わがままな猫
わがままな猫がいた。
家の前で鳴いていたときは、離乳期を過ぎた仔猫だった。人の手から逃げられないほど弱りながらも、シャーと牙をみせて威嚇してきた。抱きかかえると震えて、背中をなでるとノドを鳴らした。家のなかで水を飲み、ちくわを食べた。抱きかかえると小便をもらした。
元気になる頃には、布団のうえで仰向けに寝たりもした。エサをよこせと鳴き騒ぎ、爪で壁紙をボロボロにする。キャットフードを食べて、ちくわを食べて、外に出せと鳴きつづける。
家に居ついても、野良猫はやめられないらしい。
窓から庭に出る。顔面に傷を負っていたこともあれば、ひどい臭いをつけていたこともある。シャワーで洗おうとすると、この世の終わりがきたかのような、ひどい鳴き方をした。
成長するほどに、外出時間は長くなった。
夜の外出を覚えてしまい、人間が窓近くのソファで待機するはめになった。外から猫が鳴くと窓を開ける。人間の苦労など気にすることもなく、帰ってきた猫は、何度か鳴いて存在をアピールすると、水を飲み、さっさと布団にもぐりこんだ。
いつからか、わがままな猫は病気になった。
黄疸の症状がでていた。人間ならば、肝臓系の末期症状だろう。人間が動揺しているうちに、猫は外に出ていった。その日は帰ってこなかった。次の日も帰ってこなかった。一週間ほど帰ってこなかったが、自然治癒で治したらしい。弱ってはいたが、そのときは帰ってきた。
いったんは元気になり、もとの生活にもどった猫は、たぶん、また病気になっていた。発作的に腹を噛んでいるときがあった。ノミやダニをつけてくるので、かゆいのだろうと思っていたが、腹の中が悪かったのだろう。
人間が不安をおぼえはじめたころ、猫は帰ってこなくなった。
もう一度という、期待は叶わなかった。
わがままな猫がもどってくるのは、夢のなかだけだ。