閑話 かくれんぼ ~後編~
そのころ、山の中腹付近で大きな古木の下で金髪のハーフエルフの少女がうずくまっていた。
彼女がいる場所は山道からはとても見えにくい位置にある。
彼女は別に遭難したわけでも怪我をしたわけでもない。
この場所をたまたま知っていたのだ。
彼女がこの場所を知るきっかけとなったのは先月のこと。
ルーシとレイラ、アイリでキノコを採取する話になり、非番のゲインを連れて山に入った際に珍しい色の蝶々を追いかけて偶然見つけたのだった。
なのでこの場所はレイラしか知らない。
季節は春だが夜はそれなりに冷え込み、大樹の下で縮こまりながら寒さに堪えていた。
「パパの馬鹿……」
レイラは怒っていた。
そしてそれ以上にショックを受けていた。
エドガーの話しはレイラにとって受け入れがたいもので、抗うためには家出しかなかった。
別にこれから一人で生きていく!なんてことはなく、それが自分に出来る抵抗の意思表示だった。
本当はもっと良いやり方があるはずたが8歳の少女には思いつかなかったのだ。
家を出て既に2時間以上が経過していた。
夜の山は寒さ以上に木のざわめきや鳥の鳴き声が不気味さを増し、少女はどんどん心細くなっていく。
(そうだ!気を紛らわす為に楽しいことを考えよう)
(最近はしないけどちょっと前までカイリとよくおままごとしたっけ。
いっつも何かと理由をつけて働こうとしないんだもん。
そんなに働きたくないならってペットの犬役にしてやったわ)
(犬といえばカイリが狩りから帰ってくると獲物の骨を村の飼い犬に配って歩くからカイリが歩くといっつも犬が走って近づいてくるのよね)
(あといろんなお伽噺教えてもらったなぁ。
毒リンゴを食べたお姫様を王子様が助ける話しが好き。
けどカイリはああいう話しをどこで知ってくるんだろ)
(カイリってなんで他の子と遊ぼうとしないんだろう。
なんだかんだ優しいし、いろいろ知ってて面白いから人気者になれるし女の子にもきっとモテる……ふ、ふん!やっばりひねくれてるからそんなことないし!
今日だってアリスちゃん達には悪いけど久し振りに二人で遊べると思って楽しみにしてたのに!それをてきとうにして本読んでたなんて!
確かに今日はあんまり始めから乗り気じゃなかったみたいたけど……。
イヤだったのかな私と遊ぶの……)
気付くと膝を抱えて顔を埋めていた。
(結局かくれんぼ1度も見つけてくれなかったし)
(一生懸命探してたのは私だし)
(ちゃんと探しなさいよ馬鹿カイリ)
(……ちゃんと見つけてよカイリ)
膝を抱える手に力を込めてさらに顔を押し付けると冷えた膝頭にじんわりと熱を持った雫が拡がっていく。
「レイラ、みーつけた」
頭上からの聞こえるはずのない声に思わず顔をあげるとそこには先程まで考えていた少年の顔があった。
「……なんで?」
「だって次は俺が見つける番でしょ?」
そう言って少年は笑い、手を差し出す。
「帰ろう?」
その手を思わずとろうするも、途中で止まる。
「レイラ?」
この手をとったら帰らなくちゃいけない。
「帰りたくないの?」
「……帰らない」
帰りたくないわけじゃない。
帰れないわけでもない。
パパもママも大好き。
いつも仲がよくて私のことも大切にしてくれる二人が大好き。
「何で?」
この質問に答えたらきっとカイリは諭して私を家に連れ帰るだろう。
カイリは優しいし、それに考え方が大人だ。
カイリはいつも正しくて、周りの大人達もほめている。
それにカイリママやカイリパパに本気で怒られているところを見たことがない。
「帰らない」
私は同じ言葉を繰り返し、カイリの眼を見つめ返す。
カイリは大人に負けないくらい強い。
多分無理やり連れ帰られるだろう。
だって、それが正しいから。
私は子供で、もう夜だし、山は危険だし、パパもママも心配してる。
きっと私のこの行為はみんなに迷惑をかけるものだもん。
カイリは腕を伸ばし私の腕を掴んだ。
私は身体にグッと力を入れる。
けれど、私の腕が引かれることはなかった。
「やっぱり冷えてる」
そう言ってカイリは自分が羽織っていたコートを脱ぎ私に被せて隣に座る。
「カイリ?」
「なに?」
「帰らないの?」
「レイラだけ置いて帰れないでしょ?」
そうじゃない。
無理やり連れ帰らないの?
「それに、レイラは帰りたくないんでしょ?
なら付き合うよ」
「どうして?」
「ん、友達だから」
「友達……」
初めて、カイリから友達という言葉を聞いたかもしれない。
「カイリも怒られちゃうよ」
「うん」
「わたしが悪いのに」
「そうなの?
けどレイラは、それでも帰りたくないんでしょ?
ならいいよ。
それにレイラは曲がったことは嫌いなの知ってるしね。
レイラにとっての理由があるんだろうから俺はそれを信じるから」
「……理由言ってないのに?」
「聞かなくてもレイラとは付き合い長いし、いいよ」
その言葉を聞き顔を上げたままではいられなかった。
再び膝に顔を押し付けてカイリに表情を見られないようにする。
今度は胸が熱かった。
顔が熱かった。
「レイラ?」
「寒い!」
自分でもわからないけど嘘をついた。
このわからない気持ちをカイリに見られたくてなくて、嘘を。
「帰る?」
少し茶化したようにカイリが聞いてくる。
帰れるわけない、こんな
「帰らない!」
顔を伏せたまま隣に座るカイリに手を伸ばして引くと近くに寄ってくれた。
するとすぐ側から暖かい温もりが伝わってくる。
「そこにいて」
「わかった」
わたしは安心すると次第に眠くなってきた。
瞼が閉じきる直前に「ありがとう」と言ったが、それが伝わったかはわからなかった。
レイラが完全に眠りに落ちたところでカイリは懐から貝殻のようなものを取り出す。
これはソフィアから渡された魔道具で、同じ魔道具を持つ者とお互いに登録し合うと通信出来るものだ。
「もしもし、師匠」
『あれ?カイリどうしたの?』
「実は師匠に頼みたいことあって」
『今?』
「今です」
『今はちょっと……』
「どうせ酒飲んでるんですよね?」
『ち、ちがうし!
そんないつもお酒ばかり飲んでないし!』
「いや、声どもってますよ」
『うっ、お酒は飲んでるけどちょっと出かけなくちゃいけないのよ』
「こんな時間に?
酒飲んで?」
『……用事があるのすっかり忘れてたの。
ちょっと急ぎで遠出するから帰ってくるのは3日、いえ4日後になるから』
「うーん、タイミング悪かったかぁ。
普段出不精のくせに」
『今くせにって言った?
君ちょこちょこ失礼だからね?』
「実は今レイラと二人でいつも行く山にいるんてすが」
『あらやだ駆け落ち!?』
「違いますよ。
それに何で嬉しそうなんですか。
レイラが家出したのを見つけたんですけど、今日は帰らないので心配しないよう、うちの両親に伝えてください」
『やっぱり駆け落ちじゃん!
しかも今日は帰らないって!?
まだカイリには大人の階段は早いと思うよ!?』
「だから違いますよ。
とにかくそれだけ伝えてくだい。
あと場所が山の中腹なんですが上手く説明できる場所にないので師匠の魔力探知でおおよその場所を山を指差しで伝えて貰えませんか?」
『うーん、その山はちょっと魔力探知は難しいんだよね。
そういう術式が組んであるし』
「迷惑な。
なんでそんなめんどくさい術式組んでるんですか」
『いや、あたしのせいじゃなくて元からだからね!?
それにあたし、カイリの両親に会ったことないし家もどこか知らないんですけど』
「使えねぇ(ボソッ)」
『聞こえてるよ!?
ぼそっと言ってるだけで声量抑えるの忘れてるから!』
「それじゃあ村を出るところで衛兵の人たちがいるのでその人らに要件を伝えてくれればうちの親やレイラの親に伝わるのでお願いします」
『それならいいけど……本来カイリならレイラちゃん夜の山からでも無事連れ帰れるでしょ?
カイリ……』
「はい?」
『……避妊って知ってる?』
「だから違うっつてんてしょうが!!」
プツン
「くっ、切られた。
使えないって言ったことの仕返しか」
カイリが隣の少女を見るも起きた様子はない。
よほど疲れていたのだろう。
(ソフィアに伝言を頼んだからひとまずエドガーさんらも安心してくれるかな?
ゲインも俺が大丈夫と伝えれば捜索は朝になってから山に入るだろう)
そのまま寝ずに番をして5時間程が経過した。
空も次第に明るくなってきたころ、近くから人の気配がした。
その気配はやがて複数に。
姿が見えはじめるとそれはゲインと捜索隊の衛兵とエドガー夫妻だった。
(思っていたよりずっと早いな)
「レイラ!!」
エドガーさんとルーシさんがレイラのもとへ駆け寄る。
その声でレイラは目を覚ますと一瞬嬉しそうな顔をするも口を引き締め後ろに下がる。
「レイラ!?」
「パパ、ごめんなさい。
けどわたしはどうしてもやだ」
「つっ!!
……うん、そのことなんだけどパパが色々先走ってた。
レイラも納得行くようにママと3人で話し合おう」
「……」
「レイラの気持ちは伝わったんじゃない?」
「カイリ……、わかった」
するともう一人、怖い顔をしたゲインが近づいてきた。
「カイリ」
「父さんごめん」
「レイラちゃんはケガしてないのか?」
「してないよ」
「動けなくなって帰れないのかと思ったが、何で帰らなかった?」
「……」
「何で、帰らなかった?」
明らかに怒気をはらんだゲインに周りの衛兵達も萎縮している。
「おじさん違うの!
カイリはわたしのワガママを聞いてくれたの!
カイリは悪くないの!
悪いのはわたしなの!」
そんな状況の中、レイラは自分のせいだと名乗りあげる。
「レイラちゃん、レイラちゃんが何故家出したのかエドガーから聞いた。
レイラちゃんのやり方はみんなに心配をかける間違ったものだ。
それにそもそもはエドガーが悪い」
「でもっ!」
「おじさんが聞いてるのは、『なんでレイラちゃんを連れ帰らなかったのか』ということ。
いくらカイリが強くてもレイラちゃんを守りながらじゃ不測の事態だって起きかねない。
それにみんな心配する。
カイリ?約束したはずだな。
3時間でいったん帰ると」
「した」
「なら何で破った?」
「必要だと思ったから、父さんの約束より」
バシッ
ゲインの容赦ない平手をくらい小さな身体が横へと吹き飛び倒れる。
「カイリ!?」
「ゲインさん!?」
レイラは倒れたカイリ駆け寄り、エドガー夫妻や衛兵達は驚きを隠せない。
「大丈夫だから」
カイリは泣いているレイラに安心させるように言い聞かせながら立ち上がるが口の中を切ったのか唇の端から血が垂れる。
「カイリ、言うことは無いのか」
「心配させてごめんなさい」
「本当に反省してるのか?」
「反省も、後悔もしていない。
ただみんなに心配させたことと約束を破ったことは申し訳ないと思ってる。
けど同じことがあったらまた同じことをするよ」
「どうしてだ?」
「レイラが大切だから」
すると周囲の反応は様々だった。
ゲインの部下の同僚は「おおーっ」と何故か歓声を挙げ、ルーシは「きゃっ!アイリにも教えなきゃ!」と楽しそうにし、エドガーは驚いたあと涙を流しながら「カイリ君になら任せられる」と一人納得し、肝心のゲインは難しい顔をしている。
間近で聞いていたレイラはポカンとしていたが次第に顔を真っ赤にさせあわあわしている。
「カイリ、」
ゲインが再び口を開くと場の空気が切り替わる。
「母さんが心配している。
帰るぞ」
そう言って腰に提げていた満タンの水筒を渡してきた。
「口をゆすいだら、飲め。
レイラちゃんも。
人間の身体は気付かない内に水分を消費してるからな」
ゲインは部下達に礼を告げ撤収を伝えると来た道を戻っていった。
入れ替わるように部下のミゲルが近づいてきた。
「カイリ君、ゲインさんはあんな態度とってるけどずっと君の事を心配してたんだ。
君から伝言を受けたという女性から無事だということを他の部下が聞いたんだがそれでもゲインさんだけは一人で夜中も山を捜索してたんだ。
だからこんな朝早くに見つけられたんだ」
一人汗だくのゲインを見てなんとなくそうじゃないかと思っていた。
後悔はしていない。
ただ、申し訳なさと感謝の気持ちがあった。
(家に帰ったらちゃんとお礼を言おう)
みんなが引き上げて山を下りていく中レイラは立ち止まっていた。
「どうしたの?
行こう?」
「……うん」
顔が真っ赤なレイラの手を引き歩き出す。
口数も少ないしこれは風邪引いたかな?
するとその様子を見ていたエドガーが話しかけてきた。
「カイリ君、娘が迷惑をかけたね。
それも僕がきちんと話をしてこなかったのがいけないんだ。
すまなかった。
それとありがとう。
これからも娘を、娘を、よろしくねっっ」
何故か泣き出すエドガーとそれをなだめるルーシ。
なんだかわからないがこの二人もいつも仲良いなぁ。
翌朝、いつものように庭で素振りをしているとゲインが起きてきた。
昨日、ゲインにもう一度詫びと礼を告げるも口数が少なかったので怒りよりも呆れられたと思い、まさかいつものように稽古で起きてくれるとは思わなかった。
「いいの?」
「何がだ?」
「いや、稽古つけてくれるんだなって」
「当たり前だ。
それにカイリ、お前はいつか大怪我するよ」
「……」
「わかってるなら質が悪いな。
お前は正しさよりも感情を優先、いや感情を大切にした。
そんな生き方する奴は早死にする。
正直剣を教えたことを後悔してる。
けど中途半端が一番危険だ。
特にお前の性格だとな。
だからこれからは今まで以上に厳しくする。
いいな?」
「ありがとう。
よろしくお願いします!」
「それとレイラちゃんの件だがエドガーから連絡があって解決したそうだ。
結局のところ――」
「父さん、大丈夫。
そもそもレイラから理由自体聞いてないし、言いたくなさそうだったから後から他から聞くようなこともしたくないから」
まったく、とゲインは一つ深く溜め息を吐いた。
「始めるか」
そしてまた朝から剣擊が響いていった。




