第28話 狐と狼
今回はちょっと長いですが読んでいただけたら幸いです
ソフィアが王都に向かって5日が経った。
彼女はまだ帰ってきていない。
そのことから自分の魔法習得の改善策が芳しくない事がうかがえる。
「まあ、なるようになるだろ」
なるようにしかならないとも言うが。
これまでと同じように朝はゲインと稽古を、朝食後は山に入り、おじいさんに弓を教わりながら狩りをしたり薬草採取をする。
だがそれもすぐ終わってしまう。
いつもなら午後はソフィアから魔法を教えてもらうのだが今はいない。
自主的に取り組むにしても、ここ2ヶ月は上級魔法の修行も何の成果が出なかった。
あとやることと言ったら基礎ぐらいしかないし、それも常にやってる。
うん暇だ。
前世でぼっちには慣れていたが、今世はわりと賑やかたったので急に時間が出来ると何をしていいのかわからない。
定年退職したおっちゃんのような状況だ。
う~んギルたちの面倒ばかり見ているとアイリは他の友達と遊ぶように促してくるし。
それ友達いない奴に言っちゃいけない言葉だからね?
友達という単語でレイラを思い出す。
元気にやってるかなぁ。
まあ彼女なら何の問題もないだろう。
明るいし、社交的だし、可愛いし、面倒見が良いし、舐めたやつがいたらぶっとばすし。
ん、問題ないのか?
まあ、あっても何とかしてしまいそうだろうレイラなら。
「ちょっと遠出でもしてみるか」
そう思い、いつもより山奥に踏み入ることにした。
ゲインやソフィアの訓練では模擬戦だけでなく魔獣とも戦わせられた。
その際にこの辺の魔獣には負けないだろうとお墨付きをもらったのだ。
といってもこの辺に出没する魔獣はあまり強くない。
魔獣、まあ魔物とも言うが、これには危険度にランクがある。
G、F、E、D、C、B、A、S、SS
9段階の危険度のうち討伐できるランクによって世問からの評価が変わる。
またランクは実際もっと細かく+ -で分類されているが一般人はそこにまで気にしない。
気にするのは実際に対峙する軍人や冒険者だ。
ちなみに軍人や冒険者にもランクが存在している。
ゲームみたいだがこれは魔物と戦える強さにあるのかの判断基準にするためだ。
ただあくまで判断基準であって武器や魔法による相性もあるので過信は禁物とのこと。
ランクごとのイメージは次の通りだ。
Gランク 駆け出し
Fランク 半人前
Eラング ー人前
Dランク 中堅
Cランク ー流
Bランク
Aランク
Sランク
Bからは何と呼ばれているのかよく分からなかった。
魔物の話しに戻るがこのあたりは出てもせいせいFランクの魔物で、俺の実力だと魔法でC+ランク(普通中級魔術ではありえないが無詠唱の有能さでこの位置らしい)、武術でC-ランクくらいの実力があると言われた。
ゲインは「この歳で……」となにやら呟きとともに呆れていたが、ソフィアは上級魔術が習得できればB+ランクにだって届くのにと納得いかないようだった。
まあそんなわけで充分注意するなら山奥に入ってもいいといわれたのだ。
暗くなるまでには戻りたいので昼飯を食べてすぐ出かけた。
いつもより山に踏み入ると見たことのない草花が咲いていた。
ー応持って帰って母さんに見せるか。
有用なら次からここまで取り来てもいいしな、暇だし。
鞄の中に次々としまっていく。
すると遠くでなにやら怒鳴り声が聞こえた。
「おい案内人はどうしたんだ!」
「いや、親分たしかに待ち合わせの場所はここでいいはずなんす」
なにやらの揉め事のようだ。
木の陰に隠れて様子を伺うと開けた場所に牧草を積んだ小さな馬車とその周りに堅気じゃなさそうな5人の男が立ってなにやら話していた。
なんでこんな山の中に馬車?
「“はず”じゃあなんでいねーんだよ!!」
「ひっ、遅れてるだけじゃね一かと。
金も関所を避けて王都に入れたらの後払いですし」
「じゃあぼけっとしてねぇでさっさと探して来い!」
ガタイのいい親分と言われていた男が痩せ細った男に喚き、痩せ細った男はどこかに走っていった。
関所を避けて、ね。
なにやらやましいことやってるみたいだな。
あの馬車にヤバい薬かなにか積んでるのか?
まあこの世界でそういう薬があるのか、規制する法律があるのかも知らんけど。
……俺は今は一般人だ。
関わる必要はないし、関わらない方がいいだろう。
あくまで帰ったらゲインやミゲルさんに報告する程度だ。
「ちゃんと商品は逃げてねぇだろうな!
草で隠れていて気付きませんでしたとか抜かしたらぶっ殺すぞ」
「大丈夫ですよ。
手足縛って袋に詰めてんですから、自カで逃げられりゃしませんって」
今度は背の低い男に怒鳴り始めた。
「それを確認しろって言ってんだ!
人目のつくところで確認できねえんだからこういう場所で確認しとくんだよ!」
「あいよ。
まったく親分は心配性だな」
背の小さな男がだるそうに荷台に乗り牧草を掻き分けていく。
すると一つの麻袋が出てきた。
男が袋の口を開くと動物の様な二つの耳がぴょこんと跳び出す。
その耳の下には人間の女の子の顔があった。
黄金色の狐の耳と尻尾を持った俺と同い年くらいの少女がぐったりと横たえていた。
「ありゃ? 親分、なんかこいつ元気ないですぜ」
「あ? 脱水症状か。
水飲ませとけ。
獣人族は俺ら人間と違って丈夫だからそれだけでなんとかなるだろ」
「あいさ。
しかしこんなガキによくも貴族様は金貨50枚枚も出すよな」
「そいつはこっちじゃあ珍しい狐人族だからな。
簡単に拐えた上に高く売れるんだ。
おいしい仕事だぜ」
「いくら整った顔しててもガキのうえ獣人族だぜ。
それに欲情するとはさすが変態貴族様だ」
人拐いか。
「ちっ」
思わず舌打ちが漏れる。
正直、見なきゃ良かった。
どうする?
……どうするってなんだ。
他人の為に命をかけるつもりはない。
前世では見知らぬ子供をかばって死んだが……
あれは、違う。
今思えば庇ったんじゃない。
“終わり”に出来る口実が欲しかったんだ。
だから最後、子供に俺が謝ったのだろう。
今世では違う。
後悔をしないように生きる為、修行をして、力をつけ、魔法と知識を身に付けてきた。
ならここであの狐人族の子供を助ける理由もない。
いくら力をつけたところで相手は復数で力量も未知数。
正義感など前世の裏切りを受けてからクソくらえと思ってる。
俺は
走った。
狙いは狐人族の近くにいる背の低い男。
右手にナイフを持ち、左手を男の足元に向けて中級風魔法を放つ
不可視の風の刃が男の足首の筋を切断する。
「ぅ!?ぐぅあぁぁ!!」
男は足首を抑えながら叫び声をあげた。
まず一人目。
「なんだ!?」
「おい!どうした!?」
それに注意を取られた男たちの死角に回り込み、さらに右手のナイフで別の男の足首を切りつける。
ナイフから肉を切り裂く感触が伝わってくる。
鳥や猪を解体するのとは違う忌避感に襲われる。
「……ッ」
しかしもう止まれる状況ではない。
二人目。
「なんだおま――」
ようやく俺に気付いたリーダー格の男と取り巻きの一人が武器を抜くが、遅い。
すり抜けざまに取り巻きの男の腕を切りつけ、 さらに振り向きざまにまた足首に風の刃を見舞う。
三人目。
残ったリーダー格の男は顔を真っ赤にさせ剣で切りつけてくる。
ゲインに比べればスローモーションと変わらない。
緊張した体でも余裕でかわすことが出来た。
避けながら足元に風の刃を放つが今度はこちらも避けられる。
「無詠唱!?こんな子供が!?
だが足もとばっかり狙っているのがみえみえ――」
男が言い終わる前に顔面に中級土魔法の石塊を放ちヒットさせる。
男がふらふらとしながらも倒れない。
加減しすぎたか?
さらに顔面に2連射を浴びせると意識を失った。
4人の男たちを狩りで使っていた縄で縛り上げ、所持していた武器を取り上げると奴らから離し、地面に積み上げる。
「ほどけ!このガキ!」
気絶させたリーダーが早くも目を覚ました。
タフだなぁ。
しかも何かコイツらみんな良さげな武器持ってるんだよな。
……コイツら捕まえた報酬に貰えないかな?
腰にしまったナイフは狩りで使いすぎてすでに磨耗してしまっている。
「聞いてんのかこのガキが!」
口うるさいから荷馬車にあった布で全員の口を縛って黙らす。
それが終わってからやっと荷台に横たわる少女のもとに向かった。
「大丈夫?」
少女は泣きはらした跡の目を見開きながら唖然としていた。
びっくりさせたか?
「えっと、
助け、きた。
俺の村、行こう。
歩ける?」
何故か片言になってしまった。
久々の家族以外との会話だった。
まさかこんなところで他者とのコミュニケーション不足の弊害が!?
「……え、あ、はい」
少女は戸惑いながらも返事をする。
びっくりじゃなくて、絶対変な人だと思われた。
しかしここで一つ懸念があった。
縛り上けた男たちをどうするか?
出来れは村に連れていきゲイン達衛兵に引き渡したいが俺一人では無理だし、馬車に押し込むにしても特定のルートを使ったのだろう。
でなければ昔通こんな山の奥までこれるわけがない。
放っておくにしても、あと一人仲間がいたはずだ。
逃げられれば遺恨が残る。
俺は顔を見られているし、この子の存在もある。
……もうー人の仲間が戻らないうちに殺すか。
殺す?
俺が?
それはまさしく私刑だ。
前世では感情や心理よりも法が優先される。
ならこの世界ではどうなのか?
私情が優先されるのならその時俺はどうするのか?
いや、俺には“まだ”出来ない。
けれども万が一、それで大切な人に被害が及ぶならそんなこと……。
前世の倫理観もあるが一度落ち着いたこの状況ではその余裕が余計な考えをめぐらす。
一つだけ決まっていることは、遺恨は残すつもりがないということ。
ひとまず隠れてもう一人の仲間と案内人とやらを行動不能にしてから村に戻り衛兵を呼ぼう。
そして、ここで俺は選択を誤った。
少女に残りの者を片付ける為にここで待ち伏せすることを伝えて茂みに身を潜ませた。
すると痩せ細った男が向かった茂みの方から黒い大きな岩のようなモノが現れた。
「岩?じゃない、熊―――」
違う。
狼型の魔物だ。
それもデカイ。
高さ2メートル。
体長は尻尾まで含めると3メートルを越えるだろう。
口には短剣と見間違えるほどの牙が並んでいる。
その牙には先ほど案内人を探しに行った男と思われる頭部が咥えられていた。
あまりの禍々しさに俺は言葉を失い、少女は俺の服を強く掴み声を上げるのを堪えている。
怖い
怖い
怖い
あれは、駄目だ。
どう考えてもDとかCランクどころの魔獣じゃない。
魔狼は咥えていたものを噛み砕き呑み込むと俺が縛り上げていた男達にかぶりついた。
「やっ――」
少女のロ元を手で押さえ、目を逸らさせる。
男たちの断末魔が聞こえる。
その光景に荷馬車の馬が暴れ逃げようとするが木につながれていて逃げれない。
魔狼は馬を一瞥すると首筋に軽く一噛みする。
すると歯形に合わせて馬の首がぱっくりと抉れ、頭がドスンと落ちた。
首からは血しぶきをあげて、草木を赤色に染めた。
この状況を見逃す訳にもいかず様子を見るもあまりにも無惨な光景に胃液がこみ上げる。
必死に胃液を飲み下しながらこれからのことを考える。
このまま隠れてやり過ごすか?
いや、狼型の魔物だ。
嗅覚でばれるか?
先手を取って逃げる?
貪りついてる今なら付与魔法で身体強化した足で逃げられるかもしれない。
けど身体強化は元々の身体能力をあげるもの。
この子の身体能力がどの程度かは分からないけど普通の大人程度の身体能力を強化しても逃げられないだろう。
ましてや他人への身体強化は自己強化に比べて能力上昇率は落ちる。
この子を抱えて、いやそしたら体勢が不十分で全力で走れない。
ここは木の上から奴を挑発して気を引いてる隙にこの子を逃がすか?
そのあと俺は?
足場の不安定な木の上じゃ逃げられないし、あの魔狼ならばちょっとした木なら薙ぎ倒しそうだ。
どうする……。
この子を見捨てるか。
それは、ない。
それならはじめから助けていない。
助けない後味の悪さを味わいたくなかったから助けたんだ。
悪い後味ってのは結局後悔と一緒だ。
後悔はしないと決めた。
そう、自分の為だ。
俺が生きることを諦めればこの子は助かる。
けどこの子の為じゃない。
結局今から死ぬとき後悔するだろう。
けど“納得出来る後悔”なら受け入れられる。
俺は隣の少女に気付かれないよう小さくゆっくりとため息をついた。
「君はここに隠れていれば安全だから」
「どうするんですか?」
「俺が木の上から魔法を放ってここから引き離す。
そしたらその隙に真後ろに走れ。
そのまま下っていくと村がある。
村に着いたら伏況を衛兵に伝えて村の警備を強化するよう促すんだ」
「衛兵さんを呼ぶんじゃないんですか?」
衛兵を呼ぶ、そんなことしたら何人死人が出るかわからない。
ゲインならともかくそれ以外の者には厳しいはずだ。
いや、ゲインでも難しい。
「衛兵の中にゲインって人がいるから、冒険者ギルドに応援を呼ぶよう伝えて。
あと魔獣の特徴をよく覚えて忘れずに伝えるんだ。
そうすればゲインやギルド側が危険度に見合った冒険者を探してくれるはずだから。
間違ってもC以下は駄目だとも伝えて」
「わ、わかりました!
けどあなたはどうするんですか?」
「俺は大丈夫。
強いから。
そんな不安そうな顔すんな。
盗賊だってやっつけたろ」
幸い村の周辺には柵がめぐらされている。
それをを利用して地の利を活かした方がいい。
また俺が時間を稼げば隣町の衛兵や冒険者ギルドから討伐や応援依頼を出せるだろう。
俺はつとめて明るく笑う。
「ちがっ……」
少女が何か言いかけているが時間が惜しい。
“食事”が終わらない内に場所を移して挑発出来るようにしなくては。
俺が移動しようとすると少女は続きの言葉を発した。
「ち、ちがいます!
あなたのほうがつらい顔してる」
そう言うと彼女は俺の手を握った。
その手は驚くほと暖かかった。
いや、おれの手が冷え切っていたのだ。
だって怖いしな。
強がって笑おうとするもうまく笑えなかった。
だっせぇな。
すると彼女が更に手を強く握る。
「?」
先ほどより暖かみが増した気がした。
「ありがとうごさいます」
「ん?」
「まだお礼を言ってなかったから。
ありがとう。
助けてくれて、とても嬉しかったです」
「ああ、好きにやったことだから気にすんな」
前世の最後と同じセリフだった。
そのセリフと共に動き出そうと決意するがまたしても強く手を引かれる。
「それでも、ありがとう。
だから大丈夫です。
あなたはあなたで逃げてください。
私は私で逃げられますから!」
何を言ってるんだ?
彼女はそう言って笑い茂みから飛び出した。
「ばっ!何やってんだ!?」
「っ!」
魔狼が音に気付き目が合うと少女は一瞬固まるがすぐに駆け出した。
魔狼はその背を追いかけ始める。
「ちっ」
思わず舌打ちが出る。
嘘だ。
逃げられるわけがない
彼女の顔色は色白な肌が青くなるほど優れない。
緊張と恐怖以外にもかなり体調が悪かったのだろう。
仮に体調がよかったとしても逃げられるはずもない。
盗賊にさらわれて、助かったと思ったら他人の心配をして自分の命を諦める。
優しい子だと思った。
あの子には自分自身のことを諦めて欲しくないと思った。
死ぬのが見たくないではなく、死なせたくないと思った。
それに、一つ聞いてみたいことが出来たから。
魔狼は簡単に追い付き少女の背中に鋭い爪を伸ばす。
その爪が少女を切り裂く瞬間、体を割り込ませ腰に差していた剣で切り上げた。
ガキィィ
響く金属音。
付与魔術で身体強化した全力の切り上げだったが対する爪はまるでハンマーで打ち下ろされたかのような衝撃だった。
足元が地面に僅かに沈む。
あまりの重さに膝の関節が硬直し次の移動がとれない。
でも、腕なら動く!
剣の柄から左手を離し掌を魔狼の顔に向ける。
中級火魔法の【火球】を至近距離から放つ。
バァウン
直撃し魔狼は後方に跳んだ。
しかし顔面にはうっすらと焦げ痕が残るのみでたいしてダメージがあるようには見えない。
吹き飛んだかのように見えたのは警戒して距離をとっただけのようだ。
魔狼は気に食わないとばかりに鼻を鳴らすと少女から俺に標的を変えた。
「なんでっ!?」
少女が叫ぶが答えてやれる余裕はない。
魔狼に連続で火球を放ち牽制するも軽々と避けながら接近される。
ならばと初級火魔法を放つ。
初級魔法は基本形を得ない魔法。
中級はそれに形を与え威力や強度、効果を上げる魔法だ。
それに対し初級火魔法は火が火炎放射のように吹き出す魔法で、中級の【火球】に比べ、威力も低ければ速度も正確な命中率もない。
垂れ流しだ。
直線なら簡単に避けられる。
では横なら。
左手を真横に振り払う。
するとさすがに避けられず魔狼を炎が包む。
しかし魔狼は気にせず突っ込んできた。
だろうな。
けど視界は塞いだ。
接近してきたところに自分の足元に手を向ける。
すると中級土魔法により一枚の土壁せりあがる。
魔狼は勢い緩めることなく突進しあっさり土壁を砕いた。
飛び散る破片の先には俺の姿はない。
俺は既に真横に回り込み剣を立てて振り下ろす。
狙うは魔狼の首。
キンッ
寸分違わず刃は首に吸い込まれていくが響いたのは軽い金属音。
あっさりと刃先が折れたのだ。
硬い!?
魔狼は向きを変え飛びかかってきた。
巴投げの要領で尻餅をつき足を魔狼の腹に当て蹴りあげる。
勢いを利用し頭の先へ飛ばしたところへ咄嗟に折れた剣を捨て“右手”で火球を放つ。
空中で身動きがとれないところを腹へ直撃させる。
その衝撃で更に吹き飛び背中から落ちるもすぐに魔狼は起き上がる。
【火球】も投げもダメージは無いようだ。
「腹も効かねぇのかよ」
普段隠れているところは動物の弱点って前世のアニマルテレビで観たんだけどなぁ。
「お腹周りまで立派な毛皮だな。
お腹冷えなさそうで羨ましいよ」
軽口を叩いていると左肩から血が垂れだした。
さっきはとっさに自分から倒れこみ噛みつきは避けたものの前足の爪が左肩に引っ掛かりあっさりと肉が裂けたのだ。
左腕が上がらない。
どうする?
残る弱点らしきものは……目か?
いやあの速さでピンポイントに攻撃を与えるのは分が悪い。
なら……。
魔狼が食い荒らした残骸の先へ目をやりアレの場所を確認する。
「あーあ、せっかく父さんに買ってもらった剣が台無しだ」
ぼやきながら折れた剣を回収しポケットにいれる。
「お前の毛皮で弁償しろよな」
言葉が通じたわけではないだろうが魔狼が吠えながら向かってきた。
俺は背を向け走り出す。
魔狼はその背を追い掛け俺の背中めがけ牙をたてにかかる。
やはり身体強化してもやつの方が足は早い。
俺は残骸の先にある馬車の荷台へ乗り込む。
狼や犬の最大の武器は噛みつき、次に爪、体当たり。
つまりこの3つしかない。
ならこれで封じる!
荷台手前に魔狼が追い付いた瞬間に足元に中級土魔法で地面に【沼】を作る。
沼と言っても半径1メートル深さ50センチ程度のしょぼい小さな沼だ
沈めて窒息させるような攻撃にはなり得ない、が。
魔狼の前足が沈み込む。
これでこの瞬間だけは爪と体当たりは封じた。
だが首を伸ばせば牙が届く距離。
魔狼はその勢いのまま首を伸ばし噛みついてきた。
それをバックステップでかわす。
空振って口が閉じたところに荷台にあった麻袋を口に被せ目元から顎先にロープを巻き付け絞り上げる。
たがこんなのは前足で引っかけば簡単に外されるし、麻袋が被ったままでも多少口は開く。
目的は噛み付きを封じることじゃない。
噛みつく“範囲を限定”させること。
外される前に麻袋越しに上がらなくなった左腕を右手で持ち上げ僅かに開いている口先に自ら突きこむ。
とっさに嫌がって離れることも考えられたが
魔狼は麻袋を外すことや距離を取ることよりも噛み千切ることを選択した。
警戒心が薄い。
敵でなく獲物と見ているのだろう。
まあこの禍々しい牙に麻袋などないも同然。
容易に牙が袋を突き破り前腕に迫る。
「っぐぁぁあ――」
あまりの痛みに意識が飛びそうになるが左手の指先に意識を集中させる。
左腕は、繋がっている。
牙が当たる腕の部分には皮の板のようなものが巻き付けられていた。
折れた剣先と残った柄側の刃にソフィアからもらったグローブを被せたものだ。
この剣でも切れないと言われていたグローブと鉄(欠けた剣)を合わせれば防げると踏んだ。
しかし肉体は身体強化してあるとはいえ生身。
腕は顎の圧力で潰されていた。
ガッガッキィ
鉄を万力で捻り潰すような嫌な音が響く。
魔狼は自慢の牙で噛みちぎれなかったことに自尊心を傷付けられたのかそのまま圧し潰してきた。
痛みがあるということは感覚があるということ。
指先に魔力を集中させ火球を打ち込む。
麻袋を焼き突き抜け口内で爆ぜる。
「っくそ!」
魔狼の口元から血が垂れ流れるが噛む力は弱まる気配がない。
それどころか更に力が強まった。
それだけ魔狼も危機感を感じたのだろう。
目付きが変わった。
このままだと俺の左腕が先に駄目になる。
『グルァァアア!?』
だが唸り声と共に魔狼の噛む力が弱まった。
見ると魔狼の左目から紫の血が吹き出している。
その脇には赤い血と紫の血にまみれた少女が剣を手に持って立っていた。
彼女は、持ち主の残骸の近くに落ちているはずの剣を血の海の中這って探し、それを魔狼の瞳に突き立てたのだ。
少女は全身を震わせていたが、目だけは気丈にも魔狼を見据えていた。
魔狼は痛みで噛むのをやめ頭を闇雲に振り回す。
ここで腕が抜けたらまた攻撃手段が無くなる。
俺は振り落とされないように絞め技の下三角絞めのように足で魔狼の顎から目元に回してしがみつき、さらに左目に突き刺さった剣の柄を右手で掴んだ。
余程目が痛いのか柄を押し込むと嫌がって更に暴れ始める。
これで彼女には意識がいかないだろう。
けれども次の攻撃で倒さなければ俺の腕への警戒を思いだし噛み砕くか、離れるか。
ここで決めないといけない
もっと、
もっと強い火力がいる。
【火球】を口の中で形成していき更に魔力を注ぎ込もうとするがそれ以上魔力がうまく上乗せされない。
ソフィアが言っていた。
魔法には各属性ごとの魔術回路があり、それはパイプのように張り巡らされている。
このパイプの太さで魔力を流し込める量が決まり、さらに形成維持する魔法の大きさも変わる。
つまり俺のパイプは中級止まりの太さのパイプということ。
俺の魔力総量が貯水タンクだとしたらいくらタンクの水が増えてもパイプの太さが細ければ出てくる量は乏しくなる。
俺ではパイプにいくら魔力を流し込んでもそれ以上先へはいけない。
なら2本のパイプなら?
付与魔術の強化魔法は無属性。
このパイプを使う。
右手の剣の柄を手放し、左腕に添える。
足だけでは完全には身体を支えきれず左腕への体重がかかり痛みが増す。
大丈夫。
まだ感覚がある。
左腕に中級火属性魔法【火球】に、右手の無属性魔法【強化】を、左腕に添えて流し込む。
肉体的痛みとは違う魔力回路の激痛が両腕に走り、頭には鐘が打ち付けられたような頭痛が響く。
意識が持っていかれる。
「くっそ……っ」
だが確かに【火球】に魔力が上乗せされていく。
効果は、ある。
しかし、うまく形成が保てず、安定しない。
このままだと暴発以前に不発となってしまう。
すると視界の隅に動くものが見えた。
狐人族の少女だ。
その手にはまた別の剣を握っていて、今度は魔狼の右側に回り込んでいる。
今度は右目を狙うつもりだろう。
「ははっ」
彼女の勇気に、あきらめない心に、そしてしたたかさに思わず笑ってしまった。
こんな気持ちになったのは久しぶり、いや、初めてかもしれない。
彼女の剣が魔狼の左目に刺さったのは俺の腕を噛み砕くために止まっていたからたまたま刺さっただけだ。
今は頭を振っているし、彼女の存在に気付けば俺に構わず襲いかかるだろう。
それはさせない。
「下がってろ!」
彼女に意識がいかないよう目線は魔狼から離さず大声で叫ぶ。
出来る出来ないじゃない。
やってやる!
左手の魔力の炎へ、全力の強化を。
全神経をつかって魔力を操作、流し込む。
ビビるな。
もっと一気に魔力を流し込め。
その上で形を逃すな。
さらに魔術回路の痛みが増す。
既に頭は痛みで視界が見えない。
耳も聞こえない。
ただ腕の痛みは感じることが出来る
徐々に左手のソレが光を増す。
だがそれにあわせて魔力回路が融けていくのがわかる。
“構わない”
ただコイツだけは完成させる!
もっと、
まだだ、
もっと、もっと
火球が大きく形成され魔狼の口が歪に膨らみ、隙間からは炎が漏れ出している。
魔狼はすでに危機を感じ離れようとするが大火球を練り上げながらも左手で舌を掴みさらに足できっちりロックして逃がさない。
「逃げるなんてつれないことするなよ。
人の腕散々しゃぶったんだ。
それに今、“出来たんだ”。
最後まで食らってけよ」
舌を掴みながら左手の人差し指を喉元に向け、維持していた魔力を一気に放つ。
魔狼の頭部が膨らみ赤い閃光が漏れると同時に爆炎が吹き上がる。
そして頭部から胴体と続けて爆ぜ肉片が燃え上がりながら飛び散った。
頭と胴体を失った魔狼の手足だけが残り周囲に肉片や牙が転がる。
俺の左腕には牙が僅かに突き抜け刺さったまま血と炭だらけになったグローブと鉄屑、そして手には焼き切れた舌先だけが残った。
勝負は紙一重だった。
ほんの一瞬、魔狼が怯まずに噛み砕きに来たら結果は変わっていただろう。
「ふぅ……ははっ」
死の恐怖からの開放感と彼女からもらった感情で変な笑い声がでる。
次第に視界が戻り、耳も聴こえるようになってきた。
「動かないでください!
っ、血がとまらない!?
早く止血しないと!」
狐人族の少女は俺の腕にしがみつきながら魔狼と相対した時とは違い泣きそうな顔、っていうか泣いてた。
しがみつかれたら痛いんだが。
あれ?痛くねぇな。
やばいかなぁ。
あ一確かに尋常じゃないくらい左腕から流血してるわ。
正直ショック死しなかったのが不思議なくらいだ。
身体強化ってそういう耐性もあるんだろうか?
と呑気なことを考えていた。
こうしていると本当に死ぬな。
血を止めるといっても牙を抜いたら逆効果だ。
治癒魔法をかけるにしても俺の残存魔カはもうゼロ。
ましてやこの怪我に中級の治癒魔法じゃあ大した効果は得られないだろう。
というか、魔力回路がもうズタボロだ。
以前のものと形が変わってしまっている。
もう、使えないかもな。
王都まで戻って調べてくれているソフィアに申し訳なく思う。
とりあえず村に戻って治療するしかないか。
「村に帰ろう……それか、ら? あれ?」
めまいに襲われ立てない。
「わかりました。
村に帰りましょう。
では私の肩に捕まってください!」
「いやいや大丈夫だよ、女の子の肩借りるほど弱って――」
「いいから早く!!」
少女の迫力と涙を見て素直に従った。
歩くにつれ徐々に力が抜けていき、村に着く前に俺は気を失った。
やっと狐娘出せました。
あとやっと主人公がまともに戦いました。
ここまでなんだかんだ長かったです。
そしてここまで読んでいただいたあなた様、ありがとうございます。
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終わりのような後書きですがまだまだ続きます。
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