第58話 導師の特訓
カイリはクラウスとの模擬戦の翌朝、魔法師団本部団長室に訪れていた。
「おはようございます」
「なんだ、早いね」
クッカは想定していた時間より早くきたカイリを訝しげに見る。
「ええ、修行をつけてもらう前に何か手伝えることありませんか?
掃除とか料理とか雑用があれば言ってください」
「…………」
カイリの言葉を聞いてクッカは唖然としている。
「導師?」
「それは誰かに……例えば馬鹿弟子に言われたのかい?」
「いえ?言われていませんが」
「…………」
導師はなぜか上を向いてしまう。
「導師?」
「あ、ああすまなかったね。
ちょっと驚いてね。
驚いたといえばなんだい、あんたクラウスと模擬戦やってあいつに推薦人を認めさせたらしいじゃないか」
「ええ、まあ……」
導師のその言葉を聞いて今度はカイリの方が言葉に詰まる。
「なんだい、歯切れが悪いじゃないか」
「いえ、認めさせたと言っても実質一撃も入れられてませんし」
「そんなことで落ち込んでんのかい。
それでもあいつの後ろを取ったとも聞いてる。
それだけで充分大したもんだよ」
「はあ…」
導師が褒めるも、カイリは気分が晴れなかった。
昨日の模擬戦ではクラウスはもちろん、カイリも全力ではない。
全力ではないが、もしカイリが全力で戦い、奥の手を使ってもおそらくクラウスに一撃を入れることは出来なかったろうと考え落ち込んでいた。
へこむカイリに気付き、クッカは対応を変えた。
「いっちょ前に落ち込んでんじゃないよ。
がきんちょ風情が。
やれること、覚えることがまだまだたくさんお前にはあるんだからまずはそれをこなしてからにしな」
クッカは長年多くの弟子を育ててきた。
だから力を求める者の考えはお手のものだ。
「それに掃除なんざいらないよ。
それより早く来たのなら早速召喚魔法の修行に入るからついてきな」
「よろしくお願いします」
クッカはカイリを連れて部屋を出る。
向かった先は魔法師団自慢の図書館だ。
ここは貴重な魔法関連の書物で埋め尽くされている。
クッカは一冊の本を手に取るとカイリに渡した。
表紙には『召喚魔法』とだけ題が記されている。
「字は読めるな?」
「はい」
「じゃあまずは講義から始める。
最初のページを開きな」
そこからクッカの授業が始まった。
「まず、精霊についてだ。
召喚魔法で呼び出せる精霊だが、召喚魔法では他に何が呼び出せる?」
「悪魔と聖獣です」
「そうだ。
じゃあその違いは?」
「わかりません」
「なんだい、わからないのかい。
馬鹿弟子からは召喚魔法についてどこまで教わったんだい?」
「いえ、召喚魔法については何も。
中級を習得してからは魔力操作に時間を費やしていたので」
つまりは召喚魔法についてはクッカに丸投げということだ。
「あのやろ」
クッカは青色のエルフを思い浮かべるも、その頃当人はベッドの中で惰眠を貪っていた。
「じゃあまず召喚魔法について説明する。
召喚魔法で呼び出せるのは精霊、悪魔、聖獣だ。
呼び出したからと言ってもすぐ力を貸してくれるわけじゃなく、まず契約を結ぶ必要がある。
ここに各々の違いがある。
まず精霊、悪魔は異界から呼び出し、現界させる必要がある。
召喚魔法で最も契約が多く結ばれるのが精霊だ。
精霊は契約においての対価は《魔力》。
単純な契約の分、その関係性は弱く、契約による強制力は弱い。
召喚の間も対価の魔力とは別に現界維持に魔力を持っていかれる。
悪魔の契約の対価は《魔力、物、行動、感情》などその悪魔の好みによって変わる。
契約には強制力があるが大概対価の方が高くつくから進んで契約する者は少ない。
現界維持においては通常は精霊と同じように魔力を消費する。
最後に聖獣だが精霊、悪魔と違ってこちら側の世界に存在する為、まずは召喚でなく契約には直接赴き交渉する必要がある。
契約対価は様々だけど基本誇りが高く人の話なんて聞かない。
また契約したところで契約による強制力もないので命令も聞かない。
しかし召喚時の魔力消費のみで現界維持に魔力消費はかからない。
違いはこんなところだ」
「そうなると精霊が一番当たり障りない感じがしますね」
「ああ、だが始めに言っておく。
カイリ、あんたには召喚魔法は向いてない」
「何故ですか?」
「勘違いするなよ。
習得出来ないんじゃなくて、実践での実用性に乏しいと言ってるんだ」
「……魔力量ですか?」
「そうだ。
魔力量はCランクの下位と歳を考慮しなくても優秀な方だ。
カイリの魔力量なら中位の精霊と契約出来るだろう。
一般的に召喚魔法は自身の代わりに精霊や悪魔に戦わせ、己は防御や補助に徹するもんだ。
だがあんたの場合、魔法や武器を駆使して己が戦える。
召喚と維持に魔力を消費する中位の精霊の力と魔力制限を受けない自身の力なら後者の方がカイリの場合成果があがるだろう」
「なるほど。
なら維持に魔力消費をしない聖獣はどうなんでしょうか?」
「現実的じゃないね。
聖獣はとても希少な存在で居場所が確認されているものは少ない。
場所も行くには難しいところばかりさ。
それに気位が高く契約そのものが難しい。
カイリの場合、精霊召喚はあくまでも多対一の状況打破に用いるべきだろう」
するとカイリは口許に手を当て考え込む。
「……思ったんですけど、別に精霊をメインで戦わせなくても良くないですか?」
「ん?精霊と別に自身が全力で戦うなんてのは魔法師には魔力消費が激しくてそれこそ現実的じゃないよ。
さっきの状況打破の提案は接近戦が出来るあんただからこその案だ」
「いえ、そうでなくて精霊を戦わせずに完全に補助に回すといのは」
「ふむ、出来なくはないがわざわざ精霊召喚をして戦闘の補助用に使うと言うのは聞いたことないね。
そもそも精霊召喚は自身が後方に下がるのが基本だからカイリのようなのは特殊だ。
まあ何にせよやってみようか」
「はい。
……あの、時間取らせてしまっていますがお仕事の方は大丈夫ですか?」
「はん、どっかの馬鹿と違って普段から仕事してるからね。
午前中いっぱいなら時間ぐらい作れるさ」
クッカはその後一通りの座学を行い、訓練場にて召喚魔法の実技基礎を教えた。
「今日はこんなところかね。
午後はどうするんだい?」
「午後はこの間買い物出来なかった武器屋に行こうと思います」
「そうかい。
一人で……いや、必要ないか」
「あれあれ導師、そんなに心配なら僕がついていきますよ」
ひょっこりとユハナが顔を出す。
「カイリ君、僕も丁度街に研究の材料を買いに行くから一緒に行こう。
それにいくら無詠唱でも魔法師の装備についての知識はあった方がいい。
魔道具屋にも行かないかい?
アドバイスとかも出来るだろうしね」
「ありがとうございます。
助かります」
「いや、いいんだよ。
君はソフィアちゃんの弟子で僕の甥のようなものなんだから。
すぐ行くから正門のところで待っててくれるかい?」
「わかりました。
導師、今日はありがとうございました」
「明日も午前中に教えるから準備しときな」
「ありがとうございます」
カイリはお辞儀をすると訓練場を後にした。
クッカはニヤついた部下を一瞥する。
「で、なんだい?」
「いやぁ、カイリ君どうかなぁと思って」
「そうさね、頭も悪くないし、魔力操作にあっては基礎訓練がちゃんとされているのがわかる。
魔力操作は中々だね。
あとは純粋な魔法師でないからか発想が面白い」
するとユハナがさらにニヤニヤしだす。
「なんだいその顔は」
「いやぁ、何気に孫自慢する頑固おばあちゃんを見ているようで」
「ユハナ、その買い出しの領収書、経費で落ちないからね」
「うっ、やぶ蛇だったか」
「馬鹿言ってないでさっさと行ってきな!」
クッカはユハナを追いやるとひとつため息を吐く。
「なんでアタシの直弟子はこんなクセあるやつばかりなんだい」
カイリが魔法師団本部の正門で待っていると間もなくユハナがやってきた。
「じゃあ行こうか」
「はい」
二人は大通りに向かって歩き出す。
「どうだった、導師の修行は?」
「とても分かりやすかったです。
本を使った座学もそうですけど、実技も理論的で分かりやすかったですし」
「まあ、魔法を教える事に関しては王国で導師の右に出るものはいないよ。
長年多くの弟子を一人前にしてきたからね。
ただ最近は忙しくて弟子を取ることもなくなってたから」
「そうなんですか」
「だから今日はありがとね」
「はい?」
「カイリ君を教えてる導師が楽しそうだったからさ。
あの人も本当は軍ではなく学院のようなところの方が性に合ってると思うんだけど。
あ、この話は導師には内緒だよ。
余計なお世話だって研究費削られちゃうから」
ユハナは優しい顔で導師について語ると最後は冗談ぽく笑った。
「じゃあまずは武器屋から回ろうか」
読んでいただきありがとうございます。
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