#4 旗本と花火と金物
「おい!南町のタナベだ!ここの主人はいねえか!?」
花火屋のサノ屋に着くや、大声で店先にいた番頭に怒鳴り声をあげるタナベ殿。その様子をただ眺める岡っ引き2人。やはり、ここは時代劇の世界そのものだ。
そして奥から、あの悪そうな人相の主人が出てきた。
「なんですか、一体……って!み、南町の旦那じゃねえですか!そ、それにさっきの岡っ引き!な、なぜ……」
我々が生きて現れたことに、多分驚いているのだろう。彼の予定では、我々を口封じするために送り出した6人の子分らにやられているところだったはずだからだ。それが、よりによって同心を引き連れて戻ってきた。
「おう!うちのもんが世話になったんでな。悪いがちょっと、話を聞かせてもらおうか!」
「何のことですか?先ほどもその2人にもお話しした通り、うちは全く後ろめたいことなどございませんぞ!」
「うるせえ!おめえに雇われたっていう6人の男が、俺の岡っ引き2人に襲いかかって、危うく殺されそうになったんだ!どういうことか、聞かせてもらおうじゃねえか!」
「な、何のことですか!私には何のことやら……」
「6人の内のひとりが、おめえに頼まれてうちの岡っ引きのおリンとサブを狙ったと言っていたぞ!?」
「な、なんですと!?」
「そう聞いたからには、黙っちゃいられねえ!おキョウという料亭の店子もやったとまで言っていたらしい。そっちの事件のことも含めて、どういうことか聞かせてもらおうじゃねえか!」
やはり同心というのは、この商人よりは身分上は上のようだ。その地位を利用してぐいぐいと押しにかかる。
「……申し訳ねえですが、そいつはその下手人のたわごとに過ぎませんな。」
「なんだと!?」
「まあ、旦那、考えても下さいませ。おキョウは、私どもと、とあるお武家様と話しているところに居合わせた。だが、お武家様と花火屋、確かに変わった組み合わせではございますが、だからと言ってなにか後ろめたいことがあるとは言い切れませぬ。」
「だ、だが、人払いをしていたと聞いたぞ!?後ろめたいことがある証拠じゃねえのか!」
「将軍様や町人に黙っておいて、あっと驚かせるような花火を上げるつもりだっただけなのかもしれませぬ。人払いをしたことが即、後ろめたさの証拠とは限りませぬぞ。それともなんですか!私らが何か、人に言えないような何かをやっていたという証拠でもあるんですかい!」
「うう……」
ああ、なんと、この威勢の良い同心が言い負かされてしまった。まあ、考えてみればおキョウの殺人事件および我々への襲撃事件と、侍と花火屋の接触との間にはあまりに飛躍がありすぎる。強いていうならあの6人のうちの一人がサノ屋との関係を口にしただけに過ぎない。だが、それは戯言だと言われれば、それに反証できるものがない。侍と花火屋、それにもう一人の商人、この集団が、人を殺さなければならないほどのなにかをしていたというよほど合理的な理由がないと、とてもじゃないがこのサノ屋の主人を問い詰めることができそうにない。
「まあいい!今日はこれくらいで勘弁してやらあ!出直してくるが、今度こそ覚悟しやがれ!」
「へぇ、何度でもいらしてください。私どもは何もやましいものなどございませぬゆえ。」
ほくそ笑むサノ屋の店主に、怒り心頭なタナベ殿。同心が、まるで三下の捨て台詞のようなことを言って店を立ち去る。おかげでニッシン橋の街並みを歩いている間も、この同心は常時不機嫌だった。
「くそっ!こうなったらあの6人を問い詰めて、絶対に尻尾を掴んでやる!」
気持ちはわかる。私も、どうみてもあの主人に何かあるような気がしてならない。だが、その「何か」が分からなければ、どうしようもない。
花火といえば当然、火薬を使う。一種の兵器だ。それを大量に注文すること自体、確かに怪しい。
だが、その目的や用途がわからぬでは問い詰めようがない。
ところで、あのおキョウが見たという侍と商人の集団には、全部で5人いる。
商人の方は、1人が花火屋であるサノ屋の主人だと分かった。だが、もう1人が何者かは分からない。
武士の方も、3人中1人だけ「カシマ」という人物だと分かっている。この男は何者なのか?
私は、タナベ殿に尋ねてみた。
「カシマ?ええと、確かとある旗本の家臣に、そういう名のお方がいたな。」
「旗本?」
「数千石の、大名ほどではない武家のことを旗本って言うんだよ。カシマという名前は珍しい名だから、多分間違いねえな。」
「でも誰なんですか?そのカシマの主人である旗本というのは?」
「ああ、ニシノ様だ。」
「ニシノ様?」
「このおエドの護衛を担う番方をなされている旗本様だ。おそらく、3人の侍のうちの一人がそのニシノ様だろう。カシマ殿は、その付き添いだろう。だが……」
「なんです?」
「なんだって、番方が花火屋などに用事があるのか?まるで検討もつかねえ。」
「火薬を手に入れて、鉄砲などの武器を揃えるためではないのですか?」
「それなら花火屋なんぞに頼まねえ。直接火薬を扱う問屋に接触するはずだ。」
「うーん、そういうものですか。でもそうなると、あと1人の商人と侍というのが、気になりますね。」
「まあ、もう一度あの料亭とやらを当たってみるか。」
タナベ殿が言われるので、再びあの料亭へ行く。
「あと1人の商人とお侍ですか……そのサノ屋の主人ですら知らなかったくらいですし、もう1人が誰かと言われても……」
「何でもいいんだよ!着物とか顔とか、なんか特徴はなかったのかい!?」
「うーん、そう申されましても……お侍様の方は、そのカシマ様以外は頭に頭巾を被っておいででしたから、どなたかわかりませんでした。しかし、商人は……」
料亭の主人も困っていた。まあ、そりゃあそうだろう。1日にたくさんの客を相手しにしている店ならば、昨日のごく一部の客のことなどそうそう覚えてはいまい。
「ああ、強いて言うなら、1人の商人の衣には、ひし形に日本の線が入った模様がついておりましたな。ちょっと変わった模様だったので、うっすらと覚えております。」
「ひし形に二本線?そうかい。分かった。すまねえな、何度も。」
「いえ、旦那様も、お勤めご苦労様でございます。」
こっちに店主は感じがいい人物だ。さっきのサノ屋とはまるで違う。
「サノ屋の主人は、ひし形の模様なんぞ付いていなかったからな。それがもう一人の商人の手がかりということになる。そういう服を着た商人ってやつを探してみるか。てことで、ここからは俺とおめえらで別れて探ることにしよう。暮れ六つには、奉行所に集まる。それでどうだ?」
「はい、そうします。」
「じゃあ、それまでには、あたいがあのサノ屋の尻尾を掴んでやるぜ!」
「おう、おリン、その粋だ!じゃあ、また後でな!」
一旦タナベ殿と別れて、そのひし形と2本線の模様のついた服という手がかりを探ることにする。
「さてと、探し物の前に、ちょっくら風呂にでも行くか。」
「は?風呂!?」
「そりゃあ仏さんにも関わっちまったし、穢れを流してさっぱりするんだよ。」
「ああ、そういうことか。」
「ちょうどこの先にあるんだよ、大きな湯屋が。じゃあ行くぜ!」
などとおリンが言うので、私はついていく。だが、ここの風呂ってどうやって入るんだ?全然分からないぞ。
「おい、私はここの湯屋なんて行ったことないが、どうやって入るんだ?」
「着物を脱いで、垢すりで身体を洗い流して、石榴口を潜ってその先の湯船に浸かるだけだ。2人で16文。それくらい、あたいが払うし、こまけえことは中で教えてやるから、大丈夫だって!」
「いや、大丈夫って……いや、おい、待て。今、中で教えるって言わなかったか?お前と一緒に入れるわけがないだろう!」
「はあ?何言ってんだ。一緒に入るに決まってるじゃねえか。」
「は!?そっちこそ何言ってるんだ!風呂というのは普通、男女で別れてるだろう!」
「は?なんだそれ、そんな湯屋、聞いたことねえぞ!」
な、なんだと?まさか、ここの風呂屋は混浴なのか!?いや、さすがにそれはちょっとまずいだろう。
だが、そうこうしているうちにその湯屋に着いてしまう。奥に大きな煙突が見え、煙が出ている。まさに風呂屋といったところだ。
「おい!わ、私は外で待ってるから、おリンだけで入ってこい!」
「なあに遠慮してるんだよ!おめえには命助けてもらったしよ、ここらでちゃんとお礼しとかねえとな。それに、おめえもちゃんと身体を清めねえとダメだろう!」
と言って、半ば強引に中へと連れて行かれた。
入り口に座る番台に10数枚の銭を渡すと、手ぬぐいと垢すりのようなものを渡してくれた。それを受け取り、その奥に進む。そこは、目を覆わんばかりの光景が広がっていた。
そこは老若男女を問わず、男女が入り乱れている。着物を脱ぐもの、ちょうど上がったところで身体を手ぬぐいで体を拭きとっている者、様々だ。だが、男はともかく、普通に若い女もいる。無論、ここは脱衣所だけに、素っ裸の女も何人もいる。
「さ、ひとっ風呂浴びようや!」
と言って脱ぎ始めるおリン。私は思わず硬直する。
「おい、まさかここで脱ぐのか!?」
「あたりめえだろう!何を固まってやがるんでい!だらしねえな、さっさと脱ぎな!」
「は、はい!」
結局、おリンに急かされて私も着物を脱ぐ。こっちの人間から見れば奇妙な下着をしてるせいか、よこの人からはジロジロと見られる。余計に恥ずかしい。
おリンはといえば、着物を脱いで胸のあたりが丸出しになっている。下のふんどしもスルッと外してしまう。
こうして、素っ裸になったおリンとともに、私は脱衣所から奥へと進む。そこはやや薄暗い場所。当たり前だが、ここには明かりはない。
ちょっと暗いのは幸いだ。恥ずかしさが多少紛れる。こんなところに明かりがあったら、とんでもない光景が広がり、私の下半身のボルテージが上昇するところだった。
そこには数人の男女がいるが、湯船はなく、代わりに湯の張られた浅いお湯場があって、体を垢すりで洗った後にそこから桶でお湯を組んで、身体を洗い流しているようだ。
私は番台から渡された垢すりを使って身体を洗う。その後に、そのお湯場から桶で湯を汲んで身体を洗い流す。
横を見ると、おリンがいる。ほっそりとした体だが、胸はやや大きい。そして、意外に白い肌をしている。この暗がりでも、明るく見える。
思わず見とれていると、おリンは私の手を引いて、さらに奥へと向かう。
で、そのおリンに連れられて、「石榴口と呼ばれる、低い入り口をくぐる。どうしてこの入り口は、こんなに低いのか?思わず私は、そこで頭を打ちそうになる。
どうやら、お湯がすぐに冷めないように、ああやって狭い入り口になっているんだそうだ。おかげで、ここはさっきの洗い場よりもさらに暗い。
だが、だんだんと暗さに目が慣れてくると、大勢の人が湯船に浸かっているのが見えてきた。もちろん、男女混浴だ。
ここまでバタバタとしていたが、ようやく湯船に浸かって冷静になって周りを見渡せるようになった。
もっとも、横にはとても冷静さを維持できない、刺激的な光景が広がっている。
よく見るとおリンの腕は、とても筋肉質だ。それにしても、やはりふくよかな胸をしている。あのだらしない着物の隙間からもある程度推測できたが、ここでは丸出し、実際の大きさがよく分かる。
「はぁ~!やっぱり風呂はいいねえ!なあ、おめえんとこの風呂ってのは、どうなってるんだ?」
「そ、そうだな、まず男女に分かれている。」
「さっきもそんなこと言ってたな。なんでわざわざ分けるんでい!薪がもったいねえじゃねえか!」
「いや、やっぱり風俗的によろしくはないだろう。おリンの胸元も丸見えだし……」
「おいおい!変なとこばかり見てるんじゃねえぞ!?まったく、案外いやらしい奴だな!」
「す、すまん……」
「それ以外には何があるんだい?」
「うーん、そうだな。シャワーというのがあるな。」
「しゃわー?」
「ひねると、長いホースの先からお湯が出てくる仕掛けさ。だからわざわざ桶に組んでかける必要がない。さーっと洗い流せる。」
「へぇ、想像もつかねえな。」
「あと、駆逐艦には身体を洗うロボットがいる。」
「ろぼっと?なんだそれ?」
「まあ、からくりみたいなものだ。水を節約するため、艦内では自分では身体を洗うことができない。全部機械任せで、あとは湯船につかるだけだ。」
「なんだって、水を節約する必要があるんだ?」
「そりゃあ宇宙には、水がないからさ。」
「ええっ!?そうなのかい?なんだかよく分からねえところだなぁ、その宇宙ってとこは。」
見たこともない我々の文化、技術に胸を躍らせるおリン。私は、その踊る胸をじーっと見ていた。まあ、おリンも私の話を楽しそうに聞いているし、お互い様だろう。
そんな会話をしていると、風呂場の中での会話が聞こえてきた。
「なあ、知ってるか?」
「何を?」
「旗本のニシノ様のことだよ。この旗本、何を思ったか突然、花火屋と鍛冶屋に大量の仕事を依頼してるらしいぜ!知り合いの花火師が言っていたよ。」
「へえ、旗本が、花火に鍛治。そんな連中に、何をさせるんだい?」
「さあ……知り合いの花火師が言うには、とにかく二尺玉をたくさん作ってくれってさ。それを頼んだサノ屋の主人は最初、誰が頼んだかは教えてくれなかったらしいんだが、そのサノ屋の主人が旗本のニシノ様の名前を誰かに語っていたのを聞いたらしくてよ。なんでもその時、鍛冶屋も集めてるって言ってたらしいぜ。」
「変な話だなぁ。だけどよ、聞いた話じゃ、そのサノ屋とお侍さんが話しているところを覗いた店子が殺されたって話だぞ。実はそれ、やべえ話じゃねえのか?」
「おっと、いけねえ。そうなのかい?つい気が緩んじまった。壁に耳あり障子に目あり、だしな……くわばらくわばら。」
この会話を聞いて、私はおリンの方を見る。彼女も察したようだ。こっちを見てうなづく。
湯船から出て、石榴口を通る。おリンの濡れて艶やかになった肢体が眩しすぎて……いやいや、今はそんなことを言ってる場合ではない。
脱衣所で身体を拭き、着物を着て外に出る。思わずおリンの身体を見てしまうが、おリンは私の方を向いてこう言った。
「多分、もう一人の商人ってえのは、鍛冶屋に関するやつだろうな。」
「だろうな。さっきの話によれば、多分間違い無いだろう。じゃあ、ここらの鍛冶屋にあたっていけば……」
「いや、鍛冶屋にあたってもダメだろう。」
「どういうことだ?」
「サノ屋ってのは、いわゆる花火問屋、花火師の総元締めみてえなもんで、たくさんの花火師を抱えているやつなんだ。てことはだ、もう一人の商人ってのも、おそらく同じようにたくさんの鍛冶屋を抱えているやつなんだろう。」
「なんだ、その鍛冶屋を抱えているという商人は?」
「金物問屋だ。」
「金物問屋?」
「包丁や鍋など、鍛冶屋が作るものを買い集め、それを卸しているところだ。」
「なるほど、そこなら鍛冶屋との関わりがありそうだな。」
「金物問屋なら、数が知れてらあな。あとは、そのひし形の模様の着物を着た主人がいるかどうかを調べるだけだな。」
「分かった。それじゃあすぐにあたってみるか、金物問屋に。」
わずかな証拠を頼りに、徐々に彼らの謎に迫ってきた。もっとも、まだ何をしようとしてるのかはまったく見当がつかない。
旗本が花火大会と金物市を同時に開くとは思えないし、そのことを知られそうになったくらいで人を殺すとは思えない。
それに、もう一人の侍の存在というのが気になる。
間違いなく、何かある。それも、わりと大物の何かだろう。これは私の直感だが、多分間違いない。
こうして我々は、ある金物問屋にたどり着いた。






