第30話 ソフィアとククル
ククルがウチに来てから7日が経った。
どうやら俺が、看病してくれているククルとしゃべったのは意識を失ってから5日目の朝らしい。
その間、朝昼晩とずっと離れずに看病してくれていたらしい。
目を覚ましてから初めはギルとアリスが心配して俺の部屋に訪れては入り浸っていたが、休息にならないとアイリに隔離されてしまった。
それでもこっそりと部屋にやって来ていた二人だがククルが遊んであげるとすっかりなついてしまい、部屋に来なくなってしまった。
「静かすぎる」
つい本音が漏れてしまう。
ガチャ
開かれた扉を見るとククルが食事をもってきてくれた。
「ククル、ギルとアリスは?」
「二人は私の故郷に伝わるメンコ遊びで盛り上がってますよ」
クルリの故郷はどこか日本に近い文化があるようだった。
今はワンピース姿だが始めてあったときは和服っぽかったしな。
「メンコかぁ」
「ご存じなので?」
「たぶん、ちょっと一緒にやってくる」
確か油を染み込ませて重くするんだったか?
兄の威厳を見せてこよう。
「何言ってるんですか!?
ダメです!
まだ安静にしててください。
それにお食事がまだです」
怒られてしまった。
「あのさククル、あの二人の世話は頼んでないし俺がやるからいいよ?」
「それじゃあカイリさんの休息になりません!
もし骨が曲がってくっついたらどうするんですか!」
確かに前世でも稽古中に鎖骨を折り、それでもトレーニングだけでもと休まず続けていたら骨が曲がってくっついてしまったことがある。
私生活には支障がなかったが試合やトレーニングでは多少なりの不具合はあった。
「う~んわかった」
「それにまだ立つのもやっとですよね」
そうなのだ。
7日経った今でも足元がまだおぼつかなかった。
意識を失ったのは貧血が原因かと思っていたが魔力切れが大きく関係していた。
盗賊と魔狼の連戦に風、土、火魔法を放ち、身体強化の長時間維持、そして魔法への付与強化とさすがに魔力が枯渇したのだ。
もともと魔力量は人間族にしては多い程度なので無理もない。
それに魔力回路にまだ痛み籠っている。
ここ数日で痛みは和らいではいるがまだまだ完治には程遠い。
本来は怪我に治癒魔法を自分でかけて回復を早めるのだがそれが出来ない。
周りは魔力回路の損傷について気付いいないようだし、心配させたくなくてそのことは誰にも言っていなかった。
言ったらククルが特に気にするだろう。
とりあえずソフィアが帰ってきたら相談しよう。
身体をまとめに動かせないというのはこんなにも暇なのか。
「わかった。
じゃあククルが相手してよ」
「えっ・・・」
ククルは顔を赤くしながら尻尾を胸に抱える。
絶対何か勘違いしている。
「お話しようよ。
ククルのこと全然知らないし」
「私のことなんてたいして面白くありませんよ?」
「いや、面白い生い立ちのほうが珍しいし」
まさか桃から生まれたわけではあるまい。
「そうですね、まず両親ですが4年前に魔獣に襲われて亡くなりました」
いきなり重い。
「それからはどうしてたの?」
「祖母と二人暮らしになったのですが祖母も高齢で長寿をまっとうしました。
ただ最後まで私の身を案じてくれていました。
その後はさすがに独り暮らしはまだ無理だったので親戚の家に預けられました。
けどあることがきっかけで親戚だけでなく村人みんなに避けられてました」
「あること?」
「はい、私の毛は本来もっと暗い茶色だったんです。
両親も故郷のみんなも同じ色でした。
けれどある日突然この明るい色になったんです。
それからは気味が悪いと村から省かれ罵られました」
そう言うククルの髪の毛や耳は明るいこがね色だった。
他に狐人族を見たことがないのでこういう色なのかと思っていたが違うらしい。
「毛の色が違うだけではぶかれるの?」
「誰が言い出したかわかりませんが私の両親も含め村に不幸な出来事が立て続けに起きたので呪いだと。
それの元凶は私だと言われました。
みな不安があったので何かのせいにしたかったのでしょう」
「だからってそんな……」
ククルは何てことのないように話すがそんなわけはない。
こんなまだ10歳やそこらの子が平気なわけがない。
「大変だったんだ。
こんなに綺麗な色なのにね」
そう言って耳を撫でるとククルは気持ち良さそうに目を細め尻尾をゆらゆら動かした。
なでなでなで
さすさすさす
なでなでな……
「……はっ!
カイリさんは気軽に人の耳を触りすぎです!
撫ですぎです!」
また怒られてしまった。
「こんな言い方あれだけどククルはそんな故郷に帰るの?」
「……まだ誰にも言ってませんが、帰るつもりはありません。
獣人族は種族の絆は強いですが、裏切りや異質な者に対してはとても厳しいです」
それは人間も変わらないと思ったが言わないでおく。
「なので差別意識の薄い地域で住み込みの仕事を探そうと思います」
「ならウチに来なよ」
「え?」
「この村は獣人族自体は少ないけど、だからこそ毛並みの色の違いにも頓着しないよ。
それにウチの親は両方とも村でそれなりに認められてるから、ウチの家族の一員なら変なちょっかい掛けてくる奴もいないし、どう?」
「家族の一員……」
ククルはきょとんすると今度は顔を俯かせた。
「ありがとうございます。
とてもうれしいんですが、そこまで甘えていいものか……。
少し考えさせてください」
そう言ってククルは部屋を出ていってしまった。
「カイリ、林檎剥いたからたべる?」
ククルと入れ違うようにアイリが入ってきた。
すると出ていくククルを見てアイリの雰囲気が変わる。
あの笑ってるけど笑ってないやつだ。
「カイリ、ククルちゃんに何かした?」
「えっと……」
「カイリ?」
「耳を撫でました」
その後長々と説教をくらったのは言うまでもない。
なんか最近怒られてばっかだ。
~ククル視点~
最近泣いてばかりいる。
けどこんな涙は初めてだ。
この家に住めばいいと言ってくれた。
家族の一員になればいいと言ってくれた。
両親と祖母がいなくなってからこの世界に居場所のなかった私にとってこれほど嬉しい言葉があるだろうか。
ただ本当にそこまで甘えていいのか躊躇してしまう。
涙を見られたくなくてつい部屋を出て来てしまった。
ガチャッ
私が涙を拭っていると玄関から青い髪の綺麗な女性が入ってきた。
女の人は脇目も振らず足早にカイリさんの部屋へと向かう
あ、もしかしてあの人がカイリさんの――
~カイリ視点~
ククルに話したことをアイリにも話してみる。
ククルには悪いが村での扱いのことも。
「どうかな?
この怪我の完治とは関係なくククルが望むのならウチに住んでもらったら」
「いいわよ。
お母さんククルちゃん大好きだもの」
いくら母さんでも多少の説得はいるだろう。
まず狩りでいつもより獲物をとって食料と素材換金でククルの生活費は俺が稼いで、と思っていたが、二つ返事で済んでしまった。
我が母ながらその決断力には感服する。
まあそれならそれでありがたい。
とりあえずゲインにも確認をとらなくては。
「じゃあ父さんにも確認してくる。
村の中央にある詰め所だよね」
「まだまともに歩けないでしょ。
あとで私からいっておくからいいわよ。
別に言う必要もないけど」
なんとなくこの家のヒエラルキーが見えた。
「お母さーん!お兄ちゃんが!」
外からアリスの声が聞こえ、アイリがやれやれと部屋を出ていく。
するとそれとは別に何やら騒がしくなってきた。
ドタドタドタ
バンッ
「カイリ!!」
勢いよくドアが開かれる。
ソフィアだ。
「あ、お久しぶりです師匠」
「聞いた!怪我は!?」
「大きなのは左腕と両肩ですね。
あとは全身に細々と――」
「見せて!」
こちらが言い終わる前にソフィアは俺の体の包帯をほどき、患部を診ると
「っ……」
何も言わずにうつむいてしまった。
なんだろ?
なんかいつもと様子が違う。
「ごめんなさい」
「なんで師匠が謝るんですか?」
「肝心なときに守ってあげられなくて……」
「いや、だって王都にいたんですから無理ですよ」
「それでも、君を襲ったのは北方に生息する稀少種の魔狼らしいね。
これから八つ裂きにしてくる」
いつもよりも低いトーンでそう言い放つと顔をあげた。
その顔にいつものゆるい雰囲気はない。
けど
「無理ですよ」
「無理なもんか。
君の師匠の力を見せてあげる!」
「いや、だから無理ですって」
「君は私を信じてないの!?」
「いやだって、もう俺が倒しましたし」
「え?」
先程まで勇ましかった彼女が今はキョトンとしている。
「だって村のみんながカイリが魔獣に襲われて大怪我を負って、それで衛兵の人たちが警戒体制をしいてるって」
う~ん、村のみんなは俺が倒したのを知ってるからソフィアがおそらく早とちりしたのだろう。
「ただしくは、俺が魔獣に襲われて返り討ちにしたけど大怪我をおった。
で、他にも同種の魔獣がいるかもしれないから冒険者ギルドから応援以来を出して警戒している、です」
「そっ、そっか」
先程までの勢いはなく、恥ずかしそうにしている。
「勘違いでもそんなに真剣になってもらえてうれしいです。
ありがとうございます」
痛みで深くは下げられないので軽く頭を下げてソフィアにお礼を言う。
「やめて、余計恥ずかしいから!
それにいつもはこういう時、あたしのことおちょくるクセに!」
「真剣に心配してくれた人のことはおちょくりませんよ。
本当にありがとうございます」
「うぅぅぅ、いつもとちがう。
……これは新手の嫌がらせだ」
顔を真っ赤にして犬のようにうなっている。
この人はついからかいたくなってしまう。
「ん?
けどじゃあカイリが魔狼を倒したの?!」
「まあほんとギリギリでしたけど」
「どうやって!?
その魔狼は危険度Aランクだよ!
特殊な攻撃方法を持たないけどそれを補うほどに力が強くてとても固い毛並みに覆われているの!
正攻法で倒すのが困難っていわれてるんだよ!」
Aかぁ。
強い強いとは思ってたけどまさかそこまで危険だったとはよく生きてたな俺。
「口のなかに腕つっこんで火属性魔法を強化して放ったらなんとか倒せました」
「いやいやいや、待って、突っ込みどころが多すぎる!
魔狼の口のなかに腕を突っ込む?
正気なの君は!?」
「いやぁ、外部が固くて他に手がなくて。
危うく本当に手が無くなるところでしたけどねっ!」
「笑えないよ!!」
ゲインにしか受けなかった身体を張ったブラックジョークだがソフィアにも怒られてしまった。
……気に入ってるんだけどなぁ。
「あと攻撃魔法に付与魔法で強化?!
聞いたことないよそんなの!」
「師匠でも知りませんか。
けどみんな試さなかっただけでやれば出来るんじゃないですか?
ものスッゴい痛いですけど」
「痛いってまさか!?」
「ちょっと魔力回路をやっちゃいました」
俺の右腕を取り、凝視する。
「どんな痛み?」
「火傷のような痛みです。
あと数日前に魔法を発動しようとしたらビリビリと痺れるような痛みが。
けど今は大分治まってます」
「……少し魔力を流して君の魔力回路の形と反応を確かめるけどいい?」
「お願いします」
ソフィアが両手で右手を握り魔力を流す。
すると再び火傷のような痛みが増すが今度は痺れる痛みはなかった。
全身に魔力を流し終わると手を離す。
「……何コレ?」
ソフィアの言いたいことはわかる。
「魔力回路が変質してるじゃない!?」
自身を魔力感知したところ魔力回路が以前と形が変わっていることに自分でも気付いた。
「痛み以外に何か変わったところはある?」
「特には」
「使えそうなの?」
「まだやってないですがおそらくは大丈夫です」
この“使えそう”とは魔法が、という意味で魔法師独特の感覚だろう。
「そう、でも痛みが完全に退くまでは魔力操作は禁止」
「でももう大分痛み弱くなってるんで」
「駄目。
こんな事例を私は知らない。
完全に治るまで絶対禁止。
守れないなら……っ、もう魔法は教えない」
本当は破門と言いたかったのだろうけど、それを言いたくなかったから違う言い回しをしたのだろう。
ソフィアにこんな顔をさせたくはないので約束を守ることを誓った。
「あとあたしが言った、魔法を付与魔法で強化がないと言ったのは、試した人がいないんじゃなくて『出来た』という人を聞いたことがないってこと。」
ソフィアが言う付与魔法の特徴はこうだ。
まず付与魔法は基本的に身体強化と属性付与の2つ。
『身体強化』は身体に。
これは力や頑強さ、瞬発力を上げる。
『属性付与』は武器、防具に。
これは物理攻撃に魔法属性を付与したり、魔法攻撃や属性攻撃に対する耐性を上げるもの。
そして問題となるのが付与魔法による『魔法強化』だ。
これは通常反映されない。
失敗しそうであったが実際に出来たのだからあり得ないと言われても困る。
また付与魔法の他の特徴は、
・付与魔法の重ね掛けは無効。
・付与魔法の効果時間は術士が発動し続けている間。
・身体強化は発動時間で魔力を継続的に消費する。
・複数の付与魔術(身体強化と属性付与)は同時に発動できない。
など、これらが付与魔法の常識であり、ソフィアが問題に挙げてるのは『魔法の強化』だ。
「あ、それだと身体強化しながら火球に属性強化したんで『同時使用』も当てはまるかな?」
思い出したようにソフィアに伝えると
「そうなると君は自分自身に付与魔法を2つ同時に使用したことになる……」
「そうなりますね?」
「君のステータスを見たいんだけどいいかな?おそらく特殊なスキルが発現してるのかもしれない」
ここでいうスキルとはその人がもつ特殊な技能のことだ。
ただゲームのようにレベルがあがっていつのまにかスキルを覚えているということはほぼない。
そのスキルを習得するためには修練を積む必要がある。
なぜ“ほぼない”と断言していないのかと言うと種族によってはあるからだ。
レベルがあがるということは“魂の器を磨く”という行為らしい。
また“レベル”は日々の鍛練や戦闘での経験(経験値ではない)を経ることが魂を磨き、筋力をつけ、魔力を上げていくことでレベルがあがる。
つまりレベルがあがることによっては強くなるのではなく強くなることによってレベル(評価)が上がるということらしい。
魂の器だのゲインやソフィアがなんかそんなことを言っていたのだが急に宗教っぽい話になったので前世からそういうのに特に関心のなかった俺は話し半分に聞き流してしまっていた。
「いいですよ。
というか今までなんで見なかったんですか?」
「通常、ステータスを見ることは特殊な魔法を使う必要があるの。
使える者は限られていてわたしにも使えない。
能力値の把握が必要とされる冒険者ギルドでそういう魔法使いを囲っていて、冒険者カード発行時に診断されるようになる」
「じゃあ冒険者になればわかるんですね」
「ええ、けど規定では12才以上であることがもとめられるから」
俺はまだ10才だ。
「私の知り合いに冒険者ギルドのお偉いさんがいるの。
その人にカード作成を頼もうと思う。
君が歩けるようになったらとなり町の冒険者ギルド支部に行こう」
「そういえば師匠の治癒魔術でこの怪我治せませんか?」
「治せる、けどやめておこう。
君はまだ幼い。
骨の怪我を無理矢理直すと今後の成長に支障が出るかもしれない」
「なるほど。
そういうこともあるんですね」
「よく勘違いされるんだけど治癒魔術は万能じゃない。
身体を無理矢理治すのだから見えないところで身体への負担が残るし、連続で使用すれば効果も薄くなる」
「気軽に使えるものじゃないんですね」
「そう。
ただ冒険者や兵士など連戦が求められたり、命にかかわる怪我を負ったときにはとても重宝するのよ」
俺の場合はあせる必要も無いし、ゆっくり治そう。
「ちなみに蘇生させるような魔法もあるんですか?」
「そんなものないよ。
それこそおとぎ話のなかだけ。
だから君もあまり無茶はしないでね」
コンコン
「あの、失礼します。
ソフィア様、お茶をお持ちしました」
そのときククルが入ってきた。
ソフィアはまじまじと見ていた。
「はじめまして、ククルと言います。
カイリさんが怪我の間、私が代わりにソフィア様のお世話をさせていただきますのでよろしくお願いします」
ククルは耳をぴんとさせながらお辞儀をするとソフィアは口をぱくぱくさせ始めた。
ああ、これははじまるな。
「なに君!?何きみ!?」
「すみません、わたし何か失礼を?」
「そうじゃなくて……かわいい!」
「はい?」
「はー!かわいいよー!なんでこんなかわいい娘がいるの!?カイリと並ぶくらいの美少女じゃない!!」
いや俺は美少女じゃねぇし。
「カイリはキレイ系だけど君はかわいい癒し系だねっ!」
「いえ、カイリさんに並ぶなんてそんな」
ククルの否定の仕方もおかしい……
「そんな謙虚なところもかわいいね!ねぇ、ミミ触っていい!?いいよね!?駄目!?」
「え、あのソフィア様?」
「いや様とかつけなくていいから!ソフィアさん、いややっぱりお姉ちゃんで!」
どっかで見たことのある光景だな……。
「で、ではソフィアさんで……」
あきらかにククルが引いていた。
「さんかぁ、けどそのうちお姉ちゃんって呼んでね!あと耳!ちょっとだけ!ちょっと耳触らせて!さきっぽだけでいいから!ね!?いいでしょ!?すぐ済むから!!」
なにやら色々アウトな気がする。
ククルは困ったように俺を見る。
「師匠、また怯えさせてますよ。
それ以上ククルに近づいたらマジで出禁にしますからね」
俺の目を見て本気だと悟る。
「うっ、ごっごめんねククルちゃん」
「い、いえ」
「けどなんでククルちゃんがあたしの世話してくれるの?
いや、嬉しいんだけど、まじで」
興奮の余韻かまだ少し口調がおかしい。
「カイリさんが私を庇って怪我をされたので何かお礼がしたいと言ったらじゃあ代わりに師匠のお世話をして欲しいと言われまして」
「あたしは何ていい弟子を持ったんだ」
ソフィアがなにやら一人で感動している。
「いや、さすがにこの怪我じゃキツいんで」
「ああ掃除どころか歩くのもキツそうだもんね」
「いえ、師匠の相手をするのが」
「弟子の私への言葉がキツい……」




