#8 陰謀の全貌
多くの桟橋が並ぶ港を横目に、我々3人は走り抜ける。
そこで何かが行われているのは、間違いない。すでに8人もの人間の命が奪われている。
そして、このままでは間違いなく、9人目が出るだろう。
まだ見つかっていない、金物問屋のエツゴ屋の主人だ。
おそらく、そのフナバシの港と呼ばれるところにいると思われる。もしかしたら、もう消されてるかもしれない。だが、まだ生きていることを信じて、我々は走る。
こんなに走ったのは、軍大学の行軍訓練の時以来だ。あの学者の言う通り、東に向かうにつれて高くなっていく。
そして、切り立った崖が見えてきた。あれがまさに「フナバシの港」と呼ばれる場所、今は東元坊と呼ばれるところだ。
崖の上から、下を見る。そこには、驚くべきものがあった。
船だ。それも大きな船。だが、それ以外にもここに来るまでに見た船とは、まるで違う船だ。
このおエドの船は大抵、マストは1本で、木造の船だ。だがこの船、マストは2本あり、しかも黒っぽい船体だ。
黒いのは、鉄の板で囲われているからだ。錆止めのために黒く塗られたであろう鉄の板が、船の周りにびっしりと貼り付けられている。
甲板の上にも、鉄の板で囲われた小屋がある。何ゆえ、これほどまでに鉄で囲われた船なのかは分からない。が、これがどうやらあの2人の商人、3人の侍が関わった陰謀の正体のようだ。
だが、これだけ見てもまったく用途がわからない。確かに異様だが、異様だというだけの船だ。
しかも、この船へのサノ屋の役割が不明だ。多分、サノ屋の納めた花火を大量に積んでるんだろうが、鉄の船に花火?ますますなんのための船なのか、見当もつかない。
でもなんとなく、とてつもないことをしようとしていることは分かる。でなければ、こんな大きな船をわざわざ作るわけがない。
「おリン!サブ!いくぞ!」
「あいよ!」
たった3人だが、その異様な船をめがけて坂道を下りていく。下には、数人の侍と、エツゴ屋の主人がいた。
私とエツゴ屋の主人の目が合う。主人は驚いた顔でこちらを見るが、すぐに元の表情に戻るや、こう言い放つ。
「あの岡っ引きですか。まさか、ここまで嗅ぎつけるとは、たいしたものです。でももう手遅れですよ。最後の一艘がたった今、出港したところです。」
「なんだと!?ということは……」
「おや、まさか計画のことまでご存知なのですか?」
「いや、そうじゃない……おい!主人!後ろだ!」
私はその主人に向かって叫ぶ。1人の侍が、まさにエツゴ屋の主人を背中から突きかかってきたからだ。
私の叫びを聞いてとっさに身をかわすが、右肩のあたりを刺される。その場に倒れる主人。
再び斬りかかろうとする侍に向かって、私は銃を放つ。数人の侍が私の銃に驚いて後退する。私は、主人の元に走る。おリンとタナベ殿も、私と共に来る。
「な、なぜ、私が……」
「サノ屋の主人も殺られたんだ!やはり、お前も消されるところだったな。」
数人の侍が、刀を構えてこちらを伺う。私は銃を向けて、彼らに言い放つ。
「私は地球509、遠征艦隊所属のパイロット、サブリエル少尉だ!連合規則第53条に基づき、これ以上の民間人への危害は認めない!即刻、退散せよ!さもなくば、我々はやむなく攻撃する!」
それを聞いたおリンが、私に尋ねる。
「お、おめえ、こんな時に何言ってんだ!?」
「我々の攻撃前の口上だ。そんなことより、エツゴ屋の主人を頼む!」
おリンは、主人の傷口を、手ぬぐいで縛っている。
その主人を我々もろとも殺そうと、じわじわと迫ってくる。仕方ない。私は銃の目盛りを目一杯回し、崖をめがけて1発放つ。
バンッという大きな音と共に、一筋のビームがその絶壁に着弾する。大爆発を起こして、絶壁の岩の一部がはがれ落ちてくる。
私は、カバンの中のエネルギーパックを取り出し、銃に装填する。再び、その先を侍らに向ける。
「次はお前らの番だ!このまま退散するか、一撃で消しとばされるか、どちらかを選べ!」
あの爆発を見て、こちらに向かおうという者はいない。侍達は、退散していった。
私は主人の方を見る。主人が話す。
「まったく……私自身、捨て駒だったとは、私も迂闊でしたな……」
「おい、主人、教えてくれ!あの船は一体なんだ!何が目的なんだ!?」
「……大安宅船の再現ですよ。」
「大安宅船!?」
「焙烙や火矢、鉄砲すらも効かない、鉄で囲われた大型の船。かつて天下を取る前に将軍家が、とある戦に用いて勝利したという船ですよ。」
「そんなものを作って、どうするつもりなんだ!?」
「おエドには3つの太い水路があります。その3大水路より、3艘の大安宅を侵入させて、おエドの街深くにまで進む。そこで、おエドの街めがけて花火を撃ち込むんです。」
「な、なんだと!?」
「タガ屋のことはご存知でしょう?たった1発で、多くの長屋を焼き払った、あの大火事を……あれを今宵、もっと意図的に、派手にやろうというものです。そして三艘の内一艘は、おエドの将軍様のおエド城を直接狙うんですよ……つまりあの船で、将軍家を討ち亡ぼすんです。」
なんてことだ。あの船の目的は、おエドの壊滅だった。しかも、将軍家打倒も兼ねているという。
「誰だ!そんなことを考えた野郎は!旗本のニシノ様か!?」
「いや、この計画の首謀者は……ミ……」
そこでエツゴ屋の主人は気を失う。私は、主人の首筋を触ると、もう脈がない。どうやら出血性ショックで、亡くなってしまったようだ。
「えらいことだぞ……あの船を止めなければ、おエドの街が火に包まれちまう!2人共!急いで奉行所に行くぞ!」
私は、海の方を見る。すでにさっきの船は、沖の方に出てしまった。もはや、私の銃では当たらない。
これはもう、水際で止めるしかない。私は、覚悟を決めた。
「2人とも、これを。」
私は、2人にあるものを渡す。
「これは昨日、おめえからもらった……」
「非常食ですよ。これを食べれば、半日は動ける。今日この先、何かを食べてる暇なんてないでしょう。10人目、いや、それどころか百万人の民と将軍様の命のかかったこの事件を、我々で止めるんです!」
私は、もてるすべてのものを繰り出して、この事態を解決する。死に際に陰謀のすべてを語ってくれたエツゴ屋の主人の亡骸を前に、私はそう決めた。