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黒龍殺しの付与術師  作者: しきな かいどう
第2部 討伐遠征
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貿易都市

 赤い雨の中、カイリは右手の刀に目を向ける。

 刀身にはべっとりと血と脂が着いていた。

 右腕を上から下と軽く振るう。


 ビシャッ


 地面に飛んだのを一瞥したあと再び刀身を見ると血だけでなく脂もほぼ落ちていた。

 その様子に一人感心する。

 刀身には切れ味低下を防ぐ為の工夫でコーティングされており、ここ()()()刀を振り続けているが戦闘中に目に見えて斬れ味が落ちるということがなかった。


(こんな凄い刀をタダで貰っちゃったけどよかったのかな)


 そんなことを考えていると隣で鼓膜を振動させる咆哮が響き渡る。


「グアアオゥッ」


 もう一匹の“森の暴虐者”が急に現れた敵に二足で立ち上がり威嚇する。

 全長は5メートルを越える。

 カイリは動かなくなった魔熊の屍の上から切っ先を向けて構える。

 一瞬、空気が更に緊張で張り詰める、が急にカイリは反転し逃走した。

 その様子に魔熊は間が空くもののカイリを追うために()()を地面に着いて踏みしめた。


 魔熊の左目から血が吹き出す。


 カイリは、魔熊の頭の位置が下がるのと動きが一瞬止まるのを見逃さなかった、いやこの二つを誘発した。

 懐から取り出した投擲ナイフが命中したのを確認すると再び接近し、正面から苦しむ魔熊の顔目掛け刀を右上から袈裟斬りする。

 が、魔熊が危険を察して右前足を横殴りに振るう。


 咄嗟にバックステップで避ける。


 (浅い)


 刀は魔熊の左耳から額を僅かに割った程度にとどまった。


 魔熊はカイリを残った右目で睨み付ける。

 カイリは顔をしかめる。

 既に魔熊二頭のうち一頭は仕留め、残りは片目を失い手負い。

 だが油断は出来ない。

 魔熊は危険度Cランク。

 Cランクの冒険者()()()()()で倒せるというレベルだ。

 単独撃破は最低でもBランク以上の実力が必要とされる。

 正面からだと、分が悪い。

 何せ敵は()()()()()()()()のだから。


 カイリの後方から土煙をあげて接近する魔獣の大群が見えた。


 今度こそカイリは本当に逃走を開始した。

 カイリはこんな戦闘を既に4日間続けていた。




 ~時は今から3ヵ月前に戻る~


 王国北部の平原



 王都を出立してカイリがすぐに思った事は遠征隊の規模だった。


(……思っていた以上に少ない)


 王都の守備に人員を残さなくちゃ行けないとしても国を挙げての遠征。

 数千規模の大軍、若しくは精鋭のみとしても少なくても千程度にはなると思っていた。

 しかし実際は冒険者50人、騎士団50人、魔法師団30人、合わせて130人の小規模でしかなかった。


「カイリどうしたの?」


 キョロキョロと周囲を見回すカイリにソフィアが声を掛ける。

 ちなみに行軍は馬ではなく二足歩行のトカゲのようなこの世界特有の生き物だ。

 だが今カイリはソフィアの召喚した見た目シロクマの聖獣の背にソフィアと二人で乗っている。


「いえ、遠征隊の人達はこれだけですか?

 他に先行隊や別動隊が?」


 するとソフィアはカイリに呆れた顔を向けた。


「あのねカイリ、遠征隊の選考基準覚えてる?」


 何を今更そんなことをとカイリは怪訝に答えた。


「“Bランク以上の者、若しくは該当する実力を持つ者”でしたよね」 


「そうね。 でここにいる面子はあたしら本隊を抜いてみんなSからBランクということになるわね」


 そんなことを言われるとここにいる人達は自分よりも強いのかと余計マジマジと見てしまう。

 そしてつい前世の癖で身体の筋肉のつき方や持ち手で利き手はどちらなのかと考えてしまう。


「カイリ、カイリ。 聞いてるの?

 ってことは、さて!どういうことでしょう!」


 なぜかドヤ顔で問題を出す青エルフ。


「……王都の防衛の為に人数を割けないから」


「半分正解、半分外れ。

 けどあたしは厳しいので外れです!

 ブブー」


(うざっ)


「確かに王都の方に多くのBランク以上の騎士や魔法師を残してきてるけど、この()を考えたらこの人数が最良だし、それに魔法師団から高ランク30名はババァもかなり融通聞かせてくれた方だよ。

 戦士職より魔法職の高ランク者の方が稀少だからね」


 実際冒険者50人のうち魔法師は8人と10人に満たなかった。


「それに、そもそもDランクより上に行ける人間が少ないんだからこの人数は多いくらいなんだからね。

 その辺ちゃんとわかってる?」


 そもそもカイリの周りには高ランク者が多くいまいちその辺りがわかっていない。


「あと一番の理由はね。

 低ランクの者が混ざっていても高ランクの闘いになるほど()()()()()からね。

 ちょうどそこに昔その例を示した人がいるでしょ」


 そう言って前列を進む赤髪騎士を指差す。

 それはきっと王国と共和国の戦争の事だろう。


「まぁ、英雄(化け物)を引き合いに出すのは極端過ぎるけど。

 数なんていくらあっても、質が伴ってなくちゃ意味が無いって例だよね」


 この世界は前世と違って物量より質がモノを言う。

 カイリは遠回しに自分が言われているのだと気付いていた。


 “そのままなら、付いてきても意味はない”と。







「珍しいですね。 ソフィアさんがカイリ君にあんな風に言うのは」


 遠征初日の夜営にてクラウスがソフィアにコーヒーを両手に持って声を掛ける。


「ありがと」


 ソフィアはそれを受けとるとすぐには飲まずに両手を暖めるようにカップを包む。

 季節は緑の葉が色を落とし、夜風に冷気が含むようになっていた。


「まあねぇ」


「自分はカイリ君に戦いは教えれても心構えは教えれていませんからね。

 部下達の前では言えませんがこんな役職についていながら人に厳しくするのは苦手ですから」


「…………」


 あたしの弟子を毎回ぼろ雑巾のようになるまで訓練しといて何を言っているんだとソフィアがジト目を向ける。

 そしてその弟子は夜営の準備を手伝ったあと、サイファーに訓練をつけてもらっているためここにはいない。

 はて、果たして英雄と餓虎の訓練どちらの方がボロボロになって帰ってくるかなと考えながらも思考を会話へと戻す。


「……まあいいわ。 それにあたしだって人に厳しくするのは苦手よ。

 だってめんどくさいし」


「では、なぜそもそもカイリ君のことは弟子に取ったんですか?

 ……似てるからですか?」


「……違うよ。

 始めは……どうだろう、ね。

 でも今は違う」


「……そうですか」


「第一、似てないでしょ?

 あの娘と」


「知ってしまうと全く」


 二人の口許は大切な何かを思い出すように笑みが浮かんでいた。


「君がその話をあたしにするのは初めてね」


「そうですね。

 何故でしょう。

 けど、こういう機会がないとアナタと話せませんからね。

 それに、こうして任務を共にするのは初めてですから、年甲斐もなく楽しみにしてるのかもしれません」


「……言っとくけどあたしギリギリまで働かないからね?」


 その言葉にクラウスは声を出して笑っていた。




 その後、遠征は滞りなく進行し3ヶ月が経過。

 その間もカイリは率先して夜営や食事の雑務をこなしながら合間を見ては訓練に励んだ。

 そして王国北部の貿易都市に到着した。


「ここで、物資の補給と情報の収集をおこなう!

 その間に各自装備の点検を済ませるように。

 また休養含め、出立は5日後の正午とする」


 今回、遠征の指揮を執るは王国騎士団副長補佐官のヴァネッサだ。

 彼女の指示により各々が動き出す。

 特に仕事が無いものは休養と情報収集をかねて酒場へと向かう。

 そんな彼らよりも先頭を切って向かうのは青髪のエルフだった。


 するとヴァネッサへと近付く老人が一人。


「これはこれは、王国の希望を担う討伐隊の皆様ようこそお越しくださいました。

 わたくし、この都市の市長と商業ギルド支部長を務めていますチェスターと申します。

 あらかじめお王都より伝え聞いていた物資は整えてあります。

 もし、足りない物がありましたら仰ってください。

 ここは王都に次ぐ大都市となりますのである程度のモノは整えられましょう」


「助かります。

 ではいくつか追加で頼みたいものがあります」


「畏まりました。

 では私が務めます商業ギルドへご案内致します。

 その方がその場で書類も作れますし、物資の有無もわかりますので」


「お願いします。

 副長、では私は補給班の者を数人連れて行きますので副長は休養なさってください」


「いいのかい?」


 ヴァネッサとクラウスのやり取りを見ていた市長が目を細める。


「あの、よろしければ英雄クラウス様、冒険者として名高いサイファー様も是非お越しください」


「なんでだ?」


 その言葉を受けたサイファーがめんどくさそうに問う。


「お二方をおもてなしできる機会などそうそうありませんので、是非要らしていただければと」

 孫にも自慢できますと冗談のように笑いつつもそれだけでないことをサイファーは感じため息を吐いた。


 結局クラウス、サイファー、ヴァネッサ、補給係2名が商業ギルドへと向かう。

 するとすでに控えていたギルド職員が補給係を案内し消えると、市長は支部長室へと案内した。

 その間、市長の額には汗が浮かんでいた。


(っ、まさか英雄の機嫌を損ねたか?)


 クラウスは市長に案内されてから一言も発していない。

 代わりに補佐官のヴァネッサが応答していた。


(若くして英雄になった騎士団副長は滅多なことでは怒らず、懐が深いとの情報だったが……)


 そんな懸念を抱いている市長とは別にヴァネッサは、


(この方はまたお土産についてずっと考えているな)


 とクラウスの考えを見抜いていた。

 クラウスは遠征の度にその土地の名産を家に送るのを補佐官のヴァネッサは何度も目撃している。


(奥方とご令嬢の事になるとこの人はいつもこうだからなぁ)


 呆れつつも少し羨ましく思う。


 部屋に案内され、ソファを促されるとかなり上等なモノだった。

 ヴァネッサは流石貿易都市の商業ギルドと感心しながらも出されたお茶を啜る。

 茶菓子も文句なしだ、等と甘味に舌鼓を打ち、あえて口火は切らない。


 市長は笑顔を崩さずに補佐官のヴァネッサに問いかけた。


「何日間のご滞在予定ですか?」


「そうですね……補給と休養を含めて5日間程と考えています。

 この貿易都市より北は小さな町や村が多く、その先は山岳地帯ですから、隊員たちも最後に羽を伸ばせるのがここでしょう」


「なるほど、仰っていただければ当ギルドでも()()するよう手配いたします」 


 ヴァネッサはにこやかにお礼を言いながらも内心辟易していた。

 商人が純粋な善意で行動することはない。

 何らかの見返りがあるか、要求するか。


(貴族とのパイプ造りか?)


 大貴族でもあるヴァネッサは自身と隣に座るクラウスを見るが、それなら渋るサイファーを誘わないだろう。

 彼は王国内でもトップの実力を持つ冒険者とパーティーを率いているが、彼自身は孤児院出身だったはずだ。

 冒険で武勇を挙げ爵位の話もあったが辞退している。

 むしろ貴族との関わりを嫌っている。

 となると求められているのは戦力。

 だがこちらは遠征中でありいわば任務中だ。

 こちらからボールを投げるわけにも行かない


(はっきり言わないところからも緊急を擁す訳ではない?)


 ヴァネッサが思案する横でサイファーが立ち上がった。


「これ以上何も無いなら俺は帰るぞ」


 市長は腰を浮かしながら仕方ないとばかりに口を開く。


「実はご相談したいことがありまして」


 そして話を聞くと思っていたよりも深刻な事態であった。


「冒険者ギルドは何をしているのです?」


 思わずヴァネッサは顔をしかめる。


「それがここから西の伯爵領に魔獣が複数出まして、それらの討伐依頼で高ランク冒険者が皆出払ってしまったのです」


「何の魔獣ですか?」


「魔猪です」


 魔猪は危険度Dランクの魔獣だ。

 Dランク冒険者のパーティー、若しくは一頭ならCランク冒険者2人いれば十分事足りる。


「魔猪になぜ高ランク冒険者が出払っているのです」


 自分より低いランクのクエストを受けることは禁止されてはいないが、推奨はされない。

 そのランクの冒険者の仕事を奪うことにもなり、他方で危険なクエストが依頼されたとき対応出来なくなるからだ。


「今ちょうど伯爵領は農作物の収穫時期でして……」


「ようするに冒険者ギルドから高ランク冒険者に指示がきたんだろ」


 サイファーがつまらなさそうに答えを出す。


「まあよくあることだわな。

 つまりギルド側が貴族様に“ウチはこんなに親身になってますよ”のアピールだろ。

 くだらねぇ」


 市長は困ったように曖昧な苦笑を浮かべる。


「で、俺らに何とかしてほしいと。

 コッチの問題はまあ魔猪に比べ厄介だがBランク10人も出せば2日で終わるだろう」


「ではっ」


 そう言って顔を上げたときサイファーは左手でチョキを出していた。


「二人だ」 


「はい?」


「二人だけ出してやる」


「二人だけ……まさかAランク以上の方が」


「いや、Bランク一人と……実質Cランク?一人だ。

 それで文句ないなら出してやる」


「しかしそれでは滞在期間内に討伐など」


「さぁな、出来なければ――」










「というわけでバゼル、カイリお前らはここから東の大森林で魔獣やら魔物が大量発生してるのを解決してこい。

 ちなみに期限は5日後の日の出までだ。

 出来なかったら、置いていく」


 サイファーは仁王立ちでそう告げるとその日の内にカイリとバゼルを魔獣がひしめく大森林に放り込んだ。

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