第42話 狐娘と夜
なんでこうなった?
目の前には狐人族の少女の年齢に見合わない膨らんだ胸がある。
ほんの数分前のことだ。
いつも通りゲインの部屋で一人で寝ているとドアがゆっくりと開いた。
“白夢”というスキルのせいで睡眠が浅いのもあって直ぐに気付いた。
アリスかと思って薄目で確認する。
アリスは夜中に一度部屋に訪れてからはたまにこっそり部屋のドアを開けて中を覗く。
どうやら俺がきちんと寝れているか確認しているようだ。
正直その度に目は覚めているのだが心配してくれていることがわかっているので何も言わずに寝ている振りをしていた。
今回もアリスかと思って寝ているように装っているとこちらの予想とは別の人物が入ってきた。
ククルだ。
最初寝ている振りをしていただけに起きているのを伝えそびれるとククルがどんどんベットに近づいて来た。
(?)
そしてベットの前まで来ると静かに毛布をめくり横になる。
ククルは体をこちらに向けて俺を見ている。
なんか顔がめっちゃ近い。
(??)
なんだこれ?
トイレの帰りに寝ぼけて入ってきたのか?
まあ子供同士だから問題ないが、問題ないのだが、問題ないのか?
……いや、ひとまず起こしてみんなの部屋に帰せばいいだけの話だ。
「ククル?」
「はい」
寝惚けていたのかと思っていたが返事はしっかりしている。
「えっと、部屋間違ってるよ?」
「いいえ、間違ってません」
返事はしっかりしているがどうやら寝ぼけているようだ。
「ここは俺の(ってかゲインの)部屋だよ」
「知ってます。
だから来ました」
んー?
「起こしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だけど」
そう言いながらもククルは俺の手を両手で握って自身の胸元へ引き寄せる。
考えないようにしていたがククルの胸は発育がいいのか既にB~Cくらいはありそうだ。
俺の冒険者ランクと同じだ。
「ク、ククルさん?」
思わず声が裏返ってしまった。
「嫌ですか?」
何がですか!?
「アリスちゃんから聞きました。
カイリさんは周りに人がいると寝られないって」
あ、ああそっちのことね。
「う、うん。まあ」
動揺してしまったことに動揺して自分でも歯切れの悪い返答をしてしまう。
「この家に住まわせてもらうようになってからずっと思っていましたがカイリさんは人に甘えないですよね」
「え、急に何? そんなことないよ?」
「ありますよ。
アイリさんも言ってました。
カイリさんは昔からしっかりしていて甘えたり駄々をこねたことがないって」
「そんなことない。
夕飯何食べたいかとか、薬草の薬学教えてもらったり、父さんからは早朝稽古頼んだり」
特にゲインは仕事もあるのに朝から稽古に付き合って貰っているのは本当にありがたい。
それに一人じゃないと寝れないと夜だけとはいえ部屋を譲ってもらっているのだ。
十分に甘えている。
「そういうことじゃないんです。
抱っこや肩車をねだったりです」
「ああ」
まあしないわな。
「カイリさんはもっと周りに甘えていいと思います。
だからまずはわたしに甘えてみてください」
そういうとこちらの頭に両手を伸ばし、今度は手だけでなく頭を胸に引き寄せた。
柔らかい
そして甘い良いにおいが鼻腔を抜ける
……いやいやいや、これは良くない。
いやとてもいいんだけど倫理的に良くない。
しかもこれ感触的に服の下に身に付けてませんよね!?
「ククル!?」
「やっぱりわたしじゃ嫌ですか?」
ここに来てククルが悲しそうな声音で訊ねる。
そしてその台詞は誤解を生むから更によろしくない。
落ち着けー俺。
俺は大人俺は大人!
あれ?今は子供……いやいや
そうククルは家族!妹みたいなもの!
そう、妹みたいなもの!
「い、嫌とかじゃなくて苦しいかなー」
「す、すみません。
つい力が入ってしまって」
ククルが腕の力を抜いたことで頭が解放される。
顔を見ると真っ赤だった。
彼女は本来常識ある優しい娘だ。
きっとこの行動にも何か考えがあるのだろう。
「えっと、心配してくれたんだよね」
「……はい。
カイリさんは周りに人がいると寝れないってアリスちゃんが心配していました。
けどわたしは幼い頃は親と一緒じゃないと寝れない甘えん坊でした。
この家に来てアリスちゃんやアイリさんに挟まれて寝て、本当に久しぶりに人の温もりの中で眠りました。
もうわたしには一生ないことだと思っていましたので」
「そっか」
それだけでもククルを迎え入れて良かった。
「安心したよ。
半ば強引にククルをうちに引き留めちゃった気がしてたし、言い出しっぺの俺はククルに何かしてあげるどころか怪我してた俺の世話ばかりしてもらってて申し訳なかったんだ」
あとポンコツ師匠の世話とか。
「そんなことありません!
カイリさんがうちに来なよと誘ってくれたときどれ程わたしが嬉しかったか。
さっきの話しですけどわたしは人の温もりって人を安心させるものだと思うんです。
だからカイリさんにも、その、えっと温もりをあげたくて」
「ありがとう」
あらためてククルはいい娘だなと思う。
「けど周りに人がいるとどうも寝付けなくて」
「じゃあわたしを物だと思ってください」
そう言って今度はこちらの胸に顔をうずめてきた。
「もう手元にはありませんがわたしは寝るときいつもお母さんが作ってくれた人形を抱いて寝ていたんです。
なんで、その……。
それにアイリさんが言ってましたがカイリさんは赤ん坊のころはよく眠っていたそうです!」
そう言われれば確かに。
赤子の時は睡眠時間は短かったが熟睡していたと思う。
白夢は天性のスキルのはずだ。
つまり赤子のころから所持していたのに発動していなかったことになる。
スキルが有効になる年齢がある?
んーそれとも……
「カイリさん?」
急に黙りこんでしまったので不安にさせてしまったのだろう。
「気持ちは嬉しいんだけど大丈夫だよ。
それにククルを物としては扱えないよ」
「いえ、わたしはカイリさんの物です。
あのとき人さらいから、魔物から助けてくれたときにわたしの命はカイリさんの物になりました」
「いやいや、なってないよ?」
何言ってるのこの子??
「あのときわたしは全てを諦めてました。
人としての人生を、命を。
そこにカイリさんが現れて助けてくれたんです」
命の恩人だから献身したいってことか。
けど
「それを言うなら魔狼と退治したときククルが立ち向かってくくれたから俺は生き残れたんだ。
俺からみたらククルが俺の命の恩人なんだけど」
そもそも前提が間違っている。
ククルを助けるために命を賭けたんじゃない。
見捨てる後味の悪さを味わいたくなくて命を賭けたんだ。
ククルを助けたのは目的でなくて結果だ。
「なら図々しいとは思いますがわたしに恩があるというのならお願いを聞いてください」
「何?」
「今だけはわたしをカイリさんの物と思って一緒に寝てください」
……この娘はなんでこんなきわどい言い方をするんだろう。
「もし、本当に寝られないときは追い出して構いませんので試しにわたしを抱いてください」
いや、だから
「カイリさんの好きにしてください」
この娘わざとしゃないよな?
そう言ってこちらの胸に強く頭を押し付けてきた。
ここまで言われてしまうとさすがに無下に追い出すことも出来ない。
しょうがない。
今日は寝られないかもな。
あ、いや今夜は寝かさない的な意味じゃなくて睡眠的な意味で。
けれどここまで献身的なククルに軽く引くと同時に自分のことを思いやってくれることを嬉しくも思った。
ククルを見やると窓の月明かりに照らされて髪がきらめき、時おりフワフワの耳がぴくっと動いている。
そんな彼女の頭を撫でる。
布団の中で嬉しそうに尻尾が動いた。
すると胸元に顔をうずめていたククルが顔を上げ上目でこちらに問う。
「触りたいですか?」
何をっ!?
「……いいですよ。
今のわたしはカイリさんのモノですから」
そう言ってこちらに向けて耳をぴくぴくさせる。
あ、ああ耳ね。
耳を触るといつも怒るのに今だけはいいらしい。
ってか言い方……
わざと、ではないのだろうけど外で同じ発言は控えてほしい。
「カイリさん?」
「あ、ああなんでもないよ」
そう言って頭を撫でながら耳も親指でなぞる。
すると顔を見られたくないのかさらに胸元におでこをおしつけてくる。
だが尻尾がぶんぶんと布団の中で振り子のように動いている。
喜んでるのかな?
そのまま撫でていると次第に尻尾の動きが緩やかになり、寝息が聞こえてきた。
どうやら眠ってしまったようだ。
その様子に癒されるような安心するような感覚を覚えた。
なんだかずいぶん久し振りな感覚だった。
空気が静まるとともにククルの体温がこちらに伝わってくるのを感じる。
するとその温もりと共に徐々に視界が狭まってくる。
あれほど周囲の気配に敏感だったのにゆっくりと眠りに落ちていった。
目が覚めると隣にはまだククルが寝ていた。
外は月が休む準備を始めたところだ。
2時間、いや3時間は寝たか。
普段の睡眠時間よりも多く眠れたようだった。
睡眠時間が短くともスキルの効果で体は回復するのだがいつもよりもすっきりした気がする。
日課としてはこのあと自主鍛練をして日が昇った頃にゲインと模擬戦をおこなう。
ただ今日は……日が昇るまでは寝ていようと思った。
もしククルが目を覚ました時にいなかったら傷付くかもしれない。
眠れなくとも今日はこのまま横になっていよう。
そんなことを考えながら彼女を見ていると外の闇が少しずつ薄らいでいった。




