第2章 魔改造
時は戻って4ヶ月前。
アリエス連合王国の首都バルカス。コーストガード本庁の建物は、官庁街から少し離れた海岸沿いに立っていた。眼前には再開発されたウォーターフロントが広がり、朝から多くの人々が行き交っていた。
先月から陸上勤務になっていたカルビン・ヨーク大尉は、出勤早々に運用局長室への呼び出しを受けた。
局長室では、オサマ局長が待ち構えていた。促されて着席する。
「ヨーク大尉、新しいミッションの話をしたい」
「海に戻れるのでしょうか」
「いや、まだしばらく陸の仕事になる」
カルビンは顔に出さぬよう努めたが、わずかな失望を覚えた。
「次は何の仕事でしょう」
「ああ、いずれ海に戻ることになる。新型船の艤装員長を任せたい」
艤装員長——すなわち、就役後の初代船長としての椅子が約束されたことを意味する。悪くない、カルビンの頬が自然と緩んだ。
「どういった船でしょうか、その新型船とは」
「シーファルコンという名前を聞いたことがあるかね? 日本が建造した、ガスタービン高速フェリーの実験船だ。数年前から係留されていたものを、我が国が購入した」
局長がリモコンを操作すると、壁のディスプレイにシャープな双胴船の写真が映し出された。
「どうしてまた我が国に?」
「この船は、海上高速輸送の研究のために日本が建造した。フェリーの実験船という名目上、小さいながらも客室も備わっている。離島と本土を結ぶ高速船を目指していたということだが、性能は文句なしだった」
「だが日本はその船を手放した?」
「ガスタービンエンジンは大食らいだからな。飛行機並みの燃料消費率だったという話だ」
「私だったらのんびり旅したいですね」
「そういうことで実用性なしと判断され、研究プログラムは終了した。引き取り手を探していたところに、我が国が手を挙げたというわけだ」
軽量で大出力が得られるガスタービンエンジンは燃料として灯油を使う。一般的な船舶の燃料である重油と比較して高価な上、消費量が膨大とあっては経済的に無理がある。
「ならば納得です」
アリエス連合王国は赤道直下の海洋国家である。元々、7つの王国の同盟に基づいて成立した経緯から、現在も7名の王が毎年交代で国家元首を務める立憲君主国家である。
20世紀半ばに石油採掘が開始され、第二次大戦後の混乱期に各国からの移民を受け入れて発展を加速させた。現在は石油輸出を主要産業としつつ、金融業の誘致にも力を入れている。
国土の主要部が位置する島の周りには、大小数多くの島が点在する。この多島海の治安を守るのがコーストガードの任務である。
多くの産油国と異なり、アリエスは自国資本の石油精製施設を保有している。原油を精製すればナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油が一定の割合で生成される。
国内での石油需要の多くは自動車のためのガソリンとディーゼル船舶燃料用の重油である。トラック用燃料の軽油の需要はそれほど多くはなく、航空輸送があまり発達していないためジェット燃料としての灯油需要も少ない。家庭用の熱源はとっくの昔にガスに切り替わり、常夏の国なので暖房用のストーブなど国内に一台もないだろう。余った灯油はもっぱら輸出されていた。
国内最大の製油企業のオーナーは王族のザイド・アル・アリエス殿下、現在の国家元首であるアンディ・アル・アリエス陛下の長男であった。彼はコーストガードを権力基盤の一つとみなしており、製油所をコーストガード基地の隣に設置し、重油や軽油をコーストガードに安価に提供してくれるパトロンでもあった。
「もちろん、特に灯油については殿下からスペシャルディスカウントが提示されている」
「船はいつ来ますか」
「来月、カルバナ基地に到着する。大尉はその船を引き取り、巡視船として完成させてほしい」
「了解しました。直ちにカルバナ基地に向かい、任務を遂行します」
カルバナ基地は首都から車で30分ほどの位置にある。ヨークは招集されたクルーを前に、簡潔なブリーフィングを行った。
「諸君、私が艤装員長を拝命したカルビン・ヨーク大尉である。諸君と共に、この船を我がコーストガードが誇れるような巡視船に仕上げていきたい」
「完成まで3ヶ月。2ヶ月時点で、ザイド殿下ご臨席の下で命名式を執り行う」
「幸い船体のコンディションは良好だ。警備設備は500トン級巡視船の標準パッケージを搭載する。双胴船ゆえ船体サイズに余裕があるため、設置スペースには問題ないだろう」
「レーダー、通信機器、兵装については工事が必要だが、これも標準品なので大きな手間はかからない。標準化を進めた技術陣は『good job』といったところだな」
副長となることが予定されている、レイラ・スコール中尉が手を挙げた。
彼女は貧しい漁村の出身で、王室奨学金を受けて大学に進学。海洋環境学を専攻し、卒業後にコーストガードに入隊した。漁民の生活と海洋環境に詳しい。彼女の質問は具体的だった。
「最高速度55ノットを生かすなら、どういう運用になりますか?」
「これは私個人の考えになるが」カルビンがアイデアを示す。
「遊撃範囲を広く使って、海賊対処に活用できるだろう」
機関長候補のアレックス・マリーノ少尉からは職務に密接した質問が出た。
「燃料搭載量は、本船の哨戒行動に対して十分でしょうか。元は試験船ですが」
カルビンが手元の資料を繰りながら答える。
「ああ、設計段階からバカでかいタンクを積んでいる」
続いて、通信長につく予定のブレイン・ノード少尉が手を挙げた。
「大尉殿、意見具申」
先程目を通したノード少尉、通称ブレインの人事ファイルには、こう記載されていた。
「情報工学専門の技術士官。オタクでハッカー。趣味はデジタルガジェット作成」
心強いのか、ヤバい奴か。前者であることを祈ろう。
「どうぞ」
「臨検時の偵察や威嚇用に、ドローンを搭載してはどうでしょうか」
「小型ドローンか?」
「いえ、大型の農業用ドローンです。カメラ、スピーカー、銃器が搭載可能です」
法執行機関によるドローン運用は世界的な趨勢だ。撃沈ではなく検挙を前提とするコーストガードにとって、臨検のための移乗前の偵察は生命線となる。
「そんなものが買えるのか?」
「国内にBKI社の正規代理店はありませんが、iMarket(ネット通販)に出品されています」
BKI社は世界最大の商用ドローンメーカーである。性能は折り紙付きであるが、国籍の関係で様々な噂がつきまとう企業でもあった。
「BKIか。スパイされる心配はないか?」
「リスクはあります。しかし、世界中で同じ事を考える人がいた結果、オープンソースの代替制御プログラムが公開されています。これを使用すれば、BKIによるスパイやハッキングの心配はありません」
「よし、その案は採用だ。本船の搭載機として、農業用ドローンを通販で輸入する」
かくして、巡視船には通販サイトの越境ECで購入した、農業用ドローンが3機搭載されることとなった。
カルバナ基地の作業員と、招集されたクルー達が優秀なこともあり、艤装作業は順調に進んだ。
コーストガード仕様のレーダーと電子戦システムが据え付けられ、続いて主兵装である30mm機関砲が設置された。
30mm機関砲自体は、海軍の使う艦載機関砲と同じ設計である。ただ、コーストガード向けにFCS(火器管制装置)の性能に制限がかけられている。追尾可能なターゲットの速度、砲の仰角が海上目標に限定されていて、航空機に向けてロックオンすることはできない仕様だ。
主機であるガスタービンエンジンの研修のため、日本に出張していたアレックスが帰ってきた。イタリア出身の彼は、幼少の頃、両親と共にアリエス連合王国に移民してきた。底抜けの明るさとコミュニケーション能力を持つアレックスだが、出張中の食事がよほど良かったのか、少し太って帰ってきた。伊達男らしくいつもスリムなジーンズを履いているが胴回りがきつそうだ。鍛え直すよう命じておこう。
船尾のウィンチを確認していたのは警備救難科長のバックス・エプスタイン准尉と、その部下で新入隊員であるケイト・エバンスだった。バックスは元海軍特殊部隊員の猛者で、常に冷静沈着。任務に忠実だが、忠誠を誓ったのは国家・国民であって、国王や政府ではないというのが口癖である。
水泳の元ジュニアオリンピック選手で、現在は衛生員資格を持ち、救命士でもあるケイトにとっては、人命救助が最大の関心のようだ。船尾のゲートから医務室までの動線をチェックしている。
被救助者の収容方法をバックスとケイトが相談している。「船尾の双胴の間にロープを張り、ボートを引き上げる……これなら波の影響を最小限に抑えられる」
クルーがそれぞれの部署で仕事をこなす中、ある貨物が届いた。iMarketに発注していた、農業用ドローン3機が到着したのだ。主計科長である、タクソン・ハーシー曹長が貨物を引き取って運んできた。実は、通販で購入、と勢いで賛成したが、コーストガード内部の規則ではそれは難しい、ということだった。
だが、長年の経歴を持つタクソンの非公式の調達ルートを通じて、半ば抜け道を使ってドローンの購入に成功したのだった。
発案者、そして運用にあたるブレインがソワソワしている。筋金入りのオタクである彼は、早くドローンを改造したくてたまらないのだ。
「チーフ、どうもありがとう。早速改造にかかります」
数日後、カルビンのもとにややこしそうな情報が飛び込んできた。
コーストガードがドローンに武装させることに、海軍が難色を示しているという。タクソンのルートからの情報だった。横やりは無視すれば良いと思ったのだが、タクソンいわく、これは話を通しておくべき、という。叩き上げ下士官の意見は無視できない。
カルビンはブレインとレイラを伴って、海軍兵器試験所を訪れた。
海軍兵器試験所では、試験課長のビーツ・ネザー大尉が出迎えてくれた。早速打ち合わせにはいる。
ネザー大尉は、コーストガードが今回農業用ドローンに銃器を装備し、臨検などで使用しようとしていることを知って、海軍として善意から警告したと言った。
「貴官らは、相手の船に手当たり次第弾をぶちこみたいのか?」
「いや、我々は海の警察だ。撃つのは最後の手段だ」
我々はコーストガードなのだ。撃沈が任務ではない。
「で、貴官達の相手というのは、固い地面の上でおとなしくじっとしているのか?」
「ドローンからしっかり狙えば良いだろう」
「海賊達だって必死だ。相手が無人のドローンと判っていれば躊躇せず発砲する。まぐれでも、当たれば撃ち落とされる」
ネザー大尉の発言に、こちらを邪魔しようという意思は感じられない。
「止まるな、動け、ということか?」
「そうだ。我々海軍は揺れる海の上で戦う。地面の上に伏せて隠れ、敵を撃つ陸軍とは話が違う。動いているドローンから船上の的に当てるのは言うほど簡単じゃない」
「どうすればいい?」
「飛行安定化装置、スタビライザーは必須だ。ドローンは海外通販で調達していると聞いた。スタビライザーはそうはいかないぞ」
レイラが初めて口を開いた。
「実際、ドローンからの射撃がどのようなものか、見せていただけますか」
「いいだろう。今日は訓練が組まれている」
ネザー大尉の案内で、射撃観測所に陣取った。早速、訓練が開始された。
海軍の艦載ドローンが飛んでくる。農業用ドローンと比べると、機体サイズも大きい。そして、機関銃を装備している。
射撃訓練エリアでレール上を移動する標的に並行して飛行しながら射撃する。スタビライザーの効果で機体は安定して飛行し、標的に次々と銃弾が命中しているのがわかる。
「今のがスタビライザーONだ。次はOFFだ」
OFFでは機体が揺れて、動くターゲットに全く当たらない。そして、関係ないターゲットを多数破壊してしまった。構想の発案者であるブレインは頭を抱えていた。
「判った。海軍の懸念は正しい。低コストなドローンで、海上での精密射撃は不可能だ」
ネザー大尉がうなずいた。カルビンが続ける。
「アドバイスが欲しい。どう使えばよい?」
「使うのは農業用ドローンだろう。ならば本業の農薬散布のように、催涙ガスを使ったらどうだ」
ネザー大尉の提案は、現実的なものだった。たしかにそれなら無理なく実行できる。
「そうだな。感謝する。貴官らの忠告を疑って済まなかった」
作業開始から2ヶ月。装備の取り付け工事が概ね完了したところで、コーストガードのパトロンでもあるザイド殿下を迎えて、巡視船の命名式が執り行われた。
「アラディン」
それが、殿下から賜った船名である。正式名称 アリエス連合王国沿岸警備隊500トン級高速警備巡視船PS021アラディン。今後、アリエス連合王国の多島海の治安を守るにふさわしい、堂々とした名前であるとカルビンは感じた。




