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#6 おリンのサブリエルの過去と夜

外は薄暗くなってきた。歩きながら、今日一日を振り返る。

早朝に私は駆逐艦6443号艦から発進した。500キロほど飛んだところでエンジントラブルに遭い、このおエドのそばの林の中に不時着する。

そこで出会ったおリンとともに、おキョウという店子(たなこ)の殺人事件に遭遇する。それを調べているうちに、商人と武士達のきな臭いたくらみを嗅ぎつける。が、いまだにその企みの全貌は分からない。今日はとりあえず戻って、明日出直すということに……

いや、ちょっと待て。私はどこに帰ればいいんだ?


「おい、そういえば私には帰るところがないぞ!しまったな……とりあえず哨戒機に戻るか。だが、あそこではとても中で寝られるような場所はないし……」

「なんだ、そんなことか。それなら、うちに来りゃあいい。」

「は?」

「元々、あの長屋でおとうとあたいが寝てたくらいだ。2人までなら、なんとか寝られないこともねえ。」

「おい!お前、何いってるのかわかってんのか!?」

「遠慮することねえよ。今日はあんなうめえ食い物ももらったことだし。事件解決にも協力してくれたしよ。それくらいのお返しはしとかねえとさ。」

「いや、そう言うのじゃなくてさ。赤の他人の男女が、一つ屋根の下っていうのは……」

「今日一日で、おめえも立派な岡っ引きだ。6人相手にしてあたいを守ってくれたし、いろんな道具を使っておキョウの事件の裏にあるものを次々に暴いていったし。もはや、赤の他人じゃねえよ。」

「いやあ、そう言うのじゃなくてさ……」

「それとも何かい!あたいの家じゃ嫌だって言うのかい!?」


おリンの機嫌を損ねてしまった。別に嫌だなんて、そんなつもりは毛頭ない。


「いや……嫁入り前の娘と一緒に寝るのが、申し訳ないと思っているだけだ。」

「あははは、なんでぇ、そんなことかい!」


急に笑い出すおリン。不機嫌になったり、笑ったり。なんていうか、ころころと表情の変わる娘だ。


「あたいはねぇ。今でこそ岡っ引きなんてやってるけど、これでも以前は結構、(わる)だったんだよ。そんな勿体振るような女じゃねえよ。」

「はぁ?(わる)だったのか!?」

「ご覧の通り、あまり女っぽくねえだろう。博打やって、喧嘩して、その度にタナベ様に捕まって、番屋で一晩過ごしたことだって三度ある。」

「なんだいそりゃ。不良娘じゃないか。」

「おうよ。その度におとうが迎えにきてくれてよ。いっつもタナベ様にすまねぇって言いながら、番屋にいるあたいを引き取ってくれたんだよ。」

「へぇ、でも父親はその後、どうなったんだ?」

「殺されたんだよ。」

「こ、殺された!?」

「夜に所用に出てたんだが、帰り道に追い剥ぎにあって、胸をひと突き。翌朝には冷たくなっていやがった。」

「そういやあ、母親はどうしたんだ!?」

「おかんは、あたいが10歳の時に死んだよ。擦り傷が原因で、そこから病の元が入ったらしくてさ、あっという間に死んじまった。それであたいは、男手一つで育てられたんだが、まあ、そういう事情があってあたいもすさんじまってよ。だけど、死んだおとうを目の前にして、なんか急に後悔しちまったんだよ。」

「まあ、そうだろうな。」

「それであたいは、がむしゃらになっておとうの仇を探したのよ。で、やっとそいつを見つけたんだが、相手は追い剥ぎだ、逆に殺されそうになってな。」

「で、どうなったんだ!?まさか殺されたのか!?」

「んなわけないだろう。殺されてたら、この世にはいねえよ。あわやというところで、タナベ様が助けてくださったんだ。」

「ああ、そうだったのか。じゃあ、その相手は?」

「そのまま捕まって、お裁きを受けたよ。遠島に島流し、今頃どうなっているか……まあ、そう言うことがあって、あたいはタナベ様に頼み込んで、岡っ引きにしてもらったのさ。」

「そ、そうだったのか。そういう過去があったのか。」

「そういうサブはどうなんだい。『ぱいろっと』とかいう空飛ぶ乗り物に乗ろうなんて、なんで思ったのさ。」

「ああ、私の家はわりと貧乏だったんだよ。大学に進もうにも、お金がなくてさ。」

「ダイガク?なんだそりゃ?」

「いい職業に就こうと思ったら、私の星では学問を学んだものが有利なんだよ。それで、なるべくいい大学に進もうとするんだけど、お金がなきゃあ大学に入ることすらできない。それで、軍大学に入った。」

「なんでえ。結局そのダイガクってやつに入ったんじゃねえか。」

「いや、軍大学は学費なしに入ることができる唯一の大学なんだ。ただその代わりに、軍人になることが条件なんだよ。軍役を辞退すれば、学費を全額払わなきゃいけないっていう制度の大学でね。それで私は、そのまま軍人になった。それで遠征艦隊に配属されて、この星にやってきたというわけさ。」

「へぇ、そうなんだ。」

「どうせなら、駆逐艦などに縛られるような仕事じゃなく、自由に動き回れる兵種がいいと思ったから、哨戒機パイロットを選んだんだ。で、この星に着くや、いきなり周辺探索を行うことになってね。そこでエンジントラブルに遭って、あそこに落っこちてきたというわけだ。」

「なるほど、そこにあたいが現れたというわけなんだな。」

「仲間の駆逐艦が、この星の上のどこかにいる。10キロ圏内に現れてくれれば、私のスマホで連絡を取ることも可能なんだが……今のところは、まったく反応がない。」

「まあ、なんだかわかんねえけど、いいじゃねえか。おめえの話じゃ、そのうち将軍様とも同盟の交渉ってやつをやるんだろう?それがうまくいけば、そのうちその仲間ってやつに会えるよ。それまでうちにいりゃあいいじゃねえか。」

「そ、そうだな。他に行くところもないし……じゃあせっかくだから、その言葉に甘えることにするよ。」


などと話しているうちに、おリンの長屋についた。しかしここは、狭い部屋だ。私の駆逐艦に与えられた部屋と同じくらいの空間の中に、かまどや商売道具まで押し込んでいるといった具合だ。

トイレがどこにあるのかと思ったら、数件の長屋に一つしかない。しかも、水洗トイレではないため、中は非常に臭い。

水道もなく、共同の井戸が一つ。そういえば、風呂ここにはないな。湯屋に行くしかない。長屋の内部は、本当に衣食住だけの場所のようだ。


「いなり~!いなり~!」


と、その時、なんだか、通りから妙な声が聞こえてきた。なんだ、あれは?


「おお、ちょうどいいや!ちょっと待ってろ!」


そういっておリンは飛び出していった。私は外を見る。

棒の両側に桶をつけて担いで歩く男に、おリンは何かを受け取っていた。あれはもしかして、行商人か何かか?


「いやあ、いなり寿司の棒手(ぼて)振りがきたからよ、買ってきたよ。」

「いなり寿司?」

「そういやあ、うちにゃあ一人分の飯しかねえからよ。ちょうどよかったぜ。」

「い、いいのか?私は一応、非常食があるんだが。」

「それは大事な時にでもとっとくんだろう!それに、あたいも食べたい!その代わり、夕飯と朝飯はあたいが出してやるからよ!」


と言うので、せっかくだからもらうことにした。

といっても、あるのは冷めたご飯、ぬか漬けのナスとキュウリ、そしてさっきのいなり寿司。

いなり寿司はうまい。だが、他は正直、それほど美味しいとは言い難いものばかりだ。だが、贅沢も言ってられない。せっかくおリンが出してくれたものだ。ありがたく頂く。

で、食事は終わったものの、こんな狭い場所でどうやって寝るのか?するとおリンは、ちゃぶ台を立てかけて、奥にあった布団を出してくる。


「あの……おリンさん?布団てもしかして、これ一つ?」

「そうだよ。おとうとも、これで一緒に寝てたんだ。」

「ええーっ!?い、一緒に寝るってことか!?」

「別に気にするこたあねえよ。ちょっと狭いけど、なんとかならあな。」


いくら男勝りなおリンでも、相手は女性だ。しかも昼間、その中身も拝んでいる。意識するなというのが無理な話だ。

外はすっかり暗くなってしまった。灯りはろうそくのみ。それもあまり長々とつけると勿体無いという。

と、いうことで、私は成り行き上、おリンと同じ布団で寝ることになった。ろうそくが消され、辺りは真っ暗になる。

だが、どうしても、私の煩悩の部分が刺激を受ける。目の前に敷かれた一つの布団、向かって右側に、おリンが寝ている。布団をバンバンと叩いて、こっちにくるように誘うおリン。


「おい!もう暗えから、さっさと寝るぞ!」

「あ!は、はい!」


ぎこちなく私は、おリンの横に寝転がる。しかし、やはりこの布団は狭い。どうしても2人の体が触れてしまう。


「あの、身体が触れあって、ご迷惑ではありませんか?」

「なんでだよ。別に迷惑なことなんてねえぞ。むしろあったかくて、気持ちいいくれえだ。」


まあ、私も迷惑だとは思わない。ただ問題なのは、私の脳内で理性と煩悩との格闘が行われて、どうにも落ち着かないということくらいだ。

その気持ちを少し紛らわすため、私はおリンに話をする。


「そ、そういえばよ、ここの花火って、どんなやつなんだ!?」

「は?花火を知らねえのか?」

「いや、知っている。私ところの花火はこう言うやつだ。」


そういいながら、スマホで花火の動画を見せる。それを見るおリンは、目を輝かせる。


「な、なんだこれは!?赤に青に……花火に色がついているぞ!?」

「こっちの花火はどうなんだ。おなじようなものなのか?」

「いや、こんな色はついてないぞ。真っ白な光が、まさに花のようにバーンと音を立てて炸裂するんだ。色がないところ以外は、これとほぼ同じようなものだな。」


そうか。こっちの花火には色がないのか。まあ、こういうのは炎色反応を使って色をつけているというから、そういう技術がない文化では、白い花火しかないのだろう。


「そいでよ、夏になると大川で花火がよく上がるんだよ。それをみて、タ~ガ屋~!とかサ~ノ屋~!って叫ぶんだよ。」

「へぇ、なんで?」

「まあ、花火といえばタガ屋とサノ屋だったからな。花火が上がるとそういう掛け声をするようになったんだよ。」

「はあ、なるほどね。サノ屋ってのは今日関わったから知っているが、タガ屋というのもあるのか。」

「いやあ、もうねえな、タガ屋は。」

「ええーっ!?そうなのか?でもなんで?」

「おエドを追放になったんだよ。タガ屋は。」

「そりゃまた、なんで?」

「ある花火の打ち上げの時に、運悪く長屋のある方に飛んで行ってしまい、そこで炸裂したんだよ。それが元で、その周辺が大火事になってな。」

「花火一発くらいで、大火事になるのか?」

「この長屋を見てみろ。藁葺き屋根で、しかも木でできてるだろう。そんなところに花火の火が散らばったら、あっという間に火がついちまう。一晩で100軒以上の長屋を焼き尽くし、70人くらいが死んじまった。それが元で、タガ屋はおエドを追放になったってことよ。」

「そ、そんなことがあったのか……」

「おエドは火事が多いからな。小さな火事ならはしょっちゅうだ。今までにおエド中を騒がせた大火といわれるものは、4度あったんだ。最近だと、30年前のかなぁ。」

「はあ、そうなのか。しかし、よくそれでこのおエドは栄え続けられてるものだな。」

「いくら火事があっても、小高い場所に立てられた将軍様の城は被害もなく無事だかんな。将軍様さえいれば、何度でもよみがえるのさ、おエドはよ。」

「そ、そうなのか。でもやっぱり、人の力も大きいんじゃないのか?」

「うーん、まあ、そうだけどもよ。もしおエドから将軍様がいなくなってしまえば、やはりおエドは終わってしまうんじゃねえのかな。」


これが、このおエドの街の人の意識なのだろう。将軍様あっての大都市、おエド、か。


「そんなことよりも、あたいを見てどう思う!?」


なんだ?おリンが急に変なことを言いだしたぞ。


「ど、どういうことだ?」

「いや、言ったまんまだよ!あたいを見て、どう思う!?」


私の左腕をぎゅっと抱きしめる。顔は、妙に真剣だ。

まさか……おリンのやつ、私にせまってきているのか!?私の心臓が高鳴る。

そして、おリンは続けた。


「明日、何かが起きる。もしかしたら、おエド中が大騒ぎするようなとんでもねえことが起きるかもしれねえ!サブはよ、いろんな道具を持ってるし、頭も切れる。だが、あたいはタナベ様やミヤモト様の役に立てるか!?男じゃねえから、たいして力もねえ!こんな弱いあたいを見て、どう思う!?」


ああ、なんだ。そういう意味で言ってたのか。少し焦った。私は、冷静に応える。


「確かに、私には道具があるし知識もあるかもしれない。だが、私はおエドのことを知らない。今日のことにしたって、別に私だけの力で何かを成せたわけではない。おリンがいなければ、私はおエドの中を回ることすらかなわなかった。私からすれば、私はただおリンの助けをしたに過ぎないんだ。それでここまでたどり着けたのは、やっぱりおリンの力だと思っている。」

「そ、そうか!?そう思うか!?」

「だから、奉行所の人達の役に立つか、ではなく、すでに役に立っているんだ。そう思った方がいい。」


すると、おリンはニコッと微笑んで、こちらを見て言った。


「そうか。頭のきれるサブがそう言ってくれるんなら、きっとそうなんだろうな。ありがとよ。あたいもサブも、明日は岡っ引きとして大忙しになるぜ。さ、さっさと寝るか!」


そういって、私の腕を胸に押し当ててきた。


「いやあ、こうしていると、まるでおとうが帰ってきたみてえだなぁ……」


といったそばから、スースーと寝息をたてて寝てしまった。

だが私の方はというと、その腕から感じられる柔らかい感触のおかげで、なかなか寝付けない。かと言って、おリンのやつ、私の腕をがっちり掴んでて離れそうにない。

えらいことになってきたなあ。今夜は眠れるんだろうか?しかし、不時着してからここまで歩き通しで、疲労が溜まっていたこともあって、いつのまにか私は寝ていた。


そして、翌朝。

すっかり日は昇っているようだ。横には、おリンの姿はない。

周りを見ると、釜の下に息を吹き込んで、何かを炊いていた。起き出した私を見て、おリンは叫ぶ。


「おう!もうお天道様が上がってんぞ!いつまで寝てんだ!」

「あ、ああ、すまない。」

「もうすぐ飯が炊けるからよ、さっさと着替えな!」


というので、起き出して着物を着る私。

朝は、炊きたてのご飯とぬか漬けのナスや白菜、それに味噌汁が出てきた。


「さあて、今日も一日、頑張るぞ!いただきます!」

「あ、ああ、いただきます。」


早速その朝食を頂く。正直、味は慣れないが、今日は捕り物もあるから、しっかりと食べておかないといけない。私はその食事を、掻き込むように食べる。

朝飯が終わると、おリンは腰に十手をつける。この瞬間から、彼女は岡っ引きになる。


「さてと、じゃあ、奉行所へ行くか。」

「ああ、そうだな。今朝はまず、サノ屋とエツゴ屋の主人(あるじ)を捕まえるんだったな。」


意気揚々と奉行所へと向かう。すでに多数の捕手(とりて)たちが集まっている。また、我々以外にも岡っ引きがいるようだ。他の同心の手下だろう。

ミヤモト殿が、皆の前で檄を飛ばす。


「さあ、皆の衆!今日は大事な捕り物だ!まずはサノ屋に向かう!もし旗本のニシノ様が出張ってきても臆するこたあねえ!目付のミヤザキ様の了解も取り付けた!皆、行くぞ!」

「おおーっ!」


皆の士気は高い。ぞろぞろとサノ屋へと向かう南町の一行。

街の人も、何事かとこちらを見ている。朝早くから突如始まった大捕物に、手を振ったり声を上げて応援するものもいる。


「なんだか知らねえけど、おエドのために頑張れよ!」


意気揚々と歩く我々に、おエドの民も大喜びなようだ。おリンの話によれば、武士は民の間でも嫌われているようだが、奉行所の者は違うようだ。

一行はニッシン橋を渡り、その先にあるサノ屋の前に着く。与力のミヤモト殿が叫ぶ。


「たのもぉーう!南町奉行所の改めである!店の主人(あるじ)はおらぬか!?」


この大声に、番頭と思われる人物が大慌てで出てくる。


「あ、旦那様方!」


番頭も、奉行所の人間が急に大勢で現れて、大慌てな様子だ。さぞかし肝を冷やしていることだろう。

ところが、番頭からは思いがけない言葉が出る。


「ちょうどいいところに来やした!我が主人(あるじ)が、誰かに殺されてしまったんです!すぐに部屋へお越し下さい!」


なんだと?まったく想定外の事態が、そこでは起こっていた。

事情を知ってるはずのサノ屋の主人(あるじ)は、すでに何者かに殺されいたのだった。

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