#3 320光年の岡っ引き
相手は、プロだ。間違いなく、プロの武士だ。
同心ならば、おそらく人を斬ったこともあるだろうし、剣術も相当なものだろう。
もちろん、一撃をかわすことは出来るだろう。私には、この地上で最強の防御兵器を持っている。
だが、それを使った瞬間、このおエドで私は追われる身となるだろう。なにせ、我々で言うところの警察官である同心に対し、攻撃をしたのと同じことだ。
そうなれば、味方に発見されるまで逃げ切るか、バリアも弾薬も尽きてた果てに殺されるかの、いずれかの運命しかない。
だがおリンが、そんな私のことを庇ってくれる。
「タナベ様!聞いてくだせえ!こいつのおかげで、あたいは助かったんです!こいつの怪しい技がなきゃあ、あたいは今ごろ、血まみれになって倒れ、この水路に投げられてたかも知れねえんです!それに、あのおキョウという女を殺した下手人を見つけることもできたんです!頼んます!見逃してやってくだせえ!」
それを聞いたタナベという同心は、しばらく考え込むように目を閉じる。その後、左手をすっと引っ込め、私に頭を下げてきた。
「そいつはすまねえことをした。おリンを助け、下手人まで捕まえてくれた相手に、とんだ無礼をするところだった。」
私も腰から手を引き、両手を振って応える。
「あ!いえ、いいんです!たいしたことはしてませんから!」
「だが、あんたのことを少し、聞かせてもらいてえ。俺もおエドを守る同心というお役目上、あんたのことを知らねえわけにはいかねえだろう。どこをどう見たって、あんたがこのおエドの者じゃねえことは分かる。まあ、ここじゃなんだから、まずはセンコウ寺でおキョウを弔ってから、そのあとその寺で少し、聞かせちゃあくれねえか。」
そういうとタナベ殿は、引き連れていた別の2人の捕手らに命じて、6人の下手人を番屋と呼ばれる、我々でいうところの拘置所のようなところに連れて行かせた。
で、我々はそのままセンコウ寺へと向かう。その細い路地を抜けたそのすぐ向こうに、その寺はあった。寺の入り口から入ると、そこにあの母親が立っており、訪れたタナベ殿に頭を下げる。
その奥には、死装束を着せられたおキョウが安置されていた。おそらくここの寺のお坊さんが、そのおキョウに向かって読経している。その後ろで、タナベ殿とおリンは手を合わせる。私もここの風習に倣い、手を合わる。
その後、和尚に頼み、寺の奥の部屋を借りる。襖を閉め、私とおリン、そしてタナベ殿の3人だけとなった。
「さて……俺の名は、タナベ。おエドの南町奉行所付きの同心だ。」
「私は……」
少し考えた。真っ正直に応えれば、まさにこのおエドの者にとって「異国者」であることをばらすことになる。最悪、この同心に捕まる恐れがある。
が、さっきから接する限り、すでに異国のものだということはバレているだろう。ここは下手に応えるより、正直に話した方が良さそうな相手だと感じた。そこで、私は応える。
「私は地球509という、ここから320光年離れた星から来ました。私はその星の遠征艦隊所属の駆逐艦6443号艦で哨戒機パイロットをしている、サブリエルと申します。」
「アース509?パイロット?なんでえ、それは。」
「説明の前に、伺いたいことがあります。今日の朝、空から落っこちてくるなにかを、あなたは目撃しませんでしたか?」
「ああ、見た。おエドの外れの林のあたりに落ちていくのを見たな。が、それがどうしたと言うんだ?」
「あれは私の乗る哨戒機という航空機です。エンジントラブルを起こし、林の中になんとか不時着して助かった私は、その落下物を確認しにやって来たおリンと出会ったのです。」
「あたいも見ました!見たこともねえ白い四角いもんが落っこちていたんでさあ!」
「そうか。なるほど、つまりあんたは、空高くからやってきたというのか?」
「そうです。正確には、空を超え、宇宙という空間にある数多の星の一つからやってきたんです。」
「その、星から来たというのがどうにも私には理解できない。一体、どういうところなのだ?あんたのいう、その星っていうのは。」
「そ、そうなんですよ。あたいもそう言われたんですが、何が何だか……」
「そうですね。一言で言えば、こことあまり変わらない環境の場所ですよ。ところであなた方は、自分達の住んでいる場所も『星』だと気づいてますか?」
「なんだと!?ここも星なのか?」
とても信じられないといった顔で、こちらを見る2人。私は、スマホを取り出す。そして、3Dモードで彼らの地球の画像を見せる。
「な、なんでえ、これは!?まるでお月さんのような……だが、青くて白い筋や茶色いものもある。これは一体、なんだ?」
「私達が今いる、この場所をずっと離れた場所から見た映像です。我々は人の住むこの青い星を、地球と呼んでいます。」
「今いる場所!?あーす?だけど、俺らのいる場所は、こんなに丸くはねえぞ!?」
「それは、この球体の大きさがとてつもなく大きいため、今いるところが平らに感じているだけですよ。ええと、おエドは確か……」
指先でスマホ上の地球を操り、ズームアップしていく。ある茶色い地面のあたりを2本指でつまんで広げては、どんどんと拡大してく。すると、このおエドの真上までたどり着いた。
「ああ、これは……」
「ここがあのお城、そして、水路があちこちにあります。ニッシン橋と呼ばれるのは、この辺りですかね?」
「ああ、紛れもなく、ここはおエドだ。」
まだ衛星写真から作られたデータのため、人影までは写っていない不鮮明な上空写真だ。それでも街の形、張り巡らされた水路、そしておエド城と、このおエドに特有のものがたくさん見られ、それがおエドだとわかる。
タナベ殿は、しばらく腕を組んで考えた。
「あんたがさっき下手人に使った怪しげな技に鉄砲、それにこのスマホとかいう道具と、そこに映っているおエドの姿。間違いねえ、あんた、確かに空のずっと上からやってきたもんだな。」
「分かっていただけましたか。ありがとうございます。」
「ただ一つ、気になることがある。あんたら、そんな遠くからわざわざ何しに来た?」
タナベ殿は、組んでいた腕を膝に叩きつけ、私に向かって言った。
「あんたの身につけていた、手のひら程度の鉄砲や怪しい技で、あれだけの威力だ。ということは、落っこちたっていうその空飛ぶものには、もっと恐ろしい大砲でも載せてんじゃねえのか?つまりあんたら、その強大な武器を持って、このおエドやこのヒノモトの国に攻め込もうって算段でやってきたんじゃねえのか!?」
うーん、この同心、さすがは切れ者だ。このおエドに異国の者を入れないという法律も、おそらくは外敵の侵入を警戒してのことなのだろう。だが、私は冷静に返す。
「いえ、それはあり得ません。我々の狙いは、あなた方、いや、この星すべての国との同盟を結ぶことなんです。」
「は?それは、どういうことで!?」
「それに答える前に、少し考えていただきたい。例えば、2つの強大な勢力があったとします。お互い、争いを続けている。周りには、まだ敵にも味方になっていない国がたくさんある。こういう時、どうすればいいと思います?」
「そりゃあ、その周りの国に使者を派遣して仲間を増やし、自分の側をより大勢にして対抗するのが一番だ。」
「我々がやろうとしているのは、まさにそれなんですよ。タナベ殿。」
「どういうことだ!?」
「実はこの宇宙には、800もの地球と呼ばれる、人の住む星があるんです」
「は、800のあーす、だって!?じゃあ、このおエドのようなところが……」
「これくらいの規模の都市ならば、たくさんあります。もちろん我々の星にも、1千万人以上が住む都市というのはいくつも存在します。」
「い、1千万人だってぇ!?おエドの十倍じゃねえか!」
「それはともかく、800もの人の住む星があるんですが、この星々は2つの勢力に分かれているんです。」
「……さっきの例え話は、つまりその2つの勢力のことだって言いたいのか。」
「そうです。我々の側は宇宙統一連合、通称『連合』と呼ばれる集団で、もう一方、我々と敵対しているのが銀河解放連盟、通称『連盟』とよばれる集団とがあります。この2つの集団はもう、かれこれ170年もの間、争い続けているんです。」
「そんなに長いこと、争っているのか?」
「そうです。だが、まだ我々に存在を知られていない人の住む星、地球というのはたくさんあると言われています。それを連合、連盟ともに探し続けては、仲間に加えている。170年前にはたった180しかなかった地球が、今では800にまで増えたのです。そして、我々は2週間ほど前に、この星を見つけた。それで、私はこの星の調査に出かけようとしたところ、墜落してしまった……そういうわけなんです。」
彼らからすれば、突拍子もない話ばかりだろう。だが、タナベ殿が応える。
「……つまり、あんたらは連合ってとこに、俺らの、このおエドを含めたこの星を仲間に加えようってことか?」
「そうです。おそらく近いうちに、我々の誰かがこのおエドの将軍様を始め、この星にあるさまざまな国と接触し、同盟を結ぶことになるでしょう。私が今持っているこの道具も、いずれ珍しいものではなくなります。」
それを聞いて、再び腕を組んで考え込むタナベ殿。そして、おもむろに口を開く。
「おめえさんの話は分かった。今ひとつ理解できねえところもあるが、考えてみりゃあ、おめえさん達がここを攻めるつもりだったら、もうおエドはとっくに攻められてる頃だろう。未だにそうなってねえってことは、そういうつもりがねえってことなんだろう。だから、あんたの話を信じるとしよう。」
だが、タナベ殿は私に忠告する。
「だがな、この話はここだけにしておいたほうがいいだろう。あまり知れると、色々と厄介だ。物分かりのいい奴らばかりじゃねえからな。だからあんたが仲間と合流できるまでの間、俺んとこの岡っ引きということにしておこう。」
「お、岡っ引きですか!?」
「さっきも下手人を捕まえていただろう。それにこの事件、なんか裏がありそうな話なんだろう?この事件解決のため、おリンと一緒に行動してくれ。その方が俺も助かる。」
「いや、タナベ様!あたいは別に一人でもやってけるよ!」
「いや、そうもいかねえ。この事件、何かちょっと引っかかるんだよ。」
「な、何がですかい?」
「だってよ、たかが侍と花火屋が一緒にいるところを見られたくらいで、その店子を殺し、しかもそのことを探りに言ったおめえらまで狙われた。どう考えても、ただ事じゃねえ。どうも何か裏に、なにか良からぬ企みがあるような気がしてならねえんだ。だから今回の事件、おめえ一人じゃ手に負えねえだろう。」
「そうだけどよ……」
「それに、こいつはおエドを知らねえ。だが、スマホやら小型で強力な鉄砲を持っている。おエドに詳しいおリンと、便利な道具を持つサブが組み合わせれば、鬼に金棒だ。」
「へ、へぇ……そういうことなら、わかりやした。」
「そういうことなんで、俺からも頼む。しばらく、こいつの助けになってやってくれねえか?」
「はい、承知しました。私も行く当てがあるわけでもありませんし。」
「よし!そうと決まれば、早速あの花火屋を調べるぞ!」
「ええーっ!?さ、早速行くんですかえ!?」
「あったりめえよ!大事な子分を殺されそうになって、黙っていられるかよ!」
「ちょ、ちょっと、タナベ様!待ってくだせえ!」
飛び出していったタナベ殿に、おリンが慌ててついていく。私も成り行き上、ついて行かざるを得ない。
やれやれ、320光年も離れたこの星の上に私は投げ出され、なんとパイロットから岡っ引きにされてしまった。このままいつまでも艦隊と連絡が取れないと、私はずっとこのおエドで捜査をやらされそうだ。