雨脚
アパートから舗道へと一歩踏みだす手前の軒下でまずは立ちどまる。
ざあざあ細くはない雨脚が目にはこころよくても、濡れるのは望むところではないはずだけれど、ふたりはそれと構わず出て来た。
事実は、近場での昼食にかこつけて彼がどうしても出ようと言うので、まったりお家にあるもので済ませたい彼女はやんわり反対するまもなく、彼の命に従ってしまう。
彼の言うことを聞くのが好きなので、たびたび何か言われてみたいものの、彼はやさしいから、そうむやみには命じてくれない。いそいそと着がえて髪をとかし化粧も手抜きに済ませるままでてくると、閉めきった窓越しのやわらかな雨音が懐かしくなる。
「ねえ」
「ん」こころもち仰向いて彼をみると、声をかけてくれたいつもの涼しい顔にちょっぴりたくらみの成分が見える。
「先にでて」彼は傘を持たない左手をあげてぴんと人差し指をそらせながらいじわるを言う。
「やだ」
「どうして」
「どうしてって、ひどいよ」
「いいから」
「いやだ。よくないよ。尚央くん一緒にでよう」傘を握る両手に力がこもる。
「どうしても?」見下ろす彼は淡くほほえんでいる。
「どうしても……じゃない」
答えると、彼女はにぎった傘をひと巻き留めているバンドのボタンをはずして、降り注ぐ雨空へむけてひろげた。最後に彼の顔を見たいのをそっと我慢して、ローテクスニーカーのつま先を、静かに下ろして歩きだす。
水はけがわるいところとたまらないところを足で軽やかに見分けていく。振り返らない。耳をすませば、ちゃんときこえる。彼女は足をゆるめた。
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