#9 大安宅、見参
奉行所内は、もめていた。
「こんなところでじっとしている場合ではない!早く動かねば、おエド中が火の海になるぞ!」
「んなこと言ったって、お奉行様とミヤモト様の帰りを待って動かねえと、町奉行が旗本屋敷に乗り込むわけにはいかねえんだよ!」
同心同士、この有様である。一方の与力のミヤモト殿は、幕府目付のミヤザキ様のところへお奉行様と共に出かけているところだ。
「とにかく、俺たちだけじゃどうしようもねえんだよ!なんとしてでも、幕府の役人である目付の協力も必要なんだ!将軍家始まって以来の危機だ!お奉行様やミヤモト様が、今その協力を取り付けるために動いておられる!今は待て!」
タナベ殿の一喝で、その場はおさまる。だが、もうかれこれ2時間ほど経つ。さすがの私も、イライラが募る。
すでに昼過ぎだ。このままでは、せっかく最期にすべてを明かしてくれたエツゴ屋の主人が浮かばれない。
が、そこへようやく、待ちに待ったお奉行様達が帰ってきた。同心一同、頭を下げる。私もおリンも、同心達の後ろに控え、同じく頭を下げて迎える。
「皆の衆、待たせてしもうたな。」
そう我々に語りかけるのは、お奉行様であるカタギリ様である。ちなみに、このおエドでは町奉行所のお奉行様になれるのは旗本以上。実際、このカタギリ様も5千石の知行を持つ、おエド8万騎と言われる旗本衆の一人だそうだ。
そんなお奉行様の顔色が優れない。残念な知らせを持ってきたのは、間違いない。そんなお奉行様が、多い口を開く。
「実に歯がゆいことだ。本当に、わしとしたことが、申し訳ない……」
「ど、どうされたのでございますか、お奉行様!」
「まず、ミヤモト殿と共に、目付のミヤザキ殿の元に向かったのだが、あいにく不在で会うことができなかった。そこで、わしの知る限りの目付や幕府の役人に面会を申し込んだのだが、ことごとく断られてしまってな。」
「ど、どういうことですか!?」
「いや、南町の連中がいたずらにおエドの危機を語っていると、いつの間にか幕府の役人らの中で言われておるようでな。それで、わしが行ってもことごとく断られてしもうたのじゃ。」
「なんという……現に、鉄板で囲われた大安宅船を、我々は見たのですぞ!」
タナベ殿が反論する。だが、そんなことはお奉行様も承知していること。その上で、お奉行様が言う。
「この陰謀、少なくとも幕府の内部の者の計画に違いないのであろう。どうやら、先手を取られてしもうた。こうなっては、町奉行ではどうにもならぬ。」
腕を組んで考え込むお奉行様。私はいろいろと考えを巡らせる。
3艘の大型の船は、花火を満載し、3本の大きな水路から侵入し、そこでおエドの街や城に向かって、二尺玉と呼ばれる大型の花火を一斉に打ち込む。これが大砲や鉄砲ならば、このおエドの技術ではただの鉄の玉を飛ばすだけだから、当たったところだけが被害を受けるだけで終わる。しかし、花火というのは厄介だ。多くの火を炸裂させるその仕掛けゆえに、木造の建物の多いこのおエドの街を攻撃するにはおそらくうってつけの武器、まさしく焼夷弾といったところか。
だが、水路の中に入ることさえできなくなれば、せいぜい水路の入り口付近で花火を撒き散らすのが精一杯となる。水路の奥深く入らねば、あの城は狙えまい。
しかし、このおエドもそれくらいのことを想定しているのではないか?つまり、水路から何かが侵入し、おエドの街を襲う。それくらいは考えているはずだ。
「お奉行様!」
私は叫ぶ。そんな私に、応えるお奉行様。
「おお、今回、数々の活躍をしたという岡っ引きのサブか。なんだ。」
「その大きな水路というのは、何か仕掛けはないのですか?」
「仕掛けじゃと!?」
「大きな水路なれば、外敵からの侵入に備え、例えば出入り口を塞げる水門が、あらかじめ作られているのではありませんか?」
「おお、そうじゃ!そういうものは確かにあるぞ!」
お奉行様が、はたと膝を打つ。
「確かに、3大水路には、それぞれ水門がある。それぞれ、水路の中程に水門が設けられている。それを塞いでしまえば、確かに大安宅船の侵入は阻止することができる。」
「では、その水門を閉めてしまえば……」
「だがな、当然だが、それを閉めるには幕府の許可がいる。勝手に閉めてしまえば、それこそ大罪。打ち首は免れぬであろう。」
「そうですか……」
私は、少し間をおいて話す。
「ですが、閉めなければ、その罪を裁く将軍家が消滅してしまうかもしれません。ならば、勝手に閉めてしまっても問題ではないのではありませんか?水門を閉じるのに失敗すれば、裁くものが絶えてしまい、うまく閉めることがかなえば、たとえそれが大罪に値する行為だったとしても、将軍家を救った英雄として讃えられることになります。どのみち、罪に問われることはないのではないでしょうか?」
それを聞いたお奉行様、与力、同心、そしておリンも、一瞬固まる。
間違いなく、私は不敬なことを申し上げている。失敗すれば、将軍家が消滅するだけ、そんな言葉をこの文化レベルの社会で口にすれば、当然そのこと自体が罪となる。
が、私の言ったことは紛れも無い事実だ。将軍家が滅びるか、我々が勝利するか。二つに一つしか、この先の未来はない。
そして、我々が取るべき未来は、たった一つしかない。
お奉行様は、決断された。
「地図を持て!」
その場に、おエドの地図が広げられる。そこには、たくさんの水路が描かれている。
「水路には3本の広い水路があり、そこから支流としてあちこちに細い水路が伸びている。この3本に、その大安宅船が入り込んでくるのであろう。」
そして、お奉行様はそのうちの1本を指す。
「この水路が、もっとも将軍様の住む城に迫る水路だ。ここを下ったこの辺り、海から少し入ったところに、その水門がある。」
お奉行様は、一同に向かってこう言い放った。
「我々の人数だけでは、この水門一つを塞ぐのがやっとだろう。だが、ここさえ塞いでしまえば、将軍家打倒はならず、残りの2艘も諦めて引き返すかもしれぬ。われら南町奉行一同は、この水門のみに向かい、ここをなんとしてでも塞ぐ!おエドを、なんとしてでも守り抜くのじゃ!」
おおーっと声を上げる与力、同心一同。そして一同、身支度を整える。
まさに捕物。いや、今回は水門を閉じるというのがその役目だが、身支度を整えて、奉行所の中に集まる。他の同心の岡っ引きや手下も、集められるだけ集められた。
「おそらくは、その水門のあたりにはすでに先回りしているものがおろう。それらを突破し、なんとしてでもその水門にたどり着く!町奉行の意地にかけても、やり遂げるのじゃ!」
「おおーっ!」
奉行所の士気は高い。皆、やる気満々だ。意気揚々に、その水門へと向かう。
その水門は、ニッシン橋を渡り、その向こうに広がる商店街を抜けて、その向こうにある船問屋の並ぶ界隈を抜けたところにある。その水路の両脇には高い石垣と大きな櫓があり、水路の岸の両側から綱を引いて大きな扉を閉じる仕組みのようだ。
だが、その船問屋のあたりから、多数の侍が出てきた。
「おのれ、乱心した町奉行の連中め!」
そう言って刀を引き抜いてくる侍達。もちろん、町奉行側も皆、刀を抜く。
対峙する侍同士。だが私は、そんな侍同士の間に出る。
「お、おい!サブ!待て、お前一人では……」
だが、構わず私は前に進む。突然出てきた、この十手も持たない岡っ引きに、侍は一瞬驚愕する。
しかし、所詮は刀も持たないやつが目の前に現れただけだ。じりじりと、私に迫ってくる侍達。
私は、腰のスイッチに手を伸ばす。私の狙いは、彼らに私を突かせ、彼らの刀をこの携帯バリアにて打ち砕くこと。刀さえ折れてしまえば、彼らなど同心達の敵ではない。
だが、そこに想定外のことが起きる。
「おい!サブ!待ちやがれ!」
なんと、おリンが駆け寄ってくる。しまった。このままバリアシステムを発動すれば、おリンまで巻き込んでしまう。
おリンが駆け寄るのに呼応するかのように、侍達は私に向かって斬りかかってくる。
さあ、どうする。
私は少し後ろに下がり、駆け寄るおリンを腕で抱き締めた。
左手で、目一杯抱き寄せた後、私はおリンに言った。
「何が起きてもしばらく、私にくっついたまま動くな!」
「お、おう!」
もう目の前には、侍達の刀が迫っていた。すんでのところで私は、右手でバリアシステムを起動する。
バチバチと火花を散らしながら、数人の侍達の刀を吹き飛ばした。第2陣もくるが、同じ結果だ。そもそも、ビーム砲ですら跳ね返すこのバリアシステムに、ここの刀ごときがかなうわけがない。
一方、私に抱かれ、しがみつくようにひっついているおリンは、迫り来る刀と、その刀を弾き飛ばす際の火花に怯えている。第3陣まで退けたのち、やっと向こうの攻撃がやんだ。
大半の侍達は、刀を失ってしまった。こうなるともう、こちらの方が優勢だ。
「じゃあ皆さん、行きますよ!」
私が叫ぶと同時に、同心達が刀を抜く。刀を砕かれ、脇差しか持たない侍達は、逃げる他なかった。
「じゃあ、いくぞ、おリン!」
「お、おう!」
少し赤い顔をしたおリンの手を引き、その同心達についていく。だが、今度は槍を持った連中が現れた。
その後ろには、鉄砲を持った部隊が現れる。槍を構え、鉄砲を向けてくる。同心達は、そばにある石灯籠や建物の物影に隠れるしかない。
「おリン、ちょっとここで待ってろ。」
「お、おう。だが、おめえは……」
「大丈夫だ。こっちにも、鉄砲はある。」
私はその槍と鉄砲の集団の前に一人、出ていく。
「放てーっ!」
指揮官らしきものが、鉄砲隊に命じる。ババババーンという鉄砲の猛烈な発砲音が響く。
そして、そのあとに槍隊が突撃をしてくる。
私は、鉄砲の初弾をバリアで切り抜ける。そして私は、突入する槍隊に向かって銃を向けて言った。
「私は、地球509遠征艦隊所属のパイロット、サブリエル少尉だ!これ以上の我々へ攻撃を行えば、連合軍き第53条に基づき、防衛行動を発動する!」
と、そう宣言するが、そんなことに耳を傾ける連中など、向こうにはいない。
そこで私は、目一杯目盛りをひねって、一発放つ。
バンッ!という大砲のような音が鳴り響く。目の前に迫っていた槍隊は、跡形もなく吹き飛ぶ。
その向こうに控えて弾込めをしていた鉄砲隊の多くも、私のこの一撃の犠牲となった。多くが、血まみれになって倒れている。
本来、防衛行動においては、相手の生命を極力奪うことはしないよう定められている。
が、多勢に無勢、しかも百万の都市の命運を分ける戦い。相手の人命などに、とても構ってはいられない。
そして私は、銃からエネルギーパックを取り出す。そして、別のパックを込めようとする。
が、ここで気づいた。
もう、銃のエネルギーパックのスペアがない。今のが、最後だった。
だが、相手はもう総崩れだ。生き残った者は皆、向こう側に走り去っていく。
それを追う同心達。そのまま路地を抜けて、水門のある石垣のあたりまでやってきた。
しかしそこには、多数の侍が控えていた。明らかに、南町奉行の同心らの数を超える数の侍が、そこにはいた。
「くそっ!まだこれだけいたのか!」
お奉行様が叫ぶ。その石垣の最も高い場所には、この侍達の総大将とも言える人物が立っている。
「あ、あれは!」
タナベ殿が叫ぶ。
「どうしました?」
「あそこにいるのは、幕府の目付、ミヤザキ様じゃないか!」
「えっ!?ミヤザキ様!?」
この名前、何度か耳にしている。そういえば、ニシノ様という旗本と対峙することになるかもしれないということで、与力のミヤモト様が最初に相談に言った相手が、幕府の目付であるミヤザキ様だ。
そして、お奉行様が協力を申し出ようとして向かった相手も、ミヤザキ様だった。
だが、そこで分かった。我々が最後まで掴めなかった今回の計画の首謀者、それが、このミヤザキという幕府の役人だったのだ。
その横には、もう一人立っている。あれは旗本のニシノ様だという。
「ま、まさか、ミヤザキ様が今回のことを!?」
「そうだ。わしが全て取り仕切っておった。旗本のニシノもわしに同調して、サノ屋やエツゴ屋をうまくたぶらかしてくれた。おかげで今宵、3艘の大安宅がこのおエドの奥深くまで入り込み、何もかもを焼き尽くすことになっておる。」
「なんじゃと!?そんなことをして、どうなさるというのだ!」
「このおエドを中心とした将軍の時代は、長すぎた。賄賂がはびこり、なんの理想も持たぬ老人どもが幕閣を牛耳り、自らの利権のみを追求する連中が巣食うだけの街に成り下がってしまった。」
そう叫ぶミヤザキという幕府の目付は、城の方を指差す。
「だがあの城が健在である限り、そして将軍家が安泰である限り、この国はただただ私利私欲を追求する老害どもに食い尽くされ、いずれ滅びる。ならば、我らがその前に将軍家を滅ぼし、この街を生まれ変わらせる!そう考えたのじゃ!」
「バカな!そのために、百万もの民の多くを、死と恐怖のどん底に貶めようというのか!?」
「歴史上、犠牲を伴わない変革はない!おエドの民も、将軍家も、そのための礎となるのだ!」
「そんな……多くの民は何も悪いことをしているわけでもないのに、明日を生きる資格もないと、お前はいうのか!」
私は叫んだ。だが、そのミヤザキという男は言う。
「この水門は、我らが抑えた!もはやお前らには、我々に対抗できる力はない!そこでお前らは、我が大安宅船が城や街を焼き尽くす様でも、見物しているがいい!」
日は暮れかかっていた。太陽は西に傾いて、もう黄昏時だ。
すでに私は、銃が使えない。残るは、バリアシステムのみだ。
それを展開したまま、あの列の中に突っ込む。それで道を開け、同心達に水門を閉めさせる。
それしかない。そう思った、その時だった。
水路の向こうに、それは現れた。
黒い鉄板で覆われた、大安宅と呼ばれる鉄の鎧をまとった船が、もうこの水門のそばまでやってきていたのだ。