第57話 新しい話題
「選考会から頑張りなさい」
クラウスの発したその言葉はカイリを認め、推薦人になるという意味だった。
周囲の騎士達はどよめいた。
だがそれ以上に動揺したものがいた。
ヴァネッサだ。
激励の言葉のあとに続いた一言。
「騎士団に入るつもりはあるかい?」
それはまさしく勧誘の言葉だった。
少年の父親は騎士団で元改革派の一員だ。
中立派の団長を父に持ち、同じく中立派の副団長を直属の上司に持つヴァネッサにとっては保守派と改革派のいさかいはやっかい事でしかない。
前日、クラウスは団長に聞かれたときに勧誘はしないと言っていた。
確かに少年の意思次第では受け入れるという旨のことは言っていたが、皆の面前でそれを確認するということは勧誘していると捉えられておかしくない。
そして、ヴァネッサの目から見ても今のクラウスの様子は勧誘にしか見えない。
王国の英雄であり、騎士団の象徴、男が憧れ、女が焦がれる人物。
そんな彼の誘いを
「ありがとうございます」
少年は深々と頭を下げた。
確かに中立派の副団長がこの少年を囲うのが一番問題ない。
他の騎士たちもおおっと声をあげた。
「でも、結構です」
えっ?
「理由を聞いてもいいかい?
もし、周囲に気を使っているのなら気にする必要はない」
それはまさに副団長が後ろ楯になるということ。
「気にならないと言えば嘘になります。
それを含めて声をかけていただいたのは本当にありがたいことなのですが、僕には務めを全うするだけの器がありません」
「どういう意味だい?」
「父や騎士の皆さんの仕事は尊敬しています。
でも、僕には知らない人々の為に命を張れるような志はないんです」
「なるほど、君はまだ幼い。
そこまでの覚悟や志を持てないのは普通の事なんだよ。
志は初めからあるものではなく作っていくものなのだから」
クラウスの言葉にカイリは首を横に振る。
知っている。
カイリも一度はその志を持っていた。
だが前世で任務をこなしていく度に違和感を覚え、最後に仲間だったものに裏切られ、ソレは折れた。
今でも、ソレはあやふやで尊いものであるとカイリは思っている。
ただ、もうソレに人生を委ねることは出来ない。
拒否感は拭えない。
「すみません」
「いや、気にしなくていいよ。
なら君は何故そこまでして遠征隊に加わりたいのかな?」
「背負うと言ってくれた人がいます。
なら、僕はその人のことを背負いたいと思うんです」
「なるほど、確かに君は違うね」
カイリはこの“違う”を蔑みの言葉に捉えた。
「すみません」
「わかったよ。
なら騎士団とは関係なく私のところに剣の稽古に来ないかい?」
「えっ?」
「君は背負うんだろう?
なら強くならなくちゃいけない。
魔法はソフィアさんがいるとして、剣はどうするんだい?
君には必要だろう?」
「いいんですか?」
「僕が君を気に入ったんだ」
「ありがとうございます。
よろしくお願いします」
再び少年は深く頭を下げた。
先日の暴行犯取り押さえに続き、クラウスに弟子が出来たと騎士団、魔法師団、冒険者ギルドに瞬く間に広まった。
訓練場が騒がしくなる中、ソフィアはその場をあとにした。
ふと見上げると空は優しく青く、太陽に照らされた雲が心地よい白さを見せる。
「アイリとゲインの子供が、私に魔法を教わり、彼に剣を教わる。
これを奇縁って言うんだろうね。
イーリス」
その日の晩。
~魔法師団団長室~
「というわけでカイリ君はクラウス君の推薦で戦士枠で選考会に出まーす」
「出まーすじゃないよ!
はあー、まったくどういうわけでそうなるんだい」
「まあ、選考会も受かるだろうから導師はそれを見越した修行をつけてあげたら?」
「アタシはそういうつもりであの坊主に言ったわけじゃないんだけどね。
ユハナ、あんたから見てあの坊主はどうなんだ?
魔法師としてあんたやソフィアに近いものはあるのかい?」
「導師、僕に聞かなくても分かってるでしょう。
それはない。
いくら修行を積んだところで将来僕やソフィアちゃんの領域には近づけない。
良くてBランクの上位じゃないかな?
SどころかAにも届かない」
「ずいぶん厳しいじゃないか」
「魔力操作と魔力感知、それに新魔法作成のセンスもある。
そして稀少な無詠唱の使い手でもある。
「それだけ聞いてるとべた褒めだけどね」
「個人的には彼のような魔法師は好きだよ。
けれども魔法師として評価するならばさっき言った通りだ。
彼の今日の戦い方を見てわかった。
彼の扱う無詠唱はソフィアちゃんの無詠唱とは違う。
それに彼の魔力量は大成する程のものじゃない。
何より決定的なのが魔力回路の欠陥だね」
「なかなかクセのある子だね。
なら戦士としてはどうなんだい」
「戦士としては……」
同時刻
~騎士団副団長室~
「これで最後の書類になります」
「ありがとう。
けどわざわざ君まで残らなくて良かったのに」
「いえ、副団長の副官として当然です」
生真面目な返答にクラウスが笑う。
「あの、何でしょうか?」
「いや、すまない。
昨日の団長の言葉を思い出してね」
「団長のですか?」
「部下が私でよかった、という話」
「あー、はい」
「私も今、それを思ってね。
君が私の部下でよかったよ」
思いがけないクラウスの言葉にヴァネッサは顔が赤くなる。
「あ、いえ、そんな」
「だって今日の見たかい。
魔法師団のNo.2とNo.3が騎士団に油売りに来るんだから」
ヴァネッサは、ああそういう意味か、と冷静になった。
別にがっかりなどしていないと自分に言い聞かせながら。
「副団長、カイリ君は弟子にするほど強かったのですか?」
クラウスはヴァネッサの言葉に目を丸くする。
「弟子?」
「だって剣の稽古をつけるって」
「ああ、そうとられたか。
いや、まあ普通そうとるか」
「?」
「私はね。
彼に稽古をつけるし、剣も教えるけど弟子にとるつもりはないよ」
「??」
「ヴァネッサから見て彼は強いかな?」
ヴァネッサは一瞬考える。
「少なくとも同行隊には十分入れるレベルの強さだと思います。
新魔法を編み出すセンス、それを組み込んだ戦術、魔法師にしてあの身体能力。
あれでまだ11才なのだから末恐ろしいです。
副団長が騎士団に勧誘したのにも頷けます」
「ではそれは何の強さかな?
もし、彼と君が闘ったらどうなる」
「……勝てます」
「うん、私もそう思う。
君が油断しなければ圧倒出来るだろう。
戦士としての力、速度、剣技すべて君が上だ。
なのに一瞬君が考えてしまったのはなぜか。
それは彼が剣士でないから」
「剣士でない……」
「何を当たり前のことをと思うかもしれないけれど、彼は魔法師でもない」
「魔法剣士ということですか?」
魔法剣士という職業はあるが魔法師、戦士の両方の両適正が必要でとても珍しい職業だ。
居ても大体中途半端で使えない場合が多い。
「魔法剣士でもないかな。
彼の足の運びはときおり剣士というよりは拳士に近いものがあったからね。
それに私の背後をとったときのあの動きも変わっていたしね。
彼はこだわりがないんだろう」
「こだわり」
「我々は騎士であることにこだわりと誇りがあって、魔法師は魔法師であることにこだわりと誇りをもっている。
けど彼はそんな枠組みどうでもいいんだろう。
魔法師枠でなく戦士枠に抵抗なく申請したのもそういうことだろう。
彼の戦士、まあ剣士としての力量はCランクの上位ってところかな」
「そんなものなんですか?」
ヴァネッサはAランクの下位の実力がある。
クラウスにあっては最高ランクと言われるSSを超えてるとも。
「彼の今日の戦い方は派手だったからね。
実質はこんなところだよ。
ただ魔法を組み合わせた総合力で言えばBの下位にひけを取らないだろう」
ヴァネッサはそんな実力でクラウスを相手にあそこまでの立ち回りをしてみせたことにあらためて驚いた。
「それに彼は手を抜いてた、いや、これじゃ意味が変わってくるな。
制限を掛けていたから一概には彼を評価出来ない」
「制限とは中級魔法までしか使わなかったことですか」
「それもあるけど、たぶん魔法以外もあるんじゃないかな。
そんな制限の中、私に本気で勝ちに来るんだ。
そんな奴、今の騎士団にもいないから、つい楽しくなって稽古の話を持ちかけたんだ」
クラウスは無邪気に笑う。
「楽しそうですね」
「ああ、昔私に勝とうと鍔迫り合いになる度に土魔法で目潰ししたり、頭突きしてきたりする騎士がいたんだがそれを思い出してね」
ヴァネッサにはそんな騎士に心当たりがなかった。
英雄としての側面を持ちながら時折、少年のように笑う彼を見る度に鼓動が跳ねるが、こんな顔をさせるカイリとその騎士に覚えた感情が嫉妬であるとヴァネッサは気付いていなかった。
「おっと、手が止まっていたね。
さっさと終わらして帰ろう。
今朝、『最近帰りが遅い!』と娘に怒られたばかりなんだ」




