飛行船
目的地までは馬車で移動することになった。
馬車が停まった先に俺は驚く。
「ってここ……飛行船の発着場か!?」
「その通りです。ここでは魔術ギルドの所有する飛行船が運用されています」
ソフィアが答えてくれる。
飛行船。
空を飛ぶ船だ。
一つ飛ばすだけでも大人数の魔術師を動員しなくちゃならず、乗れるのは一部の金持ちくらい。
当然俺も乗ったことはない。
魔術ギルドはこんなものまで所有しているのか……
大組織だと知ってはいたが、やはりスケールが大きい。
「こちらです、ウィード様」
飛行船の一つに案内される。
「これで移動するのか?」
「はい。仕事先は海を隔てた先にありますので」
海の向こうの場所に呼ばれて仕事をする、か……
冒険者ギルドでの活動とは規模が段違いだな。
新鮮でもあり、プレッシャーでもある。
……おじさんにそんな大仕事務まるのかね。
まあ、引き受けた以上はやるけどさ。
あ、ちなみにソフィアへの口調は本人の要望によって普通のものにしてある。
いやー助かった。
敬語とか使い慣れてないから喋りにくいのよね。
そんなことを考えている間に、飛行船が浮かび上がった。
「おお……」
お上りさんのようで恥ずかしいが、空の上から見下ろす地上の景色に見入ってしまう。
良い眺めだ。
隣で、くすりとソフィアが笑った。
「ウィード様は飛行船に乗るのは初めてですか?」
「ああ。年甲斐がなくて恥ずかしい限りだが……感動しているよ」
「それは何よりです」
それからソフィアは思い出したように聞いてきた。
「ところでウィード様は、魔術はどれほどご存じですか?」
「……実はさっぱりだ。見よう見まねで【スタブルート】と【ソーンウィップ】は使えたんだが、他の魔術は一つも知らない」
「わかりました。では、魔術辞典を持ってまいります。今回の依頼では特別な魔術が必要になりますので」
そう言ってソフィアは席を立った。
魔術辞典。そういうのがあるのか。
読んだだけで魔術が使えるようになるのか……?
いや、さすがにそれはないか。
しばらく待つとソフィアが戻ってきた。
「お待たせしました」
「ああ、悪い――ね……?」
俺は唖然とした。
なんかソフィアの服装が変わってる。
紺のスカートにエプロンドレス。頭にはフリルのついた髪飾り。
なぜ……女中服……?
さっきの鎧はどうしたんだろうか。
「……説明しますと、この服は“秘書”としての制服です。極級魔術師の護衛を魔装騎士が担う場合、実務が必要にもなります。その際には鎧は邪魔になるので……」
「あ、ああ……なるほど」
「一応この服も魔装なので、高い防御力はあるのですが……」
そう言うソフィアは相当恥ずかしいようで、顔を赤くしている。
本人としてもあまり歓迎していないようだ。
決まりなので仕方なく、というやつだな。
「……申し訳ありません。お目汚しを」
「ん? いや、ものすごく似合っていると思うが」
ソフィアは物静かな雰囲気の美人だ。この清楚な空気が、裾の長い上品な女中服に実によく合っている。
王宮で働くような格式あるメイド、という感じだ。
美人ってのは何を着ても似合うもんだなあ。
「……そ、それは……どうも」
ソフィアの声が動揺している。
よほどこの服装が恥ずかしいらしい。
ならばこれ以上は触れないでおこう。
「魔術辞典を見てもいいか?」
「……どうぞ」
とりあえずソフィアから魔術辞典を受け取り、中を確認する。
そこにはあらゆる植物魔術が記載されていた。
あー、なるほど、こういう感じか。
記載のされ方としては以下のようなものだ。
・魔術名
・魔術の効果
・発動させるのに必要な階級
どうも魔術によっては、階級次第で使えたり使えなかったりするらしい。
極級はすべて使用可能になっていた。
中には「本当にこんなことできんのかよ……」とか思うものも。
もし仮にできるとしたら、極級魔術師が崇められるのも理解できるな。
全然実感はわかないが。
動揺から回復したソフィアが横から教えてくれる。
「今回必要なのはこの魔術です」
「ふむ」
「魔術にはイメージが重要なので、もしご不安であれば、飛行船に乗っている間は実際に魔術を使うところを想像すればいいかと」
「なるほど」
イメージねえ。
俺はアドバイス通り、飛行船の中で大魔術を行使する自分をイメージし続けるのだった。
▽
魔術ギルド本部。
中立国に設けられた巨大な施設の執務室で、ギルドマスターのカミラは書類にペンを走らせている。
「……解せませんな」
カミラから書類を受け取った彼女の部下が、ぼそりと言った。
「解せない? 何がだい?」
「あの新しい極級魔術師の方です。ウィード様、でしたか? ……彼は本当に極級魔術師なのですか? とても彼が魔術師の最高峰たる極級にふさわしいとは思えません」
彼の不満そうな表情に、カミラは苦笑する。
「仕方ないだろう。彼は魔術師としての経験はほとんどないのだからね」
「……ギルドマスター、自分は疑問です。なぜ彼が極級に至ったのか」
魔術ギルドには優れた魔術師が集う。
カミラの前にいる部下も優秀な魔術師だ。
そんな彼だからこそ、ぽっと出で極級に至った人間がいるのが気に入らないのだろう――
カミラはそう予想しながら、こんなことを言った。
「そうだね。では、ウィード君の経歴について語ろうか」
「経歴?」
「彼は採取専門の冒険者であることは知っているね?」
「はい。それは聞いていますが……」
「――では、彼が五十種類以上もの“新種の植物”を発見したことについては?」
カミラの部下は目を見開いた。
「ご、五十種類以上!? それは本当ですか!?」
「本当だよ。彼は世界中をあちこち移動しながら、採取依頼を受けているからね。彼の発見した新種の薬草によって根絶された病気が八種類。さらに植物の知識により、国単位の食糧不足を救ったこともある」
「そ、そんな実績が……!?」
「ある植物学者は彼をこう呼んだそうだ。“世界で最も優れた木々の賢者”と」
それこそがウィードの隠れた実績だった。
彼は採取依頼で得た知識により、様々な地域や国を救ってきた。
世界への貢献度で言えば間違いなく英雄クラス。
冒険者ランクが低いのは、単純に戦闘能力の低さのせいである。
「もっとも彼はそのことを知らないようだがね」
カミラの言う通り、ウィードは自分の実績について気付いていない。
彼が世界各地で採取を行っていたのは、単純に魔物を避けたからだ。
魔物が増える→活動場所を変える、というのを繰り返した結果、世界中の植物の知識が身に着いたのである。
ウィードにとっては危険から逃げただけ。
けれどそれが巡り巡って、世界中の植物の知識を持つ傑物を作り上げた。
「何でも一部地域では、彼は山の神として崇められているらしいね」
「……何だか急にウィード様のことが偉大に見えてきました」
「実に面白い男だろう?」
カミラはにっこりと笑ってそう言い、こう付け加えた。
「彼が極級魔術師にふさわしいかはともかく、特別な人材であることは確かだ。是非ともうちで働いてくれるといいんだけどなあ……」




