目標120マイル先の哨戒指定海域」

 アラディンにとっては散歩のような速度であった。俊足を見せびらかして不必要に燃料を消費する必要はない。

 

 1145、哨戒2日目。


 アラディンは20ノットの経済速度で穏やかな多島海を巡航していた。ガスタービンの唸りは低く、クルーの神経も凪いでいた。レーダーには貨物船らしき船舶が1隻と、漁船が数隻映っていた。おそらく巻き網漁船だろう。その数隻は揃って同じ方向に進んでいたが、そのうちの一隻が妙な動きを見せた。


 レーダーを監視していた副長のレイラが声を上げた。ブリッジと繋がったCICの大型ディスプレイにレーダー画面を映し出す。


「船長、漁船団から一隻が離脱。方位1-5-0の貨物船へ一直線に向かっています。速度20ノット。漁業にしては進路が不自然です」

「AIS(船舶自動識別装置)を確認しろ」

「船名『サザンマーメイド』。タンカーです」

「狙われるな」

 レイラが答える。

「ええ、条件が揃っています」


 カルビンはマイクを握り発令した。

「総員配置!アラディン、不審船の追尾を開始する。方位1-5-0、速度55ノット。総員高速航行に備え!」

 ガスタービンがその本領を発揮し、力を得たウォータージェットが海面を爆発させた。アラディンは55ノットのトップスピードへ一気に突き抜ける。


「タンカーまで距離18マイル。ETAは22分後。通信長、VHFでタンカーに警告」

「了解。『サザンマーメイド、サザンマーメイド、こちらコーストガードPS021アラディン。貴船に接近する不審船あり。厳に警戒せよ。本船はこれより貴船のもとに最大戦速で急行する』」


 ターゲットまでの距離を5マイルまで詰めたとき、タンカーから悲鳴のような無線が入った。

「こちらサザンマーメイド! 海賊に追跡されている、救援を乞う!」

 無線から悲鳴が上がる。カルビンは冷静に答えた。

「こちらコーストガードPS021。あと5分で到達する。持ちこたえろ」


 カルビンが改めて命じた。

「急げ。ドローン用意。チーフ、乗船臨検!」


 距離1マイル。猛スピードで迫るアラディンの姿が視界に飛び込むと、不審船は即座に獲物を諦め、島々が密集する浅瀬へ向けて舵を切った。


 マストに装備された自動監視カメラが不審船に狙いを定める。望遠レンズを通して黒塗りの不審船の姿がディスプレイに投影された。


「甲板上に漁具なし。複数のハシゴを確認……海賊に確定です」

 レイラの報告を受け、カルビンが命じる。

「発光信号、停船命令」


 だが不審船は止まる兆しを見せない。

「不審船前方へ警告射撃。30ミリ、3連射!」

 レーダー連動FCSに制御された機関砲が火を噴き、曳光弾が海面に三つの水柱を立てた。


 しかし、不審船、いや海賊船は速度を落とすどころか島と島を隔てる狭い水道へと突っ込んでいった。速度差は20ノット。あっという間に追いつくはずだが……

 海岸に沿って建てられた粗末な漁師小屋がカルビンの目に入った。


「減速、減速、30ノットに落とせ!」

 カルビンは歯噛みした。この水道をアラディンが55ノットで突っ切れば、引き波はこの狭い水道では沿岸の民家を破壊する凶器になりかねない。海賊たちは、法執行機関が守るべき「規律」を逆手に取っていた。


 海賊船は、マングローブとジャングルに覆われた島、ケマル島の河口からジャングルの奥へと続く川を遡上し姿を消した。アラディンは浅瀬の手前で停船した。


「ドローン発進。追いかけろ!」

 農業用改造ドローンが空へ舞い上がり、ケマル島の密林の奥へと消えていく。ブレインがモニターを注視していたが、数分後、突然映像にノイズが走り、画面がブラックアウトした。


「ドローン、ロスト……原因不明。撃墜か、障害物との接触か」

「……拠点は確認した。チーフ、チームを上陸させろ。陸上警備活動だ」


  バックス率いるチームは自動小銃を携行し、ゴムボートで河口からジャングルに潜り込んだ。敵の勢力は不明。船長からの命令は「戦闘回避、偵察のみ」だ。


 上陸した地点から上流に向かって伸びる未舗装の狭い道路には多数の轍が残り、不自然なほど多くの交通があることを示していた。


 ——この先が海賊たちのアジトか?——

 バックスは隊員たちを散開させ、銃を構えて慎重に進む。すると、カーブを曲がった先には数名の島民が道路を塞ぐようにして座り込んでいた。


 中心にいた、日に焼けた元漁師だろう老人が口を開いた。

「あんたら、何者だ。ここは俺達の島だ。余所者の来るところじゃない」


 バックスが油断なく銃を構えたまま答える。

「アリエス連合王国沿岸警備隊だ。我々は不審船を追跡して上陸した」

 隣に座り込んでいた老婆が言った。

「この先には、誰もいないよ。あんたらが捕まえないといけないような悪党は、いないといったら、いないんだ」


 バックスは訝った。おかしい。

「我々は公務で不審船を追跡している。我々の職務遂行を妨害することは、」

 バックスが足を踏み出そうとすると、更に別の老人が声を張り上げた。

「ここを通るなら、ワシを殺して進め!」


 バックスは、反射的に銃を構え直した部下を制した。これは「犯罪者」の目ではない。守るべき何かを持つ「コミュニティ」の目だ。その何かとは……


「わかった。多分、こちらの勘違いだったようだ。協力を感謝する」

 そして隊員たちに向かって振り返るとこう続けた。

「一旦撤収する。我々の目的は戦闘ではない。情報は得られた」


 警備チームから、海賊の拠点の偵察を中止して撤収すると連絡があったとき、カルビンは耳を疑った。

 だが、バックスの判断ならばやむを得ない。


 警備チームが帰還し、デブリーフィングで聞き取った情報から、カルビンはこう判断した。

「ケマル島において、いわゆる海賊は、島民から信頼を得ている。我々の知らない、複雑な事情があると推察される」


 **今回の損害報告:**

 * 人的損害:なし

 * 物的損害:農業用ドローン1機(MIA:行方不明)


 カルビンは、ロストしたドローンが最後に送ってきた数フレームの映像を見返した。カメラは密林の奥で何を見たのだろうか。


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