ねぼすけ姫の、ぬくぬくお布団
「姫よ、一体何をやっておるのじゃ。さっさと布団から出てこんか」
「やだー。だってポカポカしてあったかいんだもん」
あるところに、ねぼすけ姫と呼ばれるお姫様がいました。
美しかったお妃様によく似てとても可愛らしい女の子なのですが、一日中ずっとお布団にくるまって出て来ないものですから、ねぼすけ姫などと言われているのです。
ねぼすけな人間は、貧しいこの国にとって嫌われ者でした。
働かないとお金がもらえない。だから寝ていないで働け。みんなそう言われて育ってきたものですからねぼすけ姫のようにお布団でぬくぬくしている人間が大嫌いなのです。
そしてそれはねぼすけ姫の父である王様も同じでした。姫をなんとか働かせようとしましたが、ねぼすけ姫はずっと毛布の中でぬくぬくしてばかり。
「死んだ妃がお前の姿を見ればきっと嘆くだろう。ああ、どうしてお前はそんな子になってしまったのだ」
「ううんお父様。お母様はわたしのためにこのお布団をくれたもん。きっと喜んでるに違いないよ」
確かに毛布は今は亡きお妃様からのプレゼントでした。
しかしまさかお妃様もこうして一日中くるまるとは夢にも思わなかったでしょう。そんなことを考えながら王様は深くため息を吐きました。
「お前ももう十歳。これ以上お前がサボり続けるなら、お前を追い出すぞ」
「ひどい。ぬくぬくしたって別にいいじゃない」
しかし頑固な王様はそれを許しません。「いかなる理由があろうとも働かなければならぬ。それを嫌がる者は姫にふさわしくない」
そう言うと王様は、お布団ごとねぼすけ姫を抱え上げると、ねぼすけ姫をお城から追い出してしまいました。
あまりにもむごいですが、これがこの国のルールなのです。
今までずっとぬくぬくな世界で生きて来たお姫様は、お城の外の町でひとりぼっち。
けれどちっとも寂しくありませんでした。だって毛布が心も体も温めてくれるからです。
「でも、これからどうしよう。食べるものも住む場所も、何もなくなっちゃったんだよなぁ」
ねぼすけ姫はあくびをしながら、ゆっくりのんびり考えながら町を歩きました。
とってもとっても寒いのに、町の人はみんなせかせか働いています。冷たい水を運ぶ女の人、お料理屋さんで働く男の人。
みんな元気だなぁと、ねぼすけ姫はのんびり思いながら、みんなに挨拶をしました。
「こんにちは」
しかし誰も答えてくれません。みんな忙しすぎて、ねぼすけ姫のことなんて見ていなかったのです。
つまんないの。そんなに焦って働いてばかりいたら疲れちゃうのにな、とねぼすけ姫は思いました。
あてもなく歩いていると、ねぼすけ姫は一人の女の子に出会いました。
その女の子は、ブルブル震えていました。寒い寒い町の中、一人でうずくまって泣いています。
「あなた、どうしたの?」
思わず声をかけたねぼすけ姫に、女の子はビクッと肩を震わせて振り返りました。そして震える声で言います。
「私、役立たずだからお家を追い出されちゃったんです。食べるものもなくて、寒くて……」
「ふーん。あなたもなんだ。実はわたしもなんだよ。そうだ、寒いならこのお布団を貸してあげる」
ねぼすけ姫はそう言って女の子に笑いかけ、自分がくるまっていたお布団に女の子を招き入れました。
お布団はねぼすけ姫一人には大きすぎるほど大きいのです。二人が入っても、ぬくぬくぬくぬく出来ました。
「あったかいでしょ」
「あったかいですねぇ」
さっきまで泣いていた女の子は、ニコニコ笑顔になりました。
ねぼすけ姫も笑います。気持ち良さそうな女の子を見て、とってもとっても嬉しい気持ちになったのです。
次に出会ったのは、足を怪我した男の子。
町から少し離れた山で、狩りをするのが仕事の男の子は、山を降りる時にうっかり怪我して動けなくなっていたのです。
そこへたまたま通りかかったねぼすけ姫は、男の子にも声をかけました。
「痛そう。大丈夫?」
「このままじゃお家に帰れない。今日は獲物が取れなかったんだ。このままじゃお母さんに怒られるよ」
足の怪我は、そこまでひどくありませんでしたが治るのに何日かはかかるでしょう。
それに男の子は手ぶらで帰ることはできないらしいのです。家の外で一日中立たされることになってしまうのだとか。
それは可哀想だと思い、ねぼすけ姫は男の子をかくまうことにしました。
「わたしのお布団に入って。わたしが病院まで連れて行ってあげる」
「本当?」
「本当。さあさあ、そんな格好じゃ凍えちゃうでしょ?」
ねぼすけ姫はさっきの女の子の他に、男の子もお布団に入れてあげました。
男の子もぬくぬくお布団にくるまって、「ありがとう」と言ってくれました。
いろんなところには、働けないで、寒さに凍えている子供たちがいっぱいでした。
大人も、病気や怪我で働けない人がたくさんです。ねぼすけ姫はそんな人たちにお布団を貸してあげ、一緒にぬくぬく、ぬくぬくしました。
お布団はとっても大きいので、みんながいっぱい入っても大丈夫。
そのうち働き疲れた人たちまでやって来て、みんなでぬくぬく、のんびりしました。
「元気が出たよ。ありがとう」
「また明日もぬくぬくしに来ていいかしら」
ねぼすけ姫は、もちろん、と頷いて、町に戻る人たちを送り出しました。
みんなの顔は明るくなっていて、ねぼすけ姫はますます嬉しくなりました。
最初の女の子も、怪我をしていた男の子も、今はすっかり元気です。
二人とも感謝をしながら帰って行きました。
「あなたのお布団って、魔法みたいですね」
「ありがとう。今度はお母さんも連れて来るよ」
そんな二人を見送りながら、ねぼすけ姫は相変わらずお布団の中でぬくぬくしていました。
さらに一段と寒くなり、雪が降って来ました。
お城でたった一人働いていた貧乏な王様は、ろうそくもマッチも使い果たし、寒さに震えていました。
暖かいものを求めてお城を出て、王様は街を歩きます。
しかし貧しいこの国では街でもマッチやろうそくが足りなくて困っているのです。王様にあげる分はありませんでした。
王様は無理矢理取り上げるほど意地悪な人間ではありません。
仕方なく、どこか寒さをしのげる場所を探し、トボトボ歩き続けることになりました。
ですがすぐに、凍えるような冷たい風と足元まで降り積もる雪のせいで王様は動けなくなってしまいました。
けれど王様が雪の中で凍え死ぬことにはならなかったのです。
「あ、お父様だ。どうしたの、寒いの?」
なぜって、ねぼすけ姫がお布団を引きずりながら現れたからです。
ねぼすけ姫は眠たげな目で王様を見ると、毛布を差し出して言いました。
「一緒に入ろう。そんなところで寝てたら、氷になっちゃうでしょ」
王様は驚きましたが、ねぼすけ姫はお構いなしです。
そのまま王様は、ねぼすけ姫と一緒のお布団に入ってぬくぬく温められました。
体はもちろんのこと、仕事ばかりして疲れ切っていた心までポカポカしてくるようです。
「たまには休むのも良いかも知れぬな」
「たまには、じゃなくてずーっとぬくぬくしていたいよ」
「馬鹿かお前は」
そう言って笑う王様も、今はちっとも怒っていませんでした。
王様はその後ねぼすけ姫を許し、一緒にお城へ帰りました。
そしてなんと、今までは休んではいけないと人々に厳しく言っていたのに、みんなにたまには休んでいいと言ったのです。
働き疲れていた街の人たちは大喜び。ポカポカを求めて次々にねぼすけ姫のところへ駆け込んで来ました。
ねぼすけ姫は大きな布団にみんなを入れてあげて、一緒にぬくぬくぬくぬくしました。
そしてそのうち、話を聞きつけた外国の王様や王子様たちがやって来て、ねぼすけ姫のお布団は大人気になり、貧しかった国が豊かになりました。
ぬくぬくはみんなを幸せにするのです。
きっと今日もねぼすけ姫はお布団でぬくぬくしていることでしょう。
お読みいただきありがとうございました。