戦場
闇色に染まりきった道を漆黒の影が、音も無く駆け抜けて行く。
石の道と全て閉まっている店を横目に見ながら、アルフレッドは仕事場に向かっていた。
今日の仕事場は依頼書にあったドルベルト=グライドスが居るはずの戦場のど真ん中である。
現在、人間族と異人族は対立状態にあり、国境付近では頻繁に戦争が起こっている。
三日前までは異人族の繁殖力の低さ故に、数の力で何とか均衡を保っていたのだが、ドルベルトが最前線に来てからと言うものそのあまりの強さに人間族軍は劣勢を強いられているらしい。
そこで暗殺者の出番と言うわけだ。
アルフレッドは今日の仕事の殺りかたを考えながら、人間族側のキャンプ地へと向かっていく。
やがて見えてきた人間族軍のキャンプ地の明かりに向かって進んでいく途中で、アルフレッドは違和感に気付いた。
キャンプ地の明かりが異様に大きいのである。
敵にキャンプ地を教えるような事はよほどの馬鹿でもない限りそんなことはしない。
ならば何かと目を凝らしその正体を見極めようとした。
瞬間、アルフレッドは驚きに目を見開いた。
彼が見ていた明かりは松明の物などではなく、さらに数段大きいものだったのだ。
予想外の事態に本能的に危機感を覚えながらも、アルフレッドはさらに進んでいく。
そしてあと百メートル程の所まで来たとき、アルフレッドはその明かりの正体が何なのかを知った。
それは人間族の天幕の一つが放つ煌々とした炎だった。
幾百もの火の粉が舞い、混乱した兵士達の声が聞こえてくる。
更にそのキャンプ地の真ん中で嬉々とした表情で大斤を振り回す、魔人族の姿が目に飛び込んできた。
その瞬間、アルフレッドの頭の中にある一つの名前が浮かんだ。
ドルベルト=グライドス......今回の暗殺目標
実際に顔を見たわけではないが、アルフレッドの暗殺者として勘がそう伝えている。
その時、戦場から一人の兵士がアルフレッドの方へ走ってきた。
「何があった?」
その兵士へアルフレッドが問うと
「五月蝿い!民間人に教える義務は...」
そこで兵士は目を見開きながら言葉を詰まらた。恐らくアルフレッドの左腕にある階級章に遅まきながらきずいたのでろう。
そして慌てた様に再び口を開いた。
「し...失礼しました!アルフレッド中将!何かご用でしょうか!」
そう言いつつ二十五歳程であろう兵士はたった十五歳の中将に敬礼をした。
そうアルフレッドは暗殺軍の中将、つまり彼の所属する暗殺軍内ではナンバー2の権力者である。
しかもアルフレッドの暗殺軍は国王軍直属全軍隊の中で最も力を持っている軍隊なのだ。
「だから、何があったのかと聞いている。時間が惜しい簡潔に教えろ」
「は!我が軍は現在、ドルベルト軍に奇襲を受けており...」
そこまで聞いた瞬間、アルフレッドは戦場へと向かっていた。
足にありったけの力を込め、戦場までの百メートルを漆黒の風となって駆ける。
一歩、また一歩と足を踏み出すたびに土が飛び、地面に小規模なクレーターが一定感覚で作られていく。
そして、三秒もしない内に人間族と魔人族が入り乱れる戦場にたどり着いた。
その戦場の様子はまさに地獄絵図だった。
そこかしこから血飛沫と断末魔が上がり、首や腕などが宙を舞う。そんな光景を見た瞬間、悲しいかなアルフレッドの体は歓喜に支配される。
自分のやるべき事、生きるべき場所を見つけたようなそんな喜び。
自分の正体を隠し、何の生き甲斐も無く生きるぬるま湯のような日常よりも、軍の人間として敵の血と断末魔を全身に浴び、命のやり取りをする。此れこそが自分の本当の人生なのだと。
アルフレッドは心の底からそう思いながら、一人目の獲物に向かい突き進んでいく。