売れない底辺アイドルの寄せ集めグループ、ミツミツミーツ! 彼女達を導く女性マネージャーの起死回生策は、健全なNTRだった!
蜜、密、三つ。
これからあなたに語るのは、売れなかったアイドルグループの結成と解散についてだ。
物語の発端は、売れない少女アイドルを担当していた底辺マネージャーが、所属する事務所から売れないアイドルを押しつけられたことにある。それも、押しつけられたアイドルは――六人もいた。
さっそく二十代の女性マネージャーは、六人の顔写真入り資料を目に入れる。
どの子も、売れてなかろうとアイドル活動をやっていたのだから、それなりに顔はかわいい。
しかし、マネージャーは彼女達に光を見出せなかった。
彼女達の魅力を見つけられなかったマネージャーの実力不足なのか。それとも、彼女達には本当に光り輝く魅力がなかったのか……。
とにかく、マネージャーは事務所にて、六人全員とまとめて顔合わせした。
(うぅ……、分からん)
あなたには独身女性マネージャーの心の声が聞こえただろうか?
六人の売れないアイドル達は全員黒髪で、その髪は長め。背丈も体型も同じぐらい。顔も似通っている。
六つ子と言われたら、信じてしまいそうになるほどで、どれが誰だか、マネージャーには判別出来なかった。一人ずつ会うべきだったと、マネージャーは悔やむ。
「だいじょうぶなのでしょうか? マネージャーさん……」
マネージャーの横でそう言ったのは、元々の担当だったお下げ髪のアイドルだ。
この子もまた、見た目が他の子と似通っていた。向こう側に並んでしまえば、一瞬でこの子を見分けられる自信も、マネージャーには無い。
こうして、合計七人も不人気アイドルを担当することになった、マネージャー。
上司からはアイドルグループとして活動させろ、どうやるかは任せる、自由にやれ、と仰せつかった。
マネージャーはアイドルの補助をするのが役目なのに、プロデュース業まで押しつけられたのである。
全員、事務所から引退を勧められているか、切られるのが決定しかけているかという、ほとんど用済みの人材だというのは、マネージャーも上司から聞いていた。
今回のアイドルグループ・プロジェクトが、彼女達に与えられた最後のチャンス。
この事実がマネージャーに重くのしかかる。
「厳しいなぁ……」
女性マネージャーはつぶやいた。
これまで彼女は、業界の辛い面ばかり見せられた。
担当アイドルを人気にさせることも出来なかった。
毎日の精神的ストレスの発散のため、マネージャーは個人的趣味で所持していた薄い本……同人誌を読みあさった。
それでも仕事になると、気分は乗らない。なんでこんな仕事をしているのか、意義を見つけ出せない……。
(でも――)
もう仕事を辞めようかと悩んでいた時に飛び込んで来た、大きな仕事だ。状況は悪くても、崖っぷちの彼女達に自分を重ねることで、どうにかやる気を引き出す。
マネージャーは右拳を高く掲げた。
「みんな、これからが本番よ! 一緒に頑張ろう!」
「「「「「「「はい、マネージャーさん!」」」」」」」
アイドル七名の声が重なった。
奇麗に重なった。
「……あなた達、七つ子じゃないよね?」
「「「「「はい」」」」」「いいえ、違います」「そんなわけありませんよ」
二人だけ返答が違った。マネージャーは安心した。
□
まずマネージャーは、二本のお下げ姿の担当アイドル同様に、残りの六人も髪型を統一させた。全員、分身のごとく、三つ編みでそっくりだ。顔合わせの時に思った、似通っている点を生かそうと、マネージャーは考えたのだった。
アイドルグループ名は、『三つ編み軍団』、『三つ編み族』、『ドッペルゲンガー』のどれが良いかとアイドル達に多数決を採ろうとした。しかしながら、多数決を採る前に一人からアイドルらしくないとダメ出しされ、却下で終わった。
急いでマネージャーは代案を考えた。まさか反対されるとは思っていなかったからだ。
「うーん……」
マネージャーは悩んだ末に、三つ編みのミツを二つにし、出会うを意味するミーツを語尾に加えた『ミツミツミーツ』を提案する。
本案は可決された。
一人だけ『触手軍団』を提案したアイドルがいたが、黙殺された。彼女にマネージャーは少し興味を持った。
ミツミツミーツ誕生後のアイドルグループ活動も、順風満帆とは行かなかった。
一般人や少数のファンからの、誰が誰だか分からないといった批判にも耐えた。
マネージャーでさえ、未だに彼女達を見分けられない時がある。
アイドル達は、マネージャーに何か秘策があると信じ続けた。
マネージャーのほうは、何か秘策があるように思わせておいて何も策はなく、問題を先延ばしにすることが精一杯だった。
それでも、半年もの間、彼女達は頑張った。
そして、ファーストシングル制作決定まで漕ぎつけた。
マネージャーは自身の成果を誇りに思う。
事務所でマネージャーが笑顔になってシングル決定を発表した時、アイドル達七人からから尊敬の眼差しを受けた。
ようやく、マネージャーは少女達の判別が出来るようになっていた。
□
女性マネージャーは自宅のソファーで寝っ転がりながら、どんなデビュー曲にしようかと悩んだ。これが失敗したら、自分の職も、彼女達ミツミツミーツの立場も危うくなる。
「どうしよっかなぁ……」
考えが思い浮かばず、気分転換に同人誌へと手を出して、読み始めていた。
「そうだ! NTRだ!」
自室で叫ぶ。
エヌ・ティー・アールと書いて、『寝取られ』を意味する表記、それがNTR。およそアイドルにふさわしくない言葉であっても、マネージャーは『健全な寝取られ』をテーマに決めた。
どうせクビになるのなら、最後ぐらい自分の趣味に走ってから追放されたほうがいい。そう考えた。
ちなみに彼女は妄想で寝取られたことはあるが、現実世界に彼氏は一人もいない。
翌日、マネージャーの提案に、アイドル達は賛同した。きっとマネージャーの奇策は起死回生の一手であると、信じて疑わなかったからだった。
デビュー曲は、『アイ・ミーツ・エヌ・ティー・アール』。
NTRは『なんか・とっても・リアリティー』の略であると、上司に説明した。上司も社長も、曲名に異を唱えなかった。両者とも寝取られの略を知らなかった事実がマネージャーに味方する。
また、幸いにも、
「なら曲名を『なんか・とっても・リアリティー』にしろ」
そう上司に言われずに済んだ。良かった。
後日、宣伝用映像、いわゆるPVの撮影練習がおこなわれる。
アイドルグループのミツミツミーツのメンバー七人は全員、お揃いのミニスカートの白い衣装を着込んでいた。
借りた高校の体育館のステージ上で並ぶメンバー達。清らかな印象のBGMが流れ始めた。ミツミツミーツの歌唱力が、あなたにも披露されるのだ。
「わたーしはー、せんぱいのことーが、だぁーいすーき~っ!」
中央でリーダーの三つ編みが歌う。
「「「リアーリティー! リアーリティー!」」」
左の三人が歌う。
「せんぱいはー、びじーんでー、せんぱあいぱいぱい~っ!」
中央。
「「「えーぬ、てぃーい、あぁーる! えーぬ、てぃーい、あぁーるぅ~!」」」
右の三人が歌う。
イントロが終わって間奏が流れ、ここからはリーダーと二人のメンバーが順々に。
「せんぱいのことが好きでぇ~! せんぱいもわたしを好きだと言ったのにぃーっ!」
「美人のせんぱいはー、いつしか他の子ときゅうせっきん!」
「つきあーっていたぁのにぃ~、あの言葉は嘘だったの~、せーんぱーい!」
「いっときの感情なのかー、それとも本気の恋なのかぁ~!」
「昨日ー、あの子と一緒に会ってたねー! あれからどこに行ったのよー!」
「「「「「「「エヌ・ティー・アールッ! エヌ・ティー・アールッ! エェ~ヌ・ティ~・アァ~ルッ!」」」」」」」
サビの前に全員で。
「奪われたー、奪われたぁー、あの子に先輩うばわれたーっ!」
「行ーかせない! 行~かせないっ! せんぱいの部屋には立ち入らせないっ!」
「せんぱい取り戻~す! 取り戻すぅ!」
「ねっとれネットで捕縛、取りもーどーしたぁーい~!」
「だってだってそれこそがぁー、ああ~、リーアリーティ~!」
サビ終わり。間奏。
三人でソロを回して歌う間に、他のメンバーは寝っ転がって、三つ編みの先端を別の倒れているメンバーに差し込むようなしぐさを見せる。
背中もあり、ミニスカートをめくって白いヒラヒラつき見せパンにくっつけようとすることもある。黒い三つ編みが白いオーバーパンツに触れる様は、すごくドキドキするだろうか。
むしろ歌よりも、あなたはこっちの動作が気になってしまったかもしれない。
ここで歌詞をあなたに説明する。
女子が先輩の美人女子とつき合っていた百合展開だったのに、別の女子に取られてしまう。だけど、どうにかして取り返そうとする……という内容だ。
歌詞や横になる動作で寝取られを思わせておきながら、断言は出来ない表現で留まらせる。まさに健全な寝取られであった。
結果として、『アイ・ミーツ・エヌ・ティー・アール』は、
「アイドルなのにNTRとはなにごとだ!」
と、責められた。
逆に、
「NTR成分が少ない!」
とも酷評されてしまう。
「PVがいやらしい!」
と、多少は話題にもなったが、デビュー・シングルはあまり売れなかった。
結局、ミツミツミーツは栄光をつかむことなく解散し、マネージャーは仕事を辞めた。メンバー全員も、マネージャーの後を追うようにひっそりとアイドルを引退をした。
世間は七人もアイドルが辞めたことよりも、他のニュースに関心を抱いたようだ。芸能界に籍を置く有名人が何かを成し遂げる、あるいは不祥事をやらかして、注目を浴びる。これは至極当然のことである。
ミツミツミーツ解散の数ヶ月後、ミツミツミーツのPVを参考にした同人誌がいくつか作られた。
見せパンに三つ編みを差し込み、
「あっ! あっ! きゃあぁんっ!」
とか、
「いやぁあああああっ!」
と、アイドルに叫ばせる内容のものが、アイドルのコンセント、略して『アイコン』とも呼ばれるようになっていた。
このアイコンの新たな意味を知っている元ミツミツミーツのメンバーの一人は、自作の同人誌を描いて、元マネージャーに贈呈する。
「あの子、アイドルよりも絵師のほうが向いてるじゃん」
元マネージャーは、自宅で元メンバー作の同人誌を読んでいた。
一応はともにアイドル業界を過ごしたことで、元マネージャーも成長した。今ならば、七人の中からその同人作家になった彼女の顔やプロフィールがすぐにでも思い浮かぶ。
あなたは多分、最後までどれが誰だったのか、分からなかったと思う。
でも、それでいい。
あなたに伝えたかったのはアイドル個人の判別ではなく、売れなかったアイドルグループの結成と解散なのだから。
今日もどこかでアイドルがファンの心を奪って活動し、どこかでアイドルが夢を諦めてゆく……。
(終)
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
負けアイドルグループと性的表現なしのNTRものが書きたかっただけでした。
何も悪いことしていないのにバッドエンド……です。切ない。
もし良かったら、作者の別作品の『九十七人目のアイドル』や『サキュリバーズ!』なども読んで頂ければ、ありがたいです。