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#14 与力殺人事件

「て、てぇへんなことになった……与力のミヤモト様が、殺された!」


地上に戻り、南町奉行所に寄ると、いきなりとんでもない話を聞かされた。


「な、何ですって!?何が起きたんですか!与力のミヤモト殿が殺されるなんて……町の治安を守るべき与力の方が殺されるなんて、とても普通じゃ考えられないですよ!」

「誰かはわからねえが、黄昏時に歩いていたミヤモト様を、数人がかりで襲ったようなんだ。血まみれで倒れているところをある旗本の家臣が見つけて、奉行所に知らせてくれたんだが、数箇所を刺されていてな、すでにミヤモト様は……」


タナベ殿が落胆した様子で我々に発見された時の状況を語る。当面は大きなことは、このおエドでは起きないだろう。そう考えていたお奉行様の考えは外れてしまった。

町奉行の人が殺される。想像以上にそれは大事件だ。我々でいうところに警察官が殺されるのとは、わけが違う。

この南町奉行には、与力が24人しかいない。同心も70人前後。北町奉行も同じくらいの人数だという。その奉行所が毎月交代で治安維持をしている。つまり、24人の与力と、70人の同心だけで、この広いおエドを守っている。

その1人が殺されてしまった。これはおエドの治安維持にとって、大きな損失であるのは間違いない。

とにかく、誰が、何のためにミヤモト様を襲ったのか!?町奉行の与力と知ってのことだろうか?

事件があったのは昨日の夜のことで、ちょうど我々が帰ってきたのと同じタイミングで起こっていたようだ。


「とにかく、なんとしてでも下手人を探し出すぞ!ミヤモト様の仇を取るんだ!」

「合点だ!」


というわけで、私も共々、与力殺害の下手人探しに駆り出される。まあ、私も一応、ここでは「岡っ引き」ということになっている。

なお、おリンはというと、いつものおエドでの姿に戻っている。だらしない髪結いに、ゆるい着物。だが一つ違うのは、腰に十手と一緒にスマホもつけていることだ。

すでに同盟交渉は暫定締結され、携帯回線の基地局が設置され始めた。その結果、このおエドの街中でもスマホで通信が可能になり、地図が使えるようになった。これは、私にとっては非常に助かる。

まず、事件現場に向かう。そこは、ニッシン橋の通りを過ぎ、いわゆる与力、同心が多く住む「ハッケイ堀」と呼ばれる場所。

数百石の(ろく)を与えられた武士が住む街。与力、同心の他に、幕府に使える下級役人の家が立ち並ぶ。

下級武士の街とは言え、長屋と比べるとずっと大きい屋敷ばかり。大名や旗本の屋敷はさらに大きいと聞くから、ここでの貧富の差が半端でく大きいことを知らされる。

それはともかく、この辺りは夜になると人通りも少なく、それゆえにミヤモト殿への犯行に関する目撃情報がない。

これが長屋のど真ん中なら、通りのすぐそばで誰かが殺されると、狭い場所にあれだけ人がひしめいているため、すぐに気づかれるものだ。が、ここは広いお屋敷が並ぶ場所。広い屋敷の奥にいる人からは、庭を超えてその塀の向こうにある路上で起きていることなど気づくわけがない。

おかげで、なんの手がかりもない。見当もつかない。

恨みによる犯行だと言い出せば、奉行所の人間なんて恨みだらけだ。罪を犯した者を捕まえて、死罪や遠島、最も重い打ち首獄門のお沙汰を下したケースなど数知れず。たとえ相手が大罪者であっても、その家族や仲間には恨まれることはどうしようもないことだ。

というわけで、何かを探ろうにも、とっかかりすらないのが現状。恨みなのか単なる通り魔なのか、恨みによるものなら、何がきっかけだったのか?何か一つわかるだけでも大きく前進できるのだが……


「なあ、おリン。」

「なんでえ。」

「ミヤモト殿が最近関わった捕り物って、なんだ?」

「なんだも何も、この間の『大安宅の変』じゃねえか!」

「いや、それ以外には何がある?」

「さあ……この数年、ミヤモト様は捕り物に関わっていないからな。」

「えっ?そうなのか!?」

「与力が捕り物に関わるなんてえのは、よっぽどのもんだぞ。大抵は同心と岡っ引きで捕まえちまうからな。」

「じゃあ、与力というのは普段、何してるんだ?」

「そうだな、町の見回りに、事件後の記録を書き残す仕事が多かったな、ミヤモト様は。他にも、幕府の目付への挨拶や町の様子をお伝えするなんてこともやってたかな。」


なんだ。ミヤモト殿って、あまり捕り物には関わっていないのか。なお「町の見回り」とは、手付金、つまり賄賂を受け取って回ることを示す。こういうところは、おエドだ。

それはともかく、この間の事件に関わる恨みに必然的に絞られてくる。通り魔の可能性もあるが、通り魔の場合、不特定多数の人の被害が立て続けに起こることが多いが、ミヤモト殿がやられて以来、誰かがこの辺りで殺されたという話は聞かない。だから、通り魔の可能性は低いだろう。

ほぼ間違いなく、ミヤモト殿を狙った犯行だ。


「そういえば、あの時の下手人だったミヤザキ殿とニシノ殿はどうなったんだ?」

「ああ、さっき聞いた話じゃ、あの翌日に2人とも打ち首獄門。昨日までその首は刑場にて晒されていたらしいぜ。」

「首を晒すって……なんて野蛮な。」

「おエドをぶっ壊そうとしたくらいだ。当然だろう。ただ、本人達は切腹を望んでいたらしいがな。」

「セップク?腹を斬るって言う、あれか。でも、どっちにしたって結局は死ぬんだろう?」

「打ち首と切腹じゃ、武士にとっては天と地の差だぜ。名誉ある死か、極悪人としての死か、だからな。」

「どっちにしても『死』じゃないか。変わりないだろう。」

「そうばかりでもないぞ。生き残った者にとっては、死活問題だ。」

「生き残った者?」

「当然、ミヤザキ家もニシノ家もお家断絶だ。一族と家臣はみな、路頭に迷うことになる。」

「まあ、そうだろうな……って、もしかして!」

「なんだ?」

「てことはだ、いくら大罪を犯した主君とはいえ、彼らからすれば主君を殺された恨みは深い。その一族だの家臣だのが、ミヤモト殿を殺った可能性はないのか?」

「うーん……その昔、似たような事件はあったぜ?」

「なんだよ、その事件っていうのは?」

「ある大名家の当主が、幕府の役人である旗本を斬りつけようとしたんだ。それが元で、その当主は即日切腹、お家は断絶。ところが、その旗本にはなんのお咎めなし。それで、その家臣達がその旗本の屋敷に討ち入りし、仇討ちをしたという事件だ。」

「そんなことがあったのか。でも、大名より身分的には低い旗本に、その当主はなんだって斬りつけたりしたんだ?」

「何かの指南役だったらしいぜ、その旗本は。その地位を利用して、その当主に恥をかかせたらしいんだ。それで、刃傷沙汰になった。」

「まあ、それなら家臣は恨むだろうな。気持ちはわからないでもない。」

「で、その家臣達は逃げも隠れもせず、そのまま幕府目付の屋敷に向かい捕まった。その後全員切腹となったらしい。おエドでも、評判の仇討ち事件だぜ。」


なるほど、主君の仇討ちか。そう考えれば、ミヤモト殿もその元家臣らによって殺された可能性が高い。


「うーん、ただ、ちょっとその話と今回は違う気がするなぁ。」

「なんでだよ?」

「その当主というのは刃傷沙汰を起こして切腹を命じられ、もう一方はお咎めなし。そりゃあ家臣からすれば、納得はいかないだろう。だから、仇討ちに及んだ。」

「ああ、そうだな。」

「だが、今回のその主君はあろうことか将軍家とおエドの街を破壊しようとした大罪人だ。誰だどう見ても、その主君に同情する余地はない。だから、家臣の恨みによる犯罪ではあっても、仇討ちというのは言い過ぎじゃないか?」

「うーん、そうだよな。それに仇討ちだとしたら、ミヤモト様を殺した後に主君の墓の前でミヤモト様の首を見せてから、どこかの目付なりに出頭しそうなものだがな。ただ……」

「なんだ?」

「彼らの当主は幕府そのものを壊そうとした連中だ。仇討ちした後に、幕府の役人に大人しく出頭するとは思えないだろうなぁ。」

「まあ、そうだよな。」


しかし、おリンと話していると、なんとなく話がまとまってきた気がする。

彼らの目的は、やはり恨みだろう。仇討ちといってもいいかもしれないが、昔の仇討ち事件のような潔さよりは、単に恨みを晴らそうと考えての犯行と言えそうだ。

とすれば、彼らにとって恨むべき人々がまだ他におり、その人々が集まっていると知ったなら、彼らはどう行動するだろうか?

私は、一つの妙計を思いついた。


「なあ、おリン。お前、おエド中に噂を流すことってできるか?」

「噂?まあ、それくらいなら簡単だ。岡っ引きやその手下、知り合いに頼んで、あちこちで語ってもらえばいい。なんなら、瓦版書きの知り合いもいるし。」

「一つ、やって欲しいことがあるんだ。」


私は、一つの賭けに出た。もしミヤモト殿を殺した相手が私の思う通りの連中ならば、きっとその作戦に引っかかってくるだろう。

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