#13 戦艦デートと狼藉者
「うわぁ!ここが戦艦ラングドックの街か!ニッシン橋よりもすげえ繁華だなぁ、おい!しかも、この上にも街があるんだな!どうなってるんだ!?」
戦闘が終了し、ようやく本来の目的であった戦艦ラングドックに入港した。
ここで我が駆逐艦6443号艦は、24時間の補給作業を行うことになった。通常の補給ならば10時間で終わるのだが、艦内のある機器にトラブルが見つかったため、通常の倍以上を過ごすこととなった。
このため、珍しく戦艦内に泊まれることになった。ドックに入港し、艦内電車に乗って、ようやく戦艦の中の街にたどり着いたところだ。
この街は400メートル四方、高さ150メートルの空間にあり、そこを4層に分け、それぞれの層に商業施設とそこで働く人達の住居とが混在している。最大で駆逐艦35隻の補給を受け入れてられる戦艦ラングドックには、2万人の戦艦内の乗員と、常時3000人ほどの駆逐艦乗員らがこの街を賑わせている。
戦艦内に街があるのは、駆逐艦乗員の息抜きのためでもある。たった300メートルほどの、しかも船体の大半が機関と主砲身で占められている狭い艦内には、娯楽設備などない。せいぜい食堂や展望室でおしゃべりをするくらいだ。
だから、遠征艦隊が宇宙に出ている間は2週間に一度、駆逐艦は戦艦に入港し、そこで補給を受ける間だけこの街の中を巡ることができる。
ここにはレストラン、スイーツの店といった飲食店に、服や雑貨、スポーツ用品店といった商店、ゲームセンターや映画館といった娯楽施設などが充実している。
ところでここは24時間、明かりがつきっぱなしだ。夜という概念はない。だから、店は3交代で開店しているため、閉まっている店もあれば、開いてるところもある。だが、中には24時間開きっぱなしの店というのもある。
そんな街に、おリンはたどり着いた。この街の一番下の階層だけは自動車用の道路があり、そこには無人タクシーが走っている。
「そうだ、忘れないうちに渡しておくよ。」
「なんだ、これは?」
私はおリンに、カードを渡す。
「電子マネーだ。つまり、これがこの世界でのお金だよ。おリンのには、600ユニバーサルドルが入っている。」
「ええ~っ!?なんでぇ、1枚しかないのか!?」
「いや、これは貨幣じゃない。ここの中には使える金額が記録されてて、買い物の時にある機械に当てるんだ。そうすると、中のお金が減っていく。チャージしてやれば、お金を増やすことができる。現金を持ち歩かなくてもいいから、この方が便利なんだよ。」
「うーん、と言われてもよ、何言ってんだかさっぱり分かんねえよ。」
「まあ、実際に使っているところを見ると分かるさ。」
そう言いながら、私は無人タクシー乗り場に行く。まずは、ホテルに向かう。
「なんだか、お籠にでも乗ってる気分だな。」
「このタクシーは、おエドでいうところのお籠だからな。まあ、似たようなものだ。」
「へぇ~っ、外は真っ暗で何にもないところで、この戦艦も岩みてえなやつだったけど、中はこんなに繁華なんだな!」
えらく感動しているおリン。とはいえ、たかだか400メートル四方の狭い街だから、あっという間にホテルに到着する。
そこで私は、電子マネーを使ってみせる。タクシーの真ん中にあるカードリーダーに私の電子マネーを当てると、ピッと音がして、金額が減るのが見える。すると、タクシーのドアが開く。私達が降りると、タクシーは再び駅の方に向かって走っていった。
そういえばおリンは、ここに数字が読めない。だから、金額が分からなかったようだ。数字くらい覚えないと不便だな。
さて、そのまま2人でホテルのロビーに向かう。そこでチェックインする……のだが、私とおリンは同じ部屋にされていた。
「……くそ、艦長だな。まだ正式に夫婦になったってわけじゃないのに、一緒の部屋とは……」
「まあ、いいじゃねえか!どうせ夫婦になるんだし、それにもう長屋で一緒に寝たこともあるんだしよ!今さら気にすることじゃねえだろ!」
「まあ、そうなんだけどさ。」
ということで、荷物をホテルの部屋に置き、いよいよ街に繰り出す。
「さて、どこに行きたい?」
「どこって言われても、さっぱり分からねえな、この街は。」
「腹は減ってないか?」
「腹はまだいいけどよ、なんだか喉が渇いたな。」
「そうか、じゃあ……」
私は、とあるスイーツ店に向かう。そこでおリンに尋ねる。
「ここが、この間あのテレビで見た『スイーツ』ってやつを扱う店だ。飲み物を頼むついでに、何か食べていかないか?」
「食べるって言ってもよ……何が何だか、よく分からねえな。そもそもこれって、本当に食えるのかよ!赤や紫色、それに緑色のものまであるぞ!?」
メニューの映像を見ても、彼女には味が想像できないらしく、迷っている。
「そうだな。じゃあ、私はイチゴパフェにする。お前はこれだ。飲み物は、抹茶でいいよな?」
「あ、ああ、それじゃおめえに任せた。」
注文すると、しばらくしてパフェと飲み物が運ばれてきた。
私はイチゴパフェにオレンジジュース。そしておリンは、抹茶パフェに抹茶だ。
「なんでえ、これは!?これが抹茶パフェっていうのか!?でも、どうやって食うんだ!?」
「ああ、こうやって食べるんだよ。」
まったく、いろいろと手間がかかるな。私は、自分のパフェを、長いスプーンで食べてみせる。
それを見て、恐る恐るその抹茶のパフェをすくって食べるおリン。
パフェを口に含んだ瞬間、おそらくはこれまで経験したことのない味を感じているようだ。目を閉じて、左手で頬を抑えながら、無言でもぐもぐとその味を堪能している。
「どうだ!?これがスイーツだ。美味いか!?」
「……う、うめえよ……いや、うめえなんてもんじゃねえ!なんだいこりゃあ!?抹茶のほろ苦さと、ほのかな甘さが、口ん中で混ざって……」
もう感想を述べてるどころではないようだ。一口入れてはもぐもぐと噛み締め、片手で頬を抑えながらその味を堪能している。
飲み物の抹茶の方は、本当にただの抹茶だ。ただし、おエドでは抹茶はかなり高いものらしく、その味と香りを楽しんでいた。これが、甘い抹茶パフェとよく合うらしい。
「おい!」
「な、なんだ!?」
「おめえのそのイチゴパフェってのも一口、食わせろ!」
「ああ、いいよ。」
味をしめたおリンは、私のパフェも気になったらしい。私のイチゴパフェに、自分の長いスプーンを突っ込んですくい取り、それを口に含んで、片手で頬を抑えながらもぐもぐしている。
「うーん、こっちはあれだな、甘さの他には、苦みの代わりにちょっと酸っぱい味があるな。でも、これもいい。」
と言ってもう一口すくって食べる。まったく、さっきまで散々、これは食えるのかと懐疑的なことを私に言っていたくせに、やはりスイーツの虜になったな。
「はぁ~っ!うまかったぁ~っ!なあ、もう一軒行かねえか!?」
「相変わらず欲張りだな。そういうのはちょっと抑えとけ。夕食が楽しめなくなるぞ。」
「ちぇ、ケチだなぁ。」
などと文句は言うが、店を出て再び街に戻ると、色々なお店があってもうあちこちに目移りしている。
そうだ、そういえばロレーヌ少尉から、別の服を数着買ったほうがいいと言われていたな。考えたらおリンは、これ一着しか持っていない。あとは、あの色あせた着物のみ。
「おい、おリン!」
「なんでぇ!」
「服を買いにいくぞ。」
「は?もう着てるじゃねえか。」
「いや、そういうものは一着じゃ足りない。何着か揃えておくものなんだ。」
「ええ~っ!?そ、そういうものなのか!?」
「ロレーヌ少尉から教えてもらった店がある。こっちだ!」
ということで、あらかじめロレーヌ少尉オススメの店というのに行ってみることにした。
「いらっしゃいませ~!まあ、可愛らしいお嬢さん!この方の服をお探しですかぁ!?」
「ああ、申し訳ないが、彼女はここの星の者で……要するに、彼女に合う服を2、3着ほど、見繕って欲しいんだが。」
「かしこまりましてございます~っ!このお方、素材がいいですから、良いものを選んで差し上げますよぉ~!」
といって、早速その店員に引っ張り回されるおリン。
「お、おい、何しやがるんで!」
「あら~っ、これもいいですけど、こちらの方がいい感じですわねぇ!」
「ちょ、ちょっと!お前、そこを触られると……」
「あら、お美しくなりたいんじゃないんですか?」
「そ、そりゃそうだけども……」
「ならば、お覚悟なさいませ~!この星のおエドのお方は、お覚悟がよろしい方ばかりと聞いておりますよ!?」
「いや、そうだけども……おい!どこ触っているんでぇ!本当にお前、服を選んでるんだよなぁ!?」
「当たり前じゃないですかぁ~!ええと、バストが92でアンダーは70と……まあ!なかなか大きくて、柔らかくていらっしゃいますわねぇ。」
「おい!触るなって!は、早く着せてくれぇ~っ!」
更衣室の内側からおリンの悲痛な叫びが聞こえてくるが、一体そこで何が行われているのかは分からない。ともかくおリンよ、耐えるしかなさそうだ。
で、待つこと30分ほど。
散々弄られたようで、かなり疲れ切った様子で現れたおリンだったが、さらに見違えるような姿で私の前に登場した。
えっ……これが、おリンか!?ロレーヌ少尉のコーディネートをはるかに超える、まさにスーパーアイドルな岡っ引きに変身した。
薄緑のジャケットに、スラリとしたスカート、化粧も施され、さっきよりも数段高いレベルのおリンが現れた。
「な、なあ、やっぱりこれ、おかしくねえか?」
「……美しい……」
「は?」
「お前……やっぱり想像以上に美人だぞ……本当に私の妻で、いいのか!?」
「な、何言ってるんだ、おい!今さら別れるなんて、言わねえよな!?」
いや、そんなことは言わない。こんな美人、手放したくない。むしろ不釣り合いなのは、私の方だろう。そう感じてしまった。
で、結局その店で3着も買わされてしまった。結構なお値段だったが、悪い買い物ではない。
おリンと一緒に並んで街を歩いていると、妙に注目を浴びる。そりゃそうだろう。これじゃ、まるでアイドルと歩いているようなものだ。まさか彼女が、おエドで女岡っ引きをやっている男勝りな娘だとは、到底思われないだろう。
「まったく、なんでぇ、こっちをジロジロと見やがって!」
「それだけ、お前が綺麗だってことだよ。まったく、私としても想定外だった。お前ちょっと綺麗過ぎるぞ。」
「ほ、本当か!?あたいみたいなのがそんなに大化けするなんて、どうなってるんだよ、お前んところの技ってやつは!?」
いや、こっちの技術は関係ない。素材が良すぎたというだけだ。まさにそれに尽きる。
で、そのまま今度は映画館に行こうということになった。ちょうど時代劇がやっていたので、おリンと行くにはちょうどいいだろう。
「時代劇?なんだそりゃ?」
「まあ、おエドにそっくりなところが舞台の映画だ。」
「そもそも映画ってなんだよ!?」
「まあ、見ればわかる。」
中に入り、その時代劇を見る。
話は、お奉行様が主役で、幕府転覆を企む悪代官を倒すという話だったが、お奉行様一人で数十人もの侍相手にバッサバッサ倒していくなど、まあ、いかにも映画な演出が続く。
挙げ句の果てには、その悪代官自体をお奉行様がお縄にかけて、お裁きで一喝して一件落着。そんな話だった。
ところが、町奉行のおリンにはツッコミどころ満載だ。
「なんでお奉行様が、ああもしゃしゃり出るんだよ!ああいうのは岡っ引きか与力、同心にやらせるもんだろう!それに『御用提灯』ってなんだ!?あんなもの持って、『御用だ御用だ』と叫びながらいちいち捕物してたら、下手人が逃げちまうじゃねえか!」
「まあ、映画なんてそんなものだよ。大抵は現実にはあり得ないほど着色されて、人を惹きつけるものなんだよ。」
「そういわれれば、確かにすげえ迫力だったよな。実際に刀で鍔迫り合いをしても、あんな音は出ねえぜ!だけど、あの決闘場面は、インチキくせえと思いながらもハラハラしちまうもんだな!」
ツッコミは入れるが、それなりに映画自体は気に入ったようで、おかげでもう一つ見ると言って聞かない。
こいつ、どうもおかわりが好きなようだな。仕方がないので、別の映画を見ることにした。
そこで、この宇宙でも最も流行っている映画「魔王」シリーズを見ることにした。
この映画は、まず地上を魔王が征服するところから始まる。数十万ものオークやゴブリン、ワイバーンの群れが人間の軍隊に襲いかかり、その軍を全滅させてしまう。
闇が世界を覆い尽くし、いよいよ魔王によって人は滅ぼされるのか?そんなところに、どこからともなく勇者が現れる。
その勇者に賢者、剣闘士が仲間になり、まず魔王を倒すための聖剣を見つけ出す。
それを持って魔王の手下を次々に倒し、最後に完全無敵なほどの迫力のある魔王が登場する。
だいたい、剣と弓、普通の魔法しか使えない連中相手に、艦砲並みのビーム砲を撃ちまくる魔王。だが、そんなむちゃくちゃな魔王に勇者は勝利し、覆われた闇は晴れ、人類は救われる……
毎度このパターンなこの映画、しかし100作を超えてもまだ人気が落ちない。そろそろ飽きられるんじゃないかと思うのだが、新しい星が発見されてはそこで新たなファンを開拓するものだから、このシリーズはなかなか終わらない。
実際、これを見たおリンも感動して、涙していた。
「うう……す、すげえ話だったなぁ……おエドの奉行所でも、あんなすげえやついねえぞぉ……あたい、感動しちまったよ……」
どうやらあの勇者に感動しているようだ。泣きすぎて、せっかくの化粧が台無し。化粧室でその化粧をすっかり洗い流す。
まあ、下手にいじるより、すっぴんの方がおリンらしい。そのスッピン顔で向かった映画の売店で、なぜか勇者ではなく、魔王のぬいぐるみを買う。
不思議なことだが、昔からこの魔王シリーズ、なぜか魔王のぬいぐるみがよく売れるそうだ。感動したのは勇者の活躍じゃないのか?
魔王のぬいぐるみを手に入れて、ご機嫌なおリン。そんなおリンを見て、もう一つ思い出したことがある。
そういえば、おリンにもスマホを買った方がいいな。そう思って、私はそのまま家電屋へと向かう。
「こんなところで、何買うんだ!?」
「ああ、スマホだよ。」
「ええ~っ!?あ、あたいのスマホを買ってくれるんか!?」
「この先、あった方が便利だからな。せっかくだし、一つ買っておこう。」
「やったぜ!これで下手人探しの時に、人相書きを呼ばなくてよくならあ!」
いや、カメラだけじゃないぞ、スマホは。この街の中の読めない文字を読んでくれたり、他にも調べ物ができたり、そういう機能があるんだ。ここの数字も読めないおリンには、ちょうどいい道具だろう。
この時間に開いている家電屋へと向かう。そこでずらりと並ぶスマホに、驚くおリン。まさかこんなにたくさんあるとは思っていなかったようで、大きさ、色などで何種類もあるスマホを前に、戸惑ってしまった。
「おい、どれを選べばいいんだ!?」
「そうだな。なんでもいいけど、このあたりのは、この星の人向けに文字読みアプリや辞典機能が充実してるようだぞ。」
「えっ!?文字とか読んでくれるんか?そんなこともできるんか、スマホは!?」
というわけで、この星の人向けアプリが入ったシリーズの中から、桜色のものを選んだ。
会計を済ませ、おリンにそのスマホをポンと手渡す。
「と、とうとうあたいもスマホ手に入れちまったよ……でも、どう使うんだ、これ!?」
「じゃあ、最初にカメラの使い方を覚えるか。まず、カメラマークのアイコンを指で選んで……」
「アイコン?なんでえ、それは?」
どうも、基本的なことから教えなきゃならないらしい。私はとりあえず、カメラでの写真の撮り方、看板などに書かれた文字の読ませ方、言葉の意味の調べ方を教える。
「へぇ~、なんでもできるんだな!そういやぁおめえ、星の画像とか出していなかったか?」
「ああ、そういうのは撮影したデータをダウンロードしたものなんだよ。他にも、こういうのを入れることもできるぞ。」
と言って、さっき2人で観た映画「魔王」シリーズの旧作を表示してみせる。
「なんだこりゃあ!?さっきの映画じゃねえか!」
「いや、あれの古いやつだよ。もう100作以上作られてるから、旧作だと結構安く買えるんだ。」
「へぇ~!あたいも欲しい!」
というので、動画をいくつか買う羽目になった。おまけに音楽も気に入ってしまい、著作権切れをした曲のパックを大量にダウンロードしておいた。
気づけば、どんどんスマホを使いこなしているぞ!?おリンのやつ、とうとうこの戦艦内の街のマップの見方まで習得しやがった。若いからだろうか?柔軟性がありすぎる。
「おう!ここのハンバーグ屋が評判高けえってよ!行ってみようぜ!」
……おススメの店の見つけ方まで覚えてしまった。言っておくが、まだ彼女は我々の文字を読めない。地図上のその評判情報を、スマホに読ませて探し出したようだ。あっぱれなやつだ。
というわけで、おリンが見つけたおススメの店に向かう。さすがにマップ上に表示される評価が高いだけあって、結構混んでいる。
そこでハンバーグステーキを2つ注文する。たどたどしくフォークとナイフを使って、そのハンバーグステーキを食べるおリン。
当然、私のも2切れほど食べられてしまった。今回のは同じものなのに、私のをもらう意味がないだろう。ただ単に卑しいだけじゃないのか?
そして食事を終えて、店から出ようとしたその時だ。
突如、近くで食器が割れる音がする。
「どうなってるんだ、この店は!?」
「お、お客様!あの……お静かになさってくださらないと……」
「うるせえ!店長を出せ!さもないと許さねえぞ!」
どうやらあの男は、この店の何かに不満があったようだ。だが、相手は酔っ払っている。さっき食器を割ったのは、まさに怒り狂っているその大柄の士官らしい。
周りがその男の方を見る。が、誰も止めようとしない。まあ、誰かが今頃、艦内警察に連絡しているところだろう。それまでは、関わらない方が身のためだ。
と思っていたら、一人の人間が飛び出していった。
「おう!なんてことしやがるんで!他の客に迷惑だろうが!」
ああ、あれはおリンだ。なんてやつだ、あんな図体のでかい相手にけしかけるとは、勇気を通り越して無謀すぎる。
「おう!なんだ嬢ちゃん!威勢がいいな!何か俺に文句でもあるんかよ!?」
「おおありだ!これほどのうめえもの出すお店にケチつけるたぁ、いい度胸だ!この店と他の客に迷惑かけておいて、ただで済むと思うなよ!」
「なんだと!?てめえ、ちょっと美人だと思って、いい気になりやがって!」
その大男は、おリンの一言に完全に理性を失っていた。
これは危ない。私はそう直感する。
そして、おリンを押しのけて、男の前に立ちはだかる。
「おい、サブ!てめえ……」
その時すでに、その大男の拳がおリンめがけて飛んできているところだった。
おリンを押しのけた結果、それは私に向かってきた。
だが、ここは艦内だ。艦艇内での武器の所持は禁止。当然、銃もバリアも身につけてはいない。
だから、その拳をさける仕掛けは持っていない。当然、その拳をもろに受ける。
私の肩のあたりにそれが当たる。こいつ、結構な力持ちだ。その衝撃で、テーブル2つ分は吹き飛ばされる。
ガシャーンという食器の割れる音とともに、私はテーブルの上を滑りながら飛ばされていった。
そして、そのまま気を失った……
で、気付いた時は、目の前におリンが見えた。おリンの膝枕に、私は店の脇で寝かされていたのだ。
着ている制服は、ハンバーグソースやケチャップ、ドレッシングまみれになっていた。私は、おリンに尋ねる。
「おい……あれから、どうなったんだ?」
「ああ、お前が殴られて、その直後にここの同心らが現れて、あの大男をしょっ引いて行ったよ。」
ここには同心などいない。多分、艦内警察のことだろう。民間人への脅迫、そして、その民間人をかばった軍属への暴行。懲戒処分は免れまい。
「……ああ、くそっ。私にはやはり、力がなさすぎる。」
「おい、サブ……」
「あの大男一人相手に、指一本すら手出しできなかった。バリアや銃がなければ、私はただの人だな。」
「サブ……」
おリンが、私の顔を覗き込む。そして、頬にそっと手を当てて言った。
「男の良し悪しっていうのはな、力で決まるんじゃねえ。覚悟があるかどうかだ。おめえは、あたいを守るという覚悟を示してくれた。」
「だけどおリン、私は結局……」
「おかげで、あたいは無事だったぜ。傷一つ負っちゃいねえ。つまり、おめえの勝ちだ。」
そうおリンは言うが、なんだかとても勝った気がしない。おリンの盾となって、ただ殴られて気を失っただけだ。まだ、肩のあたりがズキズキする。
そんな私に、おリンが尋ねる。
「そういえばよ、この辺りに湯屋はないのか?」
「は?湯屋?」
「スマホでも探したんだが、湯屋は見つからねえんだ。おめえ、結構汚れてるぞ。服もそうだが、身体も洗わなきゃならねえし。この街には、湯屋はないのか?」
「うーん、さすがに湯屋は聞いたことはないな。だが……」
その15分後、我々はホテルの自室にいた。
そう、ここには湯屋はないが、ホテルの各部屋には、備え付けのユニットバスがある。
「ええーっ!?へ、部屋の中に風呂があるんけぇ!?」
「まあ、ホテルだからな。小さいながらも風呂が付いているのは当たり前だ。」
今、その小さなユニットバスを前に、2人の男女が素っ裸のまま突っ立っている。
お湯が張られ、ボディーソープやシャンプーで身体や髪を洗い、シャワーで流す。
おリンも、見よう見まねでシャンプーやシャワーを使う。そして、湯船に入る。
ユニットバスに2人。ちょっと狭いが、入れないことはない。
「な、なんでえ。おめえんとこの湯屋にも、男女一緒のところがあるじゃねえか。」
「まあ、部屋ごとのユニットバスだからな。こういうところは男女一緒でも構わないんだよ。もっとも、大きな浴場だとこうはいかない。」
「そ、そうなのか。」
ついでに言うと、おエドのあの湯屋と違って、ここはとても明るい。おリンの姿が丸見えだ。
「やっぱりお前、こうしてみると肌がとても綺麗だな。」
「そ、そりゃあ湯屋にしょっちゅう通ってたからよ!清潔さには自信があるんでぇ。」
「そうか。」
「そういうおめえは、大丈夫なのか?その肩は。」
「ああ、ちょっとしみるな。だけど、大したことはない。大丈夫だ。」
大丈夫じゃないのは、私の煩悩の方だ。おリンの首より下に存在する、鎖骨と膨らんだ胸の部分が丸見えだ。私の理性は、とても耐えられそうにない。
そしてお風呂から上がった2人は、まあ、そのままベッドの上で想定通りの行為に及んでしまうこととなる。
320光年離れた2人は、こうして実質的に夫婦となったのだった。