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第3章 アラディンの初陣

 2027年7月1日。


 艤装を完了し、アリエス連合王国コーストガードの最新鋭巡視船として産声を上げたPS021アラディンは、その輝かしい第一歩を華々しい式典で飾るはずだった。母港カルバナ基地の埠頭には、前日から色鮮やかな万国旗が張り巡らされ、甲板にはVIPを迎えるための赤いカーペットと臨時の受付デスクが設置されていた。


「明日の式典には両親と彼女を呼んでるんだ」アレックスが少しにやついた顔で独り身のブレインに自慢する。

「よせやい。お前がそういうことをすると、大体ろくなことがない」


 ブレインの心配は現実となった。運命の女神は式典のテープカットよりも、実戦のトリガーを好むようだ。


 当日早朝、礼装に身を包んだクルーたちが最終準備のために乗船した直後、緊急通信がブリッジの静寂を切り裂いた。


「沖合で貨物船に火災発生。乗組員は救命ボートで脱出、漂流中」

 ブリッジでマイクを握ったカルビンの決断は一瞬だった。

「総員配置。式典は中止だ。これより緊急出動、遭難者の救助に向かう」


 埠頭に集まり始めていた招待客を横目に、アラディンの甲板上ではタクソンら主計科員たちが猛烈な勢いで賓客用のタラップを跳ね上げ、受付デスクを埠頭へ放り出していた。万国旗のロープを解く時間はなかった。中継用マイクのスイッチを切り忘れたアレックスが出港前チェックリストを読み上げる声が、回転を上げるガスタービンエンジン音と共に埠頭に響くなか、アラディンは引き千切られた色とりどりの旗をたなびかせながら港を飛び出した。


 この「万国旗を纏った緊急出動」の映像は、居合わせた見物人によってSNSに投稿され、瞬く間に世界中へ拡散された。それは「儀礼よりも国民の命を優先するコーストガード」という、この上ないプロパガンダとなって国民の喝采を浴びることとなった。


 火災船の救助自体は、熟練のクルーにとってありふれた任務に過ぎなかった。こうしてアラディンは、華美な祝辞ではなく、煙と海水の洗礼を受けてそのキャリアを開始した。

 

 その後数日は、特に事件や海難もなく平穏な哨戒活動が続いた。だが、アリエスの多島海にクルーを遊ばせておく気はないようだった。


 その日の哨戒海域は、カルバナ基地から北東140キロ、「マグロが湧く」とまで言われ好漁場として名高い「カシュー堆」周辺だった。


 良質の藻場となっているカシュー堆ではプランクトンが増殖し、それを追って小魚、そしてカジキやマグロといった高級魚が集まる。


 漁業国でもあるアリエスでは漁業資源の保護のため、漁師は割り当てられた漁獲量を守る義務がある。そこに現れるのが密漁者。アラディンは密漁取り締まりのためにカシュー堆周辺でのパトロールを行うのだ。


 正午を過ぎた頃、ブリッジで見張りについていたレイラ・スコール中尉は、双眼鏡越しの光景に違和感を拭えずにいた。


「海鳥が少なすぎる……」

 海洋環境学を修めた彼女の脳裏にいくつかの原因が浮かぶ。

「海流が変わったのかしら? それとも藻場が枯れた? 海洋汚染の原因となるような排水源はこのあたりにはないはずだけど」


 レイラがコーストガードに入隊したのは、この豊かな海を守りたいという思いが一つ。もう一つは、王立奨学金で大学進学をサポートしてくれた、コーストガードのパトロンでもあるザイド殿下への忠義という意味もあった。


 そんな事を考えていても、異変を見逃すような彼女ではない。レーダーに現れた輝点に素早く反応した。


「船長、前方方位0-2-0、距離4マイル。速度25ノットの小型船を捕捉。漁船としては不自然な速力です」


 レイラの鋭い報告が、船内の空気を一変させた。アラディンは即座にインターセプト・コースへ入る。レイラが自ら舵を握り、船体を精密にコントロールする一方、後方のCICではカルビンが戦術ディスプレイを凝視していた。警備救難科の隊員達はバックスの指示の下、臨検のための装備チェックに抜かりない。


「ドローン展開。映像を回せ」

 農業用改造ドローン「スパイダー1」が放たれ、不審船に接近した。モニターには、錆びついた甲板上でAK47ライフルを構え、不安定に揺れる船上からドローンを撃ち落とそうと躍起になる男たちの姿が映し出された。


 不審船は波を越えるたびに大きく揺れ、望遠カメラの視野から男たちが消える。

「海軍のネザー大尉のアドバイスには、後で礼を言わなきゃな」カルビンが皮肉混じりに呟いた。揺れる船上からの対空射撃がいかに無力か、男たちの乱射がそれを証明していた。


 ドローンをコントロールする隊員に、カルビンが指示を出す。

「よし、もう少し寄せろ」

 ドローンが不審船の進行方向前方に占位した。


 カルビンがブリッジのレイラに指示する。

「ガスを使用する。レイラ、追い越して風下から退避しろ」

「了解。左舷から追い越し、ドローンの散布ラインをクリアします」


 ガスタービンの咆哮とともにアラディンが加速し、不審船を軽々と抜き去る。30mm機関砲の砲塔が旋回し不審船に狙いを付ける。いきなり発砲するつもりはないが、相手に発砲させないための威嚇である。


「CSガス、散布」

 命令とともにドローンに搭載されたタンクから、霧状の催涙ガスが放出された。たちまち、甲板上にいた男たちが目を押さえて蹲った。


 やがて不審船は速度を落として停船した。操縦を続けることができないと判断したようだ。

 

 ドローンが上空を警戒する中、レイラが慎重にアラディンを不審船に近づけていく。


「臨検開始!」

 バックス率いるチームが、接舷した不審船に飛び移る。制圧は迅速だった。停船命令違反と、武器の不法所持の容疑で船員を拘束する。


「よし、他にまだ誰かいるか?」バックスが不審船の船長らしき男を尋問する。男の目が、一瞬ハッチのほうに向いたのを見逃さなかった。


 バックスはハッチに歩み寄ると、まずハッチをたたき、中にいる者に出てくるよう二度、促した。


「出てこい。無駄な抵抗はやめろ」

 警告を無視して飛び出してきたのは、ナイフを握りしめた少年だった。バックスに飛びかかろうとしたが、しょせん素人、特殊部隊上がりのプロ相手には子供の遊びに等しい。手首を極められ、ナイフを落とした少年は、捨て身のキックを放とうとして濡れた甲板に足を滑らせ、バランスを崩して舷側から海面に転落した。


「——ストリートの喧嘩とは違うんだ。揺れる船上で片足立ちは致命的だぞ」

 とつぶやきながら海面に目をやると、転落した少年はうつ伏せに浮いたまま動かない。頭から海中に転落し、パニックになって海水を吸い込んでしまったようだ。


「ケイト! 落水者だ、意識不明! 直ちに救助しろ!」

「了解」

 ウェットスーツとライフジャケットでスタンバイしていたケイトが海に飛び込む。ジュニアオリンピック水泳選手だったころを思わせる泳ぎでたちまちうつ伏せに浮かぶ少年にとりついた。その顔を水面上に確保する。


「呼吸停止! 急いで!」

 アラディンから投げられたロープにつけられたハーネスに少年を固定し合図を送る。ウィンチでロープが巻き取られ、少年をアラディンに吊り上げた。ケイトも舷側の梯子にとりつきアラディンに戻る。


 すでにほかのクルーによりCPRが開始されていた。いったん医務室に駆け込み、蘇生キットを持って甲板に戻る。幸い、呼吸は再開しているようだった。心拍を確認すると酸素投与を開始する。数分後、少年は咳き込みながら目を覚ました。


 アラディンに移送された不審船の船長は、憔悴しきっていた。

 尋問に当たるカルビンとバックスに無線が入る。

「ああ、そうか。了解。安心させてやるよ」

 さきほどから落ち着かない様子の船長らしき男に伝える。

「少年は無事だ。命に別状はない」カルビンが伝えると、男は崩れ落ちるように頭を垂れた。

「……あれはわしの息子だ。助けてくれたことに、感謝する」


 カルビンは眉をひそめた。漁師見習いのような少年まで動員して、海賊行為に及んでいたというのか。

「氏名と職業を」


 現場での初期尋問は簡単に済ませるのが通例である。だが、いくつかのことが分かった。

 彼らは漁師。はっきりとそう名乗った。だが、漁業許可証は期限切れで失効していた。更新は手数料だけで可能だが、そうしていなかった。


 彼らに許可された魚種の不漁が続き、更新しても仕方がないと考えたのだ。許可証は決して漁獲、収入を保証しない。


 その裏で、許可されていない甲殻類や貝類の密漁を行っていた。最初はそこそこの収入になっていたが、すぐにそれらも不漁となった。


 いよいよ食い詰めて、貨物船から略奪するしかないと決心したのが今朝、ということだった。


「つまり、まだ『本物の海賊』になりきれていなかったわけね」

 レイラが苦々しく呟いた。貧しい漁村出身の彼女には、彼らの窮状が他人事とは思えなかった。もちろん、決して許されることではない。


「だが、政府の救済融資や保険制度があったはずだ。なぜここまで極端な手段に出た?」

 カルビンの問いに、レイラは静かに首を振った。

「海賊に堕ちる漁民に、複雑な申請書類を書けるほどの教育を受けた者はいません」


 横で聞いていたタクソンが、冷徹な現実を付け加えた。

「大尉、アラディンを一日走らせる燃料費があれば、彼の家族を一年食わせていけます。それがこの海の、そしてこの国の現実ですよ」


 アラディンは不審船を曳航し、夕闇のカルバナ基地へと帰投した。


 カルビンはその夜、検挙報告書とは別にもう一通の報告書をしたためた。

「カシュー堆周辺で原因不明の不漁が続いている。生態系の崩壊か、あるいは何らかの海洋汚染か。科学調査を具申する」


 アラディンの初陣は、勝利の美酒ではなく、重く湿った問いをクルーたちに残して幕を閉じた。


 ケマル島、2000。

 薄暗い電球の明かりの下で、潮風に焼けた赤銅色の肌の男が漁網を掃除していた。このところ網にかかるのは陸から流れ着いたゴミばかりだ。


 今朝、漁師仲間の一人が「俺は腹を括った」と言い残して出港した。


 別の仲間がやってきて、男に何かをささやいた。

「そうか、クロウたちは帰ってこなかったか」


 男は黙って網の手入れを続けた。

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