雪だるまになった鏡餅
ゼミの新年会で酷く呑み過ぎてしまった私は、一緒に呑んでいたゼミ友の賃貸マンションに泊めて貰う事で、無事に平和な朝を迎えられたんだ。
「御免ね、美竜さん。介抱して貰った上に寝床まで借りちゃって…」
「水臭いなぁ、蒲生さんも。私が酔い潰れた時には蒲生さんに介抱して貰ったんだから、気にしないでよ。」
下宿部屋の主である留学生の王美竜さんは、エキゾチックな美貌に快活な笑みを浮かべながら、私の分の水も手渡してくれたんだ。
「泥酔した女子大生を一人にするのは不用心だからね。御互い様だよ、蒲生さん。」
全く、持つべきものは友達だよ。
酔いが抜けてくると、美竜さんのインテリアに注目する余裕が出てきたんだ。
「やっぱり台湾式に旧正月を祝うんだね。春節の飾りがあるのは流石って感じだよ。」
「冬休みを利用して台南の実家へ帰省した時に、両親から貰ったんだ。下宿で爆竹を鳴らすと叱られるから、代わりに天井から吊り下げてるの。」
そう言うと美竜さんは、爆竹を模した吊るし飾りを愛おしそうに見上げた。
異国で勉学に励む娘が寂しくないようにという、御両親の優しさなんだね。
「でも、日本式の正月飾りもあるじゃないの。意外だけど、ちょっと嬉しいな。」
私が指差した棚の上には、パック入りの鏡餅が鎮座していたの。
パイナップルや爆竹を模した春節の飾りが並ぶエキゾチックな室内で、そこだけが和風だったんだよ。
「この鏡餅、普通のとは一味違うんだ…ほらね!」
悪戯っぽく笑った美竜さんが、鷲掴みにした鏡餅を反転させる。
それを見た私は、思わず声を上げちゃったの。
「あっ!雪だるまじゃない!」
黒マジックで書かれた丸い目と口。
工作とも呼べない一手間で、その鏡餅は雪だるまとしてのキャラクター性を獲得していたんだ。
「留学生同士の交流会で、ノルウェー人の子に貰ったんだ。その子、鏡餅が雪だるまに見えて仕方ないんだって。」
その留学生の子は雪国のノルウェー生まれだから、鏡餅から雪だるまを連想したんだね。
南国の台湾で生まれた美竜さんや、鏡餅を見慣れている日本人の私は気付かなかったけど。
こんな所にも、お国柄は出るもんだね。
「そう言えば…どうして鏡餅を後ろに向けてるの?せっかく可愛い顔が書いてあるのに…」
「目が合うと情が移っちゃうじゃない。金槌で砕くのが忍びないよ…」
美竜さんは苦笑しながら、鏡餅を元の向きに戻したんだ。
鏡開きの事も考えているだなんて、全く抜け目ないなぁ。