吐きかける
岩壁をひたすらにつるはしで叩き続けて、もうすぐ四十五分経ちそうな頃、何やら硬い物にぶつかった。
付近の岩壁を剥して確かめてみると、赤い鉱物の様だった。
赤鉄鋼……? この施設が立てられている場所は鉱山なのか……?
「菱マンガン鉱を見つけたんだな! お手柄だぞ!」
看守の男がにこやかに答えてくれた。
どうやらマンガンらしい……マンガンって言われても、いまいちピンと来ねぇんだよなぁ……電池とかに使われてるのは知ってるけどよ。
これがお宝探しのお宝なのか? 看守がにこやかに手を差し出してくる……渡せって事か……?
「………………」
「さあ、それを渡してくれ!」
他の囚人達が看守に何か渡してたのは、チラッと見てたから、多分渡すのが正解なのだろう。
ただ、俺はこの看守について少し気になっている。
具体的には、善性ウイルスに呑まれた人間を、だ。
外で遭遇した時は知らなかったから薄気味悪く感じたが、知った上で見ればまた違う見方が出来るかもしれない。
「………………」
「さあ、それを渡してくれ!」
……RPGのモブかよ。
もしかしてこのまま渡し続けないと、ずっと同じ発言を繰り返すんだろうか?
……それじゃあ、まるで、こいつがロボットみたいじゃねぇか……
「………………」
「さあ、それを渡して――」
「――おらよっ!」
「――っ!?」
ムカついたので、看守の鼻っ柱に向かって、勢いよく投げつけた。
俺のスローイングじゃ大したスピードは出ないが、鉱石を顔面に喰らえば、かなり痛い筈だ。
マンガンがぶつかった看守の鼻からは血が出ており、看守の目に俺への敵意が宿る。
そんな顔も出来るのか……そう思った途端、ほんの一瞬で看守の目は優しい物へと変貌した。
「ありがとう! 引き続き頑張ってくれ!」
「――――――――」
今も鼻血を流している看守は、笑顔で俺の下から去って行った。
それを見て俺は、俺は――――強烈な吐き気に襲われた。
……なんだよこれ……なんだよこれっ!!!
これが、俺と同じ人間だって言うのかよ……! 善性ウイルスに染まって出所したら俺もこうなるって言うのかよ……!
これは生きてるって言うのか……? 悪感情を抱かないんじゃ無くて、抱けない……抱く事を許されない……それは、死んでるのと変わらなくないか……?
怒る事も許されないのか? 悲しむ事も許されないのか? 泣く事も許されないのか?
こいつらは誰かが死んでも笑顔で、葬式も笑顔で出るのか……? それ……本当に幸せか……?
喜怒哀楽があるから人間なんじゃないのか……? 動物にだって感情はあるだろっ! もはや動物とすら呼べねぇよこんなの……!
「うぷっ……」
「…………ちょっと、こんな所で吐かないでよね」
琴葉……!
休憩時間になったのか……
「……同じ人間だと考えるの、やめた方が良いよ。あれはもう別物……人形とか、ゾンビとか、寄生虫に支配されてるとか……そういう別のモノになったんだと思わなきゃ」
ちょっ、やめっ、止めろぉぉぉぉおお!!! 背中さするんじゃねぇっ!
それは止める処置じゃ無くて、吐かせる処置だっ!
あ、ヤバい……出そう……粉砂糖パスタ……
「……仕方ないなぁ……トイレに連れてってあげるから、もう少し我慢してよね」
「………………っ」
肩を貸して貰いながら、トイレへと先導して貰う……まず場所を知らないからな……JKの肩を借りる日が来るとは……
…………助けて貰ってる立場で言うのもなんだけど、もう少し急いで貰って良い?
もう、長く持ちそうにないんだけど……