第50話 新米副官ヴァネッサ
一方執務室を出た新米副官のヴァネッサはクラウスと並びながら廊下を歩き、ほっと一息ついていた。
大した時間ではなかったが先程の空間は疲れた。
「大丈夫か」
クラウスが優しく確認してくる。
「はい、なんとも!」
それに対して気丈に返答し、しっかりしなくてはと気を引き締め直す。
ヴァネッサは自分が優秀であることを自覚している。
子供の習い事は常に一番だったし、王国が誇る国立学院でも首席で卒業した。
ただそれは自分の世代に本当の天才、いや化け物がいなかったからだ。
先程の執務室にいた自身以外はすべて規格外だと、特に隣の上官を見上げてつくづく思う。
ヴァネッサは13歳時、学院に入学し、成績は同期と差をつけて常に一番を取り続けていた。
それは父が騎士団の団長なのだから私が家名の評判を落としてはいけないという重圧と、あとは単純に優越感に浸りたかったのだ。
学院二年生に上がったある朝、父ヨーゼフに話を持ちかけられた。
「なあ、学院はどうだ?」
「はい、常に一番になれるよう励んでいます」
父は仕事が忙しく普段このような日常会話は少ない。
なので学院で常に一番を獲っていることを自慢したかった。
あの父に褒めて欲しかった。
「そうか、今度の週末、非番の若い連中で集まって剣や槍の稽古やるらしいんだがお前もどうだ?」
「はい!ぜひ参加させてください!」
学院生の二年生で非公式とはいえ軍の稽古に呼ばれるなんて普通はない。
父が認めてくれた。
ヴァネッサはこの時そう思い舞い上がった。
約束の日の週末、そこにはまだ二十歳やそこらの若い兵士や騎士ばかりが集まった自主稽古だった。
確かに少し年の差はあれど若い人たちにならもしかしたら勝てるんじゃないか。
いや何割かは勝てるだろう。
なんたって私は学院で上級生にも大体勝ててしまうのだから。
この時の彼女は舞い上がっていたのではなく思い上がっていた。
「お願いします」
「お願いします」
模擬戦用の槍で相対する相手は学院を卒業してまだ間もない女性だった。
(勝った)
手合わせする前からそんなことを考えていた。
結果は惨敗だった。
「えっ?」
あっけなく一本を取られ呆けてしまう。
(いや、ちょっと油断しただけよ!)
続け体格の変わらない小柄な女性と対戦するもまたもやいいところなく終わった。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
そしてその後の模擬線も惨敗だった。
「…………」
落ち込んでいるヴァネッサを気遣ったのかみんなが声をかけてきてくれた。
「いや、強かったよ!」
「その年でそれだけ出来るなんてね」
(そうだ、みんな私より年上なんだから強くて当たり前だよね)
徐々に気持ちを建て直していく。
けれども次の言葉でそれは意味のないものに変わる。
「学院では30番以内に入るでしょ?」
え?
30番?
「は、はい」
1番のわたしが?
「皆さんは学院生時代は?
やっぱり強かったんですか?」
「俺ら? 俺は、」
みんな首席レベルの人達の集まりか。
「俺もだいたい30番」
「わたしは50くらいかな」
「俺は……平均くらい、かな?」
「嘘つけ!お前は俺とどっこいどっこいだったろ!
俺とこいつ平均より下~」
信じられなかった。
「で、でも皆さんはすごい強いですよね!」
「俺ら?」
手合わせしたなかで一番強いと思った男性が自嘲気味に笑う。
「全然、先輩や上司はもっと強いし、団長や副団長なんて俺らレベルじゃ強さも測れないほど強い、ってか化け物だしよ」
「ちょっと!」
「あ!今の団長には内緒ね!」
「言っていいよ。
ただしコイツだけ言ってたって」
「あっ!てめっ!」
そんな会話を笑いながらする彼らの言葉を聞いて呆然とした。
ヴァネッサを最初に敗かした女性が冗談っぽくも怒りながら言う。
「あたしらの世代って不作の世代なんだって。
あたしらの学院時代のトップ連中も先輩らには全然。
先輩らからしたらトップ連中もあたしらも大して変わらないって。
悔しいよね。
そんなこと言われたら。
だからこうして非番のときに集まってみんなで稽古してるんだ」
そうか、わかった。
お父さんが私を訓練に呼んだ理由。
不作の世代。
このままじゃ私はこの人達と同じ歳になっても今のこの人達に及ばない。
悔しい。
「お願いします!
私も稽古に入れてください!
弱くて迷惑かもしれません!
でも、私も強くなりたいんです!」
「どうする?」
「……いいよ。
ただし、稽古中に気持ちが折れて皆の邪魔になるようならもう来ないでね」
「はい!よろしくお願いします!」
それからは稽古の度に参加させてもらい、敗けてはその原因を学院にいる間も考えて次の稽古に活かすようにした。
思えばこんなに考えたのは初めてかもしれない。
だって学院にいる間はここまでしなくてもトップの成績をとれる。
けどそれを基準にしたら目標には届かない。
その後もヴァネッサは挫けず稽古に参加し続けた。
最高学年に上がってからは稽古でもいい勝負をするようになり卒業するころには勝ち越しが増えてきた。
「やるなヴァネッサ、流石団長の娘……違うな。
そういうの関係なく努力してきたんだもんな」
以前は団長の娘というのが自慢だったが、今は自身を認めて貰えるのが何より嬉しかった。
それから騎士団に入り、着実に結果と評価、そして実力をつけてきた。
そして、あの英雄の副官に任命された。
既に副団長の戦歴は世界に伝わり、王国を越えて世界で最も強いと言われている。
それでも共和国との逸話は入団当時信じられなかった。
さすがに盛りすぎだろうと思うのだ。
副官になったばかりのころその逸話の話を一度クラウスに振ったところ、肯定も否定もせず、ただ困ったように笑う。
ヴァネッサはやはり嘘かと納得とともに少しがっかりした。
英雄クラウスの話は王国の子供にとって憧れだ。
男の子はクラウスみたいな英雄になりたいと願い、女の子はそんな英雄と恋がしたいと夢見た。
ヴァネッサは子供の頃、将来騎士を目指す女の子だったので回りには内緒だったがその両方を夢見てた。
それが大人になり、憧れの人物の副官になれたのだから当初は柄になく舞い上がっていた。
でも、あの逸話はさすがに嘘かと自分の内にあった子供心を笑った。
ヴァネッサが副官になって二ヶ月後、東の山脈でギガントオーガの目撃情報があり、討伐隊が組まれた。
ギガントオーガは討伐難易度Sランクであり、王国の中でも選りすぐりの騎士と魔法師で編成された。
部隊の指揮をクラウスが執るため、副官のヴァネッサもついていくことになる。
目撃情報通り赤色のギガントオーガを発見し、クラウスの的確な指揮の下、徐々に追い詰めていった。
あと一息というところでそれまで安定していた部隊に動揺が走る。
もう一体、翠色のギガントオーガが現れたのだ。
「なっ、話が違う!」
後方で指揮を執っていたクラウスと共にいたヴァネッサはとっさに叫んでいた。
大型魔獣Sランク2体など想定していない。
すでに部隊には疲れが見え始め、隊を二分して片側を足止めし、最初の1体をまず撃破するような余力はない。
ここは魔法で一時的にでも視覚や足元に障害を放ち撤退しかないと進言しようとしたところ、となりから「各個撃破」の命令が飛んだ。
愚かな!と横にいた指揮官を見るとそこに姿はなく、銀色の槍を手に一歩前に踏み出していた。
「指揮権を預ける。
赤いのは五時の方向に誘導しろ。
戦闘のペースは上げるな。
安全マージンは確保しろ」
ヴァネッサは何を言われているのかわからない。
しかし、指揮官は一人で新たな敵へ歩いていく。
あれ?こんな話どこかで……。
その後ろ姿を見た、今も激戦を繰り広げている騎士達は各々雄叫びをあげる。
戦意が落ちるどころかクラウスを見て士気が上がっていた。
戦場が2面化する。
赤の巨体を騎士達が追い詰めていくが、士気の高揚とともに前に出すぎているので回避行動を優先するように指示。
一方翠の巨体を一人の騎士が翻弄している。
槍で足を斬り裂き、降ってきた岩のような拳を軽々と避けては腕を突く。
あっという間に翠の巨体の足元には血溜まりが出来ている。
凄い。
副団長の強さは騎士団に入って、いや、子供のころから散々聴いていた。
だがその戦う姿を見るのは初めてだった。
いける!
そう思ったとき鼓膜を破るような雄叫びを今度は翠の巨体が発した。
一瞬の静けさののち、低い振動音が連続して鳴り響く。
まさか
ヴァネッサの心は冷えていく。
一際大きな振動とともに赤と翠より一回り大きな灰色の巨体が姿を現す。
新たなギガントオーガは咆哮を上げる。
クラウスは右手に持った槍の柄を地面に突き刺し、腰にはいた“白鞘”へと右手を伸ばした。
が、右手は白鞘の柄から下に滑り紫鞘の柄を握り一気に引き抜いた。
それを合図にするかのように翠と灰色がクラウスに迫る。
クラウスは左手で槍を引き抜き灰色へ向き合う。
灰色は石ころを蹴飛ばすように足でクラウスを蹴り上げる。
しかし、地面が抉れるばかりでクラウスには当たらない。
今度は反対からも翠の足が飛んでくる。
それはまるで街角で子供らがボール遊びをしているようかのように巨人が人間をボールにしていた。
既に大地は原型を留めておらず、周囲の木も蹴り倒されている。
そんな中クラウスの体はどこも変わらない。
泥が鎧についた程度だ。
が、ここで均衡が崩れる。
灰色が転がった倒木を手に取り横に振り回したのだ。
それをクラウスが跳躍でかわしたところを翠の手が伸びる。
空中では避けられず捕まると思われた瞬間、左手の銀槍で翠の腕に突き刺し槍を中心に身を翻すと、腕を足場にさらに跳躍し翠の喉を剣で斬り裂いた。
翠の巨体は大量の血を吹き上げながら地面に崩れ落ちる。
その巨体と血の雨で灰色が一瞬クラウスを見失った。
かつての仲間だった屍を見ると腕に突き刺さっていたはずの槍がない。
それは足元で煌めいた。
槍は灰色の真下から真上へ銀色の軌跡を描く。
そして槍で刺した思えないような爆発音が響き渡った。
灰色は顎から頭部にかけて損失し、絶命した。
それと同じくして赤色も膝をついたところを全方位から突き刺され動かなくなった。
歓声が騰がる中、クラウスは空から落下し突き立った銀槍を引き抜くと胸元へ掲げじっと見つめる。
その元へ部下達が駆け寄っていく。
「これが英雄クラウス……」
知れずヴァネッサは呟いたあと輪に囲まれて笑う彼をずっと見ていた。
それからもヴァネッサはクラウスのもとで幾つもの任務をこなしながら経験と力をつけていった。
嫉妬する者もいたが、ヴァネッサが学院時代から稽古に参加していたことを知ってるものものも騎士団には多く、大体の人が好意的に接してくれた。
しかし、大体の人のうち独身男性の場合下心もあったが文武に力をそそいできたヴァネッサは気付いていない。
軍にも美人な者はいるがプライベートで男を立ててくれるようなお淑やかな女性はいない。
みな気が強いのだ。
その点ヴァネッサは仕事だけでなくプライベートでも男を立ててくれそうな気がするという男の勝手な妄想が広まり密かに人気があった。
何故密かかというとみんな団長が目を光らせていて怖くて手が出せないのだ。
そんな何も知らないヴァネッサは横に並ぶクラウスに仕事の話を振る。
話を振られたクラウスだが仕事に関しては切れ者で人間関係のもつれに対しても的確に対処出来る一一が、なぜか恋愛関係だけは疎く、何人かクラウスの元直属の部下だった者が菓子織を持って訪ね、新米副官の話をふるのだが一向に気付いてくれない。
出来れば自分から手を出したのではなく団長からも信頼も厚い副団長から紹介したという形を取りたいのだ。
しかし、そんなまどろっこしいことクラウスが気付くわけないし、下手に紹介してくれと言ったら「分かった。団長に聞いておくよ」となってしまう。
団長も王国有数の貴族。
その娘となれば交際は親の認知が重要になるから聞くのは間違ってないんだがそうじゃないんだよーと独身団員は嘆く。
まあそんなまどろっこしいことやっているから独身なのだが。
「遠征部隊員の募集選考会ですが予定していた通り再来週に学院の闘技場を借りて開催可能です」
「わかった。
その件は君に一任してあるし任せるよ」
「了解しました!
……あの、ほんとに観客を呼ぶ意味はあるんでしょうか?」
任せると言っておきながら観客を呼べというのは団長の注文だった。
「その方が選考会の話は広まるし、入場料や屋台を開けばお金が集まる。
そのお金は遠征費用に充てられる。
私はいい考えだと思うよ」
「まあ……そうなんですけど。
ただ目ぼしい者は軍からもギルドからも選考し終わってますから今さらやっても正直目に留まるような人材はいないと思いますよ」
「かもしれないし、かもするかもしれない。
それに、」
「?」
「みんかお祭り好きだろ?」
そう笑うクラウスの表情は少年のようでヴァネッサの鼓動は激しくなる。
さすがにヴァネッサもこれが何かわかっている。
だが年上で既婚者の上司はその様子に気付いていない。
団長の思惑は既に半分達成されているがもう半分はなかなかに難しかった。
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