#10 駆逐艦、見参
さすがに、あれだけの異様な船が現れたため、水門の手前にある詰所で警備に当たる者達がその異変に気づく。
不審に思った彼らは、その船に向けて火矢を放つ。だがこの大安宅船、元々火矢を防ぐために鉄の鎧を与えられた船だ。全くもって彼らの攻撃はが効かない。
2本のマストは風を受けて、ゆっくりとこの水門に近づいてくる。この大型の鉄で覆われた不気味な黒い船。それを見て笑い出すミヤザキという男。
「はっはっはっ!わしの勝ちだな!これでおエドの幕府も、今日をもって歴史から消える!明日、このおエドの焼け野原から、新たな歴史が始まるのだ!」
高らかに勝利宣言をするミヤザキという目付。幕府を守るための役目でありながら、その幕府を滅ぼすという大罪をなそうとしている。
それを、我々はただただ、眺めるしかない。
今からバリアシステムで突撃し、道を開けたところで、もう水門を閉ざすのは間に合わない。
ああ、こんな時に艦隊の駆逐艦や哨戒機があったら……こんな連中の野望など、この場で一気に粉砕してくれるものを。
そう思った瞬間だ。それは、ものすごいタイミングで、訪れた。
私のスマホが何かを知らせる通知音を出す。その通知音に、私はハッとする。
そう、味方と連絡が可能になった際に鳴る通知音が、私のカバンの中から鳴り響いたのだ。
私はスマホを取り出す。そこには、連絡可能な相手として駆逐艦6443号艦と書かれていた。
つまり、このおエドの上空に、私の母艦がいるということだ。それを知った私は、スマホから無線で通信を入れる。
「駆逐艦6443号艦!こちら、サブリエル少尉!大至急、応答せよ!」
周りの同心達が、何事かとこちらを見る。が、私はかまわずスマホの応答を待つ。
「こちら6443号艦!消息不明中の、サブリエル少尉か!?」
「そうだ!哨戒機がエンジントラブルで不時着し、今、地上のおエドという都市にいる!」
「そうか、では、直ちに救援隊を……」
「その前に、緊急事態発生中だ!今、この都市に張り巡らされている水路に向かって、3隻の大きな船がいるのが分かるか!?」
「ああ、1隻はすでに水路状に入っているのを確認している。」
「この1隻を、直ちに水路から海側に追い出してくれ!残りの2隻も、直ちに破壊せよ。」
「は?なぜだ!?」
「この街を焼き払うため、多量の花火を搭載し、この都市深くに侵入中だ!直ちにこれを排除し、都市の安全を確保したい!連合軍規第53条、防衛行動の適用を申請する!」
「6443号艦、了解した!直ちに艦長に連絡し、行動に入る!」
土壇場で、我が駆逐艦と連絡が取れた。それを聞いていたおリンは、心配そうに尋ねてくる。
「ど、どうしたんだ!?一人でそのスマホとかいうやつに向かって、何を喋っていたのだ!?」
私は、彼女に応える。
「おリン、仲間につながった。なんとかなるかもしれない。」
おリンは、何が起こっているのか、さっぱり理解していない。ぽかんとした顔で、こちらを見ている。そこに、スマホへ再び応答があった。
「こちら6443号艦!艦長の許可が下りた!これより、3隻の大型船の排除に入る。」
「了解!」
「作戦を伝える!2隻は海上にあるため、哨戒機によりこれを直接攻撃し撃沈。だが、すでに水路中に入り込んだ1隻へは、攻撃による大爆発で周囲に被害を及ぼす恐れがあるため、哨戒機による攻撃を行わない!」
「どうするつもりだ!?」
「大丈夫だ!駆逐艦を使う!」
「は?駆逐艦を!?どうするんだ!」
「艦底部をその大型船の先端に当て、そのまま海上まで押し出す。海上に出たところで、破壊する!」
ハンズフリーモードにしていたため、この会話は周りに丸聞こえだ。お奉行様が尋ねてくる。
「な、なんだ、今の会話は!?あの船を押し出すとかいうておったようだが……」
「はい。我々の駆逐艦が、あの大安宅船を押し出すと言っています。」
それを聞いていたミヤザキ殿は、私に向かって叫んでくる。
「どういうことだ!もはや我らの船は、水門の前を通り過ぎた!今さらどうしようもないぞ!」
「そんなことはない!我々の力を見せつけてやる!その場で見ていろ!」
などと話しているうちに、それは現れた。
灰色の、全長300メートルの標準サイズの駆逐艦。真四角な先端部に丸い大きな穴、長い胴体、一部が下に張り出した艦底部。
あの城といい勝負の大きさの巨大な物体が、ゆっくりと暗がりの中から現れた。この場にいる一同が、唖然としてその駆逐艦を見る。
「6443号艦よりサブリエル少尉へ!その場より、我が艦の誘導を頼む!現在、速力10、高度300!なおもゆっくり下降中!送れ!」
「サブリエルより6443号艦!了解!このまま下降、やや右寄りへ移動!艦底部を、水路の中心付近へ!」
私は無線で指示する。すでに水門の前を通り過ぎた大安宅船の前に、その馬鹿でかい駆逐艦が覆いかぶさるように迫っていた。
「艦首、ちょい上げ!艦底部、あと3メートル下げ!」
「了解!艦首ちょい上げ!艦底部、3メートル下降!ヨーソロー!」
ゆっくりと、城のある方角に進む大安宅船。彼らにとって最大のこの船の前に立ちはだかる、我らが駆逐艦。この両者が、まさにぶつからんとしていた。
そして、駆逐艦の艦底部が、大安宅船の先端に接触する。
ガガガッという音とともに、艦底部と大安宅船の先端とが擦れ合う。が、そのままゆっくりと動き出す駆逐艦。
大安宅船は態勢を立て直そうとするが、質量差が大きすぎる相手にあがらうこともかなわず。船体は真横に向く。が、構わず駆逐艦はその船を押し続ける。
さすがに、風の力で動くしかない大安宅船と、重力子エンジンを持ち大気圏外まで上昇可能なほどの力を持つ駆逐艦とでは勝負にならない。グイグイ通されていく大安宅船。
唖然としてみているミヤザキ殿とニシノ殿。ところが、この2人が立っている石垣に、駆逐艦の艦底部がまさにぶつからんとしていた。
接近する艦底部をみて、、思わず悲鳴を上げて逃げ出す2人。
「ひ、ひぃーっ!」
その直後、その石垣に艦底部が接触する。ガラガラと音を立てて、その石垣を突き崩す駆逐艦の艦底部。だが、何事もなかったかのように水路に沿って進む駆逐艦6443号艦。
「6443号艦よりサブリエル少尉!何か接触した音が確認されたが、地上は大丈夫か?」
駆逐艦から応答がある。私は応える。
「大丈夫だ。問題ない。このまま前進を続けよ。」
「了解、このまま、前進を続ける。」
全長300メートルの巨艦は、水路に沿って大安宅船を押し出していく。横向きになったまま、抗いがたい力で押され、どうすることもできない大安宅船。
そして、ついに沖にまでまで押し出すことができた。
「駆逐艦6443号艦からサブリエル少尉へ!これより、当艦のバリアを展開し、この船を破壊する。留意されたし!」
「こちらサブリエル!了解した!」
私はそれを受けて、すぐそばで立ちすくむミヤザキ殿とニシノ殿に向かって言った。
「これより、大安宅船3隻を破壊する!我々の、勝利だ!」
その直後、海上から大きな爆発音が鳴り響いた。
1艘には、約70発の二尺玉が仕込んであったのだという。それがバリアシステムの放つ耐衝撃粒子に触れて、一気に爆発したのだ。
他の2艘もほぼ同時に、出撃した哨戒機の攻撃で爆発を起こす。海上には、一度に炸裂し、花を咲かせる花火が3箇所、見えた。
「タ~ガ屋~!サ~ノ屋~!」
掛け声をかけるおリン。それはまさしく、勝利の花火であった。
もっとも、この花火の下で乗っている船員は全員死亡したことだろう。それまでに10人もの犠牲者を出している。
だが、百万人が住むと言われるこのおエドの街は、守られた。将軍家も、長屋の住人も、多くの商人も、火の海の中で逃げ惑い、命を失うという惨事からは免れることができたのだ。
「な、なんということだ……まさかあんなものが現れるなんて……」
ガクッと膝を落とすミヤザキ殿とニシノ殿。その二人の元に歩み寄るお奉行様。
「ミヤザキ様、ニシノ様。あなた方を天下の大罪人として、お縄を頂戴いたします。」
そう言って、2人の与力がこの2人の腕に縄を掛ける。すでに切り札を失い、2人は力なく捕まる。他の侍衆も、町奉行の前に降伏した。
そして、お奉行様が私のところにやってきた。
「お主が星の国から来たとは、ミヤモトより聞いてはいたが、まさかあれほど大きな空飛ぶ船を持っておるとは……だがあれも、その星の国から来たという船なのじゃな?」
私は応える。
「そうです。土壇場で、あの船と連絡が取れました。本当に、運が良かったんです……」
「そうじゃったのか。だが、運というものは最後まで諦めなかったものにのみ訪れるものじゃよ。お主が最後まで諦めなかったからこそ、訪れた運なのじゃろう。おかげで、このおエドの民の多くが守られた。感謝する。」
私に向かって、頭を下げるお奉行様。
「そんな、お奉行様!頭など下げずともよろしいですよ!私というより、あの艦のおかげなんですから!」
「いや、お主がおらなんだら、今ごろわしらは火の海と化したおエドを走り回っておったじゃろう。それが、ご覧の通りおエドの街には傷一つない。いや、この水門の高見櫓の石垣くらいじゃな。」
それを聞いて、一斉に笑い出す与力、同心の方々。おリンも笑っていた。
お奉行様達と話していると、空の向こう側から、哨戒機が接近してくるのが見えた。
私のいるこの水門のある場所の上空をゆっくりと旋回し、近くの通りへと着陸をするその哨戒機。
私はその哨戒機に向かう。着陸した哨戒機のハッチが開く。そして中から、軍服姿の人物が現れる。
「サブリエル少尉!お迎えにあがりました!」
入り口に立つその人物は、こちらに向かって敬礼する。それを見て、私はそのハッチの方向に向かって歩く。
私は、その人物に向かって返礼する。よくみると彼は、同僚のブルーノ少尉だった。
「よく生きてたな、サブリエル少尉!消息を絶って2日、心配してたぞ!」
「ああ、いろいろあったんだが、ここの人達のおかげで、生き延びることができた。」
「それよりも、さっきのあの船は一体、何だったんだ?どう考えても、尋常ではない出来事だったようだが。」
「その辺りのことは、艦内にて報告する。それよりもまず戻るとしようか。」
「そうだな。ではこれより貴官を保護し、駆逐艦6443号艦に帰投する!」
「了解!」
再び敬礼する2人。ああ、やっと私は、私の世界に帰れるのだ。昨日の朝にこのおエドの郊外に不時着し、そして偶然にも大きな事件に巻き込まれた。だがそれも終結し、そしてようやく私は駆逐艦に戻ることができる。
周りの同心達は、このやり取りをあっけにとられて見ている。突然降り立った空飛ぶこの白く四角い哨戒機、その中から現れた奇妙な姿の人物との会話。初めて見るものばかりで、唖然としている。
しかし、そんな哨戒機に臆することなく私の元に駆け寄り、私の腕を引っ張る者がいる。
おリンだ。
「さ、サブよ!お前、やっぱり帰っちまうのかい!?もうここには、帰って来ねえのか!?」
たった2日間だが、ともに行動し、ともに命をかけて事件解決に走り回り、ともに夜を過ごした彼女が、不安げな顔で私の方を見ている。
もはや彼女は、私にとって赤の他人ではない。このおエドで出会った、かけがえのない岡っ引きパートナーだ。
そこで、私は応える。
「大丈夫だ。ほんのちょっとの別れ、すぐに戻ってくる。その時は、これまでのお礼もするさ。」
それを聞いて、少し不安げながら、微笑みかけるおリン。
「分かった。じゃあ、あたいはあの長屋で待ってるからな!絶対に戻って来いよ!」
そう応えるおリンに、私は手を振った。おリンも同様に、私に向かって手を振る。
そして哨戒機に乗り込み、ハッチが閉じられる。
「機関始動!2番機より6443号艦!不明中のサブリエル少尉を保護した!これより発進、帰投する!」
「6443号艦より2番機!発進了解!直ちに離陸し、帰投せよ!」
すっかり、日の暮れたおエドの街を上昇する哨戒機。この広いおエドのあちこちを走り回ったこの2日間に私は思い巡らしながら、離れていくおエドを、そして小さくなっていく同心達の集団を、私は窓から眺めていた。