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黒龍殺しの付与術師  作者: しきな かいどう
第2部 討伐遠征
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猫と報告

 

「……」


 窓から漏れる陽の光で目を覚ますとそこは知らない部屋だった。


「……前もこんなことあったな」


 カイリはククルと出会った時のことを思い出していた。

 それに続き気を失うまでのことも。


「マレプランテ、は倒したはず……」


 額に手を宛てバゼルの爆炎とそれによって弾け散った魔物の肉片を思い出す。


 すると“ガサゴソ”と違和感を覚える。


 ベッドの毛布が掛けられている下半身に、何か痛みではない、ゴソゴソと……


「……」


 おそるおそる毛布を上げると、甘い香りが流れ出る。

 その中には一人の少女がいた。

 淡い桃色の柔らかな髪とそこからかわいらしいつむじが見える。


 カイリは自分に次ぐ遠征隊最年少の存在を呼ぶ。


「……聖女様?」


「あっ、おはようございますカイリ様」


(なんだろうこの状況は……)


 布団の中にうずくまりながらカイリのズボンの足の付け根辺りを掴んでいた。

 聖女は“ふぅ、間に合いました。危ない危ない”と何やら独り言を呟いている。


「何してるんですか?」


 すると聖女はこちらに満面の笑みを浮かべて首を傾げる。


「ニコニコ」


「…………」


 こちらの質問には答えずに思わず吹き出しにニコニコと出ているかのような?目的をやり遂げたこれ以上ない満面の笑顔だ。

 同年代だったならば一発で惚れてしまうほどの美少女の笑顔。

 しかし精神年齢はすでに中年のカイリは惑わされず“この娘、俺のズボン掴んで何でこんな笑みなの?”と当然の疑問を覚える。


「あの……」


「あ、カイリ様どこか痛むところはございますか?」


 問いかけの先を被せられるが、その内容でつい自分の身体を見渡す。

 “服を着ている”ので傷は見えないが痛みなどは特にない。

 そもそも今回のクエストでカイリは意外にも大きな怪我はしていない。

 どちらかと言えばバゼルの方が消耗していた。

 ただし“一部を除いては”だが。


 カイリは自分の手をじっと見る。


「………」


 その様子を見て聖女は全てを見透かした様に告げる。


「“そちら”の治療もいたしましたので心配は入りませんよ?おそらくソフィア様も気付いていないと思います」


 カイリは思わず顔を上げると聖女は変わらない笑顔で微笑んでいた。

 まさに聖女といった微笑み。

 しかしカイリにはその笑顔が先程とは違うものに見えた。


「……バゼルは」


 何故という追及を飲み込みつい話をそらす。

 気にはなるもののカイリにとっても下手に掘り下げて周囲に“知られる”のは避けたかった。

 ククルと会った“後”からずっと隠していたことがカイリにはあった。


 聖女は、カイリの脚に四つん這いで覆い被さったままぐいっとネコの様に背を反らし顔を近付けるとカイリの顔をそのまま凝視する。


 さすがにこんな美少女の顔が真近に迫るとカイリは距離を取ろうと上体をさげて距離を取る。

 すると聖女は“あっ、こんなにいつまでも乗っていたら重いですよね”と勘違いをしてベッドから降りた。


「バゼル様なら治療後はふらっと何処かにいかれてしまいましたよ。あ!けどカイリ様の容態を問題ないと聞いてからですけど。とても気にしているご様子でした」


 先程の質問に答えてくれた聖女だが、後半を早口で喋りながらニムニマとする顔を見て先程とは別の意味でどこか釈然としないカイリ。





 一方、その頃バゼルはカイリが休養する宿から離れ商店街の大通りを歩きながらあの時のことを思い出していた。



 マレプランテを撃破し安堵も束の間、



「おいっ!」


 バゼルの叫びが亡者のひしめく森にこだまするも呼ばれたカイリは起きることなく落下する。


 バゼルは顔を歪ませ、足元に散らばったマレプランテの残骸を踏みつけ駆け出そうとするが前方には骸骨(スケルトン)が立ち塞がる。

 既にマレプランテの寄生は解けているが、所詮は魔物であり、生きる者を襲う亡者(アンデット)

 退いてくれるわけがない。

 むしろ寄生から解放されたことでそれまでの怒りをぶつけるかのように興奮している。


 バゼルは疲労困憊の身体に鞭を入れ、闘気を纏う。


 一気に骸骨の群れに近付き力任せに近くの骸骨を蹴散らすも、爆発は小さい。

 マレプランテへの止めの一撃に渾身の闘気を込めたためバゼルの闘気は大幅に減少していた。

 そして、単純に数が多すぎる。


(間に合わない!)


 カイリの落下先に骸骨達が我先にと群がる。 

 伽藍の窪みに淀んだ光を浮かべ、生者が落ちてくるのを今か今かと待ちわびている。


「っ、起きろカイリ!!」


 バゼルの叫び虚しく響く。

 骸骨の手が届く、その僅かな距離でピタッとカイリの落下が止まった。


 カイリが起きたのかと思うもカイリには空中に留まる術はないし、先ほどまでのカイリの足場は使い魔の精霊がしたこと。

 その精霊も今は帰喚していない。

 なにより本人は未だに意識を手放したままだ。

 いったい何がと考えを巡らすと、


「……重い」


 バゼルの背後から声が聴こえ振り返ると、誰もいない。

 いや、いた。

 視線を下げた先に、黒い耳と尻尾を生やした猫人族の少女が気だるげな眼を向けていた。

 バゼルはその事実に背筋が粟立つ。

 気配察知に長けた獣人族の、さらに実力はA級と称されるバゼルが全く気付かなかった。


「誰だオマエ!?」


 見た目はカイリと変わらない歳、もしくは下に見える。


「……言葉遣い」


「あ?」


 少女は一言呟くと溜め息を吐く。


「……だからサイファーとマキナは、色々と、甘い」


 知った名前を聞いて同業者かと思うが見たことがないし、ましてや遠征隊にいれば知らないはずがない。

 さらに問おうとすると猫耳少女はスッと指を指す。


「……いいの?」


 その先には宙に浮いたカイリがいる。


「……いい加減、重い。……ん?来た」


 猫人族の少女の耳がピクピクっと動く。

 バゼルは要領を得ず怪訝な顔すると少女は“もういいかな”と呟く。


 プツッ


 何かが切れる音と共にカイリが再び落下を始める。


「っおい!?」


 バゼルの驚きくと同時に、


 リイィン


 鐘の音が響く。

 その音はバゼルが今まで聴いたこともないくらい澄んでいて、そして“拡がっていく”


 バゼルの足元が、いや大森林一帯が光に包まれた。


「在るべきところへ、お還りなさい」


 冷たくもどこか優しいその声の主は白い修道服を纏う少女だった。


 手に持つ錫杖の先には小さな鳥籠が付いており、頭上に掲げると勢いよく地面に突き立てる。


 再び鳥籠から鐘の音が響くと光は勢いを増す。


 バゼルはその光が何であるかに思い至る。


「対亡者魔法!?」


 しかし、こんな大規模なものは見たことがない。

 骸骨の群れは光に溶けるように崩れ去り、消えていくと魔物の核とも言われる魔石のみが残る。

 一方で落下するカイリを軽装の鎧を着た青年がいち速く受けとる。


「ふぅ、間一髪でしたね聖女様」


「美丈夫冒険者にお姫様抱っこで助けられる美少女……あ、美少年か、いや、でもそれはそれでとても……いい」


 目を閉じ何やら感慨にふける少女。

 先程の神聖な雰囲気は欠片もない。


「聖女様?」


「あ、いえなんでもありませんルーク様。とても良かったです。ありがとうございました」


「??」


 深々と頭を下げる少女に戸惑う青年。


 現れたのはSランク冒険者のルークと討伐本隊の聖女だった。


「それにしても聖女様、ここまでの規模の浄化魔法は必要なかったのでは?」


「いえ、ここに集っていた者達以外にまだ姿を現していない者、それに引き寄せられて他からやって来ていた者達をまとめて解放してあげたかったので」


「なるほど、それにしてもお見事でした。あれほどの大規模魔法を見るのはソフィアさん以来です」


「お褒めいただき恐縮です」


 バゼルはその光景に唖然とする。

 自分よりも年下に負けたと思ったのは、2回目だった。

 あんな規模の魔法を放ち平然としている少女に恐気が振るう。


「バゼル様、こうしてお話しをするのは初めてでしたね。取りあえず私に治療をさせてください」


 普段のバゼルなら強がり突っぱねているところだが、足が強張り動けなかった。

 結局、聖女になすがままに治癒魔法をかけられ、それもあっという間に終わってしまう。


 そこでバゼルは猫人族の少女を思い出し辺りを見回すがいない。


「どうしました?」


「……いや、」


 口ごもるバゼルを前に首をかしげる聖女。

 そんな二人を見た後、ルークはとある方向を見やる。


 その視線のずっと先、肉眼では見えないような距離に猫人の少女はいた。


 少女は魔道具の通信機を繋ぎ、日課の()()をする。


「……96番、報告」


「私だ。定時報告より早いが、何かあったのか」


「……子供二人の観察、終了。大森林に巣くっていたのは変異型マレプランテ」


「ほぅ……、続けろ」


 通信先の声はトーンが下がり、96番と名乗る少女に続きを促す。


「……マレプランテは子供二人が撃破、内容はーーー」


 少女は戦闘の詳細を伝える。


「わかった。冒険者バゼルはここにきてさらに実力を伸ばしたようだな」


「……肯定。火力だけならA級と遜色なし」


「ふむ」


 少女の上司は王国軍と冒険者ギルドのパワーバランスを考えていた。

 このままバゼルがさらに成長すれば所属する“餓虎”の力はさらに増す、が。


「(こちらは問題ないだろう。“餓虎”のリーダーのサイファーは猪突猛進に見えて冷静な男。もともと王国に対して忠誠はないが、冒険者なら珍しくはない。むしろ冒険者ギルドともある程度の距離を保っている分、中立といえるからまだ扱いやすいか。

 そうなると冒険者ギルド内で“餓虎”のクラン勢力が増すことを嫌う他のクランとの軋轢による衝突はあるか。これを利用すれば、)」


 男は情報を整理しながら活用方法を思い浮かべる。


「次に蒼エルフの弟子の使用した魔法だが、聖剣の担い手と同じものか?」


「……違うと思う。魔法剣なら何度か観たことある。だから違う、と思う」


「違うとなると、もともと武器が魔槍だったか、それとも付与したか」


「……付与?」


「彼は付与魔法が使えると報告書で上がってきている」


 そんなことは当然、少女も知っているが疑問を抱いたのは別の点だった。


「そもそも付与魔法はそんなに珍しいものではない。ただ一般的に付与魔法の効果は微々たるもの。変異型の魔物の防御を突き破る程の高威力魔法付与というのは聞いたことがないな」


「……」


「なんだ」


「……あと人間の方が危なかった、から助けた」


「接触したということか」


「うん」


「事前に話した通り、お前も同行隊に名簿上は加わっている。まあ、我々の組織上、表立って協力する訳ではないのはわかっているな」


「ん」


「その点は騎士団長、魔法師団長、冒険者ギルド副長から確認は取っている。お前の役目は目的地前の()()()()()()()()だ」


「……」


「だが、味方の危機を目の前でむさむざと見過ごせばウチと騎士・魔法師団と軋轢が少なからず残る。特に蒼エルフは真っ向から批判するだろう。それは避けたい。言い逃れの出来る状況以外での介入は許可する」


「ん」


「それと96番、自分の所属が何処だか履き違えるなよ」


 声のトーンが一切変わらずにそう言い捨てた上司に“やはりバレていたか”と他人事のような感想を抱く。


「……ん」


 少女が通信を切る。

 すると後ろから足音が近付いてくる。


「悪かったね、怒られたかい?」


「……ん、大丈夫マキナ」


 そこに立っていたのは餓虎の副リーダーのマキナだった。


「マキナには借りがある。それも、今回でチャラ」


「別にあたしは貸しを返して貰おうなんて思っちゃいないよ。逆に借りが出来たと思っているくらいだ」


 猫人の少女は溜め息をつく


「マキナ、人が良いのも程々にする。ましてやリーダーが馬鹿なんだから副リーダーがそれじゃ下の子達が困る」


「誰にでも優しい訳じゃあないさ」


「マキナ、私はもう情報局の人間。昔と一緒にされても困る」


 その言葉にマキナは困ったように微笑む。


「じゃあ行く」


「ああ、ありがとうね」


「……」


 猫人族の少女は無言でその場を後にした。

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