1.とあるゴシップ紙記者の興奮
おい、特ダネだ!
ついにこの日がやってきたぜ。
何がって、婚約破棄だよ、婚約破棄!
今日の王立学園卒業パーティーで、我らがクリストファー第2王子殿下が、とうとうあの悪名高いディアナ・オルコット伯爵令嬢に婚約破棄を宣言するって話だぜ!
ああ、確かな筋からの情報だ。
1年近くにわたって俺たちが追いかけてきた王子とエリカ嬢との恋物語も、いよいよクライマックスってわけさ!
王子がディアナ嬢と婚約したのは今からおよそ2年前。
この婚約については、王立学園で王子がディアナ嬢を見初めたとも、ディアナ嬢の父親のオルコット伯爵がごり押ししたとも言われてる。どっちが真実かは知らんが、伯爵がごり押ししたって方が、俺たちとしては記事にしやすいんだよなぁ。
あん? 新聞記者なのに真実を追究しないのかって?
まぁ、お前の気持ちも分からんではないぜ。俺にもさ、真実こそが最も尊いものだと思ってた時代があったからさ。
けど、あるとき気付いたのよ。読者が求めてるのは真実とは限らない、ってことにな。
あ、念のため言っておくけどな。俺は嘘は書かんぜ? 少なくとも俺自身が作り出した嘘はな。それくらいの良心は持ってるさ。
ただ、ネタの全てに確かな証拠があるとは限らないがな。そりゃそうだろ。いちいち証拠なんて言ってたら、ゴシップ記事なんか書けないぜ。
ま、ゴシップ紙にはゴシップ紙の役割があるってことよ。お前にもそのうち分かるさ。
話を戻すが、王子との婚約が成立した頃のディアナ嬢の評判は、別に悪いもんじゃなかった。
貴族様の中には、王家に嫁ぐのに伯爵家じゃ家格がイマイチだとか不満を垂れる連中もいたと聞くが、まぁ王太子様と結婚するわけじゃないんだし別にいいんじゃないの、と俺は思ってたな。
実際、俺の調べたところでは、伯爵令嬢と王族との縁組みは、王太子を別にすれば、そう珍しいことじゃない。ちなみにこれが子爵令嬢となると、ぐっと数は少なくなる。男爵令嬢に至っては、過去に例はない。エリカ嬢が栄えある1人目となって歴史に名を刻むのかどうか、そこも世間が注目してる点だな。
おっと、また話が逸れちまったな。
オルコット伯爵家自体は、それほど評判のいい家ってわけでもなかったが、ディアナ嬢個人の評判はむしろ良かった。
なんせあの美貌だ。
俺も遠目に顔を拝んだことがあるが、あんな美人は後にも先にも見たことがないね。
淡い金色の髪に薄紫の目。
整った顔立ちは人形のようだった。
口元にうっすらと笑みを浮かべたままほとんど表情を変えないところも人形めいていたが、それはそれでミステリアスで、ゾクリとするような美しさだったよ。
あのクールな顔が自分の手で乱れるところを見てみたいと、たいていの男なら思っちまうんじゃないかな。おっと、ちょいと下品だったか。
そんなディアナ嬢は、王立学園に入学するまで、ほとんど人前に姿を見せたことがなかったらしい。
いや、隠し子ってわけじゃなく、オルコット伯爵の実子なんだがな。なんでも、子どもの頃から体が弱くて、長らく田舎で静養してたって噂だ。
突如として姿を現した美しい伯爵令嬢は、入学当時、学園でも社交界でも話題をさらったらしいぜ。
ディアナ嬢は見た目が綺麗なだけでなく、所作やマナーも完璧だったらしい。もちろん俺は貴族のマナーなんて知らないから、人から聞いた話だがな。それに、王立学園での成績も上位クラスだったらしいぜ。まさに才色兼備ってやつだ。
ところが、婚約から1年ほど経った頃、王子が王立学園に入学したばかりの男爵令嬢と親しくしているという噂が流れるようになった。それがエリカ・ベアード男爵令嬢だ。
王立学園は、15歳から17歳の貴族の子女が通う学園だ。王子とディアナ嬢は学園の3年生、エリカ嬢は1年生。
王子とエリカ嬢の馴れ初めについては、王立学園で初めて出会ってお互いに一目惚れしたっていう噂もあるが、実は2人はそれ以前に出会っていて、学園での再会を機に恋に進展した、という話も聞くな。
どちらも運命的と言えるが、俺としては再会説を採用したいね。付き合いが長い方が、絆の強さを感じさせるだろ?
まぁ馴れ初めのエピソードは読者の関心も高いところだ。これから追加で取材しなきゃならんだろうな。
王子とエリカ嬢が親しくするのを、当初、周囲は冷ややかに見ていたらしい。
ま、そりゃそうだろう。王子様と男爵令嬢じゃ身分が違いすぎるって、俺たち庶民でも思うもんな。おまけに王子には婚約者がいるときてる。
2人もそんな周囲の目を気にして、大っぴらにいちゃつくことはしなかったようだな。
遠くからそっと見つめ合ったり、密かに手紙をやり取りしたり。
秘めた恋ってやつだ。
けどこういうのってさ、本人達は隠してるつもりでも、周りにはけっこう気付かれちゃったりするもんなんだよなぁ。
まして王子の近くにいる婚約者なら、まぁ気付くだろうよ。
風向きが変わったのは、ディアナ嬢が嫉妬に狂ってエリカ嬢に様々な嫌がらせを始めたからだ。
俺たちが取材を始めたのもこの頃からだったな。
毎週のように特集を組んで、王子とエリカ嬢の秘めたる恋と、それを邪魔するディアナ嬢の嫌がらせ行為を報じたもんさ。
最初は、嫌がらせと言っても可愛いもんだったんだがな。
他の生徒達の前でエリカ嬢のマナーの粗を注意するとか、婚約者のいる王子と馴れ馴れしくしないよう忠告するとかさ。まぁこの程度なら、嫌がらせだなんだと目くじら立てるほどでもないだろ。
ディアナ嬢としては、エリカ嬢を牽制して、王子から手を引かせる気だったんだろうなぁ。
だが、エリカ嬢の恋心を止める効果はなかった。
そりゃそうさ。打算で王子に近付いてるならともかく、純粋な恋心はそう簡単には止められないってもんよ。
ディアナ嬢は激怒して、エリカ嬢を「泥棒猫」だの「阿婆擦れ」だの「売女」だのと口汚く罵った。あのお綺麗な顔から出てくる言葉にしちゃあ品がないよな。
一方のエリカ嬢は、何を言われても言い返すことなく、じっと耐えてたそうだぜ。大きな目に涙を溜めてさ。
このあたりから、学園内で下位貴族を中心にエリカ嬢への同情票が集まりだしたようだな。
口で攻撃しても効果がないと知ったディアナ嬢の嫌がらせは、次の段階に移った。物理的な攻撃だ。
エリカ嬢の持ち物を壊すことから始まり、ドレスに紅茶をひっかける、すれ違いざまに足を引っ掛けて転ばせる、噴水に突き落とす……。
ディアナ嬢の嫌がらせは次第にエスカレートしていった。
けど、王子とエリカ嬢は関係を切るどころか、ますます親密になっちまった。
ま、恋ってのは障害がある方が盛り上がるもんだからな。
そして、ディアナ嬢がエリカ嬢に直接危害を加えるようになると、王子はもはや人目を憚ることなく、エリカ嬢を守るように寄り添うようになった。
この頃には、上位貴族の中にも、王子とエリカ嬢を応援する者が増えてた。それだけディアナ嬢の嫌がらせが醜悪だったってことさ。
ちなみに、我らが読者たる庶民は、わりと初期からエリカ嬢支持派が圧倒的に多かったよな。
まず、伯爵令嬢より身分の低い男爵令嬢の方が、庶民にとっては身近に感じられるってのが1つの理由だろう。
それに、エリカ嬢の容姿も、庶民にとっては親しみやすいよな。薄茶色の髪と瞳。小柄で、美人て言うよりは可愛らしい感じだ。表情がくるくる変わるのもいい。
そりゃ、女としてどっちが綺麗かって言ったら、ディアナ嬢の方だろう。だがなぁ、ディアナ嬢は綺麗は綺麗だが、いつも無表情か、口元だけうっすら笑ってる感じで、冷たい印象なんだよな。観賞用にはいいが、ちょっと近寄りがたいって言うのかな。
男の俺だってそう思うんだ。特に女の読者からすると、ディアナ嬢は鼻持ちならない感じがするんだろうな。女ってのは、同じ女に厳しいからな。
一方のエリカ嬢の方が、地位の点でも容姿の点でも、女の読者にとっては感情移入しやすかったんだろう。そういうわけで、庶民の人気はエリカ嬢が圧勝だった。
ん? 俺らのゴシップ紙がそうなるように誘導したんじゃないかって? まぁそりゃ否定しないぜ。だって、その方が盛り上がるだろ?
お綺麗な伯爵令嬢が美形な王子様の婚約者に収まるなんて、当たり前すぎてつまらんからな。
最終的にディアナ嬢は、エリカ嬢を階段から突き落とす暴挙に出た。
エリカ嬢を殺そうとしたんだ。
いくらディアナ嬢の家の方が格上だからって、許されることじゃない。
まったく、綺麗な顔に似合わず怖い女だよ。
幸いエリカ嬢は足を挫く程度の怪我で済んで、大事には至らなかったが、あれが王子に婚約破棄を決断させる最後の一押しになったんだろうな。
ディアナ嬢もさ、嫌がらせなんてやればやるほど逆効果だって、なんで気付かなかったかね? 頭の良いご令嬢だって話だったのに。恋は人を狂わすってことかねぇ。
おっと、興奮してつい話し込んじまった。
そろそろ卒業パーティーが終わる時間だな。
パーティー後に情報提供者と会う約束になってるんだ。
え? いつも誰から情報を仕入れてるのかって?
悪いがそいつは言えないんだよなぁ。たとえ同僚のお前でもさ。そういう約束なもんでな。
ま、信用できるお方とだけ言っておくよ。
じゃ、俺は行ってくるからさ、明日の特別号の準備、頼んだぜ!