魔術ギルドの主
何が何だかわからないまま、俺はソフィアたちに連れられて魔術ギルドの支部に連れていかれた。
冒険者ギルドと違って清潔感がある建物だ。
職員の雰囲気も、こっちは知的な見た目の人が多い感じがする。
「これは……ルーシェンベルク殿!」
「お疲れ様であります!」
「ええ、お勤めご苦労様」
おお、なんか魔術ギルドの職員にソフィアが敬礼されている。
尊敬されてるんだなあ。
若いのにたいしたもんだよ。
「この部屋です」
ソフィアに案内された部屋の中央には巨大な水晶玉があった。
ソフィアが水晶玉に手をかざすと、それは赤い光を放った。
虚空に映像が出現する。
『――おお、来たのかい』
映像の向こうにいたのは……なんか“魔女”っぽい服装をした妙齢の女性だった。
ウェーブがかった紫色の髪が印象的だ。
「ギルドマスター。新たな極級魔術師の方をお連れしました」
ソフィアがかしずき、そう報告する。
映像の向こうの魔女は俺を見た。
『君が新たな極級魔術師か。ようこそ、魔術ギルドへ』
この水晶玉の映像、相手と会話ができるのか!
遠く離れた位置にいる人間と通信できる魔道具、みたいな感じだろうか。
「どうも……ウィード・グライスという者です。冒険者をしております」
『ウィード君か。私は魔術ギルドの長、カミラ・ハルデインだ。』
「カミラさんですか」
『冒険者である君にとっては、ギルドカードの仕組みを作った者だと言えばわかりやすいかな?』
え、そうなのか。
確かにギルドカードは高名な魔術師が作ったって聞いたが……
ん?
ギルドカードって俺が冒険者を始めた二十五年ぐらい前にはもうあったよな?
この人何歳なんだ。見た目は完全に俺より年下なのに。
い、いやいや。
今はそれより大事なことがある。
俺はカミラに話しかけた。
「俺がここに来たのは、質問したかったからです。そもそも極級魔術師というのはどういうものなんですか?」
『そこからか。よろしい、では講義をしよう』
すちゃ、とどこからか取り出した眼鏡をかけるカミラ。
うん。よく似合う。
しかしなぜ急に眼鏡。
カミラは映像の向こうでピラミッド型の図形を描いた紙を掲げてきた。
『魔術師には等級があり、下から順に下級、中級、上級、準特級、特級、そして極級となっている。極級は全六段階のうち最高位、というわけだ。ちなみにこの極級は君を除くと世界に四人しかいない』
カミラはピラミッドの最上部を示しながらそんなことを言う。
「いや、あの……俺は別に今まで魔術師でも何でもなかったんですが」
一応修行は若い頃にしてみたが、全然駄目だった。
俺に魔術の才能はない。
『そうだな……本来、魔術師でないものがいきなり極級なんて有り得ない』
ですよねえ。
『しかし君のギルドカードには気になることが多い』
「はい?」
『まず一つ目だが、冒険者をその年までやっているのにスキルも魔術もないという事実。これははっきり言って不自然だよ。どんなに才能がなくてもこれはおかしい』
スキル。
まあ簡単に言えば、身体能力を上げたりする特殊能力のことだな。
何かの経験がきっかけになって身に着いたりすることが多い。
確かに俺ぐらいの年の冒険者なら、力を上げる【剛力】や耐久を上げる【頑健】を持っている者がほとんどだ。
『次に称号。“緑の知者”“樹神ユグドラシルの加護”……どちらも君以外に聞いたことがない』
「魔術ギルドのギルドマスターでもある貴方でも、ですか」
『うむ。実に興味深い。フフ……実はギルドカードに表示される情報の中でも、称号については未解明な部分も多くてね……気になるねぇどんな効果があるんだろうねぇ』
急にニタニタとカミラが笑い出した。
こっわ。
なんか寒気がする。解剖される寸前の動物の気分だ。
「……ギルドマスターは学者肌なので、未知の問題に出くわすと豹変します」
「変わった人ですね……」
「ええ、本当に……」
俺の斜め後ろに控えるソフィアがぼそりと教えてくれた。
ソフィアの声色が複雑そうだったのが印象的だ。
カミラが話を戻す。
『ごほん。えー、以上を元にした私の仮説だが――ウィード君。君には最初から極級魔術師としての才能があったんじゃないか?』
「そんな実感はありませんでしたよ」
『まあ聞きたまえ。君は極級魔術師としての才能があった。しかしそれを開花させるには、魂の容量がギリギリだった。だからレベルが一定を超えるまで発現しなかったんだ。未熟な魂に極級魔術なんて放り込んだら、魂が壊れてしまうからね』
器に許容量以上の水を注ごうとするようなものだろうか。
『今まで一切スキルに目覚めなかったのもそのせいだろう。スキルが発現して魂の容量を圧迫してしまえば、極級魔術師を収めるスペースがなくなってしまうからね』
「……いや、スキルの発現ってそんなに柔軟じゃないでしょう」
勝手に発現するのがスキルだ。
後でもっと大きいものを入れたいから今は我慢ー、なんて真似は可能なのか?
『普通なら無理だね』
「そうでしょ?」
『けど、君には謎の称号がある。樹神ユグドラシル……有名な神の一柱だね。この神の力が働いているなら不思議じゃないよ』
……
ものすごいことを考えるなこの人。
「正直、すぐには呑み込めません」
『今は気にしなくていいさ。あくまで仮説だから、私が間違っている可能性も大いにある。……というか、ソフィアに君を連れてきてもらった理由はそこの解明じゃないんだ』
「はい?」
どういう意味だろうか。
カミラは俺をまっすぐ見て言った。
『ウィード君。君、魔術師ギルドに入らないか?』
「魔術師ギルドに? 俺が?」
『そうさ』
カミラは腕を広げて笑みを浮かべた。
『君は世界が望んだ五人目の極級魔術師だ! 魔術師ギルドは君を世界最高峰の待遇で迎えるよ。
使いきれないほどの俸給に加えて、城だろうと邸宅だろうといくらでも用意する。使用人は百人単位でつけよう。そんな空間で、世界中から選りすぐった美女にかしずかれる生活を送る……どうだい、心躍るだろう?』
いやいやいや。
そんな話があるわけないだろ。
このおっさんに使いきれない金? 城? 数百の使用人に世界中から集めた美女?
さすがに冗談だよな?
同意を求めてソフィアを見ると、すっげー真顔だった。
「……あの、ソフィアさん。あれもカミラさんの持病ですよね?」
「いえ、事実です。極級魔術師ともなれば当然の待遇かと」
「嘘でしょ」
「事実です」
やばい。本気で言ってるようにしか見えない。
「……」
俺は少し考えた。
世界最高峰の待遇ねえ……
「いや、やっぱいいです。魔術師ギルドに入るのはやめておきます」
『……えっ』
俺が言うと、カミラは目を見開いた。
『い、いや、これでも足りないのか? わかった。それじゃあ私の力の及ぶ限りで何だって叶えるよ』
「そうじゃなくて。俺、別に贅沢な暮らしとか興味がないんですよ」
『な、なら何が望みだと言うんだ!』
「そうだなあ……田舎で小屋と畑があればそれでいいかな」
自然豊かな土地。
毎朝早く起きて、畑に出て植物と戯れる。
昼前に作業を終えて、収穫したものを食べる。
あとはのんびり寝て過ごしたり、山や森を散歩したりする。
うお、いいな。
なんか想像しただけで楽しくなってきた。
こういうのでいいんだよ、こういうので……
『こ、こんな物欲のない極級魔術師は初めて見た……! そんなのそのへんの農家じゃないか!』
「民の食卓のために働く――人の役に立ててることが、一番感じられる仕事ですよね」
『まだやってもないのに農家のプライドさえ持っているだと!? 私は本当に君がわからないよ!』
カミラが混乱している。
農家、いいと思うけどなあ。
「それに……いくら極級になったからって、俺にはそう扱われる資格はありません。魔術なんてまともに使ったのは今日が初めてです。そんな俺に、大役は務まりません」
俺は立派な魔術師なんかじゃない。
ただの採取専門の冒険者だ。
経験も知識も、覚悟も足りていない。
そんな俺が魔術ギルドで上に立ってもいい迷惑だろう。
五人目の極級魔術師はいなかったことにする。
それが一番いい選択だと思う。
「そういうわけなので、俺はこれで」
『ま、待った!』
帰ろうとしたらカミラに呼び止められた。
「……何ですか?」
『あー……君の気持はわかった。魔術師ギルドは自由の組織だから、君を無理やり引き留めることはできない。だが、一度だけ君の力を貸してほしい』
「一度だけ、ですか?」
『そうだ。植物魔術でないと解決できない問題があるんだが……是非それを君に頼みたい。もちろん、報酬は弾む』
一度だけ、か。
正直それでも気乗りしない。
けど、魔術ギルドの長じきじきに頼まれて断るのもなあ……
「……できるかどうかわかりませんが、それでもよければ」
『助かるよ。ありがとう。詳細はソフィアから聞いてくれ』
「わかりました」
仕方ない、一度だけと割り切って頑張ろう。