表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

【透過浸透】

粗野粗暴で荒々しい、サマー・ブレイズフレイム。意気揚々とからかう、リング・ストームエアー。 真面目ゆえに厳格な、フォール・クロックデザート。優しいけど愛が重い、ウィン・レインフロスト。


そんな自由奔放かつ自由気ままに生きる四人の使い魔と、魔法使いであるリアル・シャインダークは一緒に暮らして、四ヶ月ほど経過し。 生活等が安定し、魔法使いとしての能力も成長し、死に縋り求める事も無くなり、賑やかでもあり、穏やかでもある日常を今日もまた過ごそうと。 使い魔達と共に朝食を取っていた時の事だった――。


「目玉焼きにかけるのは醤油に決まっているでしょ。だから、醤油で我慢しなさい」


「ハッ。ふざけるんじゃねェ。目玉焼きには、ケチャップが一番なんだよォ。だから、ケチャップで食べるべきだァ」


「何を言っているの? 目玉焼きにかけるべきなのは、バターだよ。絶対ねェ! だから、バターをかけるのですよ! 」


「いいえ、目玉焼きに一番合うのは生姜です。だから、生姜をかけることが最も重要です」


「流石に、こればかりは譲れません。目玉焼きには塩胡椒が最適。だから、塩胡椒をかけましょう。リアル様」


いつもなら、楽しく穏やかな朝食が。

目玉焼きに何をかけるかで対立し、互いに否定と拒絶を重ね合っており、時間が経過するにつれて熱がこもっていき、いつの間にか論争までに発展していた。そして――、


「もういい! 目玉焼きだけじゃなく…、自由奔放に、自由気ままに生きるお前らには散々だ。 今から、お前らとは、決別だァ! 契約を解約だァ! この家を売り払ってやるッ! 」


目玉焼きに何をかけるのかをきっかけに、今まで内心に溜まっていた不満や怒りなどのネガティブな感情が頂点に達して爆発し。論争の末、リアルは使い魔達に決別及び契約を解約することを宣言し。またこの家を売り払うために外へと出てしまった。それに対し、使い魔達も怒りのままに。


「上等だァ。契約を解約すればいい。こんな諦めの悪い人間の傍なんて、こっちから離れてやるからよォ」


「構わないよ。魅力の無い、注目もしない、無力な人間の隣には いたくないからねェ」


「ええ、いいでしょう。決別です。元々、価値観や思考の合わない人間とは、暮らしたくはありませんでしたから」


「俺の気持ちを少しも理解してくれない貴方なんか、要りません。俺は俺の自由に生きます」


後に続くように外へと出ていき、それぞれ何処か遠くの場所へと去ってしまい、関係は見事に崩れてしまう。


衝動的に、感情的に、不安定な状態で契約を解約するという事態に陥ってしまったが。 正式な手順で行うか。リアルが自らの手で使い魔達を殺さない限りには、解約することはできないため。 いくら、宣言しようと。解約したことにはならない。 互いの怒りの熱が冷めれば。何事もなかったように和解し、またいつものように戻ることができる。


だから、怒りの熱が冷めた頃には。

気持ちは落ち着いていて、思考は冷静となり、こんな些細な事で論争してしまったことに反省し。 家へと戻っていき。仲直りするため、帰りを待って――待とうとしていた。リビングにあるテーブルの上に置かれた一枚の手紙を見て読むまでは。その手紙を見て読んで、心が絶望の色に染まり、それぞれ、その場で体勢が崩れるまでは――。


以下、手紙には こう書かれていた。


『サマー・ブレイズフレイム。リング・ストームエアー。フォール・クロックデザート。ウィン・レインフロストへ。


使い魔契約を解約することに致しました。

またこの家を売り払う手続きが終わり、業者の方が販売するための準備に向かってきていますので。 何か、私物などがあれば。はやめに荷物としてまとめて、出て行ってください。


四ヶ月と短い間でしたが、貴方達と一緒に暮らせて、いい勉強になりました。

これからは、カード・ミドルラズベリーという方と一緒に暮らしていきますので。

貴方達も何にも縛られずに、自由奔放に、自由気ままに、自分の思う通りに、自分の欲望のままに生きてください。


改めて、四ヶ月間。ありがとうございました。それでは、さようなら。

リアル・シャインダークより』


正式な手順で、使い魔達との契約を解約した事と家を売り払う手続きが完了した事。 そして、別れの挨拶が告げられ、書かれており。一気に使い魔達の心を絶望の色へと染めさせ、体勢を崩させる。


起きてはいけない、起きないであろうと思っていた最悪の結末の一つが起こってしまったという現実に。 使い魔達は耐えきることができなかった。


後悔と罪悪感が徐々に渦巻いで募っていく。

もう、自分達はリアルと一緒に生きることができないのだと――。



―――



数時間前――。


溜まっていた不満や怒りが爆発し、その衝動と感情のままに、使い魔達との契約を解約することを宣言し。 家を売り払う余裕など滅相も無いのに、外へと出てしまったリアル。


だが、外へと出て。歩いているうちに。時間が経過するにつれて。

熱は冷めて、心は落ち着き、冷静な思考へと戻っていき。自分がやらかした事の重大さに気がつく。


「家を売り払うことをしたのも問題だけど…、契約を解約するとか言うなんて、最低だ……。 絶対に許されない、許すべきことではないことをしてしまった…。ああ、なんてことを……、」


今更ながらに後悔と罪悪感が満ちる。

たかが、目玉焼きに何をかけるのかで強要や否定と拒絶、論争を引き起こし。

挙句の果てには、契約を解約するなどと言い出して、外に出るなど。最低にも程がある上。 目玉焼きに何をかけるかなんて、それぞれ自分が好きなように食べればいい話で済むのに。 かなり取り返しのつかないことをしてしまった。


使い魔達の性格を考えるに。

素直に心の底から謝罪を述べたとしても。絶対に許されるべきことではないから。そう簡単に宣言を無かったことにするのは勿論、仲直りや和解をするのは難しい。むしろ、荒れ狂い。死を呼んでしまう可能性の方が高い。


謝罪をするのは当然として。それならば、一体。どうするべきなのか。

このまま宣言通りに契約を解約する方がいいのか。それとも、別の方法で解約は無かったことにした方がいいのか。 もう、いっそのこと。自分が死んだ方が早いか。いや、死ぬのはそれこそダメだ。 考えても、考えても、悩みに悩んでも、いい案が浮かばず。後悔と罪悪感が募るばかり。


しかし、それも。ある人物に話しかけられたことによって。解決策が見つかる。


「それなら、敢えて。嘘の厳しい対応をすればいいんじゃないかな」


考えても、悩んでも、いい案が浮かばず、頭を抱えていると。

優しく透き通った声に話しかけられ、声の方へと振り返り、振り返った先に映る姿を見て、思わず声を上げる――。


「うえぇッ!? か、かかか、カード・ミドルラズベリー様ァ!!? 」


「おや、僕の事を知っていたの? 」


「し、知っているも何も…。魔法使いとして、頂点に君臨する者と、この世界では知らない人はいませんよ」


「そうなんだね。僕って、意外と皆さんに認知していただけていたんだね。とても有難い事だ」


「うおォッん!? 滲み溢れ出る纏うオーラと笑顔が眩しい! こ、これが、穢れの無い、眩く煌めく輝かしい完全な善の白い光…!」


優しく透き通った声の主。そして、魔法使いの頂点に君臨する者である カード・ミドルラズベリー の滲み溢れ出る纏うオーラと笑顔の眩しさに一歩、下がり、慄きながらも。何かいい案や方法でもあるのかと、尋ね返す。


「勿論。先も言ったけど。敢えて、嘘の厳しい対応をすればいいと思うよ」


「ぐ、具体的には…? 」


「本当に契約を解約してしまったと。家を売り払うことをしたと。手紙にでも書いて、伝えればいいんじゃないかな。 貴方の使い魔さん達の性格からして、それが一番に効くと思うよ」


「な、なるほど。確かにそれなら…、って、え? ちょっと、待ってください。少し今更ですけど、何で私達の事を知っているのですか? 」


尋ねに対し笑顔で具体的な提案をされ、確かにこれなら上手くいきそうだと思うと同時に。 どうして、自分達のことを知っているのかと疑問する。


可能性として、常に最下位に君臨している自分は。そうだからこそ、逆に認知されていたというのがあるが。 使い魔達に関しては、この街でも知る人は、ほぼいない。それなのに、どうして。どうやって。使い魔達の事を知ったのか。知っているのか――。


疑問に対し、答えはすぐに返ってきた。

何故、知っていたのか。知っているのか。それは――、


「僕は貴方達を…貴方達の心が読める読心術の使い手なんだ。だから、貴方達の事を知っているんだ」


「え、読心術? 」


「うん。そうだよ、読心術。

あまりにも貴方が悩んでいたから、読心術で心を読めば、何か力になれるかもしれないと思って。 勝手ながら、心を読ませていただいたのだけれど……、気持ち悪かったよね。ゴメンね」


「あ、いや。まぁ、お陰で解決できそうですし。納得がいきましたし。別に……、いいや、読心術って…。えぇ」


読心術により、リアルの心を読んだことで使い魔達の事まで知っていたという。

納得はいくものの、人に心を読まれるのも複雑だが。カード相手だとより複雑な気持ちが巡る。 カードの場合、善意であり。読心術自体も悪い事ではないが、やはり人に心を読まれるのは、いい気はしない。 加え、頂点に君臨する者が読心術を使えるのであれば。恐ろしくもなる。若干、疑いの目も出てくる。 だが、こうやって。複雑に思い続けても無意味なのは事実。とりあえず、カードの提案で解決できそうなので。やってみることにする。


「ま、まぁ…、じゃあ、その案でやってみることにします。えっと、ありがとうございました。それでは…、」


「ちょっと待って。その方法は一人だと成り立たないから、僕達も協力するよ」


「え、協力? それに、僕達って…? 」


「色々と用意しないといけない事もあるから…、一旦、僕達が泊っている宿に行って。詳しい事はそこでまとめよう。 ってことで、ワープ開始! 」


「いや、え? 私、いいなんて…あっ、」


だが、それは一人では成り立たないものだったようで。カードは「僕達」と称して協力してくれると。 リアルの意思関係なく、勝手に話が進み。カードに連れられ、強制的に何処かへとワープさせられてしまった――。



―――



強制的に何処かへとワープさせられ、着いた先は宿だった。


思い出してみれば、確かに宿に行こうと言っていたが。なんだろうと強引過ぎではないかとリアルは困惑と疑心に思う。 しかし、そんなリアルの心情を知ってか。知らないのか。カードは優しく宿の中を案内し始め、自分達が泊っているという部屋と連れて行き。部屋の中へとリアルを通せば、改めて自己紹介をすると共に、自分の使い魔達を紹介する。


「改めまして、僕はカード・ミドルラズベリー。この世界の色んな場所を旅している魔法使いさ。 そして、こちらは僕の使い魔の……」


「わたくしは、ハート・イーストローズですわ。よろしくお願いしますわ。リアル様」


「自分は、スペード・ウエストヒヤシンス。リアル様と出会えて嬉しいよ、これから宜しく」


「妾は、ダイヤ・サウスレモンよ。カードがご迷惑をかけるかもしれないけど、宜しく頼むわね」


「私は、クラブ・ノースアイビーでーす! リアル様と出会えて、すっごく嬉しいです!これから、よろしくです! 」


「…と、僕の使い魔をしてくれている、明るく賑やかな娘達だよ。宜しくね、リアルさん」


――カード・ミドルラズベリー。

身長は177cm。白く柔らかな長袖のシャツと裾先が足首まであるズボンに、虹色に輝くローブのようなモノを上から羽織っており、これまた白いショートブーツを履きこなしている。髪は白銀の色をしたサラサラで艶のあるストレートヘアー。瞳は右目には薄い赤色と虹のように七色の光沢が入り、左目には薄い青色と無彩色の七色の光沢が入ったクリーム色の三白眼。肌は色素が薄いが健康的。体型はスッキリとしており、腕や足も細く長い。声質は優しく透き通っているなど。全体的に儚げでミステリアス。もしくは、何の混じりけの無い純白で神々しい雰囲気がある。


使い魔達は、顔の輪郭は猫に似ており、猫の耳を横に太く、縦に長い形をした耳のような、角のようなモノを持ち。 身長は168cmで、目尻の下がった瞳とふんわりとした顔立ち、聞き心地の良い癒しのあるウィスパーボイス、ロリータファッションのような服装に身を包む、全体的に桃色に近い柔らかい赤色をした品のある者は、ハート・イーストローズ。身長は169cmで、目尻が少し吊り上がった横に細長い瞳と中性的な顔立ち、聞き心地の良い魅力のあるハスキーボイス、サイバーファッションのような服装に身を纏う、全体的に水色に近い爽やかな青色をしたカッコイイ者は、スペード・ウエストヒヤシンス。身長は164cmで、吊り上がった猫に似た瞳と大人っぽい顔立ち、聞き心地の良い凛とした少し高めの声、貴族が着るドレスのような服装を着こなす、全体的に橙色に近い鮮やかな黄色をした美しい者は、ダイヤ・サウスレモン。身長は173cmで、丸く大きい瞳と色・服装とは違う明るく元気な顔立ち、聞き心地の良い幼げのある高い声、ゴシック系のファッションのような服装を着用する、全体的に緑色に近い落ち着いた黄緑色をした可憐な者は、クラブ・ノースアイビー。であり、リアルの使い魔達と比べるとかなり対照的で印象が強く、何より、主人であるカードに忠誠心と程よい距離感があるのが目に見えて分かる程。


自分とは、いや、自分達とは、あまりにも対照的で明るさのある輝かしい姿と関係に。 いい意味でも、悪い意味でも、ショックを受けて。その場で、顔を覆ってなだれ込む。


「な、なんということだ…! これが、頂点に君臨する者の世界か…! 幸せという現実か…! 」


「あら、大丈夫ですか? 急になだれ込んでしまうとは、何処か体調が優れないのですか? 」

「おや、大丈夫かい? 何処か痛むのか? はっ、それとも、奴らに襲われたのだろうか…、」

「大丈夫? まさか、奴らが…、傷があるのなら、すぐに見せて頂戴。致命傷ほど、第一段階が大切よ」

「大丈夫ですか!? 私で良ければ、すぐに回復と治療を致します! 」


「ああ、大丈夫です…。精神的なモノなので、すぐに直りますから…うぅ、ぐ。

ああ、使い魔達が丁度いいぐらいに優しい…ちゃんと優しさがある…家とは大違いだ」


なだれ込んだことに、すぐさま駆けつけ、寄り添い、大丈夫かと心配してくれるカードの使い魔達の程よい優しさにも触れ。更にショックを受けてしまい、悲しさが零れていく。だが、いつまでも悲しんではいられない。現実を受け止めて、本来の目的である、使い魔達と問題の解決策について話しを進め出す。


「えっと、確か…私を此処に連れて来たのは。私と私の使い魔達の問題を解決させるためでしたよね? その…、それで。一人では成り立たない方法であるから。協力をなんとかって……、」


「そうだよ。君一人だと、成り立たない。

だから、僕と…主に僕の使い魔達が協力して。それぞれ、君の使い魔さん達に助言や説得等をして。想いに気づかせないとね」


「すみません。あの、意味が上手く掴めないのですが……、」


「簡単に言えば…、使い魔さん達に君の愛情を気づかせよう作戦さ!

自分達に与えられていたモノは何か。自分達が心で抱いていた感情は何か。それを第三者として接する僕の使い魔達が言葉巧みに気づかせて。気づき戻ってきたところに、君からの解約をしたという手紙が届き。よりモノと感情に気づかせ、少しの間、絶望に落とし込み、反省を促して。後悔と罪悪感が100%になったところに、君が使い魔達の元に戻ってくるというシナリオ! これなら、間違いなく。問題が解消解決し、関係が修復され和解できるはずだよ! 」


「え、あ、ああ…そうなんですね。

でも、それって。ちょっと、少し、いや、かなり色々と不味いのでは? 」


「まぁ、最初は不安になるよね。でも、大丈夫!安心して、僕らに任せてよ!

君はモニターから眺めるだけで、いいからさ! 」


話を進めていき、具体的な作戦を説明されるが。

下手したら、何処か危ない展開になりそうな作戦であり、不安が募る。

しかし、不安を抑え込められるように。カードの勢いに押されて、もう致し方なく承諾して任せるしか他は無かった。


「は、はぁ…、わかりました。じゃあ、お願い致します」


「よし!じゃあ、皆!頼んだよ! 」


「「はい! 」」


「そして、僕は手紙をさらっと書いて。さっさと手紙を出しに行こう。ふふふっ…、楽しくなってきたね! 」


「……この選択、間違っていないといいけど」


この選択肢が間違っていないことを祈りつつ、致し方なしにカード達に対応を任せて。 リアルはいつの間にか用意されたモニターを、いつの間にか座らされていた豪華でふかふかのソファーから、カード達の言動や使い魔達の様子を見ていく――。



―――



目玉焼きに何をかけるかで論争し、怒りの衝動と感情のままに、一時的に別れてしまった使い魔達の一体。 サマー・ブレイズフレイムは、両腕を組みながら、荒々しく街並みを歩き。当てもなく、目的も無く、理由や意味も無く、ただ怒りを抱えながら、とにかく街の奥底へと向かっていた頃。


「――そこのお兄様。そんなに荒んでいると身体に悪いですわよ」


突如、全体的に桃色に近い柔らかい赤色をした見知らぬ魔物が行く手を阻むように声をかけて来た。


「あァ? 何だ、テメェ」


「わたくしで良ければ、その荒んでいる理由を聞いて差し上げますわ。だから、身体に悪い事は よしてくださらない? 」


「丁寧に見せかけて、無礼な奴だなァ。何の目的だァ? 」


「わたくしはただ、荒んでしまうほど困っている方を放っておけない性分なだけですわ。疚しい事など何も無くってよ」


どうやら、サマーが荒んでいるほど困っているように見えたため。心配をして、声をかけてきたらしい。 余計なお世話だと、普段ならば言いたいところだが。今回に関しては、怒りの感情が強かったため。 その怒りの矛先を少し変えるように八つ当たりや鬱憤晴らしにしながら、話を聞いてもらうことにした。


(あるじ)は、俺様の事を侮辱しやがったァ。いや、俺様の意見をちゃんと聞くことなんて、一度も無かったァ。 目玉焼きには、ケチャップが一番に合うのに聞かねぇし。ウィンの野郎の意見ばっかり、聞き入れて。 俺様なんか、二の次みたいに 扱いを雑にしやがる。俺様の方が正しい意見を…いや、意見だけじゃない。 俺様の方が正しくて、正確で、間違いなくて、誰よりも(あるじ)の事を考えて行動しているっていうのにィ。 いつも、優先するのは。ウィンの野郎ばかりで、俺様の事なんて、一度も見てくれはしない…! 」


「あらまぁ…」


(あるじ)は俺様の事なんて、どうでもいいんだよォ。(あるじ)にとって、ウィンの野郎さえ、いればいいんだァ……、」


目玉焼きの時といい、リアルは自分の意見を聞いたことも、自分の事を見てくれたことは一度も無い。 同じ使い魔であるウィンばかり贔屓して、自分の事をどうでもいいと雑に扱っていると。 ウィンさえ、いればいいとしていると、サマーは嫉妬心と疎外感、失望を口に出して表す。


「俺様は、創り生み出された際。一番に縋り求めていた事を叶えてやったのにィ。

俺様の想う事を押し殺して、やったのにィ。生きることを選んだ時だって、一番に嬉しかったのは俺様なのにィ。 俺様が一番に。ウィンの野郎なんかよりも、俺様が!俺様が、俺様が……クソッ! 俺様が一番なのにィ……、」


創り生み出された時に、真っ先に率先して縋り求めていた事を叶えたのは自分だというのに。 何においても一番にやっているのは自分だというのに。ウィンよりもリアルが望む行動をしているというのに。 理不尽であると。


一番にやっているのは自分なのに。それなのに、リアルは自分を一度も一番にしてくれたことはない。 ただ単に見返りを求めてやっているわけではない。だが、一度でも。一瞬でも。自分の事を一番にしてくれてもいいじゃないか、と寂しさを心に抱き。満たされない欲望を吐き出して、サマーは嘆く。


「どうして、何故、ウィンの野郎ばかり……、ウィンだけが必要なら、俺様なんか創らなければ、生み出さなければ、良かったのにィ。 俺様の事が必要無いなら、殺せばいいのにィ」


嘆き続けて、遂には自分など創らなければ。生み出さなければ。殺せばいいのにと悲哀を口にする。 ウィンだけが必要とされているのなら、自分の存在意義は無いと卑屈に否定を重ねて。 自ら、暗く沈んだ想いで。怒りの炎をかき消していく。もう自分などと――、


「そうだったのね。貴方には、何一つ。ご主人様の愛情が届いていなかったのね」


だが、話を最後まで聞いていた魔物はサマーに同情することはなく。逆にサマーへ指摘を入れる。 サマーは、その指摘に意味が分からず、「はァ? 」と少し荒んだ声を出すが。魔物は怯むことなく、指摘を続ける。


「貴方、自分の視点でしかご主人様の事を見ていないのね。ご主人様から見た貴方の事を何も知らないのね。 いや、どちらかと言えば。恥ずかしくなって、貴方は心の想いを隠してしまっている。照れくさくなって、ご主人様の愛を素直に受け取れていない。だから、他の使い魔ばかりと。自分ばかりと思い込んでしまうのね。 一度、思い込むのはやめて。考え直してみて、見直してみて。 貴方は愛されていたはず。貴方だけじゃ、他の使い魔だけじゃなかったはずよ。 そうでなければ、貴方の為に生きる選択肢はしないわ」


自分の事とリアルの事を、よく考え直し、よく見直してみろと、指摘を入れられ。

サマーは思わず、黙り込み。暫くの間、思考する。本当にそうだったのかと、魔物の言う通りなのかと――。



(あるじ)は、いつも俺様の事に対して。どうしていた。どう見てきていた。どう接していた。どう触れてきていた。


(あるじ)は、いつも俺様の言動に一喜一憂しながらも。時には怒ることもあったが、最終的には前向きに捉えて。 俺様の事を褒め称えて、優しく温かく頭を撫でるなど触れ合ってきてくれた。


(あるじ)は、ウィンの野郎だけではなく。俺様に対しても、愛情を満遍なく注いでくれていて。 俺様が見てほしいと何も言わずに求めている時は。(あるじ)も何も言わずに、自分を見てくれて。その時はいつも一番にしてくれていた。


(あるじ)は、俺様の炎で全身が焼き焦げても。不満は言いつつも、罪として捉えることはなく。いつも受け入れてくれた。


(あるじ)は、俺様を愛している。だから、一緒に暮らそうと。俺様を探しに来てくれて。 満足にさせると。幸せにさせると。誓いを立ててくれて。俺様を使い魔として選んで、創り生み出してくれた。


じゃあ、俺様は(あるじ)に対して。どうしていた。どう見てきていた。どう接していた。どう触れてきていた。


俺様は、ウィンの野郎と違って。心の想いを外に出すことが苦手だから。

照れ隠しするように、いつも荒んだ言動で遠回しに分かりづらく伝えていた。


俺様は、ウィンの野郎と違って。愛情を素直に受け取れず。

恥ずかしくなって、照れくさくなって、つい、荒んだ言動や炎で焼き尽くして誤魔化していた。


俺様は、(あるじ)の為と考えて行動してきたが。それが、(あるじ)の役に立ったことはあるのか。 確か、指で数える程度でしかないはずだ。俺様のやり方は、正しいが危険な事ばかり。それでも、(あるじ)は採用してくれていたが。ほとんど失敗に終わっている。


俺様は、(あるじ)の事を創り生み出された時から最愛している。この世界で誰よりも好きで、恋しくて、信じていて。 俺様には、(あるじ)しかいないほど。(あるじ)が生きる糧になっているほど。(あるじ)が一番に大切で、最も優先しているほど。 かけがえのない人間。代わりなんていない(あるじ)。一緒に暮らして、傍にいて、隣にいて、横にいて、心が安らぐ者。 共に生きて、幸せになれる存在だ。


それなのに、俺様は。

ウィンの野郎に嫉妬心や対抗心を燃やして。(あるじ)の事を見下していた。 寂しいと、孤独だと、疎外されていると思い込んで。自分を過信して溺れて。ちゃんとこの目で見ていなかった。 ちゃんと、しっかりと、確実に、向き合っていなかった。俺様は、最低かつ理不尽で荒んだ 諦めの悪い使い魔だ――。



悔しくも、確かにこれは自分のせいだと。リアルは悪くないと。本当にそうだったと。魔物の言う通りだったと確信し納得する。


本当に自分の事ばかりしか見ていなかったとサマーは考え直して、見直す。

正直、本当に悔しいが。見知らぬ魔物に指摘をしてもらえなければ。この事実に気づくことは無く。この後、何事もなかったように和解をしたとしても。思い込んだままの感情を抱えながら、また日常を生きていたところだったと。


「チッ。まさか、こんな見知らぬ魔物によって気づかされるとはなァ。

まぁ、でも…。ありがとよォ。お陰様で、心置きなく(あるじ)の元へ帰れるからなァ」


「お役に立てたのなら、何よりですわ」


「おう。それじゃあ、俺様は帰るから」


気づかしてくれた魔物に感謝の言葉と別れの挨拶を伝えて、リアルの元へ。リアルの家へと。軽快に、足早に戻る。 今度こそは、ちゃんと愛を伝えようと。心に誓って――。



「ええ、いってらっしゃいですわ。衝撃の炎を浴びに……」



別れの挨拶に対して返した魔物の言葉と微笑みが黒く染まっていたことにも気づかず。 サマーは、心置きなく。何の混じりけも無く。戻って、帰っていくのだった――。



―――



サマーと同じく、目玉焼きに何をかけるかで論争して、一時的に別れを作り出してしまった使い魔達のもう一体。 リング・ストームエアーは、暴風を辺りに巻き起こし、自分は緩やかで優しい風に揺られながら。 行く宛先もなく、フラフラと道の中を流れていた頃。


「ちょっと、そこのお兄さん。悪いけど、その暴風を止めさせていただくよ」


流れゆく風を止めるように、追い返すように、偶然にも通りかかった、全体的に水色に近い爽やかな青色をした魔物に声をかけられる。


「うむ? ワタクシ、今。とっても機嫌が悪いのですよねェ。

邪魔をするっていうのでしたら、その首を切り裂いて、吹き飛ばしてしまいますよ? 」


「私は構わないけれど。そんなことをしたら、君の魅力が落ちて、風当たりが強くなるかもしれないよ」


「なんと、生意気な。しかし、風当たりが強くなるほど魅力が落ちるのは勘弁。

いいでしょう。これ以上の風を起こすのは、やめましょう。それで、貴方様の目的は何です? 」


「話が風のように早くて助かるよ。

自分の目的は、君の心に溜まった蟠りを少しでも軽減させることさ。

今は止めてもらっていても、いずれはまた同じことになるだろうし。それなら、最初から同じことにならないように防ぐのがベストだと思うからね」


どうやら、声をかけてきた理由と目的は。また暴風を引き起こせないために、リングの心の蟠りを軽減させることだったようで。悪意や敵意を持って声をかけてきたわけではなさそうだ。しかし――、


「まぁ、確かに。暴風を起こしてしまいましたが、見返しても誰にも迷惑をかけていないですし。余計なお世話でしかないです」


誰にも迷惑をかけたことはないため、何の問題も無く。余計なお世話だとリングは無愛想に拒否をする。 だが、それでも魔物は冷静に淡々と指摘を上から重ねる。


「それはどうかな。自分はそう思うけど、実際はそうでもないというのは、よくあることだよ。 特に風の噂というのもあるし。ここは素直に蟠りを軽減させた方がいいよ。魅力が無くなるのは嫌だろう? 」


「的確に嫌な所を突いてきますねェ。

ふん。分かりましたよ。このまま拒否しても、貴方は近くにすら飛ばされないでしょうからね」


「ふふっ。すぐに風の向きを切り変えてくれて助かるよ。じゃあ、話してくれるかい。君の蟠りってやつを」


これにはリングも後先の事を考えて、軽減されるのかは分からないが、心に溜まっている蟠りを話すことに決め。 複雑に入り混じった感情で、心に溜まっている蟠りを話し始める。


「ワタクシの主人ってば、ワタクシが魅力ある提案をしてもことごとく却下する上。 目玉焼きにバターではなく、醤油をかけることにこだわりを見せている。バターの方が魅力のある味になるのに。 全く、今回の目玉焼きの件といい。主人は魅力の無い事ばかりして、とても汚いです。外見だけじゃなく、心まで真っ黒です。 ワタクシがせっかく可憐に。綺麗に。美しく。素晴らしく。魅力のあるモノにしようと動いているのに。 これじゃあ、無価値です。何の煌めきも。何の輝きも。何の華やかさも無い。何も楽しくない…! 」


リアルは魅力のあるモノを全て却下するなど、心まで黒いと酷評し。

自分の努力は何一つ、報われておらず。楽しくないと悲劇的に嘆く、リング。

そして、風に乗って踊るように。


「ああ、ワタクシは主人の為に。魅力のある日々を送らせてあげようとしているのに。 どうして、主人は魅力の無いことばかりを好むのでしょう。本当に困ったものです。悲しくて哀しくてしょうがない」


悲哀を流し出していく。

自分は主人の為に頑張って、奮闘して、努力して、魅力のある日々にしようとしているのに。 応えることを一切してくれないと。リングは嘲るように嘘泣きを零し。自分は辛いと言葉を重ねていく。 だが、そんなリングの心に傷を入れるように。魔物は淡々と厳しい言葉を伝える。


「君の魅力がしっかりと外に出して伝えていないから、主人さんに伝わっていないのでは? それと、主人は全て却下しているとは思えない。どちらかといえば、君が勝手に勘違いや誤解などの思い込みをして。自ら、却下されたとして。自分自身と主人の事を却下しているとみえるよ」


「えっ、そんなこと…! 」


「視点を変えて、よく思い出してごらんよ。

そして、また自分の身体をよく見直してごらん。君の身体に傷一つ、与えられていないだろう。 仮に、何もかも却下するような魅力の無い主人であれば、君の身体に何の傷も付けないような真似は絶対にしない。 一つ以上の傷は必ず付けるはずさ。君を見捨てるという殺害行為をしているはずだ」


本当はリング自身がちゃんと主人に想いを伝えていないから、主人に想いが伝わっていないのだと。 どちらかといえば、リング自身が勝手に勘違いや誤解などの思い込みをしているだけだと。 本当に何もかも却下する魅力の無い主人であれば、リングは今のこの場で生きていることすらないと。 そう、魔物に厳しく言われ。リングは何度か否定しようとしたが、実際、身体に傷など一つも付けられておらず、何か引っかかるものがあり、癪には触るが。魔物の言う通り、視点を変えて思い出してみることにした。



主人はワタクシに対して。どう見ていたのか。どう思っていたのか。どう接していたのか。どうしていたのか。


主人はワタクシの提案に対して驚きや複雑な表情を浮かべながらも、最終的には承諾して採用してくれていた。 その提案が結果的にどうなったとしても。たとえ、酷い結果を生み出したとしても。ワタクシを責めることは一切せず、自分の力不足だったと自分自身を責めていた。


主人はワタクシがつまらなそうにしていると、何かと魅力ある提案をしてきて。

ワタクシを楽しませようと、時には、お道化た演技でパフォーマンスなどもして。ワタクシの心をワクワクとさせ、楽しい時間を創ってくれていた。


主人はワタクシを護るために魅力の無いことをしていた。いや、魅力のあることをして護り抜いてくれた。どんなに風に流されようが、冷たい風が流れても、臆することなく、風を追い返して魅力を見せつけていた。


主人はワタクシにどんなにおちょくられても。ワタクシの言動に酷く振り回されても。ワタクシに踊らされても。 ワタクシを愛してくれている。愛想が途切れることなく、魅力を与え続けてくれている。魅力ある楽しい事が好きな、ワタクシの為に。


ワタクシは主人に対して。どう見ていたのか。どう思っていたのか。どう接していたのか。どうしていたのか。


ワタクシは魅力が無いと嫌われたくないがために。心の魅力ある想いや愛を外に出すことはせず。 出したとしても、遠回しに面倒くさい事をして、気を惹こうと、構ってもらおうと弄んでいた。


ワタクシは想いを受け取っても、変なプライドが邪魔をして。素っ気ない見下した態度で当然だと、礼も言わずにいた。 嬉しい。ありがとう。幸せだよ。その気持ちを隠して誤魔化しを続けていた。


ワタクシは主人の為にと魅力ある提案をしてきたが、それは つもり でしか過ぎない。 実際、創り生み出された時からずっと、魅力の無い汚れたことを堂々と見せていた。ただ単に自分だけを護っていた。


ワタクシは主人の事を創り生み出された時から最愛している。この世界で誰よりも好きで、恋しくて、信じていて。 ワタクシには、主人しかいないほど。主人が生きる糧になっているほど。主人が一番に大切で、最も優先しているほど。 かけがえのない人間。代えようのない主人。一緒に暮らして、傍にいて、隣にいて、横にいて、心が楽しくなる者。 共に生きて、幸せになれる存在。


それなのに、ワタクシは。

勘違いや誤解などの勝手な思い込みをして却下されていると。魅力の無いものだと。ありもしない非難をしていた。 自分の努力や頑張りが報われていないと自分自身を洗脳し弄んで酔い、主人のことをちゃんと見てすらいなかった。 何もかも、魅力の無い言動を繰り返して。現実を見て解こうともせずにいた。ワタクシは魅力の無い、ただ相手から求めるだけの陰湿で狡猾な使い魔だ――。



悔しいが、確かにこれは自分が悪い。リアルは何も悪くない。本当に何かもそうだと。 魔物の言う通り、自分だけが、現実から目を背けて。勘違いや誤解などの思い込みを勝手にしていただけだった。


そう、リングは思い返すほどに。見直すほどに。

現実に目を向けなかった自分自身に腹を立てていく。魔物に指摘されなければ、厳しく言われなければ。何一つ、気づくことができなかったなんて。なんという失態だ。 現実に気づかなければ、この後、何事も無くお互い謝罪を述べて魅力ある仲を取り戻したとしても。勘違いや誤解などの思い込みをしたままということに。


「ふん。癪には触るけど。貴方のお陰で気づくことができました。思い返しも、見直すことも出来ました。 ありがとう。これで、魅力のある楽しい毎日を主人と一緒に過ごせそうです」


「気づいてくれたのなら、何よりだよ」


「それでは、ワタクシは主人のところへ戻らないといけないので。これにて、失礼! 」


指摘をしてくれた魔物に感謝の言葉と別れの挨拶を伝えて、リアルの元へ。リアルの家へと。愉快に、華麗なステップで戻る。 今度こそは、ちゃんと愛を伝えようと。心に誓って――。


「ああ、何も考えずにその気分のままで帰っていくといいさ。冷淡な水を浴びながら――」


別れの挨拶に対して返した魔物の言葉と笑みが不敵に染まっていたことにも知らずに。 リングは、意気揚々と。何の掠れも無く。戻って、帰っていくのだった――。



―――



サマーとリング同様、目玉焼きに何をかけるかで論争して、リアルと一時的に別れを作り出してしまった使い魔達の更に一体。 フォール・クロックデザートは、珍しく感情を表に露わにして。周辺にある土や砂などを高く上へと積もらせて。地面や岩にヒビを入れては砕きながら、重苦しく近寄り難い雰囲気を纏って、何の意味も無く街の外へと進んでいた頃。


「ここで、何をしているの? それ以上、荒ぶるのは止めなさい。みっともないわよ。 ただでさえ、退廃的な光景が続く街なのに。余計に手を加えてしまったら、本当の意味で崩壊してしまうわ」


いつの間にか、横から入るように、凛とした鋭い目付きでこちらを見る魔物がおり、制止を含めた声をかけられる。


「確かに貴方からすれば、みっともないことでしょうね」


「何を言っているの。誰から見ても、みっともないことよ。そんな無様で幼稚な事は今すぐにでもやめなさい」


「貴方に私を止められる権利も。やめさせる立場もないでしょう? 」


「ふっ。残念だけど、どっちもあるのよ。こう見えて、死生を下せる行為ができる地位にいるから」


「ほう…、証拠も無いのに。嘘や大口をよく叩くことができる」


「証拠が欲しいの? なら、特別に魅せてあげるわ。優しい雷撃と共に」


魔物の言うことを聞かず、ひねくれた態度で言葉を返していくフォールに。

望み通りに、証拠を見せてやると。魔物は、片眼をウィンクするように瞑って、片手を鳴らすと素早い雷撃を地面へと落とし。権利証明書が記載された本を召喚させ、手に取って見るように指示をする。


無愛想ながらも指示に従い、本の中を見てみると。確かに魔物の顔写真と共に権利に関する事が記載されていた。 しかし、今回は怒りが残っているのも相まってか。よりひねくれた思考で、フォールは淡々と厳しく毒を吐く。


「この程度。後から、いくらでも書き換えられますけどね」


「いい加減に認めなさいよ。…まぁ、いいわ。証拠は見せた。生き地獄に遭いたくないのなら、死にたくないのなら、今すぐにやめることね」


「そうですか。どっちにしろ、どうでもいいことですから。構いませんよ」


「貴方、本当に何を言っているの…いや、何故そんなにも。荒ぶった言動を繰り返しているの? 何か、気に障るような出来事でもあったの? 」


「別に。それほど大層な事ではありませんから」


「あるんじゃないの。じゃあ、さっさとその事を話しなさい。少しは荒ぶる気持ちも収まるでしょうし」


「嫌です。疑わしいだけではなく、親しくも無い方にプライバシーに関わる事を話して教えるなど……」

「これは、命令よ。今すぐにでも話さなければ、貴方を殺すわ」


「………チッ」


だが、どんなに淡々と厳しく毒を吐こうが。相手は引き下がることなく、最後には強制的に命令だと。命令を無視すれば、殺害すると咎めるように押し込む。これには、思わず。舌打ちが零れ落ちるほど、嫌悪感を抱き。リアルにも見せたことが無い、とてつもない不機嫌で険しい顔をするが。話が通じない相手には、どうすることもできないことを悟って思い出し。此処は致し方ないと、なんとか自分を納得させて話すことに決めるも。 やはり、心は納得していないのか。いつもとは違い、明らか様にイラついた声色で、吐き捨てるように話し始める。


「ご主人様は、何もかも全て…最低でダメすぎるのですよ。

目玉焼きに何をかけるのかでもそうでしたが…、どうしてあんなにも間違った道に行こうとするのか。 いつも、いつも……、負のある間違った選択肢を選び、自らの首を絞めて、私を巻き込んでいく。 責任や覚悟を持ってやっていると、生きていると、よく言っておりますが。それにしても、巻き込みすぎではないですかね? 私の事を考えて発言していません。行動もしていません。愛など無いほど、尋常じゃないほど、ふざけている」


リアルは何もかも全て最低でダメすぎる程に、自らの首を絞める間違った道を進んでは、自分を巻き込んでいく。 責任や覚悟を持ってやって生きていると言うが、それにしても度が過ぎると。悪質であると。自分の事を一切、考えていないと。口の中に入った砂を取り除くように、嫌気が差した感情も交えながら、吐き捨て。


「これじゃあ、鍛えてさせている意味も価値もありませんよ。

ただでさえ、大器晩成型で一般的や普通と比べると、物覚えが悪く遅く。身に付くのにも何千倍の時間がかかるというのに。 何の成長もしない、反省もしない、学びを得ない。ご主人様には、心底、呆れました。いや、呆れるだけではなく。腹立たしい。憎んでしまうほどに苛立ちを覚えました。私が選んだ ご主人様は、此処まで酷いお方なのかと。私の判断は全て間違っていたのかと。使い魔になる前に離れるべきだったかもしれないと」


厳しく、鋭く、冷たく咎めるように文句と愚痴を非難として、批評として吐き捨てる。 自分の選んだ主人となる人物は、人間は、此処まで酷い者であったのかと。自分の判断ミスになってしまうほど、狂っていたのかと。怒りと後悔を露わにする。しかし、フォールの吐き捨てた事に対し。魔物は呆れたような口振りで、確かに間違っていると否定を述べていく。


「確かに、貴方の判断ミスが大きいわね。主人に対して、そこまで酷く誤解をしているのは」


「誤解…? この私が…? 」


「ええ、自分の事を過剰に棚に上げて、かなり極度に誤解をしているわよ。

仮に主人が間違っているのなら。厳格な貴方を創り生み出すこともないし。

特別、我慢強いタイプだとしても、流石に一週間ほどで切り捨てているわね。そこまで、酷く誤解をされ続けていたら」


「しかし…、」


「まぁ、よく考えて。よく見直してみれば、分かる事よ。貴方が酷く誤解をしていたということが。 だから、一度。よく考えて、見直してみなさい。主人がどうしていたのか。貴方自身はどうしていたのかを」


酷く誤解をしていると否定を述べられ、考えてみれば、見直してみれば、分かる事だと指摘を受け。 まさか、自分が誤解をしているのかと。それはありえないと思うも。話が通じない相手に、これをまた無視しようとすると、場が長引くため。致し方なく、一応は考え、見直して、答えを出していくことにする。



ご主人様は私に対して。どうしていたのか。どう考えていたか。どう言動をしていたのか。どう選択を選んでいたのか。


ご主人様は私がどんなに厳しく対応し鍛えさせていようが。複雑な表情や弱音を吐きながらも。決して、途中で投げ出すことはせず。私のやり方が間違っていると咎めるようなことはせず。厳しくも、否定もしなかった。大器晩成型だと自ら称し、何千倍以上に努力を重ね続けていた。全ては私や他の使い魔達を満足に、幸せにさせるために、と。


ご主人様は一見すると、負の選択を選び。自らの首を絞めるようなことをしていたが。結果的には、良くなる方向に進む道が多く。何かしらの学びを必ず得ており、次に生かそうと奮闘していて。よく思い出してみれば、私を巻き込むような真似事は一切していない。どちらかといえば、私や他の使い魔達が巻き込んでいた。


ご主人様は時に私の事を想って厳しい意見を言うが、と前提に持ってきて。厳しい言葉を真剣な眼差しで口にすることがあったが。その厳しさは生温く、とてもじゃないが厳しいとは表せない甘さで。見るからに、聞くからに厳しい事を言うのが慣れていないのがまるわかりで、優しさばかり溢れ出ていた。


ご主人様は私を愛してくれている。何もかも全てにおいて、否定し厳格に対応する私を心から咎めることは一切せず。私の事を、私の対応を結果的にも前向きに捉えて。優しく想いを込めて、私を満足にさせる、幸せにさせる選択肢を責任や覚悟を持って選んでいた。生きていた。活動をしていた。行っていた。やっていたのだ。


私はご主人様に対して。どうしていたのか。どう考えていたか。どう言動をしていたのか。どう選択を選んでいたのか。


私はウィンに指摘を入れられたことも相まって。ご主人様を傷つけないために、価値観や思考が合わないからと創り生み出されたばかりの頃は突き放していた。契約をした後も、自分が創り生み出された時から秘めているこの想いを表に出して伝えるのは迷惑がかかるからと。出すことはせず、敢えて主従関係として冷淡に厳しく対応や能力を鍛えさせることをしていた。


私は愛をいただいたとしても。それを素直に甘えることなく、自身の心にも厳しくして。無機質で感情の無い機械的な対応や言動で流し、愛を社交辞令やお世辞として変換させていた。そのせいで、いつの日か。愛が無いと誤解をするほどまでに至った。


私はご主人様の為にと厳しくし、自身の心にも厳しくしていたが。結果、今思えば、たかが目玉焼きに何をかけるかで。くだらない論争を引き起こし、関係に亀裂が入るような失態を犯してしまった。馬鹿をやらかしてしまった。


私はご主人様の事を創り生み出された時から最愛している。この世界で誰よりも好きで、恋しくて、頼りにしていて。 私には、ご主人様しかいないほど。ご主人様が生きる糧になっているほど。ご主人様が一番に大切で、最も優先しているほど。かけがえのない人間。代えることは出来ないご主人様。一緒に暮らして、傍にいて、隣にいて、横にいて、心が温かくなる者。共に生きて、幸せになれる存在である。


それなのに、私は。

自業自得で、自分自身で、酷い誤解を次々と重ねていき、勝手に信頼のできない方だと。全てにおいてダメな方だと。酷いお方だと。判断ミスだと。自分を過大評価して見下げていた。ご主人様の言動や全てを細かく見ることを忘れて、否定や拒絶などという度を越した厳しい対応をしまっていた。私は、ただ厳しくしては、誤解を繰り返していき、愛に素直に甘えなかった、自他共に厳格が行き過ぎる全てにおいてダメな使い魔だった――。



これは確かに、魔物の言う通り。指摘を受けた通り。自分が酷く誤解をしていたと。間違っていたと。 しでかした、やらかした罪に気がつき。己の愚かさと幼稚さに後悔を抱き、自身への失望を重ねていく。


そう、フォールは見直して、思い出していくごとに。

自分は今まで何をやっていたのだと。怒りは完全に消化して、後悔と失望の色に染まり。 第三者である魔物の指摘を受けなければ、気づくことができなかったという自分の愚かさと幼稚さにも。 背筋が凍るまでに酷く引いていく。


「まさか、本当に私がご主人様を酷く誤解しているとは…、またその誤解で、みっともない荒ぶりをしてしまうとは…、 ご指摘いただき誠にありがとうございます。お陰で、自分が酷く誤解をしていたという現実と事実に気づくことができました。この罪、償えるのでしたら。いえ、決して償えなくとも。それ相応以上の罰を受けます」


サマーとリングとは違い、しっかりと受け止めて。魔物へ、指摘をしてくれたことに対して心から素直に感謝の言葉を述べて。また罪を償う覚悟を決め、どんな罰でも受けると正しい姿勢を見せる、が。


「……いいわ。心から反省したようだし。今回は見逃してあげる。

今回からは、その想いを忘れずに、主人を大切にしてあげなさいね」


暫くの沈黙の後。魔物はフォールが心から反省した姿を認め、罰を受けなくてもいいと、罪を全て許すと言い、また主人であるリアルを大切にしてほしいと告げた。


「…! あ、ありがとうございます。

気づいた以上は、告げられた以上は、今すぐにでも、ご主人様の元へ帰らなければ…。 改めまして、ご指摘などをありがとうございました」


罪を許されたことに驚くも、すぐさま感謝の言葉。そして、別れの挨拶を告げ返して。 魔物に告げられた通り、今回からは想いを忘れずに大切にしていくため、主人であるリアルの元へとフォールは帰っていく――。


「あらまぁ、随分と呑気で鈍感ね。この後、息が苦しくなるほどの土を被ることも気づけないなんて」


魔物が、その帰っていく様子を見ながら。酷く凍えた声音と笑みで、呟いているのも知らずに。



―――



リアルと目玉焼きに何をかけるかで論争して、一時的に別れを作り出してしまった使い魔達の最後の一体。 ウィン・レインフロストは、険しい顔を浮かべ。温かな空気を冷気へと変えて吹かし。建物と道を徐々に凍らしていき。 空には雨雲を出現させ、大雨を降らして。当てもなく、ただ進んで行く先を極寒の地に変えていた頃。


「そこの水色の君!そんなに寒い世界に変えちゃったら、危ないよ!

もしかして、変えたくなるくらいに何かあったの!? 」


大雨を晴れさせ、凍てついた建物と道を溶かすほどに明るい 全体的に緑色に近い落ち着いた黄緑色をした魔物が突如として現れ。ウィンに声をかけると共に、進行先を塞いでいく。


「…………」


「何かあったのなら、吐き出しちゃった方がいいよー!

第三者だからこそ、楽になれるってこともあるし! 私に吐き出してみて! 話しちゃってみて! 」


「……………」


「どんなことでも、些細な事でも、ほんの少しだけでも、大丈夫!

遠慮せず、安心して! 何でも吐き出しちゃって!話しちゃって!」


「………………」


どうやら、相手は心からの善意でウィンを助けようとして。声をかけに来たのは間違いない。 しかし、相手は素性も知らない見知らぬ魔物。いくら心からの善意とはいえ、信用はできない上。 今、抱えている問題を話したところで解消解決できるのかも分からない。当てはないが、此処は無視をして、先に進むべきだと。ウィンはそう判断し何も答えることなく、返すことなく、無言で無視を徹底して決め込む。


だが、相手はどんなに無言で無視を決め込まれようと関係なく。声をかけ続ける。 此処まで来ると、心からの善意だとしても独善で。面倒かつ迷惑でしかない。いや、ただの傲慢で悪質な負荷だ。


「……迷惑だから、やめてくれないか? 今すぐ、やめなければ。溺死か、凍死をさせる」


無言で無視を決め込んでも意味ないと判断し、ようやく口を開いて。

ウィンは脅しにも聞こえる注意喚起を相手に伝える。


しかし、それでも相手は変わることなく。やめることなく。傲慢で悪質な負荷行為を続けていく。 その様子に。これは本当に痛い目に遭わせないとやめないと結論を下して。 注意喚起通りに、右手には激しい巨大な水の渦巻を生み出し。左手には鋭く凍てついた巨大な氷柱を作り出して。 容赦なく、相手に向かって投げ飛ばす――いや、投げ飛ばそうとした一秒前の事だった。


「ねぇ、どう? 凄く嫌だったでしょう? 独善を押し付けられるのは。

君が主人さんにやっていることは、こういう事が多く含まれているんだよ」


表情は明るくも、声音を低く落として、指摘をされたのは――。


指摘をされたことに驚き、生み出した渦巻と作り出した氷柱を反射的に引っ込める。 自分がリアルに対して行っていた言動は負荷になっていると。また何故、自分達の事を知っているのかと。 ウィンは自分自身にも、相手にも、疑心が立ち込める。だが、そんな疑心が隠しきれず表にも出ていたのか。 指摘は続けられると共に。何故、自分達の事を知っていたのかについて話される。


「君の献身さ及び独善さは魔法使い業界では有名になるほど、押し付けが強いんだ。 時には甘やかすことも大事だけど。君の場合は、甘やかし方が度を越えているからね。 少しは、主人さんがどう思っているのか。見直してみた方がいいよ」


自分達の事を知っていたのは、自分の行っていた言動が魔法使い業界では有名とのことかららしい。


それが、本当にそうであるのならば、相手は。ただの魔物ではなく。魔法使いの使い魔であることを示す。 つまり、相手が指摘している事にも間違いはなく。知っていることにも納得がいく。 信用はまだできない上、表に出して話すことはしないが。指摘を受けた通り、ウィンは少しの間、主人であるリアルがどう思っていたのか。またリアルに対しての自分の言動について見直してみることにする――。



リアル様は俺に対して。どうしていた。どう思っていた。どう感じていた。どう接してくれていた。


リアル様は俺の言動に対して。喜ぶことは多かったが。行き過ぎていると怒りを見せることもあった。 特に使い魔になったばかりの頃は。俺の言動に複雑な気持ちを抱いていた事も多い。


リアル様は俺が他の使い魔達とあまり仲が良くない事を気にしていた。

自分のせいで、自分が原因で、仲が良くないのではと。全くもって、リアル様のせいではないのに。 俺がただ意図的に。リアル様を独占したいがために。わざと仕組んでいるだけで。決して、リアル様のせいではない。


リアル様は俺の気持ちを一番に理解し、行動原理を把握しているからこそ。

俺の想いや愛を真摯に受け止め、それに応えるように。俺を満足させようと、幸せにさせようと動いてくれている。 死に縋り求めることは控えて。生きようとしてくれている。


リアル様は俺を愛してくれている。だから、時に行き過ぎた言動を咎める事や窘める事もあった。 何がいけないのか。何をすると嫌われる可能性が高くなるのか。求めていない事は負荷になるのか。 経験を積ませながら、学ばせてくれた。


俺はリアル様に対して。どうしていた。どう思っていた。どう感じていた。どう接していた。


俺はリアル様の為にと、それが、たとえ独善になるものとしても。時より、意図的に悲しませることも含めても。全てにおいて計算をしながら、自分を見てくれるように手を回していた。完全に悲しませることはしないようにしていた。辛い思いはさせないようにしていた。傷つけることはしないようにはしていた。しかし、今見返して、思い出してみれば、それは負荷になっていたと思える。少し、独占欲が行き過ぎていた。


俺はリアル様に嫌われたくはない。最愛している方に嫌われたくはない。だから、嫌われてしまう事だけは必ず。絶対に。確実に。徹底的に避けて、しないようにしていた。だが、見直してみれば。それは目に見えていたのかもしれない。目に見えていたからこそ、どんなに大変な事だろうと危険を顧みずに、俺の気持ちに応えようとしてくれていたのかもしれない。


俺はリアル様の為なら、何だってする。リアル様が喜ぶことなら、嬉しくなることなら、笑顔になれることなら、満足になることなら、幸せになれることなら、願う事なら、求めることなら、助けになるのなら、救いになるのなら。犯罪でも、殺害でも、死生に関わる事でも、どんなに黒い事だろうが自信を持って真っ先に行う。だけど、リアル様はそこまでは望んでいない。いや、望めなくなってしまった。俺のせいで、死に縋り求めることを控えて。生きようとしてくれている。どんなにそれが生き地獄で辛い事だとしても。もう望まないように。縋り求めないようにした。


俺はリアル様の事を創り生み出された時から最愛している。この世界で誰よりも好きで、恋しくて、拠り所にしていて。 俺には、リアル様しかいないほど。リアル様が生きる糧になっているほど。リアル様が一番に大切で、最も優先しているほど。かけがえのない人間。代替なんていないお方。一緒に暮らして、傍にいて、隣にいて、横にいて、心が豊かになる者。共に生きて、幸せになれる存在なのだ。


だからこそ、俺は。

心の底から想い愛する気持ちを、リアル様に注ぎ尽くして。全てを差し上げるつもりで生きている。 何があろうと。絶対的な味方として。最愛する主人の使い魔として。何処までも永遠と付いていく。 全ておいて、リアル様の為にと。リアル様と共に生きたいからと。


だけどそれは、リアル様にとって負荷になっていたかもしれない。


リアル様は俺達の為に、本当にネガティブな感情は表に出すことは少ない。俺達を殺す真似は決してしない。 だから、だからこそ。今思えば。目玉焼きに何をかけるか、という些細な事が。きっかけとなって、ストレスが頂点に達し。堪忍袋の緒を切ったのだろう。このような結果を生み出したのだろう。


なんという失態だ。何故、今まで負荷になっていることに気づかなかったのか。 こうなる前にもっと早く気づけたはずだというのに。たった四ヶ月で勢いよく愛と想いを伝えるのではなく。年数をかけて、じっくりと愛と想いを伝えた方がよかったというのに。独占欲に縛られて、溺れて、流されて、リアル様に負荷を与えてしまうとは。本末転倒どころの問題ではない。これは、今すぐにでもやり直して。取り返さなければ――。



そう、ウィンは。

やり方が、伝えた方が、間違っていたと少しは反省し。気づかせてくれた魔物にお礼の言葉を告げ、頭下げると。 すぐさま、主人であるリアルの元へと激流のように素早く来た道を戻って駆け込んでいく――。


「……、ふふっ。独善だからこそ、何も気づかないんだね。

帰ったら、身体から心まで凍り付くことが起きるということを。ふふふっ」


相手は、そのウィンの様子に一瞬、目を見開いて驚きながらも。ウィンの姿が完全に見えなくなったところで、相手もすぐさま、無邪気な笑顔を浮かべて。聞き心地の良い幼げのある高い声のまま、恐ろしい事を口にする。


これから、起きる出来事を楽しみにして。



一方、使い魔達の様子をモニターから眺めていたリアルは。

この後に起きるだろう展開に押し込めていた不安が飛び出して、この選択肢は間違っているのではないかと。 悲哀に満ちたネガティブな感情が心で渦を巻いていた。



―――



今現在――。


リアルの元及び一緒に暮らしている家へと戻ってきた使い魔達。


自分達に宛てられたリアルの手紙を見て読み。ぐるぐると、後悔と罪悪感が徐々に渦巻いで募っていく。 もう、自分達はリアルと一緒に生きることができないのだという事実に。現実に。


「ハッ。ハハハハハハッ……、」


今まで、照れ隠しをしていた。


「フッ。フフフフフフッ……、」


外に出していなかった。


「ヘッ。ヘヘヘヘヘヘッ……、」


しまい込んでいた。


「アッ。アハハハハハッ……、」


本当に重く、行き過ぎている、想いと愛を表へと出すように透過させて心だけではなく全身に浸透させる。


悲しく、哀しく、寂しく、苦しく、粘着のあるドロドロした黒い感情と一緒に。

リアルのいない事実から、現実から、時空から、世界から、逃れるために。自身の能力と魔法、術を使用して。 死を縋り求める。死に逝くように。死ぬためだけに。生きる道を捨てようと動く


―――


取り返しのつかない事になった。取り戻せない事になった。やり直しの利かない事になった。引き返せない事になった。 巻き戻せない事になった。和解できない事になった。一緒に暮らせなくなった。共に生きることができなくなった。


ダメになった。壊れてしまった。失ってしまった。無くなってしまった。

傷つけてしまった。苦しませてしまった。悲しませてしまった。嫌われてしまった。

見切られてしまった。見捨てられてしまった。見放されてしまった。見限られてしまった。


報われない。叶わない。救えない。助けられない。

何もかも全て終わりだ。何もかも全て完結だ。何もかも全て閉幕だ。何もかも全てゲームオーバーだ。 消えてしまった。消してしまった。閉じてしまった。開けなくなった。 希望が見えない。未来が見えない。過ごす理由が無い。生きる糧が無い。


心の安らぎが去ってしまった。心の楽しみが行ってしまった。心の温かさが離れてしまった。心の豊かさが眩んでしまった。


もう分からない。もう理解できない。もう知りたくない。もうどうでもいい。

俺様の存在なんか。ワタクシの存在なんて。私の存在など。俺の存在は。

意味など無い。価値など無い。理由など無い。必要など無い。

別れを告げられた使い魔に。別れを言われた使い魔に。別れを口に出された使い魔に。別れを上げられた使い魔に。 生きる世界は無い。生きる時空は無い。生きる居場所はない。生きる拠り所は無い。


ただ悲しい。ただ寂しい。ただ苦しい。ただ辛い。


いくら後悔したって。何度、反省したって。今更、罪悪感を抱いたところで。もう何もかも全て、遅い。 何をしても無駄。何をしても駄目。何をしても無理。何をしても、何もならない。


何故、俺様は。どうして、ワタクシは。何故、私は。どうして、俺は。

この想いを。この愛を。この気持ちを。この感情を。

告げられなかった。伝えられなかった。話せなかった。制御できなかった。


自分自身に対しての怒りの炎が燃え上がる。自分自身に対しての怒りの風が巻き起こる。 自分自身に対しての怒りの土が盛り上がる。自分自身に対しての怒りの水が降り落ちる。


自分の全てを焼き尽くすように。自分の全てを切り裂くように。

自分の全てを圧死させるように。自分の全てを凍らせるように。


炎を、ぐるぐると渦を巻いて。風を、ぐるぐると渦を巻いて。

砂を、ぐるぐると渦を巻いて。水を、ぐるぐると渦を巻いて。


赤い涙と血を流して。紫の涙と血を流して。桃色の涙と血を流して。水色の涙と血を流して。 叫ぶように嗤う。泣くように嗤う。怒るように嗤う。悲しむように嗤った。 自分の馬鹿さを。自分の愚かさを。自分の弱さを。自分の無力さを。


夏の暑さで。春の苦しさで。秋の鋭さで。冬の寒さで。

傲慢な荒々しい自分を咎め。狡猾で のらりくらりとした自分を責め。

厳格で厳罰的な自分を苦しめ。独善的で一方的な自分を地獄に堕としていく。


これで、最期だと。これで、お終いだと。これで、終わるのだと。これで、さよならだと。 微かに残る火元を消化する。小さく残る風を消滅させる。欠片となった土を消去する。僅かに生きる水を止める。 最期に(あるじ)を想って。最期に主人を想って。最期にご主人様を想って。最期にリアル様を想って。 俺様は、ワタクシは、私は、俺は――――。





「――ちょっと待ったぁああああ! 私、みたいに生きるのを諦めるんじゃない! 」


死のうと、最後の一撃を自身の身体に入れようとした直前。

本来なら、戻って来ないはずの主人であるリアルがやってきて、死のうとする使い魔達の手を止める。


(あるじ)? 幻覚か? 」

「主人? 夢? 」

「ご主人様? 此処があの世? 」

「リアル様? これは俺の走馬灯? 」


「幻覚でも。夢でも。あの世でも。走馬灯でも無い! 現実だよ!事実だよ!目を覚ませ! 」


だが、現実かつ事実であることに使い魔達は信じられない様子であり。

そんな使い魔達に対して。リアルは声を大きく荒げて、現実かつ事実であると叫び。使い魔達四人を全員、まとめる形で抱き寄せ。現実だと目覚めさせるため、事実だと気づかせるために、部屋の奥にある壁に向かって投げ飛ばす。


「ぐわッ!? いってぇ…、あァ? (あるじ)、本当に戻ってきている……」


「おぐぅ!? いたい…、あら? 主人、本当に帰ってきている……」


「ッ、え!? い、たぁ…、おや? ご主人様、本当にいらっしゃって……」


「うぐぇ!? いたた…、うん? リアル様、本当に……」


見事、使い魔達は壁にぶち当たり、全身を痛みつけながら床へと叩き落され。衝撃により、正気へと戻って。 リアルが戻ってきている事が現実であり事実であることを。ようやく、理解する。 しかし、それと同時に。不安な気持ちが走る。本当の本当に戻ってきてくれたのかと――。


「ゴメンなさい。あのね、契約の解約は嘘なんだよ……、」


だが、そんな不安など要らなかったようで。

リアルは手紙の事に関する事やモニターから見ていたこと等を全て話し。契約を解約等は全て嘘であることを伝え。 死に縋り求めるまで傷つけてしまい、誠に申し訳なかったと頭を下げて謝罪をする。


話を聞き、嘘であることを伝えられ、謝罪を見て、使い魔達は心の底から安堵し。

喜びを素直にそれぞれ口に出して、リアルは何も悪くないと。自分達の方こそ、悪かったと告げ。


(あるじ)が戻ってきてくれて嬉しいぜ。俺様の方こそ、馬鹿みたいな事して悪かったァ」


「主人が帰ってきてくれて良かったよ! ワタクシの方こそ、変なことをしてゴメンねェ」


「ご主人様とまた一緒に暮らせることできて、嬉しいです。私の方こそ、幼稚で無礼な事をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」


「リアル様と再び、共に生きられるのは幸せです。俺の方こそ、ゴメンなさい。大変、失礼な事してしまいました」


「皆…、本当に皆は優しくて温かいね。

……私が言うのもなんだけど。それじゃあ、仲直りしようか! 」


「ああ! 」

「ええ! 」

「はい! 」

「うん! 」


リアルと和解し、元の関係へと戻り。また賑やかでもあり穏やかな日々を送ることができるようになった。そして――、


「ところでよォ、(あるじ)


「その提案等をしてくれた魔法使いと使い魔達って…、」


「今、何処に居るのですか? 」


「別れる際、どんな対応を致しました? 」


「え?恐らく、普通にまだ宿に居るんじゃない? 対応は、魔法使いのみ。平手打ちを噛ましたけど……」


「そうかァ」


「そうですかァ」


「なるほど」


「情報提供、ありがとうございます」


「う、うん……?」


とてつもない良い笑顔で、提案や協力などをした魔法使い カードと。その使い魔達の居場所を聞き出して知れば。 真夜中、リアルが就寝後。気づかれないように、使い魔達は外へと出ていき。カード達が泊っている宿屋に着くと。 これまた警備などに気づかれないように足音や気配を消して、ゆっくりと慎重に忍び込み。


小さく寝息を立てながら、ぐっすりと眠りについているカード達の泊っている部屋にも侵入が成功すれば。すぐさま、襲い掛かる――。



「よくも俺様達の関係に傷を入れるような真似をしてくれたなァ…! 」


「ええ、本当に酷い事をしてくれましたね。絶対に許しはしませんよォ…! 」


「その罪、是非とも。その命で償ってください。永久の眠りと一緒にィ…! 」


「リアル様を利用した軽薄で軽率な言動が二度と出来ないようにしてやるッ…! 」



サマーは不敵な笑みを浮かべて、炎で焼き尽くし。リングは不気味な笑みを浮かべて、風で切り裂き。 フォールは威風堂々とした余裕のある笑みを浮かべて、土を被せて窒息をさせていき。 ウィンは無邪気にも見える、穏やかで優しい笑みを浮かべて、冷たい激流を浴びせた後、氷漬けにしていく。


リアルと自分達の関係に傷を入れた罰として。リアルを悪質な方法で利用した罰として。 徹底的に、遠慮なく、躊躇なく、慈悲なく、見境なく、容赦なく、身体から血を吐き出させ、飛び出させ、流し出させていく。


悲鳴も、涙も、言葉も、考える暇も、抵抗する力も与えることなく。

見下した赤い瞳で、嘲笑う紫の目で、光の無い青い眼で、鋭く睨む水色の視線で逃がさず。 荒げた声で、甲高い声で、唸るような声で、優しく穏やかな声で、気力を無くさせ。 ざっくり、じっくり、すばやく、ゆっくり、それぞれの能力や魔法、術を生かしながら。 見返す。仕返しする。仇を討つ。復讐する。


主人であるリアルへの病んだ、歪んだ、堕ちた、狂った一途で一方的な想いと愛を胸に心に。 関係に傷を入れた敵対者には、共犯者には、元凶には、張本人には、憎悪、嫌悪、敵意、殺意を刻んで抱いて。 炎で焼き尽くして見返し。風で切り裂いて仕返し。土を被せて仇を討ち。冷たい激流を浴びせて復讐する。 朝を迎える直前まで、徹底的に何度も。何倍にも。必ず仕留めるため、絶対に抹消させるため、確実に地獄へ落とすため、完璧に全てにおいて絶望に満ちさせるために。


原形をとどめないほどに焼き焦がして。原型が分からないほどに飛ばし切って。正体が不明になるまでに同化させて。自分の姿が思い出せないくらいにドロドロに溶かしていく。


全ては主人であるリアルと自分達の為に。

傲慢な欲望で。狡猾な欲望で。厳格な欲望で。冷酷な欲望で。襲い続けた――。


―――


翌日の朝、ニュースにて。

頂点に君臨する魔法使いと使い魔達が何者かに寝込みを襲われ、致命傷にも及ぶ大怪我を負ったと放送された。


―――


まさか、嘘の手紙による事がきっかけで。

使い魔達四色は、敵対者に対して。主人であるリアル以外の者に対して。透過するように、より凶暴な魔物としての本能が目覚めてしまうとは。そして、自分達を愛してくれているリアル、自分達が最愛するリアルに対しての熱情と愛情、想いが全てにおいて浸透してしまうとは。リアル自身も現実になるとは。カード達自身は思いもよらなかったであろう。


そして、特にこれが最悪な結果、最低な結末、残酷な未来、悲哀の舞台を生む一因になるとは――。


関係が進展しても、好感度が最高値まで辿り着いても、それが限度を超えて飛び出してしまうことになれば。 幸せになるのは難しい。満足になることだって遠い。 お互いがお互いに想うがあまり悲劇を結果的に創ってしまうのだから。


逃がす為に。護るために。助けるために。救うために。

自ら、死へ飛び込んでしまうのだから――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ