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#15 時代の狭間

流す噂の内容は、実に単純なものだった。


「南町奉行所の者が、先の大安宅事件でおエドを守り抜いた祝いと、殺された与力の弔いのために、奉行所をあげてヒシワラの丘の上で花見を執り行うんだそうだ。」


たったこれだけの情報だ。だが、もしミヤモト殿を殺した犯人が例の目付と旗本の一族や家臣なら、この話にのって必ずヒシワラの丘に現れるはずだ。

ヒシワラの丘とは、おエド城にほど近い場所にある丘だ。今の時期、桜としては遅咲きのしだれ桜がちょうど満開を迎えていた。

もっとも、この場所での無許可の花見は禁止されている。なにせ、将軍家のお膝下だ。そんなところで大勢が集まって騒がれては幕府の威信に関わるというので、通常花見は許されない。

が、この作戦のために私と南町奉行所は動いた。ちょうどこの星に常駐を始めたばかりの我々の政府の代理人である交渉官と結託して、幕府側の許可をとりつけ、花見を行うことになったのだ。


「いやあ、いくらおとりのためとはいえ、こんな珍しい桜が見られるのは嬉しいねぇ。」


そう言ってしだれ桜に見入っているのは、おリンだ。盃を片手に、うっとりとした顔で桜を見ている。


「おい、あまり飲むんじゃないぞ!」

「わかってらあ!捕物があるんだろう?程々にしとくわ!」


と言いながら、がぶがぶ飲んでいる。どこがほどほどだ。

ところで、私は同心らと同じ着物姿で現れた。他にも数名、我が艦隊の陸戦隊が同じく同心姿で混じっている。

一見すると、派手な宴会を開いているように見えて、その裏では襲撃に備えて周りを固めていた。

なにせ、おエド中にこの南町奉行所の人間のほぼ全てがここに集まると触れて回った。2、3軒の瓦版屋にも頼んで、その噂話をばらまいてもらった。

となれば、お酒を飲んで油断している奉行所の連中を、一網打尽に成敗できる。彼らはそう考えて、必ず現れるに違いない。

そう、彼らは、必ず来る。私には、確信があった。

暖かい風が吹く。春も終わり、もう時期夏になろうとしているこの時期。ピンク色の桜の花をつけたしだれの枝が、その暖かな風になびく。その下では、同心達は酒と肴を楽しんでいる。おリンも、すっかり酔っ払っている。やっぱり飲みすぎだ。

だが、私と陸戦隊の連中は、着物姿で水杯をかわすのみ。周囲には、何人かの見張りを潜伏させてある。

その見張りから、私に無線連絡が入る。


『ヒシワラに向かう侍集団を視認!数、24!現在、南側からそちらに向かって進行中!到着まで、あと2分!』


これを聞いた私は、行動に出た。


「お奉行様、一杯どうですか?」

「おお!頂こうではないか!」


私がお奉行様の盃に注ぐのは、戦闘準備の合図だ。陸戦隊のみならず、酒を飲んでいた与力、同心達、そしておリンの表情が変わる。

夕暮れ時、やや薄暗くなり始めたこの場所へ、奴らは現れた。


『見張りより本体に警告!全員、抜刀して突入してきます!』


それを受けて、私と陸戦隊の数名は立ち上がる。そして、左腕の袖をまくり、手首につけた腕輪をさらし出す。

そこに、刀を抜いた20人余りの人が突入してくる。我々は手首を彼らに向けて、腕輪のスイッチを押す。

我々を斬りつけてくる刀が、次々と砕けていく。そう、この腕輪、実はバリアシステムの一種だ。

通常の携帯バリアシステムが身体を半径70センチほどの円筒形に包むのに対し、こちらは半径1メートルの円形に展開する。いわば「盾型バリア」だ。

数人で多数の人物を護衛する際は、こちらの方が便利だ。襲いかかる侍集団の刀はこのバリアシステムによって、次々に破壊されていく。

そして、最後の一人の突撃もくい止め、バリアに弾き飛ばされた侍たちは丘の上で倒れていった。我々は銃に持ち替え、彼らの前に発砲する。


「動くな!お前達はすでに包囲されている!無駄な抵抗はやめて、速やかに降伏せよ!」


陸戦隊の隊長が叫ぶ。潜んでいた見張りの者も駆けつけ、彼らの周囲を囲んだ。

と、彼らの一人が突然座り込み、脇差を取り出して抜いた。私は銃を向ける。だが、彼はこう叫ぶ。


「もはや、これまで!」


そして、着物の腹の部分をさらけ出して、抜いたその脇差を自分の腹に刺そうとしていた。

ああ、こいつ、切腹するつもりだ。

そう確信した私は、彼のもとに駆け寄り、その脇差を掴む手首をひねる。落ちた脇差を、私は銃で撃ち抜く。


「何をするか、私に名誉ある死をさせぬつもりか!?貴様は私に、主君と同様に恥辱の死を選べというのか!」


それを聞いて、私は応える。


「馬鹿野郎!何が名誉ある死だ!死んでしまえば、名誉も恥もない!そこでお前はおしまいだ!」

「なんだと!?死ぬなと申すか!それは私に、生き恥を晒せというのか!?」

「生きることは恥ではない。罪を償い、そこから新たな出発をすればいいだけのこと!これからは、そういう時代だ!」


私の言葉に、そのリーダー格と思われるこの男が、反論する。


「何が時代だ!我が主人(あるじ)であるミヤザキ様がなそうとしたことは、幕府を倒し、それに代わる主君の登場を目指すものだったのだ。それが成し得なかった今、結局今まで通りの時代が続いている。そうさせてしまったのは、お前ら南町奉行所の連中ではないか!それでまず、ミヤザキ様を捕まえたあの与力を殺った!そして、お前ら南町の連中を倒し、主君へのせめてもの手向けとするつもりだったのだ!」


やはり、ミヤモト殿を殺ったのは彼らだった。彼らにとって、これは主君の仇討ちなのだ。

だが、私は反論する。


「古今東西1万光年、テロリズムが時代を動かしたことはない。なぜなら、民衆の支持が得られないからだ。しかもお前達がやろうとしていたことは、このおエドの民衆全てをも巻き込んだ最悪のテロ行為だ!そんなことをして、時代が良い方向に向かうはずがない!混沌と混迷の、まさに地獄が出現するだけのことだ!」

「ならば問う!お前らは、今のままでいいというのか!?」

「そんなことは言ってない。時代は変わる。いや、すでに変わり始めている。今は分からないが、この1、2年で大きく変わる。我々の出現が、大きな時代の変革をもたらすんだ。」

「お前らの出現が、なぜ時代を変えられるんだ!?民衆とやらは、お前らを支持するというのか!?」

「支持される。それは間違いない。我々がもたらす技術や文化で、人々の生活が豊かになるからだ。」


ちょうど我々の真上を、駆逐艦が通過していた。それを指差して、私は続ける。


「あの大きな船が、これからおエドの空を往来するようになる。その船がもたらす食べ物、着る物、そして情報。それらが人々にもたらされ、これまででは考えられないほど豊かな生活がもたらされる。その人々の生活の変化こそが、人々にさらなる要望や権利意識を植え付け、時代を動かすんだ!その時お前達が倒そうとした、何もせずふんぞり返る奴らなどは力を失い、若い世代が時代を引っ張る時が来るんだ!」

「馬鹿な!そんな話、到底信じられるか!」

「嘘など言っていない。私は事実に基づいて話している。実際、連合に属する450余りの星々の間では、この170年、当たり前のように繰り返された事実だ。どの星も、宇宙進出で大きく変わる。あんな大きな船がもたらす膨大な物や文化を前に、どうして変わらずにいられようか!?」


それを聞いた24人の侍は、黙り込んでしまう。私は続ける。


「この先、仇討ちだの切腹だのは、武勇伝にも美談にもならない。そんなものは、単なる自己満足で終わる。これからは、一人一人が自分の意思を持ち、やりたいことを目指せる明るい時代がやって来る。これは、この宇宙での歴史の必然だ。それを、お前達は生きて見届ける義務がある。それこそが、お前達の主君の弔いだ!」


それを聞いたお奉行様は、私の側に立ち、言った。


「まったく、そういう裁定はわしが出す役目なのだがな……」


そう言いながら、お奉行様はその24人を前に言い放つ。


「こやつのいう通りじゃ!お主らが死ぬことは、絶対に許さぬ!子細は追って沙汰するが、お主らは生きてこの先の時代を見届けよ!お前らが殺した与力の分も生きるのじゃ!それがお主らへ課せられた、贖罪の道である!」


もはやこの裁定に異議を唱えるものは、どちら側にもいない。私が語った新たな時代。それがわずか1、2年でやってくる。その言葉に、興味を抱かないものはいない。

もちろん、私はでまかせを言ったわけではない。現に、もう変わり始めている。おリンの腰にぶら下がっているスマホが、まさにその変化の象徴だ。そしておリンが戦艦ラングドックの街で見聞きし、触れて、そして食べたあれらの文化や物は、この1、2年の内にこの星でも当たり前のものとなるだろう。

そして24人は捕らえられ、番所へと送られる。それを見届けたおリンは、ボソッと呟く。


「おめえらが、もうあとひと月早く来ていたら、ミヤザキ様やニシノ様が活躍していたかもしれないなぁ。」

「ああ、惜しい人材をなくしたと思う。なればこそ、これ以上の人材損失は防がねばならない。」


おリンは、酔っ払って私に寄りかかる。私はそんなおリンを抱き寄せる。そういえばこのおリンと私の出会いも、時代の変化の一つだ。この先、こういうことは日常となるだろう。


なおこの日、この星が「地球(アース)830」と呼ばれることが通達された。この日がまさに、おエドの宇宙時代の始まりとなったのだった。

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