#11 お礼
「……以上が、事件の経緯でございます。南町奉行所の方々には、本当に多大なるご尽力を賜わりました。この場を借りて、お礼申し上げます。」
あの事件から2日後、私は「大安宅船事件」の概要を報告する。その相手とは、なんと将軍様だ。
ここはおエド城の本丸の大広間。そこに張られた大型のスクリーンに映すプロジェクターの画面を見せながら、並み居る幕府の重鎮らを前に話をする私。さすがに私も緊張するが、その後ろには、あのお奉行様もおられた。
「……いやはや、南町奉行には本当に感謝する。まさかこの城を焼き尽くし、さらにおエドを大火の海に変えようなどと企む輩が幕府の中にいたなどとは……それに、サブリエルと申す者、そなたの働きにも、なんとお礼を申したらよいかわからぬ。感謝申し上げる。」
「いえ、私はここに不時着し、2日間おエドの方々のおかげで生き残ることができたのです。私の方こそ、感謝申し上げます。」
ある幕府の重鎮から、お礼の言葉を述べられた。まさかあの事件の詳細を、幕府の方々の前で報告する羽目になるとは思わなかったが、これにてようやく、一件落着だ。
犠牲は出てしまったが、おかげでおエドの街が火に染まるのは避けられた。それに、運に助けられたことも多い。おリンと出会えたこと、おキョウの死に接したこと、そこから次々と新たな事実を掘り起こせたこと。最後には、駆逐艦が現れたこと、などだ。
なお、あの場所に駆逐艦6443号艦が現れた理由だが、私の捜索中に不審な3隻の船を見つけたからだと言っていた。夜になれば、多くの船は港に引き返すというのに、あの3隻だけはまったく別の行動を取っており、しかも鉄に覆われた上に、ふた回りも大きい船。明らかにおかしいと艦長も感じたらしい。それでおエドの上空に現れ、その行動を監視していたそうだ。
さて、将軍様へのプレゼンを終え、私は駆逐艦6443号艦へと戻る。そして哨戒機を一機借り、おエドの街へと降りていく。
上空から、ニッシン橋が見える。湾曲した独特の橋の向こうには、たくさんの店が並び、それぞれの店の前には店子が行き交う人々に声をかけ、そして大勢の人々がその往来を行き交う。
その繁華なニッシン橋の脇の道、長屋の立ち並ぶ手前の広い道に、私は哨戒機を着陸させる。
そして、哨戒機を降りる。この哨戒機が降りてきたのを見て、あっけにとられる人々の前を、私は奥の長屋に向かって歩いていく。
私の今の姿は、もちろん着物姿ではない。連合標準の藍色の軍服で、軍帽を被っている。
そのまま私は目的の場所に向かう。ちょうどそこに、背中に大きな唐辛子のハリボテを背負い、大きな箱を二つ下げた棒を肩に担いで走ってきた人物が現れた。
「あ、あれ!?おめえは……」
「やあ、おリン。2日ぶりだな。」
「あ!や、やっぱり、サブなのか!?いや、上からこの長屋の近くに降りてくるものがあったから、まさかと思って戻ってきたんだが……」
「すまない。本当はもう少し早く来たかったのだが、将軍様にあの事件の説明をさせられたり、報告書を書かされたりして、やっとさっき、役目を果たし終えたところだ。」
「な、なんだってぇ!?将軍様にお会いしたというのか!?な、なんてこった……」
そして、私はおリンに借りていた、あの父親の形見だという着物を返す。
「これを返さなきゃと思ってね。父親の形見なんだろう?」
「ああ、そ、そうだけど、べ、別にいいのによ、こんなボロい着物をわざわざ返さなくてもよ!」
「着物だけじゃない。実はおリンに、いろいろとお礼をしたいんだ。」
「お、お礼!?」
「あの2日間、本当に世話になった。おリンに出会わなかったら、私はどうなっていたか……だから、そのお礼をしたいんだ。」
「お、お礼って、何をするんだ!?」
「このおエドの空の遊覧飛行、そして、我々の駆逐艦にご招待。いや、それだけじゃない。そのまま宇宙にも招待するつもりさ。」
「お、おい!あたいは岡っ引きという役目もあるんだぞ!?そうそう、おエドを離れられるかよ!」
「お奉行様にも許可をもらったよ。1週間くらいならいいと言われたよ。」
「ええ~っ!?お、お奉行様にも会ったのか!?」
「今朝、将軍様のところで、事件のプレゼンをした後にね。南町奉行所の評判が上がったと、とても上機嫌だったよ。それでおリンのことを聞いたら、好きにしていいってさ。」
「す、好きにしていいって……あのお奉行様め、なんてこと言いやがるんだよ……」
「あれほどの事件を解決してみせたんだ。当分、大きな事件は起こりようがないだろうとお奉行様も言っていた。一週間くらい、優秀な岡っ引きがいなくても大丈夫だってさ。」
「そ、そんなことをお奉行様が!?あたいのことを優秀だなんて……ま、まあ、あたいもちょっと働き過ぎたからな。お奉行様のお言葉とあらば、甘えてみるか!」
さすがにお奉行様は、優秀な岡っ引きとまでは言っていない。あれは私が勝手に着色した。 だがその言葉を聞いて、ちょうど彼女が背中に背負っている大きな唐辛子のハリボテのように、真っ赤な顔をしている。おリンは普段は男勝りな性格だが、時々こういう可愛らしさを見せてくれる。
哨戒機の方に向かって歩く2人。するとおリンが私に話しかける。
「で、どうだったんだ?将軍様を始め、幕府の重鎮を前に、ビビってたんじゃねえか!?」
「緊張はしたよ。でもまあ、プレゼンは慣れてるからな。淡々と報告しただけだよ。」
「なんでえ、つまんねえな。」
「なんだ?私がびびってた方が、面白かったのか?」
「いや、どうせなら歌舞伎役者みてえによ、あ~っ!これにて!いっけんらくちゃ~く!てな感じにやってくれりゃあ面白かったのになあと思っただけよ!」
「なんだそれ?そんな恥ずかしいこと、できるわけないだろう……」
哨戒機に着くと、ハッチを開ける。そういえばおリンは、壊れていない哨戒機に乗り込むのはこれが初めてだな。
「へぇ、この間見たやつよりは綺麗だな。」
「当たり前だ、あれは不時着してめちゃめちゃに壊れてたからな。」
「そういやあ、あの哨戒機はどうなったんだ?」
「昨日、他の哨戒機が降りて、回収していったよ。さすがにあそこに放置するのは良くないだろうって。」
「ふうん、中はこうなってるのか……って、なんかどっかで見た爺さんが乗ってるぞ!?」
「爺さんとはなんじゃ!まったく、失礼なやつじゃ、この小娘め!」
実は、ここにくる前に、あのアシハラに住むゲンサイという学者も載せていた。あの「フナバシの港」のことを教えてもらったお礼に、宇宙のことを教えると約束した手前、その宇宙に招待せざるを得ないだろうと思ったからだ。
本当なら、おリンと2人きりでいたかったのだが、まあ、今回は仕方がない。
上昇を始める哨戒機。徐々に高く上がると、2人は興奮し始めた。
「うわぁ……ニッシン橋が見えるぞ!なんだあれ、上から見ると、奉行所とニッシン橋はあんなに近いのか!?」
「ほう、地図で見た通りじゃな。ここから見ると、このおエドの成り立ちがようわかるわい。」
「なんですか、成り立ちが分かるって?」
「ほれ、よーく見てみろ。あの辺りとそのすぐ横では、瓦の色が違うじゃろ。薄い色の方は、後からできたんじゃよ。」
「へぇ、そうなんですか。でもまたなんで?」
「今から30年くらい前に、メイホウの大火っちゅうのがあってな。あの辺りが焼けたんじゃよ。その後に建てられた建物が、ああやって上から見ても分かるんじゃよ。」
「そんなことがあったんですね。」
「まったく、だからおエドの建物はもっと火に強くせにゃあならんとわしは常々言うとるのに、どうしても木で作る方が安上がりなもんで、結局また火事に弱い街になっちまう……困ったものじゃ。」
そういえばこの学者の家は、レンガ造りだったな。あれは、そう言う意味が込められてたのか。
しばらくおエドの街の上を遊覧飛行して、駆逐艦へと向かう。どんどんと上昇し、おエドの街がすっかり小さくなってしまった。
高度2万メートルのところに、駆逐艦6443号艦は待機している。城はおろか、この辺りで最も高い山ですら超えた高さに、驚愕する2人。
「だ、大丈夫なのか!?こんな高いところまで来ちゃってよ!」
「いや、宇宙というのは、こんなところよりももっと高く遠い場所だよ。こんなのはまだほんのちょっと上がっただけ、地上に張り付いているのと変わらないくらいさ。」
「はぁ~っ!宇宙って、そんな遠いところなんか!?とんでもねえところから来たんだな、おめえらは……」
そして、2万メートル上空に待機する駆逐艦が見えてきた。まさにあの時、あの大安宅船を海に追っ払った、あの艦だ。おリンがそれを見て私に尋ねる。
「おい、あれに乗るのか!?」
「そうだよ。」
「でもあれってよ、中は一体どうなってるんだ!?」
「まあ、見りゃあ分かるさ。」
私は、駆逐艦へのアプローチに入る。
「2番機より6443号艦!アプローチに入る、着艦許可を!」
「6443号艦より2番機!着艦許可了承!直ちに着艦せよ!」
駆逐艦上面のハッチが開く。その中から、ロボットアームが飛び出す。
「お、おい!デエタラボッチの腕みてえのが出てきたぞ!」
「ああ、あれに捕まえてもらって、艦内に入るんだ。」
「ええーっ!?あ、あれに捕まえてもらってって……うわぁ!」
哨戒機をがっしりと掴むロボットアーム。それを見てビビるおリンとゲンサイ殿。だが、そのままアームによって格納庫にゆっくりと引き込まれて、庫内に収められる。
格納庫内に明かりがつく。私は、奥にある赤いランプを見つめている。
「おい、すぐに降りねえのか?」
「いや、今降りたら気圧が低いからダメなんだ。」
「なんだって!?気圧が低い!?どういうことだ。」
「この高さになると、空気が薄くて息ができないんだよ。だから、格納庫を閉めて、地上と同じ空気になるまで待っているんだ。あの赤いランプが緑に変われば……」
と、話しているうちに、奥のランプが緑色に変わった。
「ああ、もう出られるよ。ではお二人様、艦内にご案内しますよ。」
ハッチが開き、恐る恐る降りるおリンとゲンサイ殿。
そこに、1人の武官が現れる。宇宙のことを知りたいというゲンサイ殿へ、説明をお願いしていた技術武官だ。
「お待ちしておりました、あなたがこのおエドの学者でいらっしゃいます、ゲンサイ様ですね。」
「あ、ああ、そうじゃが。」
「奥の会議室にて、すでに準備しております。では、こちらへ。」
といって、ゲンサイ殿はその武官に連れて行かれた。
あの学者は知るだろう。この宇宙の成り立ちや、青い星の地球のこと、おそらく、この星の最新の科学でも解き明かされていない事実を、ここでたくさん聞かされることになるに違いない。
「さてと……ようやく二人きりになれたね。」
私はおリンに言う。
「お、おう!そ、そうだな!」
「じゃあ、おリン、早速……」
私はおリンに手を伸ばす。おリンは顔を真っ赤にして、こちらをじーっと見つめている。
「食堂に行こう!」
「は?」
「食堂だよ。」
「なんだ、食堂って?」
「食べ物を食べる場所さ。おリンには、美味しいものを食べてもらいたいんだ。私が案内するから、早速行こうぜ!」
艦内の通路を歩く。時々、他の武官とすれ違う。私はその度に敬礼し、奥のエレベーターへと向かう。
「そうだ、おリン。何が食べたい?」
「そ、そうだな。あたいはなんでも好きだけど……サブの国の食べ物が、食べてみたいな。」
「そうか。じゃあ、いいのがある。」
エレベーターを降りる。通路が続いているが、そのエレベーターを降りた脇には、自動洗濯室がある。
そこで動く洗濯物をたたむロボットを横目に、食堂に向かう。
「なあ、ここは化け物か何かがいるのか?」
「ああ、あれはロボットというカラクリだよ。ああやって、奥の洗濯機で洗った洗濯物をせっせと畳んで、まとめてくれるんだ。」
「はぁ~っ!ここは、洗濯をやってくれるカラクリなんてのがあるのか?」
「それだけじゃない、料理や掃除も、自動的にやってくれる。だからこれだけ大きな船だけど、100人でなんとか回せるんだ。」
「ひゃ、100人しかいないのか!?こんな大きな船で!?」
驚きの連続のようだ。まあ、そうだろうな。おエドしか知らないおリンにとっては、まるで想像もつかないものが、次から次へと出てくる。
その一つが、食堂前のメニューを選択するモニターだ。
「じゃあ、私から選ぶよ。私は、これかな。」
私はハンバーグを選ぶ。背丈ほどの高さのモニターの上でくるくると動く映像に、目をキョロキョロさせながら見入るおリン。
「次はおリンの料理だ。そうだな、私のオススメはこれだ。」
そういって、私はリゾットを選ぶ。肉を食べなれているわけではなさそうだし、これならお米を使っている料理だから、おリンでも食べられるだろう。
「で、あとはここで待ってれば、順番に料理が出てくる。」
「順番って……奥で誰か、作ってるのか?」
「覗いてみるかい?」
おリンは、恐る恐るカウンターの奥を覗く。そこでは、4本のロボットアームがせっせと料理を作っているところだった。
「な、なんだ!?なんか狐の化け物の尻尾みてえのが動いてるぞ!?」
「あれが調理ロボットさ。もうすぐ、私のハンバーグが出てくる。」
といっているうちに、ハンバーグが出てきた。続いて、おリンのリゾットが出てくる。
それをトレイに乗せて、私はナイフとフォーク、彼女はスプーンをとって運び、テーブルに座る。
「なんだか、ご飯みてえのが入ってるが、本当にこれ、食えるのか!?」
「まあ、食べてみればわかるよ。」
恐る恐る口にするおリン。さすがに熱いので、ふーふーと息を吹きかけて食べている。
「う、うめえ!なんだこれは!?」
「リゾットという、トマトやチーズで味付けしたご飯だよ。」
「はぁ~っ!こんな食べ物があったなんて。これを、あの化け物が作ったのかい。てえしたもんだなぁ。」
幸せそうにリゾットを食べるおリン。その姿を、私はじっと見る。そういえばおエドにいた時は、ずっと事件に振り回されていた。気を抜いたおリンを見たのは、非常食を食べている時と、熊野に入った時、そして、横に寝ていた時……
「おい!どうした!顔が赤いぞ!?」
「ああ、いや、なんでもない。」
「それよりも、おめえのそのはんばーぐとかいうやつもちょっと、気になるな。」
「そうか?じゃあ、一口、食べてみるか?」
「お、おう!」
一切れ渡したハンバーグをフォークで渡そうとすると、そのまま食いついて頬張るおリン。肉を食べること自体が初めてだというが、よほど美味しかったのか、もう一切れねだられる。まったく、遠慮のない娘だ。
ところで、さっきからこの食堂にいる男どもの目線が気になる。
明らかにおリンの、特に胸元を見ている。私は見慣れているが、ここではさすがに刺激が強過ぎる格好だ。そこで私は、おリンに尋ねる。
「おリン。」
「なんでえ。」
「おまえ、風呂に入らないか?」
「はあ?ここにも湯屋があるのか?別にいいけどよ、おめえが案内してくれるんか?」
「そんなわけないだろう。ここは男女別々だ。ついでに言うと、ちょっとその着物が、な。」
「なんでえ、気に入らねえのか!?」
「いや、そうじゃなくてだな、刺激的すぎるんだよ、ここでは。」
「そうなのか?」
「だから、主計科の女性士官に頼んで、ここにふさわしい服にしてもらおうかと思ってね。実はもう、風呂場への案内と服の用意を頼んであるんだ。」
「はあ、そうなのかい。」
食事が終わり、食堂の横にある主計科の事務所による。そこには、予め声をかけておいた女性士官が待っていた。
「お待ちしておりました!少尉殿!こちらがそのおリンさんですね!?」
「ああ、そうだ。」
「私は主計科の、ロレーヌ少尉といいます!歳は23!まだ軍大学を出たての新米士官であります!」
「お、おう!あたいはおエドの南町奉行所で岡っ引きをしている、おリンって言うんだ。」
「存じてますよぉ~!女だてらに十手を握る女岡っ引き!このひ弱なパイロットを引っ張って、おエドを火の海にしようとしていた幕府役人の陰謀を暴き出しおエドを救った、まさに岡っ引きの鏡!いやあ、粋な話ですねぇ!」
「い、いやあ、それほどでもねえよ!」
「そんな女岡っ引き様を、私がお風呂に案内致します!ついてきてくださいね!」
「お、おう!」
あの胸元のだらしがない着物は、おエドではともかく、ここでは注目の的だ。そこでロレーヌ少尉にお願いして、ここの服装に変えてもらうことにしたのだ。
で、1時間後。風呂から帰ってきたおリン。
「なんだか妙な腕だけの化け物に身体を洗われたり、あのロレーヌって女に妙な服を着せられたりしてよ!なんなんだよ!?」
などと文句たらたらだが、ここで私は、想定外の事態に直面する。
用意してもらったのは、ロレーヌ少尉が保有する私服の一部。それを譲ってもらうことにしたのだが、少し男勝りな性格を反映しつつ彼女がチョイスした結果が、今目の前にいるおリンの姿だ。
短パンデニムに、少し大きめの白いシャツの上からピンクの薄手のジャケット、青いスポーツ用靴。髪の毛は結わずに、ストレートヘアーにされていた。
元々童顔なところがあるが、かえってこの姿とその顔つきがマッチして、可愛らしい雰囲気を醸し出している。彼女を見慣れてるはずの私でさえ、ドキッとする。
たしかに、あのだらしない着物に比べれば、胸元の露出度は下がった。が、女性としての魅力が上昇してしまった。男性たちの注目をなるべくそらすための施策が、かえって注目度を上げてしまったようだ。
「どうですかぁ!?せっかくだから、今流行りの姿に変えてみましたよ?思ったより素材がいいから、少尉もびっくりな変身ぶりでしょう!」
「あ、ああ、ロレーヌ少尉、手間を取らせてしまって申し訳ない。」
「いいですよぉ!それよりも服代、あとで請求しますからね!あと、戦艦の街で、もう2、3着は買ってあげて下さいね!」
「わ、分かった。それくらいは考えている。」
と言って、ロレーヌ少尉は去っていった。
「なあ、この格好、本当にお前らのところじゃ普通の格好なのか!?なんだか胸を包み込むような変な下着までつけられて、この靴ってやつも草履に比べたら履きづれえし。」
「……綺麗だ……」
「は?」
「いや、見違えるほど、綺麗になった。お前、すごい美人だったんだな。」
「ええ~っ!?ほ、ほんとかよ!そんなことはねえだろう!」
「いや、見違えるように綺麗だ。正直言って、さっきの着物のままよりも魅力度が上がってしまった。このまま食堂に行こうものなら、男どもの餌食になってしまうぞ……どうしようか?」
「そ、そんなにすげえことになってんのか!?あたいの姿!」
今までがダイヤの原石だったと言うことか。女岡っ引きが、駆逐艦6443号艦内のスーパーアイドルになりかねないな。私は直感した。
ちょっとやり過ぎだぞ、ロレーヌ少尉。まったく、主計科なんだから、やっぱり軍服とか作業着を支給してくれればよかったんじゃないのか?
と、そこで思い出したことがある。そういえば、彼女の部屋の鍵をもらっていない。主計科に行って、もらわないといけない。
というわけで、見違えてしまったおリンを引き連れて、再び食堂の横の主計科の事務所に行く。そこで、彼女の部屋の鍵を受け取る。
「なんだ、これは?」
「ああ、ここの艦内での部屋の鍵だ。」
「ええっ!?あたいにも、部屋をくれるのか!?」
「当たり前だろう。全部で200部屋あって、乗員が100人だから、来客用に余っている部屋を貸してくれるんだ。」
「そうなのか。じゃあ早速、その部屋を見てみようぜ!」
そこですかさずロレーヌ少尉が忠告する。
「あ、少尉殿!いくら綺麗だからって、彼女を襲ったりしちゃあダメですよ!やるんなら、ちゃんと合意を取ってやって下さいねぇ!」
なんてことを言うんだ、この女士官は。そんなことするわけないだろう。
ところで、主計科の事務所のすぐ横は、食堂だ。
非番で暇を持て余している乗員達が、会話などのために集まってくる、そんな場所だ。常時2、30人はいる。
また、この艦内には女性士官が、あのロレーヌ少尉を入れても3人しかいない。
つまり、ここは女に飢えた男どもの巣窟だ。
そこへ見事なまでに変貌を遂げ、見違えるように綺麗にされてしまったおリンが現れた。
注目されないはずがない。
当然、横の食堂から大勢の男どもが群がってきた。
「おい!サブリエル少尉!誰なんだ、この娘は!?」
「ああ、この星で、私が遭難中にお世話になった、リンという方で……」
「ヘぇ~!おリンちゃん!さっきのあの着物姿の娘か!?こんなに変わるものなのか!」
「可愛いよなあ……なあ、少し俺たちと、話していかない?」
「こんなサブリエル少尉みたいなくそ真面目なやつより、俺たちの方がずっと面白いぜ。」
「ねえ、おリンちゃんって、何歳なの!?何が好き!?」
ああ、始まってしまった。男どもが必死になって誘惑している。この姿では、必然的にそうなるだろうな。
だが、外観がスーパーアイドルでも、中身はやはりおリンだった。
「てやんでぇ!こちとら、誰だと思ってやがるんでい!」
腕をまくりながら、怒鳴り出すおリン。
「あたいはおエドの南町の岡っ引き!そこらの軽い男には用はねえんだよ!だがな、サブはあたいと一緒に命張っておエドのために走り回った岡っ引きで、刀や槍、鉄砲を持ったお武家様相手に、一人でタイマンを張ったほどの男なんだ!そのサブよりも、度胸のあると言い切れる男はいるんかい!?」
さすがおエドの岡っ引きだ。さすがの男どもも、この剣幕にいそいそと引っ込んでいった。
これを見て、一人感動していたのはロレーヌ少尉だ。
「いやあ、なんて粋な方なんでしょう、おリンちゃんは!あの軟弱な男どもを、たった一喝で蹴散らすなんて最高です!さすがは岡っ引きですね!感動しました!」
「へっ!こちとら、今まで何度も荒くれども相手に命かけて来たんだ。そこらの男にゃ興味ねえよ。」
「よかったですねぇ、サブリエル少尉。この艦内で唯一、おリンちゃんに認められた男ですよ!?」
「あ、ああ……」
なんだかいやらしい目つきで、こちらを見るロレーヌ少尉。男どもを蹴散らしたのはいいけれど、かえって私が注目される結果になってしまったな。困ったものだ。
そこに、艦内放送が入る。
「達する。艦長のアメレールだ。これより当艦は規定高度の上昇し、大気圏を離脱。小惑星帯に展開する戦艦ラングドックに補給のため入港する。各員、配置につけ。以上。」
それを聞いたおリンが尋ねる。
「なんでえ、大気圏離脱って!?」
「宇宙に出るってことさ。」
「ええ~っ!?う、宇宙に出る!?」
「そうだな、行ってみるか、艦橋に。」
「は?艦橋?」
「大きな窓があるんだ、その宇宙に出る瞬間を、一度は見ておいたほうがいい。」
おリンを引き連れて、私はエレベーターへと向かう。最上階である15階で降り、そこから後ろ側の通路を歩く。その先に、艦橋の入り口がある。
「高度3万8千!あと2分で規定高度に達します!」
「各種センサー正常!30万キロ以内に障害物なし!進路クリア!」
すでに大気圏離脱寸前の段階まで来ていた。外はもう真っ暗だ。
「あれ?おい、まだ昼間じゃねえのか?なんだって空が真っ暗に……」
そう言いかけたおリンだが、窓の下にある地上を見て驚いた。
「な、なんだ!?下の方が明るいぞ!それに遠くの地面が、丸くなってねえか!?」
ここは高度4万メートル近く。すでに宇宙の入り口だ。遠くを見ると、この星の淵が少し丸くなっているのが見える。
「話には聞いとったが、まさかこれほどまでに大きな丸だとはな……」
学者のゲンサイ殿もいた。私と同じ理由で、担当の技術武官が連れてきたのだろう。私がスマホの小さな画面で見せたあの地球の実物が、今目の前いっぱいに広がっている。
「これより大気圏離脱を開始する!両舷前進いっぱい!」
「機関最大出力!両舷前進いっぱーい!」
駆逐艦が加速を開始した。周りの景色が、流れ出す。けたたましい音に驚きながらも、離れていく、丸い自分たちの地球に目を奪われている2人。
一旦地球から離れ、向きを変える。すると、窓には青くて丸い、おリン達の住む地球が見えてきた。
「ああ、ほんとにあたいたちが住んでる星って、丸いんだな……そして、あんなにちっぽけな星だったなんて……」
この2人は、彼らの星で宇宙というものを直接目にした最初の人間だ。
月の横も通り過ぎる。2人とも、普段見ているお月様がまさかクレーターだらけのゴツゴツした灰色一色の世界の星だったことを、実際にその目で確認することになる。
それを通り過ぎると、いよいよ何もない空間に出る。目の前には、星空が広がるだけだ。
「さ、当面は真っ暗な空間が見えるだけだ。その間におリンの部屋に行って、部屋の使い方を教えるよ。」
「お、おう!」
私とおリンは、部屋へと向かう。
予定では、このまま半日ほど航行し、戦艦ラングドックに到着。その戦艦の中の、駆逐艦乗員の息抜きの場として存在する街をおリンと巡って、再び地球に戻る……
ところが、そうは順調には行かなかった。
その戦艦ラングドック到着前に、とんでもない奴が現れる。おリンはそこで、恐怖のどん底に陥れられる……
だがこの時点で、我々はまだその先のことを知らない。