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ラン、トーク、レディ! あの子の声が、おれを強くする  作者: 朝食付き


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第1話 おれが走ることになったわけ

 腕を振り上げ、強く引く。反動で腰が回る。さらにその先、脚が振り出される。全身の動き、その全てを前に進む力に変えていく。息はもうギリギリ。肌寒いくらいの空気も、おれの体を冷やすには足りない。規則正しい呼吸なんてくそくらえだ! 吸えるだけ吸って、吐けるだけ吐く!

 

 先頭の背中はもう手が届く位に近い。段々と近づいてくるその背中を越えていけるか、ただそれだけだ。

 

 ――遠くからでもよく響く声がおれの名前を叫んでいる。


 どんなに苦しくても、おれを奮い立たせる声だ。おれが止まれない理由だ。

 もしもこの声が、あの子がいなかったらどうしてたかな。でも、今ほど楽しくはなかったはずだ。

 だから、この楽しさを少しでも早く終わらせて、どんな気持ちだったのかを聞きたい。おれがどれだけ元気を貰ったかってことを伝えたい。


 今はただ、それだけのために、走る。



ラン、トーク、レディ! あの子と仲良くなるためのたった一つの方法について



 水曜日の2時間目、算数の授業が終わった。次の授業は体育。着替えて校庭に集合だ。

 いつもなら楽しい体育であるが、いつもの騒がしさがない。というのも、陸上記録を測るからだ。50メートル走や幅跳び、高跳びくらいならいいのだけれど、その中にはマラソンもあるのだ。そして今日は言わずもがな、マラソンの日である。

 マラソンとはいってもまだ小学生だから、3000メートルだ。本当なら42キロメートルも走るところを、3キロなのだから楽ちんらくちん、などと先生は言う。

 

 けど、先生はいつも笛を吹くだけで走らないから、その大変さを知らないのだ。ふつーに考えて3キロも走るなんて馬鹿げてる。でも授業だから走らざるを得ない。最悪なのは、ここでいい成績を出すと選手に選ばれてしまうってこと。秋にやる陸上記録大会の選手に選ばれると、それまでずっと練習をしなくてはならないのだ。毎日ではないらしいけれど、朝と夕方に練習をやることになるって話だ。そんなことになったら朝の貴重な暖かい布団も、ゲームする時間だってなくなってしまう。代わりに延々と走らされるのはもう立派なゴウモンである。

 

 100メートルとか幅跳びとかならあっという間だし、少し息があれるくらいで済む。でも3キロも走ったら息は上がってゼイゼイと金魚みたいに口をパクパクさせる羽目になる。そんな姿をみんなに見られることになるんだから選手ってのはほとんど罰ゲーム。それでも必ず一人は選ばれることになるんだから、みんな自分ではないようにって祈るしかない。

 足の速いケンちゃんはむしろ100メートルで選ばれればいーやと言う。クラスで一番速いから気楽そうだ。短距離型だから長距離走るのニガテだって言えばいいんだものな。おれはそこまで速くないからほどほどに頑張ることになる。ビリっけつはいやだから、前のやつに離されないようになんとか食らいついて走る。結果は6番目。

 ケンちゃんやミナトははじめっから手を抜いていて13番と14番目。ずるいって思うけど、先生がおれを見ているような気がして手を抜けなかったのだ。


 その結果、なんでかおれは長距離選手として選ばれることになってしまった。やったじゃんと白々しくミナトが肩をたたいてくる。6位で選ばれるなんて聞いてない! もっと前の連中を選ぶべきだと思う。でもみんな参加できない理由とか、他の競技に出るとかで、ずるずるとずれにずれておれまで回ってきたとのことらしい。

 先生はコースケは伸びしろあるぞ、何ていうけど、そんなのあるなら6位じゃなくてもっと上位になってるし、こんな息も絶え絶えな金魚になってない。


 ***


「もうサイアクだよマジで……」

「えー、選手に選ばれるなんてコーエイじゃねぇのぉ?」

「ケンちゃん、ぜんっぜん手抜いてたじゃん! 真面目に走ったらコースケより速いのに」

「いいんだよ、俺は。100メートルで全員ぶち抜くのが俺の役目だからな。3キロもちんたら走るのはそうしょくけいのコースケに任せるわ」

「コースケも俺たちみたいにのんびり走ればよかったのに。まじめくんだねぇ~!」

「お前らが後ろにいすぎたからだろ! 先生ずっと俺の方見てたんだからな。手抜いたら一発でばれるっての! あーあ、ほんとサイアク!!」


 ケンちゃんもミナトも同情するどころかバカにしてくる始末。でももし逆だったらおれもあんな風にバカにしてただろうから怒るに怒れない。

 どうにか過去に戻る方法があれば、今日はお腹痛いからって休んでたのに。……多分母さんに叩き出されてたけど。


***


 早速放課後から選手の集まりがある。短距離と長距離でグループ分けされるから、100メートルで選手になっているケンちゃんとも別だ。ミナトと二人してさっさと帰ってゲームするって言ってた。うらやましい。

 集合場所の理科室のドアを開ける。いつも2組は帰りの会が長引くから、集合時間ギリギリだ。

 

「すみません、遅れました!」

「お、来たね。……ぎりぎりセーフ! 好きなところ座っていいよ」

 

 陸上競技の経験者だっていう神崎先生がご機嫌で席に座るように言ってくる。普段は3年生の担任だから話したことがほとんどない。この間の体育の時間になぜかずっと見られていたのもあってちょっと苦手だ。


 時々のぞく白い歯がきらりと光る。うちの小学校に来たのは2年前で、当時は若くてイケメンだって女子に人気があった。でもどうにも熱血というか、暑苦しい感じがわかってきて、だんだんと人気が落ちていった先生だ。まあ、一度も人気になったことがないおれからすれば羨ましい話だけれど。

 

 遅刻というわけではないけど、一番最後に入るのはちょっと気まずい。せめてもう一人同じクラスの奴がいればよかったのに。

 第一さ、好きな席にと言われても困る。だってよそのクラスに話せる相手なんてほとんどいないし。

 とりあえず適当に空いている席に座る。

 

「そっちのクラス、いっつも帰りの会長いよね」

「え、うん。うちの担任話好きだから」

 

 突然話しかけられたものだから相手も見ないでそのまま返事をして、その後に誰が話しかけてきたのか気づく。

 向井幸。長い黒髪を後ろでまとめた、すらっとした雰囲気のある女の子だ。クラスは違うけど、おれと同じ5年生だ。

 たまにこっちのクラスにも遊びにきたりしているし、廊下で見かけることはある。でも直接話したことはなかったはず。同じクラスだったとしても多分、自分からは話しかけられないと思う。そのくらいおれたちからすれば男女の壁は厚いのだ。なのに、そんな壁がないみたいに、普通の顔をして話しかけてきたのだ。

 

「帰る時そっちのクラス覗くとみんなまだぁ~って顔してるよね」

 

 そう言ってクスクスと笑う。その顔があまりにゆるりとしているから、おれも不思議と肩の力が抜けてしまった。

 

「……そりゃ、早く遊びに行きたいのに、ずっと同じような話ばっかりするからさ、仕方ないよ」

 

 そうだよねぇ、などと話を続けてしまっていたが、あいにくと今は先生の話が途中だった。

 

「ほらそこの二人。話聞いてたかー?」

 

 みんなの注目が集まってしまって、二人して肩をすくめることになった。そこからは当然真面目に話を聞いた。でも、怒られちゃったねと、サチがおれに向けてペロッと舌を出した時の、その小さな薄桃色がぐるぐるとおれの頭に残り続けた。おかげでどうにも話に集中できなくて困ってしまった。

 

 ***


 神崎先生が陸上競技会について説明をしている。話はやけにスムーズに進み、学校から家までが遠すぎる生徒は別として、週2回は朝練をしようと言うことになった。うちのクラスでそんな提案がされようならブーイングが飛ぶところだが、ここにいるみんなはなぜか乗り気だ。

 

「なんでみんなこんなにやる気あるんだろ……?」

「それはね、大体みんな陸上クラブだからだよ」

 

 こっそりと呟いた声が聞こえていたみたいで、隣から答えが返ってくる。何度も注意されたくはないから、こそこそと気になる言葉を聞いてみる。

 

「陸上クラブって、みんな走ってるってこと?」

「そうそう。まあボール投げの子とかもいるけどね」

 

 そんなキトクな生徒がいたのか。こんなに!?

 

「えっと、向井……さんもクラブなの?」

「ふふ、もちろん。っていうかこうすけ君以外はみんなそうだよ」

 

 内容より、いきなり名前を呼ばれたことにびっくりする。なんでおれの名前を知ってるんだ?

 

「それと、わたしもサチでいいよ。おんなじ学年だしね。……えっと、口空いてるよ?」

 

 思わぬ流れ過ぎてポカンとしてしまった。流石にカッコ悪すぎる。ぎゅっと口を締めて──、なんて言うべきだ?

 などとのろくさく考えてたせいで、先生の話を聞く体勢に戻ってしまった。サチ……なんて、いきなり呼べるわけがない。心の中でさえ名前を呼ぶのに一拍置かないといけないなんて、なんてザマだ。でも女子とこんな風に名前で呼び合うなんてしたことないから仕方ない!

 混乱は続くけど、今後のスケジュールは確かに聞いておかないとまずい。おれも悩みは棚上げにして、先生の話を聞いておく。

 

 ノートにメモを取りながら、チラリとサチを見てみる。陸上記録会までの付き合いなんだろうけど、サチと話したり一緒に練習できるなら、もしかしたら悪くないかもなあ。


***

 

 ゼンゲンテッカイだ! 


 初回の練習だから気楽にやろうかなんて先生につられて走り出したけど、つらすぎる!

 息が全然足りてなくって喉の奥の奥からゼヒゼヒととんでもない音がしてる。

 血液がぐるぐる身体中を回ってる音まで聞こえてきて、今すぐにでも横になりたい! でもそんなことになってるのはおれだけみたいで、みんな平気な顔をしている。

 

「こうすけ君、大丈夫? すごい顔真っ赤だよ?」

「……あ、うん、大、丈夫。赤いのも、大体こんな感じ、だから」

 

 合間合間に息を吸い込む動作が入るせいで悲惨な会話になってる。酷過ぎて向井……サチを直視できない。絶対呆れられてる!

 と、そこに先生まで登場してくる。

 

「お、コースケはかなり頑張ったな! 普段走ってない割に引き離されなかったのはグッジョブだぞ! でも無理はよくない。根性は認めるけど、無理は怪我に繋がるからね。ほら、背筋を伸ばして、しんこきゅーう。はい、繰り返して〜」

 

 先生の言う通りにきつい体を無理やり伸ばして深呼吸を繰り返す。腕を伸ばして胸の周りも動かすと呼吸する筋肉もほぐれるんだという。

 何言ってるのかはわかんなかったけど、確かに呼吸が落ち着いてきた。周りでも先生の声に合わせてみんな深呼吸をしている。隣ではサチ……がおれとタイミングを合わせて腕を上げ下げしている。それに気づいたおれに、にっこりといい笑顔を見せてくれた。

 

「コースケはしばらくは別練習にしようか。先生がきっちり基礎から教えるから安心していいぞ」

 

 えっ、みんなと別なの?! ああ〜、なんてサチ……もみんなも頷いている。

 

「こうすけ君は初心者だもんね。ほら、私たちみんな走り慣れてるから。大丈夫! すぐに一緒に走れるようになるって!」

 

 励ましてくれるのは嬉しいけど、下手すると神崎先生のマンツーマン練習か。サチと仲良くなれるかも、なんて下心が邪魔をして! はあ……、楽しい練習になりそうにはないなぁ……。




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