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第3話 おれが強くなりたくなったわけ

 朝練のない日、珍しくケンちゃんと登校中に会った。ケンちゃんはクラス一の遅刻魔で、いつだってギリギリで登校してくる奴だ。だからうっかり登校時間を間違えたかとドキッとした。

 そんなおれの驚きも知らず、ケンちゃんはいつも通り自信たっぷりだ。

 

「最近真面目に練習してるってな、コースケちゃん?」

 

 早速からかおうとケンちゃんがおれの肩に腕を回してくる。全く、ケンちゃんだって短距離の選手に選ばれているはずなのに、この気楽さはどうしたものだろう。


「あのさ、ケンちゃんは練習してるの? あんまり短距離の方って話を聞かないけど」

「んー、俺たちは生まれつき足が速いからな。対して練習する必要がないんだよねぇ。チーターが練習なんてするかぁ?」

 

 するんじゃないかなぁ……。子供のチーターがいきなり走れるとは思わないし、狩りの練習に走るくらいはしてそうだ。というかケンちゃんは別にチーターじゃない。

 まあたとえ話はおいておくとしても、初回の集会で短距離メンバーはそれなりに忙しい人が多かったらしく、練習は基本的に各自で、ということになったらしい。足の速い奴って大体野球とかサッカーとか、そういうのに力を入れてるから。何にも予定がないのはケンちゃんくらいかもしれない。全くうらやましい話だ。

 

「で、なんか隣のクラスの女子と仲良くやってんだって? あの草食コースケが! ってミナトと驚いちゃったぜ」

「おあいにく様、練習じゃ神崎先生のマンツーマンコーチで他のやつと話す余裕なんてないよ。残念でした」

 

 そう、残念なのだ……。本当ならサチともっと仲良くなれると思っていた。が、練習尽くしでそんな余裕はないし、サチもみんなも真剣に練習に取り組んでいるからあまり不純な目的で話しかけるのはどうかなって思っちゃうし。

 そんなおれの内心を知るわけもなく、ケンちゃんは神崎先生について好き勝手言い始める。

 

「あー、神崎ってめっちゃ暑苦しいもんな。かわいそ」

 

 まあ意外に教え上手だし、話も面白い。熱血漢なのはそうだけど、そこまで暑苦しくはない。けどわざわざいうことでもないよね。

 かわいそ、なんて言われているけど、練習前とか後にはサチや他の子とも話すようにはなっている。話題が走ることについてだけであっても、一応は前進しているのだ。言わないけどね!

  

「おっふたりさーん、朝からなんか悪巧みかよ?」

 

 後ろからミナトが現れ、おれたち二人にのしかかってくる。

 

「うわっ、飛びかかってくるなよ!」

「重ぇんだよ! さっさと退け!」

「なんの話してたの〜ん? あたし気になっちゃうわ~ん!」

 

 このお調子者は鬱陶しいオネエ言葉がマイブームらしい。変に流行ってサチにでも聞かれたらどうするのか。

 でもなんだか愉快でつい真似してしまう。そのまま変な口調で騒ぎながら教室へ向かうのだった。


 ***


「ね、ね、こうすけくんたちのクラスって、オネエ言葉が流行ってるの?」

 

 思わず水道の水にむせてしまう。ゴホゴホと顔真っ赤に咳をする羽目になる。どこだ、どこから漏れた?

 サチは突然むせたおれに目を丸くしているけど、好奇心いっぱいという顔はそのままだ。

 

「今日の朝、こうすけくんたち、おかしな話方してたでしょ? ちょっと聞こえてきちゃったんだけど、笑っちゃった。ね、朝みたいに話してみて?」

「そ、そんなの聞いてるなよぉ〜。あれはあの時ミナトがいきなり言ってきたからノリなんだって。待ってても話さないから! ああもう! 練習行くし!」

 

 聞かれてたなんて聞いてない! サチは見た目は細身の綺麗な子だけど、こういう変な話だとか、面白いと思えるようなことに対して興味津々だ。

 はっきり言うと、変なところが多い。ランドセルにつけてるのはカレーの食玩とか将棋のコマとか変なキーホルダーばかりだし、毎週笑点だけは必ず観てるし録画もしているらしい。いや、たまにテレビで見てると笑点もすごい面白いけどさ。


 だがノリでふざけ合うならともかく、サチの前でまでそんなカッコ悪い話し方はしたくない。すでに先生が体操しているのをいいことに、さっさと練習に入ることにする。流石にずっとこの話題が続くことはない、はずだ。


 ***

  

 サチの期待に満ちた視線から逃れ続けてたどり着いたのは熱血指導だった。そんなに楽な逃げ場所なんてないよね。知ってた。

 

「いいかい、マラソンっていうのはね、どれだけ自信を持ってペースを保てるかってのが大事なんだ」

 

 運動嫌いのおれでも走り続ければ結果が出る。結果が出れば気分が良くて、ちょっと頑張ろうかって気にもなる。自分を豚だとは思わないけど、木に登るくらいならしてもいいかななんて思い始めている。だからそんな言葉で始まった神崎先生の長距離コーチをおとなしく聞いている。

 

「これは持論だけど、マラソンの距離は42.195㎞。ここからだと隣の県まで行けちゃうね。そんなとてつもない距離をどう走っていくか。もちろんゆっくりのんびり走るなら止まらなければいいだけだから簡単だね。でも、これから長距離選手としてやっていくなら、限界を見据えて走る必要があるね」


 やっていかないでしょ……。おれは選手になったけどやりたかったというわけではないし、競技会さえ終わればあとはゆっくり地に足をつけて歩く生活に戻るのだ。そりゃ記録が伸びるのが楽しいってのは分かったけど、走るってこと自体にはまだ楽しさを感じられない。


「体調や気温、風向きにライバルたち。それらすべてがパフォーマンスに影響してくる。どれだけ自分の力を出し切れるか、そのためにはありとあらゆる環境で自分を保てるように自分の心もトレーニングする必要があるんだ。例えば、レース中にライバルと横並びになったとする。そんな時コースケはどうしたいと思う?」

「え、たぶんずっと横で走られるのは嫌だから速度上げて引き離すと思う」

 

 それができる相手ならばだけど。なんとなくケンちゃんをイメージしてみるが、引き離される気しかしない。

 

「そうだね。たぶんそれが普通だ。負けるかって意識すると力も入って、一気に追い越してやろうって気になるよね。でもそれはダメなパターンだ」

 

 神崎先生はその場でバタバタと走るポーズをとる。右足と左足を交互に、だんだん目が追い付かなくなるような速度でだ。20秒ぐらいそれを続けた後、息を荒くして先生が続きを話す。

 

「こ、こんな、こんな風に……一気に加速とか、ペースをね…………、はあ、変えると、その分が反動で返ってくるよね…………。ちょっとタイムね」

 

 両手を膝に付けて深呼吸をしている。あれだけ一気に動けばそうもなるだろうなって思う。でも分かりやすい。一気に重いものを持ったりしても同じように後が続かなくなるもんな。

 

「…………ふう、落ち着いた。ともあれ、今見せたように、一気にスピードをあげたり無理に引き離そうとすれば、待っているのはその反動だ。普段なら休めば回復するけど、レース中じゃそうはいかない。もちろんペースに波はあっていい。けど、それは計算されたものじゃなきゃ後々引きずることになる。だって、体力は有限だからね」

 

 確かに言ってることは納得できるけど、スケールが大きすぎる。だってマラソンを走るわけじゃない。


「たった3キロだって? コースケ、顔に書いてあるぞ。確かに短いけど、今のコースケからすれば十分長い距離だろ?」

 

 確かに。でもそんなに顔に出ているとは。とりあえず顔をさすってみる。

 

「ま、理想はゴールでぴったり力を出し切ることだよね」

「余裕を持ってじゃなくてですか?」

「あってもいいさ。普段の練習ならそこまで追い切るのは怪我の元だし、きっちり練習メニュー組んでるならそうなる。でもね、レース、というか本番では身に着けたもの全てを使い切るっていう経験をしてほしいと思うんだ。もちろん怪我しないようにだよ?」

 

 まあ全力出したら怪我しましたなんて、ロボアニメの限界突破とかそういう話だよな。全力で走って怪我したことなんてないし、たぶんできると思うけど。

 

「まあ、マラソンについてはね、ウサギとカメみたいなものでね。ウサギのように油断せず……ちょっと違うか。カメよりも速く、ウサギほど無理をしない、これでどうかな?」

 

 どうか、なんて言われても困る。第一ウサギは油断して昼寝したのであって無理したわけじゃない。カメより遅く走るのも無理だ。

 さっきよりもわかりやすく表情に出てたはず。だから先生はゴホンと大きく咳ばらいをしてごまかしている。

 

「ともかく、コースケはまだ3000mだけどね、それでも一気に走り切るには長い距離だ。一瞬だけ速くても意味はないってこと。それよりも、ずっと速い選手を目指す方がいいね。どんな時でも自分を見失わず、自分の力を発揮する。それを楽しめたらもう最高。そういう選手がね、一番強いんだから」


***


 強い。強い選手か。うん、なんかいいかもしれない。速い選手っていうよりもいい感じに聞こえる。おれも練習続けてたらそんなふうに言われたりするのかな?

 

「うんうん、きっと言われるようになると思うよ! こうすけ君練習にもの真面目に参加しているし、飲み込みも早いから」

 

 横からいきなりサチが声をかけてくるものだからびっくりして植木に突っ込んでしまった。

 

「え、大丈夫? ごめんね、そんなに驚くとは思わなくって……」

「うわ、いや、大丈夫。ちょっと葉っぱが口に入ったくらいだから。でも驚かさないでよ、びっくりしたぁ」

「一応言っておくけど、何度か声はかけてたからね。でも一人でぶつぶつ言ってるんだもん」

「ぶつぶつって……、おれ、声に出してた?」

「バッチリ出てたし聞こえてたよ?」

 

 うわっ恥ずかしすぎる! 思わず頭を抱えてしまう。

 

「一応ね、わたしはこうすけ君が車にぶつからないか、ちゃんと見てあげてたんだからね。おかげで無事に帰れてるんだから、感謝してもいいんだよ?」

 

 特に世話になった覚えはないけど、おかげで安全だったのかもしれない。第一ばっちり恥ずかしい独り言を聞かれてしまったのだ。弱みどころか心臓を握られたようなものだ。

 

「はい……すごい感謝してマス。感謝すごいデス」

「もー、ちゃかしてぇ! そんな悪いやつはこうだ!」

 

 サチの手が、おれのお腹や脇腹をくすぐってくる。だがおれは割とくすぐりには強い方だ。首の後ろさえガードすればそんな攻撃は効かないのだ!

 

「あははは、止めてぇ……!」

 

 即首の後ろをくすぐられて、息が続かなくなるほどくすぐられてしまった。ケンちゃんでもここまでしないぞ。これほど容赦ないとは、恐ろしい子だ。

 ぜいぜいと呼吸を荒くしているおれにちょっと申し訳なさそうにサチがごめんごめんと謝ってくる。でも半笑いだ。

 

「まさかこんなに首の後ろが弱いとは思わなかったから、ごめんね。でも、ふふ、こうすけ君はポニーテールとか絶対できないね」

 

 自慢げに首を振ってきれいにまとめられた髪を見せつけてくる。柔らかそうな布(シュシュとか言うらしい)でまとめられた黒髪が、ゆるりと曲線を描いて首元まで伸びている。ちょっとだけ日焼けしたその肌に黒髪が触れている。確かに、おれがあんな風に髪を伸ばしたら自分の髪で呼吸困難になってしまうだろう。


 まぁ、そんなふうにおれとサチは順調に仲良くなっていったってワケ。


 ***

 

 神崎先生の指導は結構わかりやすい。初心者のおれにすごくかみ砕いてくれてるんだと思う。

 

「腕を振る時は、ぶんぶん振り回すっていうよりは引くっていう意識が近いかな。ほら、全身は筋肉と骨と筋で繋がっているでしょ? だから、一か所の動きが全身の動きに影響するんだ。試しに腕を引いてみて。そう。そのままストップ。今右腕が引かれたことで、体の他の部分にも何か動きが起きてるはずだ。どこかわかる?」

 

 腕を引いたまま、体を見て見る。なんとなく、腕を振った勢いで腰が動いた気がする。

 

「腰……がちょっと前にでたかな?」

「そう! 正解! いい気づきだ! その通りで、腕はね、腰の動きに効いてくるんだ。基本的に足の速さは一歩の大きさと、その繰り返しで決まってくる。いわゆるストライドとピッチってやつだね」


 その場で腕を振るおれと先生。腕だけから、少しずつ動きを増やして、全身を動かしていく。

 

「腕を動かすと腰が動く。すると腰の先にある足も一緒に動くことになるよね? すると、足だけで一歩踏み出すより、腰から動かす方が一歩が大きくなるんだ。勢いも付けられる。つまり速度が上がるってことだね。ピッチについても、腕の動きが腰を通して足に伝わるんだから、腕のをリズムよく動かせばピッチのコントロールもできるってことになるね。じゃあさっそく試してみようか」


 トラックを二人並んで走る。腕を振る速度を変えながら、脚の動きとの関連を体で試す。

 

「こうやって、足だけで全部やろうとすると、限界があるよね。でも全身を使って、やるとね、負担は分散できるし、全身の力を使えるから、動き自体もね、大きくとれるってわけ」


 走りながら説明をしてくれる先生の息はなかなか苦しそうだ。 

 でもなるほど。確かに全身を大きく使うと、足だけで走るよりも簡単に速度が出てくれる。その分呼吸が荒くなるけど、それは慣れるまでの辛抱かな。


 一度トラックをでて、ストップウォッチと飲み物を取りに行った先生を待つ。ここから見るみんなの姿を見てみると、確かに腕を大きく動かしていて、その分腰も回っているように見える。

 特に、サチの走っている姿はゆったりとしているのに、それでいておれよりずっと速い。おれの走りとどんな違いがあるのかって思っていたけど、こういう動きの違いが効いているのかもしれない。

 

「うん、たぶん考えている通りだよ」


 なんでわかるんだろう? 最近ますます考えを読まれるようになっている気がする。おれの横から答えをくれた神崎先生は、驚くおれにしてやったりって顔をしている。

 

「コースケは顔に出るからねぇ。レース中はポーカーフェイスとは言わないけど、動揺は出さないように気を付けたほうがいいかもね。ともあれ、あの大きな動きがとりあえずの目標になるんだけど、その前に絶対に必要なことがあるよ」

 

 なんだか必要になるものが多すぎる気がする。読まれるのなら読みやすくしてみよう。今の考えをなるべく顔に出してみる。

 

「お、変顔の練習? いやいや安心していいよ。練習っていうよりは、準備体操だから。ストレッチ。練習前にいつもやってるやつをもう少ししっかりやるってこと。……今はまだ分からないかもしれないけど、怪我を防ぐためには絶対に必要だし、みんなみたいに大きい動きをするなら関節の柔軟性は不可欠だよ。と、いうことでまずはやってみようか」

 

 実際のところ、おれの体はずいぶん固い。だから校庭に響き渡る悲鳴は仕方ないことだった。ということにしてほしい。みんなに笑われて恥ずかしかったから、絶対に柔らかくなってみんなを見返してやると心に決めた!

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