第8話:ヘルウィーク①
アンネリエとの鍛錬を終えた翌週の朝、冬夜は教室で光将と教室で会話をしていた。
「どうだ冬夜。 特訓は、順調そうか?」
序列9位との神器決闘を控える冬夜が、心配なのか光将はソワソワした感じで、冬夜とアンネリエの特訓の順調具合を聞く。
「そうだね。 試合までには、何とか形になりそうだよ。」
冬夜は、光将が心配しているのを察し、アンネリエの神力制御の呑込みの早さや、連携攻撃の完成度具合を考慮し、試合までには戦える様になると踏んでそう答えた。
「そうか...。 如月先輩と瑠璃川先輩は、降魔先輩と七草先輩と違って、連携攻撃の完成度が段違いらしいから、十分注意しろよ。」
「ありがとう光将。 負けない様、対策は考えておくよ。」
2人は、迫る序列9位との試合について、会話をしていると、ガラガラガラと教員が教室へ入ってくるのを確認すると、会話を止め席に着いた。
「おはよう諸君! 周知はしていたと思うが、本日から体術と神器の訓練授業が始まるので、気を引締めて挑む様に!!」
教員は、体術と神器の訓練についての注意事項を一通り説明すると、修練着に着替えて校庭へ集合するよう指示を出し教室を後にした。教室の生徒は、教員の指示に従い修練着を着替えに教室を出て行った。冬夜と光将も、校庭へ向かうべく修練着に着替えに更衣室へ向かうのだった。
1年の一般生と特待生が、校庭に揃い体術と神器の訓練教員が来るのを待っていた。
普段より特待生は、一般生を見下し、罵倒や蔑みの言葉を掛け、時には喧嘩沙汰等の行動を起こしていたが、今日に限っては何をするわけでもなく、大人しく教官らが来るのを待っていた。
「やけに今日は、特待生が大人しいね。」
「そりゃ、今日から体術と神器の訓練授業が始まるからな、教官達に迷惑を掛けない様、大人しくしてんだろ。」
冬夜と光将が入学して以降、特待生が一般生に罵声を掛けている場面を見かけない日は無かったが今回、一同に特待生と一般生が集合した場所で諍いが起きていなかった。冬夜は、特待生が大人しくしている理由をイマイチ理解いなかった為、光将が言った大人しくしている理由について尋ねた。
「そういえば、体術と神器の訓練授業の担当教員って、どんな人がくるんだようね。」
冬夜は、光将にそう疑問を投げかけると、光将はハァ~と溜息を付き、ヤレヤレと言った表情で冬夜の質問に答えた。
「お前、そんな事も知らないで、この学園に来たのかよ。」
「エ“ッ...。 光将は知ってるの?」
「当たり前だ! 体術担当の教員は、この前審判をしたエーファ教官、神器担当の教員は、あのオリジン・ロードが1組、天崎剣一教官と神山雪葉教官が務めてくれるんだぞ!!」
現在の地球では、南半球が魔物に侵略されて以降、ポルトガル、エジプト、イエメン、ジャカルタ、コロンビアの計5つの前線を起点に北半球への魔物の大規模侵攻を防いでいる状態となっている。5つの前線基地を守護しているのが、世界で9組しかいない世界最高戦力、別名オリジン・ロード呼ばれる者達である。そして、天崎剣一と神山雪葉は、オリジン・ロードの一角を担っている日本一の戦力であるが、冬夜は基本的に小、中学校を修行に費やしていた為、世界情勢的なものに少し疎い節が在る為、オリジン・ロードの存在も知らないでいた。光将は、冬夜の偶に見せる、世間知らずさに呆れつつもオリジン・ロードについて説明を続けてくれた。
「いいか、天崎教官と神山教官が担当するジャカルタ前線は、天崎教官と神山教官とロシアのオリジン・ロードの奮闘のお陰で、他の前線より余裕があるからこうやって、神器の訓練教官を担当してくれる凄い人なんだぞ!」
光将の力説に気圧される冬夜。本来5つの前線では、魔物からの侵攻を防ぎ、前線ラインを維持するため、配置されているオリジン・ロード達は、休養以外の理由で配置場所から動けないのだが、天崎剣一と神山雪葉とロシアのオリジン・ロードが奮闘した結果、日本とロシアの神器装者の持ち回りで、各国のレガリアへ神器訓練の教官として日々、後進の育成に努めていた。そんな人が、教官を務めてくれる事が、どんなに凄い事なのかを光将の説明で理解した冬夜は、エンデ夫婦以外の強者から神器の扱い方を学べると言う事実に胸が躍った。
「へぇ。 そんなに凄い人が教官をしてくれるなんて楽しみだなぁ。」
「全く、そう言う情報ぐらい抑えとけよな。」
これから始まる訓練に、心を躍らせる冬夜に、光将は呆れていると、遠方から3人の足音が近づいて来た。その足音に気付いた生徒達は瞬時に整列し、まるで示し合わせたかのように一斉に声を上げる。
「「「エーファ教官! 天埼教官! 神山教官! 本日は、宜しく御願いします!」」」
冬夜以外の生徒達が、そう声を上げると教官3人は横並びになると、エーファが右手を上げ楽にするように合図を出すと、生徒達は少し体勢を崩し教官らの声に耳を傾けた。
「初めまして諸君。 知っているとは思うが、今日より神器指導を行う天崎剣一だ。 まっ、神器について解らない事が発生したら、男女問わず遠慮なく来てくれ。」
最初に自己紹介を行ったのは、剣一だった。何処となく兄貴肌を漂わせる気さくな喋りで、挨拶を簡素に済ませた。
「同じく、神器指導を行う神山雪葉です。 これから、キツイ1週間となりますが、怪我無く乗り切りましょう。」
次に自己紹介を行ったのは、剣一のパートナーの雪葉だった。雪葉は、お淑やかな雰囲気で挨拶を行い、剣一とはまた違う感じで近寄りやすさを漂わせていた。
「体術担当のエーファである。 最近つまらんイザコザが発生しているらしいが、そんな事出来ないぐらいに厳しくいくからの。」
最後にエーファが、自己紹介と挨拶を終えると、エーファが指揮を執り生徒達を2人1組にさせた。冬夜達、生徒はエーファの指示に従い、2人1組を組んで行き、冬夜は光将と組むことになった。エーファは、一通り組み合わせが出来たことを確認すると、言葉を発した。
「呼ばれた5組を残して、その他の組は校庭の外周で待機せよ!」
エーファの指示に従い、生徒達は校庭の外周部へと移動する。エーファに呼ばれた5組は、校庭の中心部に均等に間隔を空けて待機していた。
「では、諸君! 模擬組手を始めてもらう。 ルールは簡単、先に相手の体の一部に掌で触れるのみじゃ。 神力による身体強化は許可するが、神器の使用は不可とする、以上!」
エーファは、完結に模擬組手のルールを説明し終え、剣一と雪葉と共に校庭の外周部へと移動する。校庭に残された5組の生徒は、それぞれの所定位置へ移動しエーファの合図を待つ形で構えた。
「それでは、準備はいいかの。 模擬組手...始め!!」
エーファの掛け声で、一斉に組手が始まった。今回、組手の相手は基本的に一般生は一般生と、特待生は特待生と当たるよう分けられているが、1年の生徒は皆、アマチュア格闘技上がりの者が多く、空手、柔道、ボクシング、キック、合気道等の様々な格闘技で模擬組手が繰り広げられ、組手は大体5分~8分で終了し、終わった組から次々に入れ替わって行く形で、進行していた。
組手が次々消化されて行き、時計の針が11時30分を指す頃、最後の一組である冬夜と光将の番が回って来た。冬夜と光将が、所定の位置に着くと他4組の組手が終了し、冬夜と光将のみが校庭に残る形となっていた。そうなると、自然と2人に注目が向くわけだが、乱入で序列10位を倒した冬夜と、九紋流剣術の筆頭後継者である光将、色んな意味で有名な2人の組手に特待生、一般生問わず注目の的になった。そんな視線に、2人は目もくれず互いに構えを取り、エーファの合図を待った。
「両者、準備はいいな? では、始めい!」
エーファの合図が、校庭に響くも両者はその場から直ぐには動かず、ジリジリと相手の出方を窺いながらにじり寄って行く。時間にして2分、両者の距離が攻撃射程内に入った瞬間だった。バッ!光将が右手で突きを放つと、冬夜は左手でコレを払いカウンターで右足で中段蹴りを放った。光将は、冬夜の中段蹴りを左足の膝蹴りで弾くと、膝蹴りの勢いを利用してバク転を行い、冬夜との距離を取った。
「驚いた、格闘技の心得はあると思ったが、制空権を体得してたのか!」
「まぁね。 そういう光将こそ、剣術以外も行けるんだね!」
制空権、武術家における一つの境地であり、自身の攻撃範囲を定め、その攻撃範囲内に入って来た攻撃を全て確実に撃ち落とし、反撃する攻防一体の技であり冬夜と光将の武術家としてのレベルが近しい位置にいることを示していた。一瞬の攻防で両者は、互いの実力を理解し次の攻撃に備え、相手の動きに注視する。
「それじゃあ、続きと行くぜ!」
ダッ!光将は、駆け出し突きを放とうとすると、冬夜はコレを迎え撃つべく防御体勢を取る。冬夜の防御体勢に入った瞬間、光将は地面へ倒れるように前かがみになり、両手を地面に置き、回転足払いを仕掛けた。ガァァァン!光将の回転足払いは、見事に冬夜の足へヒットするも、生身の足と、義足が衝突したにしては鈍い音が校庭に響き渡った。
「固ってーー! なんだよその義足、滅茶苦茶固いんだが?!」
「あぁ、この義足は特別性でね、神力を流すと硬質化するんだよっ!」
「そんなのありかよ!」と光将が呟いた瞬間に、冬夜は右足を振り上げ、踵落としを仕掛けた。光将は直ぐ様、回避行動を取り冬夜から離れると。ダァァン!冬夜が踵落としをした地面はひび割れを起こしながら窪み、砂埃を巻き上げ、両者の間を隔ててしまった。冬夜は、砂埃を利用し光将に突進を仕掛けると、光将は砂埃で視界を塞がれた事で、冬夜の突進に反応が一瞬だけ遅れ、コレに対応しようと防御態勢を取った。しかし、速さには僅差で冬夜に分があったのか、冬夜の突進を防ぐ事は出来ず、冬夜の掌が光将の胴へ触れてしまっていた。
「組手終了! 勝者、有馬!」
エーファの終了の合図が入ると、2人の組手を眺めていた生徒達は、驚きと妬みの感想を発する者と、自身の未熟さを改めて痛感し賞賛の声を発する者に分かれていた。
「クソー。 お前の義足、反則級だろ!」
「禁止事項に義足を外せなんてなかったから、実質体の一部だよ。」
組手の結果に不満を漏らす光将に、冬夜は笑顔で手を差し伸べると光将は冬夜の手を取り立ち上がった。どよめきが走る校庭で、エーファ、剣一、雪葉は生徒達の感想を述べ合っていた。
「フム。 これで全員終了じゃな。 どうじゃ今年の1年の出来わ。」
「はい、1年生ながら良く動けてますね。 これなら、訓練の質を上げてもにしてもよろしそうですわね。」
「そうだな。 例年、生徒の質が上がってくれるのは、嬉しい限りだな。」
3人は、各々の生徒達の評価を出し合い、訓練内容の方向性を話し合った。話し合いが終わると、エーファが生徒らを集合させ生徒達のグループ分けを行い、冬夜を含む生徒達は3つのグループに分けられた。
「今、分けられたグループで1週間ミッチリ訓練を行うからの。 各自、覚悟しておくように! それでは、昼休憩後まで解散!!」
冬夜ら生徒達は、エーファの指示に従い昼休憩を摂る為、散らばって行った。エーファ、剣一、雪葉の3人が、生徒達が校庭からいなくなるのを確認し終えると、剣一が苦言を漏らした。
「しかし、雲龍家の御子息の事情は知っているが、有馬君程の実力者がなぜ特待生に居るのか理解できないな。」
「有馬に関しては、表面上でのデータでしか物事を測れん馬鹿共の所為じゃよ。」
「生徒の質は変われど、大人の思考は変わりませんのですね。」
剣一と雪葉は、冬夜の学園での出来事を、エーファを通じて知っていただけに、冬夜の学園での扱いに落胆していた。
「じゃが、有馬が一般生になった事は悪い事でだけではないのやもしれんぞ。」
「それはどう言う事でしょうかエーファ教官。」
「なに、ベールヴァルド家の令嬢と何やら面白そうな風を吹かしてくれる、そんな予感がするのじゃ。」
剣一と雪葉の冬夜に対する、学園側の対応に苦言を呈すも、降魔と七草との神器決闘の審判を務めたエーファは、冬夜とアンネリエが出会ったことで、この先の学園にとって改革の風を呼び込むのではないのかという予想を、ワクワクとした表情を浮かべ名がら2人に話す。
「成程...。 では、大きな風を吹かしてもらえるようしっかり鍛えておきましょう!」
エーファの言葉に、何かを感じた剣一は、冬夜がこの学園で強く生きていけるよう鍛えようと張り切る。そんなやる気に満ちている剣一を、後ろで見ている雪葉とエーファは、ほくそ笑みながら、3人も食事をする為、校庭から離れるのであった。