制裁
俺はさっきまでいた場所に戻ることにした。
称号?
いきなり発現した魔術?
知らんよそんなもの。そんなことより俺は休みたい。
難しいことは明日考えようの精神だ。
さっきの場所に戻ってくると、そこには逃げろと言ったはずの女の子が待っていた。
「おじさん! 大丈夫!?」
俺を見つけると、女の子は駆け寄ってくる。
「なんとかね……っていうか何で君は残ってるんだ。逃げろって言っただろう」
「だって、おじさんが心配で……」
心配してくれるのは嬉しいけど、君のほうが危ないからね?
ここは魔物が出るんだからさ。
とりあえず俺は女の子の家がある村まで送り届けた。
お母さんの病気に効くソウレンの花は全部渡してきたので、あれできっとよくなるだろう。
さて、街に戻ろう。
『グルゥウウウウウウウウウ!』
途中でグレイウルフに襲われた。
またこいつか……
もう剣で戦う元気もないんだけどな。
……また見よう見まねで植物魔術を使ってみるか?
俺は手をグレイウルフに向けてかざした。
「【ソーンウィップ】」
ドグシャッ――キランッ。
『ギャウウウウウウウウウウ!?』
地面から伸びた数十メートルはあろうかというイバラの鞭が、狼型の魔物を空の彼方に吹っ飛ばした。
できちゃったよ……
しかも威力、強っ。
「本当にどうなってるの、これ……」
俺はぼやきながらも山を下りるのだった。
▽
街に戻る。
「…………しんど……」
普通に依頼を受ける→ティタノサーペントを倒す→回り道して帰ってくる。
……いや、きついって。
ただでさえ年で体力が落ちてきてるのに。
宿にまっすぐ戻りたいのをこらえて冒険者ギルドへ。
ティタノサーペントのことは報告しておきたい。
冒険者ギルドの扉をくぐる。
「「「……!?」」」
うお、なんだ。
ギルドに入った途端にえらい注目されたな。
「な、なんでてめえが……」
「生きてやがったのか!?」
若い冒険者二人が奥のほうで目を見開いている。
俺と女の子にティタノサーペントをけしかけてきた連中だ。
丁度いい。
この二人には一言言ってやらないと気が済まなかったんだ。
……と思ったら、先に別の人物に話しかけられた。
「ウィード殿! 生きておられたか!」
老齢の男性――このギルドの支部長だ。
受付嬢とかもそうなんだが、この人も俺のことを見下さないでいてくれるんだよな。
仕事相手としてはありがたい限りだ。
「どうも、支部長。……俺が生きてたかっていうのは?」
「そこの若い二人……ゲッスルとカスマークが、ウィード殿が死んだと言うものですから心配していたのです」
ゲッスルとカスマーク?
……ああ、俺にティタノサーペントを押し付けてきた二人か。
「元気な姿が見えて安心いたしました。ウィード殿は無事にティタノサーペントから逃げ出せたのですな」
「あ、いや、その、倒しました」
「はい?」
「これが証拠です」
俺はティタノサーペントの鱗を差し出した。
倒した後、一枚だけ鱗が取れかけていたから剥ぎ取っておいたんだよな。
「何ですとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ギルドマスターが目を見開いて叫んだ。
ギルド内が騒然となる。
なるよな……
Aランク上位の強さを誇るティタノサーペントを、この凡人代表みたいなおっさんが倒したなんて、もうホラにしか聞こえないだろうし。
「た、確かにこの鋼のような光沢はティタノサーペントのもの……! しかしどうやって!? ウィード殿は戦闘は不得意だったはずでは!?」
「その、土壇場で魔術が発現しまして」
「ティタノサーペントを倒すほどの!?」
「はい……」
自分でも信じられないことなので、ちょっと返事が中途半端になる。
どう説明したらいいもんかな。
「そ、そのことについてはまた後で詳しくお聞かせ願いたいですな」
「わかりました」
「では、その話は一度置いておくとして……」
俺が頷くと、ギルドマスターはじろりと若い冒険者たち――ゲッスルとカスマークを睨んだ。
「ゲッスル、カスマーク。お前たちの話と随分違うようじゃのう?」
「「っ」」
ぎくっ、みたいな感じで固まる二人組。
どいういうことだ?
「ウィード殿。確認してもよいですかな」
支部長が俺に尋ねてくる。
「何ですか?」
「この二人の話によれば、“ウィード殿が寝ているティタノサーペントを攻撃して目覚めさせた”とのことですが……」
「真っ赤な嘘ですね」
でまかせにもほどがあるだろ。
「では本当のことはどのような?」
「……俺も詳しくはわかりません。ただ、この二人がティタノサーペントに追われているところに、俺と薬草採りに来ていた子どもが居合わせました。そしてその二人は俺たちを見つけると、自分たちが逃げるための囮にしたんです」
今思い出しても許せない。
百歩譲って俺はまだいい。
魔物がいる場所に望んで入ったんだから、ある程度のトラブルは受け入れるべきだ。
だが、あの場所には小さな子どももいたんだぞ。
到底許せる行為じゃない。
……と、俺が説明すると、ゲッスルとカスマークの二人が言い訳するわするわ。
「違う! ウィードこそ嘘吐きのクソ野郎だ!」
「そいつは手柄欲しさにティタノサーペントをわざわざ起こしたんだ!」
「俺たちはウィードが襲われてるところを見たけど、勝てないと思ったから、仕方なく逃げてギルドに報告した!」
「女の子なんていなかった!」
もう滅茶苦茶だ。
矛盾の嵐ってレベルじゃないぞ。
「あのな……俺がティタノサーペントを起こしたとしたら、何でそれをお前らが知ってるんだ?」
「それは……!」
「それに俺は『子供が居合わせた』とは言ったが、それが女の子だとは言ってないぞ」
「う、うるさい! ちょっと言い間違えただけだろ!」
顔を真っ赤にする二人。これは相当に焦ってるな。
しかし不思議でもある。
言っちゃなんだが、魔物から逃げた結果他の人間になすりつけるなんてよくあることだ。
当然責められはするが、ここまで焦る理由が何かあるのか?
「……とりあえず、お前たち二人は早く非を認めろ。俺はともかく、あの子には謝ってもらう」
「うるせえんだよ! 草むしりオヤジが!」
「お前こそ俺たちに罪をなすりつけようとするんじゃねえ!」
逆上してくる二人。
ええい、話が進まん!
「――お話し中すみませんが、少々割り込ませていただいても構わないでしょうか」
声を発したのは見慣れない女性だった。
揃いの鎧を着た五人組だ。
その先頭にいる透き通るような金髪の若い女性を見て、支部長がぎょっとする。
「魔装騎士団……!? 魔術ギルドに所属しているはずの貴方がたがなぜここに!?」
「事情がありまして、先日よりこの周辺で活動していました」
そう言いつつも金髪の女性がちらりと俺を見てくる。
何ですかね。
というかとんでもない美女だな。俺が十五歳ほど若かったら見とれてたことだろう。
「誰だよてめえ! 部外者が偉そうに……!」
「失礼しました。私の名はソフィア・ルーシェンベルク。魔装騎士団に所属する騎士です」
威嚇するゲッスルに淡々と自己紹介する美人騎士――もといソフィア。
魔装騎士団か。
さっき支部長も言ってたけど、本当にそうだったんだな。
魔装騎士団ってのは、国をまたいで運営される超大規模組織、“魔術ギルド”の精鋭のことだ。とんでもなく強いらしいが……正直詳しく知らない。
なんせこちとら採取専門の冒険者である。
こんな強い連中が派遣されるようなヤバい場所では、活動してこなかったからなぁ。
何か知らんが有名らしい、という程度だ。
ソフィアは言った。
「我々は部外者ではありません。先ほど話題に出たティタノサーペント……あれを討伐せよと魔術ギルド本部より命じられていました。あのティタノサーペントは特別な個体でして、地中を凄まじい速度で移動するのです。それゆえ神出鬼没で、多くの被害を出しました」
地中を移動か。
なるほど、どうりで何の前触れもなく現れたわけだ。
「私たちはティタノサーペントを追跡するため、監視用の魔道具をあの魔物に取り付けていました」
そう言ってソフィアが取り出したのは泥や傷がついているものの、綺麗な光を放つ小型の水晶玉だった。
魔道具なのか、あれ。
見たことないな。
魔術ギルド内でしか使われていない特別な品とかだろうか。
カスマークがソフィアを睨む。
「それが何だよ」
「この魔道具には“映像を記録する”機能があります。……まあ、見てもらったほうが早いでしょうね」
ソフィアの手の中で水晶玉が紫色に輝き出す。
そして水晶玉から現れた光が、虚空に映像を浮かび上がらせた。
『おい、見ろよ。ティタノサーペントだ……』
『こんな大物と出会えるなんてラッキーだ! しかも眠ってやがるぜ!』
映像の中にはゲッスルとカスマークの姿がある。
何やら興奮している様子だ。
これは……ティタノサーペントの周囲の映像を撮影したものか?
「「――!?」」
ゲッスルたちが目を見開く。
この動揺っぷり、怪しすぎる。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『うおっ……! ヤバい! 気付かれた!』
『逃げろぉおおおおお!』
映像の中でゲッスルたちが一目散に逃げ始める。
ティタノサーペントを倒し損ねて怒りを買ったのだ。
ゲッスルたちは走って何とか逃げようとする。
その先には……村か?
俺が例の女の子を送り届けたところとは別の場所に見えるが……
「や、やめろ! その映像を止めろ!」
ゲッスルが水晶玉を奪おうとするが、魔装騎士の一人に抑え込まれる。
映像ではゲッスルたちが村へと近づいていく。
『何だあんたらっ!? やめろ! 魔物を連れてくるなんて!』
『ひぃいいいいいいいいいいい!』
『うるせえ! どけ、どけぇええええ!』
「……おいおい」
映像の中では村の中にゲッスルたちが飛び込み、それを追ってきたティタノサーペントが破壊を撒き散らしていた。
道は荒れ、建物は吹き飛び、逃げ遅れた村人が跳ね飛ばされる。
これは……本当にあったことなのか?
支部長が激昂する。
「ゲッスル、カスマーク! これは何だ!? 貴様ら……魔物に追われた状態で村に逃げ込んだのか!?」
「し、仕方なかったんだ! ああするしか、生き残る方法はないと思って!」
「他にどうしろってんだよ! ティタノサーペントから逃げる方法が他にあんのかよ!」
支部長の怒声にゲッスルは言い訳し、カスマークは逆ギレしていた。
フッ、と映像が途切れる。
水晶玉を持つソフィアが説明した。
「映像の通り、この二人はティタノサーペントを近くの村に連れ込み、大きな被害を出しました。私たちが救助活動を行ったため、犠牲者は出ませんでしたが……」
痛ましそうに告げるソフィア。
俺は納得していた。
どうりでゲッスルたちが慌てて映像を止めようとするわけだ。
俺のところに来るまでに、こんな真似までしでかしていたとは。
「この……馬鹿者どもがァああああああああああ!」
バキッ!
「ぎゃあ!」
「ごはっ……!」
支部長がゲッスルたちを殴り飛ばした。
ソフィアが冷静に告げる。
「町や集落に魔物を誘導するのは、重大な犯罪行為です。よろしければ私の部下が衛兵の詰め所までお連れしますが」
「ああ……頼みます。こやつらは冒険者でも何でもない、ただの犯罪者です」
ソフィアの部下である魔装騎士が、ゲッスルたちを捕縛して連行していく。
「待て……待ってくれ! なあ、おかしいだろ!?」
「もう一度チャンスをくれ! 頼む、頼むよぉおおおおおおおお……!」
ゲッスルたちは悲痛な声を上げながらギルドを連れ出された。
それからソフィアは申し訳なさそうに俺を見た。
「……申し訳ありません。余計な口出しを」
「あ、いや、かしこまらんでください。それにあの水晶玉がなければ、水掛け論になっていたでしょうし」
「そう言っていただけると救われます」
ソフィアは小さく微笑んだ。
ううむ、本当に綺麗な顔立ちをしているな。
おじさん目が潰れそうだよ。
「――それで、本題なのですが」
「え?」
今のが本題と違うんかい。
「先ほどの水晶玉の映像の続きを見たのですが……ティタノサーペントを倒したのは貴方ですね?」
あ。
そうか、俺が使った植物魔術を見られてたのか。
「まあ……そうですね」
「ギルドカードを拝見してもよろしいですか?」
「どうぞ」
今さら隠しても仕方ないので大人しく見せる。
「ッ……やはり、そうではないかと思いましたが」
ソフィアがその場で勢いよく跪いた。
後ろの騎士たちも同じ動作をする。
「ちょっ、ええ!? 何だ!?」
急にどういう反応なんだそれは!
怖い! 意味不明過ぎて恐怖すら感じる。
「ウィード・グライス様。あなたは世界で五人目の“極級魔術師”です。お目にかかれたことに感謝を」
世界で……五人目?
え? 俺が? 人違いじゃない?