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5.とある子爵令息の求婚

 さぁ、一本杉の丘に着いた。 疲れたかい?

 全然平気だって?

 ふふ、そうだね。君はヤワなご令嬢とは違うものね。


 この場所に来るのは久しぶりだな。

 昔はよくディアと2人、馬で駆けて来たものだったが……。

 領内が見渡せるこの丘は、僕とディアのお気に入りの場所だった。


 2人で一本杉の木陰に座り、思い思いの本を読んだり、他愛のないお喋りをしたり。

 屋敷の料理人に頼んで、パンにハムやチーズや野菜を挟んで貰って、それを持って来て食べたこともあったっけ。普段食べ慣れているものばかりなのに、不思議といつもより美味しく感じたのを覚えているよ。


 僕がディアと出会ってからのこと、もちろん君も知っているだろうけど、こうして改めて話したことはなかったよね。

 もしよければ、聞いてくれるかい?


 僕がディアと初めて会ったのは、僕が6歳、ディアが3歳のときだった。

 あの日のことはよく覚えているよ。

 遊びに出ていて帰ってきたら、父上に呼ばれたんだ。行ってみると、父上だけでなく、母上とお祖父様、お祖母様も揃っていた。


 そして、見たことのない小さな女の子。

 さらさらした淡い金色の髪に、零れ落ちそうなほど大きな薄紫色の瞳。肌の色は白く、ふんわりとした頬は薔薇色だった。


「この子の名前はディアナだよ。妹として可愛がってあげなさい」


 天使のように愛らしい女の子に目を奪われたまま、僕は父上の言葉に頷いた。


 突然できた妹が、僕は可愛くてたまらなかった。

 一人っ子だから、ずっと弟が妹が欲しかったんだ。


「僕のことはお兄様と呼ぶんだよ」


 ディアにそう言うと、


「おにーさま?」


 と舌足らずに言って小首を傾げるのが可愛らしくて、その日は何度も「おにーさま」と言わせたものだったよ。


 それから僕は、どこに遊びに行くにもディアを連れて行ったし、ディアもどこにでもついて行きたがった。

 西の森に探検に行くときも、小川で水遊びをするときも、村の子ども達と一緒に落とし穴を掘るときも……。

 女の子は危ないからお留守番だよと言っても、僕の足にしがみついて離れなかったんだ。

 ディアは、儚げな見た目のわりに芯が強くて、一度こうと決めたら絶対に引かないところがあったけど、今思うと子どもの頃からだったんだな。


 そうそう、村の子ども達に連れられて、雑貨屋に駄菓子の欠片を貰いに行ったこともあった。雑貨屋の店主のバリーが、売り物にならない駄菓子の欠片を、村の子ども達に無料で配ってたんだ。

 村の子ども達にとっては、お菓子なんて滅多に買って貰えるもんじゃない。例え欠片だって、貴重品だったんだ。


 そして、実は僕とディアにとっても、お菓子は貴重品だった。僕の母上は、甘い食べ物は体に良くないと考えていて、僕達子どもには滅多にお菓子を食べさせてくれなかったからね。

 だから、バリーの店で食べた飴玉の欠片は美味しかったな。王都に出て色々な菓子を食べ慣れた今でも、あの素朴な味を懐かしく思い出すことがあるよ。

 ああ……そう、こんなにも懐かしいのは、僕の隣で嬉しそうに飴玉を頬ばるディアの笑顔を、一緒に思い出すからかもしれないね。


 そんな明るく元気なディアにも、気がかりなことがなかったわけじゃない。

 我が家に来て少ししたころから、夜1人で眠れないと言って、母上のベッドで眠るようになったんだ。母上が王都の別邸に行ったりして不在のときは、僕の部屋へ。

 ひとしきり絵本を読んだりお歌を歌ったりしてから、僕のベッドで丸くなって眠る。

 けれど、ようやく眠りについても、夜中にきまってうなされていた。何か怖い夢でも見ていたのか……目を閉じたままむせび泣くんだ。

 何度も名前を呼び、身体を揺すってようやく、ディアはうっすらと目を開ける。まだ夢の中にいるかのようにぼんやりと僕の顔を見つめるディアの頭を、何度も何度も優しく撫でると、ようやく安心した様子で目をつむる。

 それが1年くらい、ほとんど毎晩続いた。

 目尻に涙の跡の残る寝顔を眺め、柔らかな金の髪を撫でながら、僕が絶対にディアを守るんだって、子ども心に思っていたよ。


 僕とディアは兄妹のように育った。

 父上も母上も、ディアを本当の娘のように可愛がっていたと思う。僕と同じように家庭教師をつけて、淑女教育もしていた。

 もちろん、ディアが本当は妹じゃなくて、いとこだということは分かっていた。僕が10歳のとき、いとこ同士は結婚できると知ったときは嬉しかったよ。だってその頃にはもう、僕はディアのことを妹ではなく1人の女の子として好きになっていたから。


 王立学園に入学するために子爵領を離れる直前、僕はディアにプロポーズした。僕が14歳、ディアが11歳のときだ。そう、まさにこの場所で。

 それまでの人生で、あのときほど緊張したことはなかったよ。

 自信なんて全然なかったんだ。ディアとはずっと兄妹のように過ごしてきて、男としては意識されていないだろうと思っていたから。


 僕は物語に出てくる騎士のように跪き、ディアにプロポーズした。

 ディアは驚いたように目を真ん丸にし、それからおずおずと、差し出した僕の手を取ってくれた。


「あのね、わたしも、お兄様のお嫁さんになれたらいいなって、そう思ってたの……」


 頬を染めてはにかむディアが可愛くて可愛くて、僕は天にも昇る気持ちだった。

 思わず抱きしめて、絶対にディアを幸せにする、一生守ると誓うと、ディアは恥ずかしそうにしながらも頷いてくれた。


 それなのに……僕はディアナ・オルコットを守ることができなかった。


 ディアが実家のオルコット伯爵家に連れ戻されたことを知ったのは、僕が16歳、王立学園の2年生のときだった。

 両親からの知らせでそのことを知った僕は、すぐに王都の伯爵邸を訪ねた。けれど、ディアに会わせては貰えなかった。

 その後も何度もディア宛てに手紙を書いて伯爵邸に届けさせたけれど、一度も返事が返ってくることはなかった。

 それでも僕はディアのことを諦めることができなかったんだ。いつかオルコット伯爵に結婚を認めて貰えるように、懸命に勉学に励み、オーデン家の跡継ぎとして事業経営にも取り組んだ。ディアの婚約者が決まらないうちは、僕にも可能性があると信じて……。


 だけどその2年後、ディアはクリストファー第2王子殿下と婚約した。


 僕は絶望した。

 相手が王子殿下じゃ、僕に勝ち目はない。

 死んでしまいたいとさえ思ったよ。


 ……ごめん、そんな顔をしないで。馬鹿な考えはすぐに捨てたよ。父上と母上の顔を思い浮かべたら、自殺なんてできなかった。

 あのとき馬鹿なことをしなくて本当に良かったと思ってる。

 おかげで、今こうして君と一緒にいられるんだから……。


 アン、君を心から愛してる。

 頼りない僕だけど、この気持ちだけは、絶対に誰にも負けないつもりだよ。


 どうか誓わせて欲しい。

 物語の騎士のように跪いて。

 他でもない、この場所で。

 今度こそ、僕の全てをかけて君を守ると。


 だからどうか、僕のこの手を取ってくれるかい……?

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