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#7 茶屋と学者と謎の港

奥座敷に行くと、布団の上で寝たまま胸をひと突きされ、血まみれになって息絶えているサノ屋の主人(あるじ)の姿があった。

寝ているうちに殺されたらしい。抵抗した後がほとんど見られない。目が覚めたら、すでに刺されていた。そんなところだろう。

悪そうな人相の男だが、もはやピクリとも動かない。重要参考人の一人が、いきなり消されてしまった。


「まったく、どういうことだ!?」


タナベ殿も、この事態を受けて混乱しているようだ。主人(あるじ)を捕まえて、何を企んでいるのかを聞き出そうと思っていたが、もはやそのサノ屋の主人(あるじ)は、この世のものではない。

ということは、もう一人のエツゴ屋の主人(あるじ)が心配だ。早速2人の同心がエツゴ屋へと向かう。


「素直に考えるならば、口封じでしょうね。」

「ああ、ちげえねえ。だが、殺しちまったってことは、もう用済みってことか?」

「そういえば、昨日のあの会話の中でサノ屋の主人(あるじ)は、もう品を納めたようなことを言ってましたね。」

「ああ、フナバシの港へ納めたっていう、あの話のことか。」

「我々が動くことを想定して、あらかじめ先に動いたということなんでしょうか?」

「しかし、だからといってそれまで従順に従ってきた商人を、用済みになったからと言って口封じに切り捨てる。なんて野郎だ!」


タナベ殿とも話したが、やはり口封じということで意見が一致する。

ということは当然、今日品を納める予定のエツゴ屋の主人(あるじ)も同じ運命をたどることになる可能性は高い。

だが、エツゴ屋に向かっていた同心達が、残念な知らせを持って戻ってきた。


「エツゴ屋の主人(あるじ)のやつ、店にはいねえってよ!」

「くそっ!しまったな!おそらく、そのフナバシの港ってところに向かったんだろう!だが、場所が分からねえ!どうしたものか!?」


なんということか。2人のキーマンを一気に捕まえる予定が、片や殺され、もう一方は不在だという。


「よく考えたら、このサノ屋の者も、そのフナバシの港ってとこに向かっているんだよな。」

「そういえばそうだ、このサノ屋も品を納めたと言っていた。ということは、ここにその『フナバシ』に行ったことがある奴がいるってことじゃねえのか!?」


ということで、先ほどでてきた番頭が呼び出される。


「フナバシ……ですか。はて、私にはわかりかねますな。」

「おとといあたりに、何か荷物を運ばなかったか?」

「へえ、おとといの夜に、たくさんの二尺玉を大八車に乗せて運び出しましたよ。急に旦那様が荷物を運び出すと言って、大慌てで荷車を準備したんでさあ。」

「で、それをどこに運んだ!?」

「いやそれが、ニッシン橋を越えて、アシハラのあたりで車を置くように言われ、そこで引き返してきたんですよ。」

「アシハラか……たくさんの港町のある手前あたりの場所だな。」

「ええ、その場には荷物と旦那様だけ残られて、皆は帰るように言われたんですよ。それからどこに運ばれたのかまでは、私どもには……」

「そうか。分かった。すまねえな。」

「あの、なんとしてでも旦那様の仇をとってくだせえ!ああ見えても旦那様は厳しくもわしら店子(たなこ)や花火師想いのとてもよい主人(あるじ)だったんです!タガ屋がおエドから追放されて、たくさんの花火師が路頭に迷うところだったのを、旦那様が全部引き取ってくださったんです!このおエドで花火が楽しめるのは、旦那様のおかげなんです!」


人相に似合わず、いろいろと手を尽くしていた人物のようだ。だが、それゆえにうまい話に飛びついてしまい、それが命取りになったということか。

本来なら下手人として締め上げるべき相手の仇まで取らなきゃいけなくなった。おそらくもう一人のエツゴ屋の店主も、そのアシハラというあたりに向かっているのではないか?


「とにかく、言ってみようぜ、そのアシハラに!」

「ああ、じゃあ、タナベ様、我々が先に向かいます!」

「分かった!後ですぐに追いつく!」


繁華なニッシン橋の通りを走り抜け、その向こうにあるアシハラという場所に着いた。だが、すでにそこにはエツゴ屋の主人(あるじ)らしき人物はいない。

周囲の人にも聞き取りをするが、そこで荷物の受け渡しをしていたところを見ていた者などいない。おそらく、昨夜から今朝早くの暗いうちに運び出されて、すでに引き取られた後なのだろう。

そこでアシハラを抜けて、港町の方へと向かう。だが、そこは本当にたくさんの港がある。船荷を取り置く蔵があちこちに建てられ、桟橋がずらりと並び、多くの船が行き交う。


「なあ、フナバシって港に、聞き覚えがねえか?」

「フナバシ?なんだそれは?そんな港、この辺にゃあねえぜ!」


誰に聞いても「フナバシ」のことを知らない。やはり、この辺りには存在しない地名のようだ。

港で散々聞いて回ったが、だれも「フナバシ」など知らないという。万策尽きた2人。一旦、アシハラの方まで戻る。

まだタナベ殿をはじめとする同心達は来ていないようだ。いや、あるいはすれ違ったのかもしれない。しかし、スマホで連絡がとりあえるわけではない。同心達がどこにいるかなど、知りようがない。


「ちょ、ちょっと休憩しようぜ。」

「ああ、そうだな。」

「ちょうどあそこに茶屋がある。あそこに行こう。」


小さな茶屋が見えた。我々2人が入ると、若い娘が出てきた。


「いらっしゃいませ!何を召し上がりますか!?」


えらい元気な娘だ。そういえば、お茶屋の娘というのは時代劇でも人気の的、ちょうどアイドルのような存在だとされていたな。ここの娘も、そうなのか?

だが、さほど賑わっている茶屋というわけではない。可愛らしい顔をしてはいるが、顔にはそばかすがあって、男達が群がるというほどの魅力を持った娘ではなさそうだ。


「そうだな、今のオススメはなんだい?」

「当店自慢の四つ団子と、シズサト名産の煎茶ですね!」

「じゃあ、それを2人分、頼むわ。」

「へぇ、20文になりやす!」


この(もん)という貨幣の単位が、どれくらいの価値を表すのかはわからない。なんとなくだが、だいたい10文で我々の1ユニバーサルドルくらいだろうか?


「へぇ、この煎茶、確かにいい香りだなぁ。」

「そりゃあそうですよ。港町のすぐそばですからね、ここは。いい品がすぐに手に入るんですよ。」

「だろうな。いろんな国から品が集まるおエドの港だ。そこに近けりゃあ、いいものは手に入るだろうな。」


香ばしい香り漂う煎茶を飲みながら、自慢の四つ団子とやらを食べる。こちらも甘味は薄いが、それはそれでなかなかうまい。

茶菓子を楽しみながら、おリンはふと、あの質問を茶屋の娘に投げかける。


「なあ、ここにはたくさんの港があるけどよ、フナバシって港はやっぱりねえんだよな。」

「フナバシですか……確かに、今はない港ですね。」

「……おい、今はない港って、どういうことだ!?」

「ひええ!な、なんですか急に!」

「いや、すまねえ。あたいらは南町の岡っ引きで、そのフナバシの港というのを探しているんだ!」

「ああ、そういうことですか。確かにそういう名前の港は、昔あったらしいんですよ。」

「どういうことだ!?」

「この先に、桟橋がたくさん並ぶ港がありますけど、そこを東に行った辺りが昔、フナバシと言われてたらしいですよ。」

「じゃあ、今はなんでフナバシって呼ばれないんだ?」

「このおエドができて400年、それ以前にあった港らしいですからね。将軍様がこの辺り一帯の名前をお決めになられたので、それ以前の地名を知っている人なんてほとんどいませんよ。あたいも、フナバシが今の港町の東の方にあったとしか知らないんですけどね。」

「しかし、どうしてそんな他の奴らも知らねえ話、茶屋の娘であるお前が知ってるんだ!?」

「この先の小屋に住んでる学者さんから聞いたんですよ。他にも、この辺りは昔湿地で、アシがたくさん生えていたからアシハラと呼ばれるようになったとか、そんなことばかり私に話す人なんですけどね。でも、あたいのことを気に入ってくれているのか、この店をご贔屓にしてくださってるんですよ!」


思わぬところから「フナバシ」の情報を得た。つまり、その学者とやらに会えば、もっと詳しい場所が分かるかもしれない。


「おリン!」

「ああ、言ってみるか、その学者とやらのところに。なあ、娘!その学者の名前はなんていうんだ!?」

「ゲンサイと言う名のお方ですよ。ここを西に向かって2つ目の曲がり角を曲がると、なんだか変な形の小屋が見えるので、すぐに分かりますよ。」

「そうかい。ありがとよ!」

「また、お越しくださいね!」


茶屋の娘と別れて、西に向かって歩き出す。2つ目の交差点を曲がると、確かに娘のいう通りの、妙な小屋が見えてきた。

全体が赤い色の、奇妙な小屋だ。周りは木でできた建物が並んでいるというのに、ここだけどうみても木ではない。

よくみるとこれは、レンガだ。レンガ造りの小屋。この辺りでは確かに変わった建物だ。

扉を叩く、すると中から初老の男が出てくる。いかにも学者という風情の、そんな男性だ。


「おう、あたいら南町の岡っ引きで、あたいは……」


だが、ちらっと我々を見るや、我々と言葉を交わすことなく扉を閉めてしまう。


「おい!なんでぇ!話も聞かねえで、急に閉めるんじゃねえよ!」


おリンがキレる。まあ、挨拶もする間も無く閉められれば、誰だって腹がたつだろう。

だが、中からは全く応答がない。完全に無視だ。それにしても、どこの世界でも学者というのは偏屈な奴が多いのだろうか?

こりゃあ、普通のアプローチでは相手にもしてもらえないだろう。少し考えて、私はこう叫ぶ。


「私は昨日、空から落っこちてきたものなんだが。」


すると、その扉が突然、バタッと開く。思った通り、この手の人物は知的好奇心が強い。多分、あの哨戒機の墜落時の様子を知っていると思って、あえてそう言い出してみた。


「おい、するとなにか、おめえ、昨日のあのおエドの外れにまっすぐ落ちてきた、あれに乗ってたやつだと言うのか!?」

「そうですよ。」

「本当なんじゃろうな!?言いがかりじゃねえのか!?何か、証拠となるものはあるのか!?」

「ええ、私は星の国から来たんですよ。そこには、こういうものがあってですね。」


私は、スマホを取り出す。そして、例のこの地球(アース)の立体画像を見せる。


「な、なんじゃこれは!?」

「あなたも学者なら、ご存知でしょう。この地上は丸いということを。」

「ああ、異国の書物にはそう書かれとった!」

「それをずっと空を超えて、宇宙から見た姿がこれなんですよ。」

「なんじゃと!?本当か!でも、なんでそんなところから……」

「まあ、その辺りの話はいずれ、じっくりして差し上げますよ。それよりも一つ、伺いたいことがあるのです。」

「なんじゃ、わしは忙しいんじゃ!」

「この星の話の続きを、聞きたくはないのですか!?」

「うう……」


そのゲンサイという学者はしばらく考え込む。そして応えた。


「それでなんだ、岡っ引き風情が、わしに聞きたいことというのは?」

「我々は今『フナバシ』というところを探しているのです。」

「『フナバシ』?そんな古い地名、よう知っとるのう。」

「ええ、ですが、そこがどこだかわからないのです。」

「どうしてもその場所が知りてえんだよ!すでに人が8人も死んでるんだ!教えてくれ!」

「分かった分かった!しかしなんでそんな地名のために人が死ぬんじゃ……ええと、確かこの辺りに……」


ゲンサイ殿が取り出したのは、古い地図だった。


「これは……?」

「この辺りの昔の地図じゃよ。ほれ、ここにポツポツと草のような模様があるじゃろ、ここが今でいうアシハラじゃ。」

「はあ……」

「で、桟橋の並ぶ港町は、この頃はまだただの砂浜でな、そのずっと東に向かうほど海岸が高くなって、こんな感じに切り立った崖が出てくるんじゃよ。その窪んだあたりが、フナバシの港と呼ばれるところじゃ。」

「今はなんと言ってるんですか?」

「今は東元坊と呼ばれとるの。切り立った崖の下には砂浜があって、すぐに深い海になっとる。天然の港じゃったんじゃが、おエドができた時にその崖が邪魔でな。水路から遠すぎて、港としては使い物にならないということで放棄されてしもうたんじゃよ。」

「はあ、そういう歴史があったんですね。」

「まあ、言ったところでなんもないぞ。昔の港の名残で、桟橋くらいはあるやもしれんがな。」

「分かりました。では、ちょっとそこに行ってきます。」

「おい!さっきの星の話、約束通り聞かせるんじゃぞ!分かったな!」

「分かりました。事件が解決したら、すぐにでもお教えしますよ。」


そう行って、私はそのレンガ造りの小屋を後にした。

アシハラの大通りに戻るが、まだ他の同心達の姿が見えない。我々は港の方に向かう。


「ここをずっと東に行けばいいんだな!」

「ああ、さっきの学者の野郎は、そう言っていたな!」

「とにかく向かうぞ、そのフナバシの港に。そこにはまだエツゴ屋の主人(あるじ)がいるかもしれないからな。」


桟橋が並ぶ港の脇をひたすら歩く。と、そこに聞き込みをしている同心がいた。

タナベ殿だ。おリンがタナベ殿に向かって叫ぶ。


「た、タナベ様~!」

「おお、おリンじゃねえか!どうした!」

「分かったんすよ!フナバシの港が!」

「な、なんだってぇ!?ほんとかそれは!」

「この近くにいる学者が知ってて、今は東元坊と呼ばれている崖のあたりのことだそうですぜ!」

「なんだと!?あそこは昔、港だったのか!分かった!すぐに向かうぞ!」


我々はついに「フナバシ」を見つけた。だが、そこに一体何があるのか?この時点で我々は、まだ知る由もなかった。

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