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4.とある雑貨店店主の驚愕

 おい、どうした。そんなに慌てて。

 これを見ろって?

 ……なんだよ、今日ウチの店に入荷したばかりのゴシップ紙か。

 と言っても、発行されたのは10日も前だがなぁ。

 まぁそれも仕方ないさ。王都からこのオーデン子爵領までは、山を1つ越えて川を2つ渡らなきゃならねぇ。馬車でも7日かかっちまう。とにかく遠いんだからよ。


 それにしてもおまえはゴシップネタが好きだよなぁ。

 俺ぁ、おまえと連れ添ってもう20年になるが、こればっかりはいまだに共感できねぇや。

 ……へ? 20年じゃなくて21年だって? や、まぁ誤差の範囲じゃねぇか、そんなに睨むなって。


 そ、それより、何か一大事があったんじゃねぇのかよ。

 これを読めば分かるって……?


 なになに……クリストファー第2王子殿下が伯爵令嬢との婚約を破棄……?


 ふーん。ま、俺たち田舎モンにゃ関係のない話だけどよ。で、それがどうしたって?


 ……おい、ちょっと待てよ。クリストファー第2王子っていやぁ、ディアナお嬢さんの婚約者じゃなかったか? そうだよな?

 じゃあ、婚約破棄された伯爵令嬢ってのはお嬢さんのことかよ? いったいどういうことだ……?


『運命の恋に落ちたクリストファー第2王子殿下とエリカ嬢。殿下の婚約者であったディアナ嬢は、エリカ嬢に嫉妬し、様々な嫌がらせを行った。しかし、どんなに卑劣な嫌がらせも、運命の恋人を引き裂くことはできなかったのだ。エリカ嬢は殿下を信じ抜き、殿下はエリカ嬢を守り抜いた。ディアナ嬢の悪行の数々は白日の下に晒され、殿下はディアナ嬢との婚約破棄を宣言した。ついに、2人の真実の愛が、稀代の悪女に打ち勝ったのだ。……』


 けっ、なーにが真実の愛だ。

 お嬢さんが王子様と婚約してから、まだ2年やそこらだってのによ。

 婚約者が他の女にうつつを抜かしてりゃ、嫌がらせの1つや2つ、したくもなるってもんだ。な、そうだろ?


 ……けどよ、あのお嬢さんが、たとえ嫉妬したからって、酷い嫌がらせをするとは思えねぇけどな。

 そりゃ、俺が知ってるのはお嬢さんが13歳の頃までだ。

 14歳になる前に父親に引き取られて王都に行っちまってから、もう4年もお顔すら見ちゃいない。


 それにしても、お嬢さんの父親のオルコット伯爵って奴も、まぁ禄でもねぇ野郎だよ。いや、俺ぁ会ったことはないが、そうに決まってる。

 だってよ、たった3歳の娘を、それも母親を病気で亡くしたばかりの娘をだぜ、母親の実家に押しつけて10年も放置してやがったんだからよ。

 表向きの理由は、病弱なお嬢さんを田舎で静養させるためということになってたが、そんなの嘘っぱちだって、皆思ってる。だって、お嬢さんは小さいときからちっとも病弱には見えなかったもんな。オーデン子爵家のルイス坊ちゃんと一緒に、村の子ども達に混じって野山を駆け回ってたじゃねぇか。

 まぁおおかた、再婚でもするのにお嬢さんが邪魔になったとか、そんなところだろうよ。


 けどなぁ、お嬢さんにとっては、オーデン子爵様のところで暮らせてかえって良かったんだろうぜ。子爵様も奥様もお優しい方達だ。ルイス坊ちゃんだって、まぁちっとばかし頼りない感じはするが、お嬢さんを大事にしてらっしゃった。クソ野郎な父親と暮らすより、よっぽど幸せだったに決まってる。


 その証拠に、お嬢さんはいつだって、輝くような笑顔でいらっしゃったじゃねぇか。周りのモンをあったかい気持ちにさせる、そんな笑顔だったぜ。


 あれはお嬢さんがまだお小さいときだったが……ルイス坊ちゃんや村のガキどもと一緒に、ウチの店に来られたことがあったな。お前も覚えてるだろ?


 ガキどもは、仕入れの途中で砕けて売り物にならなくなった駄菓子をねだりに、よくウチの店に顔を見せてた。ガキどもと一緒に遊んでた坊ちゃんとお嬢さんが、あるとき一緒に来なすったんだ。

 俺がいつものようにガキどもに飴玉の欠片をあげるのを、お嬢さんは興味津々な顔で見てらした。大きな紫の目をキラキラさせてさ。

 その顔がなんだか村のガキどもと変わらないように思えちまって、俺はつい、お嬢さんにも飴玉の欠片を差し出しちまった。

 乳白色の飴玉のほんの小さな欠片を2、3粒。

 差し出してから、失礼なことをしちまったんじゃないかって、不安になったもんさ。だって、貴族のお嬢さん相手に差し上げるようなもんじゃねぇんだからな。


 けど、そんな心配は無用だった。

 お嬢さんは、大きな目をパチクリさせてから、「ありがとう」と言って飴玉の欠片を両手でお受け取りなすった。それから、恐る恐るといった様子で口に入れて、嬉しそうにニッコリ笑いなすったんだ。


 それからもお嬢さんは、時々ガキどもに混じってウチの店に来ては、駄菓子のくずを楽しそうに食べていらっしゃった。それもさすがに10歳になるまでにはなくなったが、その後もルイス坊ちゃんと一緒に街歩きしてる姿をよくお見かけしたもんだった。

 坊ちゃんもお嬢さんも、貴族様とは思えない気さくな方達さ。

 そのお嬢さんが稀代の悪女だなんて、何かの間違いだと俺は思うがなぁ。


 なに? 女は男が絡むと変わるって?

 まあなぁ、おまえも出会った頃は大人しい女だったのに、結婚した途端に気が強くなったもんなぁ。いてっ。叩くなよぉ。はい、俺は気の強い女が好きです、はい。


 けどよ、お嬢さんの婚約が破棄されたんなら、ルイス坊ちゃんにとってはチャンスなんじゃないか?

 坊ちゃん、ガキの頃からお嬢さんに惚れてたもんなぁ。


 ……え? ここを読めって?

 ええと……。


『全ての罪を暴かれたディアナ嬢は、ついに観念し、自ら毒をあおって死んだとされる。……』


 ……死んだ? お嬢さんが? 本当かよ……。

 あのお嬢さんが毒を飲んで自殺したなんて、俺にはとても信じられねぇ……。


 だいたいよ、おかしいじゃねぇか。

 お嬢さんは婚約破棄された後、お城に捕まってたんだろ? たまたま毒薬を持ってたって言うのか? そりゃちょっと話が出来すぎてらぁ。


 ……まさかとは思うが、王子や男爵令嬢に殺されたなんてことは……。

 いや、滅多なことは言うもんじゃねぇな。すまん、おまえも今のは聞かなかったことにしてくれよ、いいな? 


 いずれにしてもお気の毒なことだよ。

 まだ17歳だったってのにさ。

 ルイス坊ちゃんも、さぞや気落ちなすってることだろうよ……。


 は? 坊ちゃんにはもう新しい恋人がいるって?

 金髪に紫の目の町娘と、仲良く一本杉の丘まで遠乗りするのを見た奴がいると。

 はぁ、そうですかい。

 そりゃ切り替えが早いことで。

 いや、そうでもないのか? 金髪に紫の目って、お嬢さんと同じだもんなぁ。

 お嬢さんに似た女を身代わりにしたってことか。

 良くねぇと思うけどなぁ、そういうのは。誰も幸せになれねぇよ。


 まあでも、初恋ってのは引きずるもんだよなぁ。

 俺もずいぶん長い間初恋を引きずっ……いてっ。いや、嘘です。俺の初恋はおまえだからよ。うん。

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