#1 不時着とおエドの街
私は連合側所属の地球509遠征艦隊所属の哨戒機パイロット、サブリエル少尉。25歳。
たった今、乗っている哨戒機が墜落している真っ最中だ。くそっ、スロットルがまるで効かない。明らかに整備不良だ。
2週間前に発見され、昨日ついたばかりの未知の地球を先行調査するため、駆逐艦の周辺地域上空を飛んで航空写真を撮るつもりだったが、その最中に大きな都市を発見、そこに向かおうとした直後に突如、エンジントラブルが発生。
なんとか林のあたりに降りようと試みる。かろうじて操縦桿は効くため、機体をやや斜めにして飛び、わざと空気抵抗を増やして減速する。
その状態から失速寸前に機体の姿勢を水平に戻し、ふわっと着陸する……というのが、航空機トラブル時の基本操縦法だが、いかんせんそこは空力的には飛ぶのは無理な形の哨戒機だ。重力子エンジンの浮力が得られなければ、もはや安定飛行など叶わぬ機体。
このため、まだ結構な速度だというのに浮力を失いバランスを崩して落下し始める。地上に叩きつけられ、そのままひきづられるように進む。幸い、下は低い木々と草っ原だ。その木々に機体を押し当て減速を試みる。しばらくガガガッと機体と木々が擦れる音が響く。
が、その先に大きめの一本の木が現れる。避けようとするも、もはや操縦が効かない。そのままその木に激突し、衝撃で哨戒機は跳ね飛ばされ、ひっくり返ってしまう。
機内はいくら慣性制御で衝撃を抑えていると言っても、その限界を超えた衝撃が来たため、私は中でかなり揺さぶられ、そのまま気を失ってしまった……
墜落してから、どれくらいがたっただろうか?
私は目を覚ます。重力子エンジンは停止しており、私はシートベルトで固定されたまま、逆さ吊りになっていた。
核融合炉だけは辛うじて生きており、ブーンという核融合炉特有の音は聞こえる。ということは、なんとか電力は保たれているようだ。そこで私は無線機に手を伸ばす。
が、その無線機のマイクが潰れている。
なんてことだ、これじゃ無線機が使えない。それどころか、機体がねじれたことで、操縦席と助手席の間にある機器類が潰されている。そこには、救難用のビーコンや無線機器など、緊急時にこの機体の位置を母艦である駆逐艦6443号艦に知らせるための機器が集中している場所だ。それが、一つ残らず壊れている。
なんということだ。私は自分の母艦に、位置と状況を知らせることができない。
ただ幸い、スマホがある。ただしこれは最大で半径10キロ以内までしか届かない。駆逐艦を飛び立ってすでに500キロ以上は飛行している。とてもじゃないが、これでは母艦に通信できない。
私はベルトを外し、下に降りる。といっても、下は床ではなく、天井だ。ガラスや機材の破片が散乱しており、降りるときに左手の平をガラスの破片の上に置いてしまい、少し切ってしまう。
通常ならば上向きに開くハッチは、逆さのため下側に開く。機体はねじれているが、幸いハッチは開けることができた。外に出られたのは幸いだった。
もう一つ幸いなことに、身体がなんともない。これだけ機体が損傷しているというのに、まさに奇跡だ。怪我といえば、さっき切った左手の平の傷くらいだ。
そこで私は携帯バリアと銃を身につけて、機内にあるありったけの非常食とエネルギーパックとスマホ、その他サバイバル用キットが詰められたカバンを持って機体を降りる。
林の中を少し歩くと、道が見えてきた。舗装されていない道路。だが、おそらく人の手がかかった道路だと分かる。人の歩いた跡、馬車か何かの轍も見える。木が切り開かれていて、さっき上空から見えたあの都市につながっているようだ。
が、その時、その道の向こう側から誰かが近づいてくるのを察する。私は思わず、木陰に隠れる。
覗き見るとその人物は、どう見ても女性だ。そしてその姿は、いわゆる「時代劇」シリーズで見たような格好だ。
頭は長い髪の毛をまとめて結っており、色あせた赤い着物を着ている。ただ、ややだらしのない頭の結い方だ。髪の毛がぴょんぴょんとはみ出している。それに着物は着てはいるが、腰の帯は絞められているものの、その上の胸元のあたりはゆるくて、動くたびに中が見えそうだ。顔は少し童顔だが、10代後半から20代といったところか?
「おっかしいなぁ……確かこの辺だったはずなんだけどなぁ……」
その人物が呟く。彼女の話す言葉がわかる。幸いなことに、ここは統一語を話す地域だと分かった。言葉が通じるのは、いざという時にありがたい。
それにしても彼女は、何かを探しているようだ。きょろきょろとあたりを見ながら、そのまま私の隠れている木の横を通り過ぎていく。
なんとか彼女をやり過ごした。なんとなくだが、今は現地住人との接触を避けたほうがよさそうだ。相手は、もしかしたら追い剥ぎの類かもしれない。とにかく救援が来るまで、哨戒機で待機しておいたほうがよさそうだ。そう感じた私は再び林の中に入り、哨戒機の方に向かって歩き出す。
すると私は不意に、さっきの女性とばったり出会ってしまう。林の木陰に邪魔されて、気がついたら目の前にいる。なんとあの女、林の中にまで入ってきていたのか。
その彼女は腰の帯から何かを取り出す。よく見ると、それはいわゆる「十手」というやつだ。時代劇というやつで見たことがある。それを見て私も、とっさに銃を構える。そして一発、地面に向けて銃を放つ。
「動くな!それ以上近づかなければ、何もしない!」
すると彼女が応える。
「な、なんだおめえは!?そ、それは鉄砲か!?」
鉄砲という概念は、ここにはあるようだ。理解が早くて助かる。
「そうだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!さっき、この辺りで空から何かが落っこちてきたんだよ!あたいは、それを探しにきただけなんだ!」
「……なぜ、そんなものを探す必要がある!?」
「あっしはこのおエドで、岡っ引きをしているもんだ!たまたまおエドの外に用事があって、その帰りにここを通りかかったら、えれえもんが上から落ちてきたから、気になって探りにきただけなんだよ!」
ああ、どうやら私の哨戒機の墜落を目撃したようだ。それにしても岡っ引きとはな。私はたまたま地球001で昔流行った「時代劇」シリーズをよく見ていたが、岡っ引きとはいわば、与力や同心と呼ばれる、犯罪捜査官の補佐的な役割だったはず。
であれば、信用しても良さそうな相手だ。だが、女の岡っ引きなんて聞いたことがない。本当にこいつ、岡っ引きか?
だが、なんとなく彼女の言葉に嘘はなさそうに感じた。嘘をつくなら、岡っ引きなどとあまり聞き慣れない職業を使わず、町人だの農民だのと言うだろう。
おまけに、手にはあの十手を持っている。たしか時代劇でも、十手はある程度信用できる相手にしか渡されないものだと言っていた。ここもそういうルールならば、こいつは信頼しても良さそうな相手だと考えてよさそうだ。
救援が来るまで、じっとただ一人で過ごすという手もある。が、すでに人に見られた以上、それもかなわないだろう。
私は銃を下ろす。こうなったら、墜落してぐしゃぐしゃの哨戒機を見せて、その反応を見る。結果、ここの役人に報告されるだろうが、その方がその後の交渉に役立つだろうし、私の生存確率が上がるかもしれない。私はそう考え、応える。
「分かった。なら、その空から落っこちたというものを、お前に見せてやる。」
「えっ!?本当かい!?おめえ、その場所を知っているのかい!?」
「知ってるも何も、落っこちたのは私の乗ってきた哨戒機という空飛ぶ乗り物だ。エンジントラブルで、命からがら着陸したところだ。」
「うわぁ、ほんとかよ!」
「こっちだ、ついてこい。」
「……っていいながら、人気のない場所に連れ込んで、あたいに変なことをしようっていうんじゃねえだろうな!」
「そんなつもりなら、すでにここが人目のつかないところだろう。わざわざ奥まで連れ込み必要性がないだろうが。それにだ、私は軍人だ。むしろ民間人の生命と生活を守る義務がある。そんなことをするはずがない。」
「そ、そうかい。じゃあ、信用してもいいんだな!」
私の話を聞き、十手を納めて、私のところに寄ってくるその娘。空から落ちてきた哨戒機が見られると聞いて、妙に浮かれている。しかしなんだ、もうちょっときちんと着物の胸元を閉めてほしいものだ。見えそうで見えないそれは、男としてどうにも気になって仕方がない。
「そうだ、名前を言ってなかったな。あたいの名はリン。おリンって呼んでくれ。歳は20だ。あんたは?」
「私は地球509の遠征艦隊、駆逐艦6443号艦所属のパイロット、サブリエル少尉だ。歳は25歳。」
「……ええと、今のはどこからどこまでが名前だったんだ?アースなんとかとか、くちくかんとか、どんだけ長え名前なんだ!?」
「いや、名前はサブリエルだ。」
「さぶりえる……それもいまいち長えんだよ。なあ、お前のこと、サブでいいかい?」
「は?サブ?まあ、構わないが。」
「じゃあ、サブ、さっそくでわりいんだが、その空から落っこちたという何かまでの案内を頼むぜ。」
なんだか急に馴れ馴れしくなってきたな。なんだこの娘は。いや、これは罠の可能性もある。少し警戒した方が良さそうだ。
少し歩くと、ひっくり返った哨戒機が見えてきた。激突して倒れた木に、地面には着地の際についた跡がずーっと向こうまで続いている。
「うわぁ、なんだこれは!?こんなもん、見たことねえぞ!」
「これは航空機というものだ。簡単に言えば、空を飛ぶための乗り物だ。もっとも、今は壊れてしまって、全く動かないがな。」
哨戒機のそばに駆け寄るおリン。白い機体を触りながら、興味津々な様子だ。
うーん、それにしても無防備すぎるなぁ。私に背中を見せっぱなしだ。もし罠にかける意図があるなら、私を先に行かせるものだが、私など構うことなく哨戒機に夢中だ。どうやら私は、警戒しすぎだったようだ。
「おい!あまり触ると、破片で手を切るぞ!」
「はあ?そうなのか!?」
「現にほら、私もさっき手の平を切ってしまった。気をつけたほうがいい。」
私は彼女にそう言いながら、実際に切った左手を見せる。それを見たおリンは今度はこっちに駆け寄ってくる。
「なんだおめえ、怪我してたのか!こりゃいけねえ、ちょっと、こっちにこい!」
そう言って私を手招きする。なんだ?どこに連れて行くつもりだ?
彼女に連れて行かれた先にあったのは、小さなせせらぎだった。
「ここで洗った方がいい。怪我ってえのはほっとくと、変な病気になるぞ!」
「あ、ああ。」
別に消毒薬もあるから、なんとかなるのだが、おりんがそういうので、私はそこで手を洗う。
ここのせせらぎは、とても綺麗な水だ。気温的には、春から夏にかけての季節。山の雪解け水でも流れてきているのだろう。
私が洗った手を、彼女は持っていた手ぬぐいで拭いてくれた。
「いや、わざわざ拭かなくてもいいぞ。」
「いいってことよ。おエドのもんはお互いに、助け助けられて暮らしてるんだよ。だから、あたいが困ったら、その時はサブがあたいを助けてくれりゃあいい。それであいこだ。」
なんだか、彼女のことを疑っていた私が恥ずかしくなってきた。彼女は、全然こちらを疑うことなく助けてくれた。やや男勝りで、しかも大雑把な娘なようだが、心は優しいようだ。
ところで、さっきからおリンという娘は、ここをおエドと言っているが、それはこの先に見えたあの都市のことか?私は尋ねた。
「ところで、おエドというのはなんだ?この先にある都市のことか?」
「ええ~っ!?おめえ、おエドを知らねえのか!?」
「いや、知らない。この辺りでは大きな都市なのか?」
「ここは百万の民が暮らす、将軍様のお膝元!それがおエドだよ!」
ますます時代劇だな、この星は。なんだって?ここにも時代劇のように将軍様がいるのか?驚きの事実だ。
「てことはそのおエドは、武士や町人が大勢暮らしている、賑やかな街だというのか?」
「おうよ。すでに将軍家も18代目、400年続く太平の世、そんなおエドを、大勢の町人達が支えているってもんよ。」
「なんだ、武士は支えていないのか?」
「一部のお武家様は本当によく働いていらっしゃるが、大半はだめだな。ただ威張りくさってるだけの、形だけの武士だ。刀は持っているが、人を斬ったこともねえ腰抜けばかりでよ。そのくせ、たまたまお家がそうだったというだけで、あたいらを見下していやがる!まったく!誰のおかげでおまんまが食えていると思っていやがるんだ!くそったれめ!」
なんだか妙にお怒りモードだな。やっぱり、どこの世界でも星でも、身分の高い人物というのは嫌われるもののようだ。
「んだけどよ、タナベ様は違うね。あの方は、おエドで最も尊敬できるお武家様の一人だよ。」
「なんだ?そのタナベというお方は?」
「南町奉行の同心、タナベ様よ。身寄りのないあたいに、仕事と岡っ引きの役目をくれたんだよ。頭も良くてよ、優しくて、まさに同心、いやお武家様の鏡だねぇ!」
「なんだ、岡っ引きと仕事をくれたって。岡っ引きが仕事じゃないのか?」
「何言ってるんで!岡っ引きってのはそれほど給金がもらえるわけじゃねえから、それとは別に稼業がいるんだよ!」
「はあ!?岡っ引きというのは低賃金なのか!?なんてブラックな……」
「その代わり、いろんなところに顔が効くからさ、仕事をする上でも便利なんだよ。しかもよ、場合によっちゃあ、お武家様相手でも張り合えるってお役目だ!別にあたいは不満じゃないぜ!」
へえ、岡っ引きって、そういうものなんだ。この星のこのおエド特有かもしれないが、彼女は別に薄給であることを気にしている様子はない。
「じゃあ、仕事は何をやってるんだ?」
「おう、唐辛子売りよ。」
「と、唐辛子!?」
「唐辛子によ、陳皮、山椒、黒ごま、麻の実などを混ぜた七味唐辛子ってやつを売り歩くのよ。」
「そんなもん、売れるのか?」
「売れる売れる!今このおエドでも大人気だぜ。特にあたいの七味には辛さに定評があってよ、しかも女岡っ引きが売り歩く七味唐辛子ってんで、これが結構評判なんだぜ。」
「はあ、そういうものですか……なるほどねぇ。商売する上でも岡っ引きという身分も、役には立つんだな。」
「で、そうやって街を練り歩いていると、時々事件に出くわすんだよ。だから、岡っ引きやりながらやる商売としては、こういう行商人がちょうどいいんだよ。」
このおリンという人物がだんだんと見えてきた。で、今日はその原料の唐辛子の買い付けにおエドのそばにある農家のところにまで行っていたそうで、その帰りに私の哨戒機の墜落を目の当たりにしたという。
「なんだ、買い付けに行ってたというわりには、手ぶらじゃないか。」
「あったりめえだろう!荷物置いて、十手持って飛んできたんだ!唐辛子持って事件の現場に行く馬鹿がどこにいるんだよ!」
ああ、なんてことだ。この娘に馬鹿呼ばわりされた。なんだかちょっとムッとするな。
で、また哨戒機に戻って、あれこれと見回るおリン。
「なあ、なんだかこれ、上下逆さになってねえか?」
「不時着の衝撃でひっくり返ったんだよ。」
「なんだおめえ、よく生きてたな。ところでおめえ一体、どっからきたんだ!?」
「ああ、地球509というところからきた。」
「なんだよ、そのアースなんとかってのは!?」
「星だよ。」
「星!?星って、あの夜になるとキラキラ光って見える、あれか!?」
「まあ、その光の一つの周りを回る惑星の中の一つで、ここから320光年離れた場所からやってきたんだよ。」
「……おめえが何言ってるんだか、あたいにはさっぱり分からねえな。要するにおめえ、ものすごく遠くの空の星の国からやってきたってことか?」
「ああ、そうだ。」
「そうか……うーん、困ったな。」
「何がだ?」
「この国は今、異国のものをむやみに入れちゃいけねえことになってるんだ。まして、星の国から来たとなりゃあ、なんていわれるか……」
「なんだと!?そんな法律があるのか!?」
えらいことだ。もしかしていわゆる「鎖国」ってやつか?そういやあ時代劇でも、外から来た外人を追放したり、殺したりしていた場面があったな。
ちょっとまて、どう考えてもまずいじゃないか。このままでは私は捕まって牢獄に放り込まれ、最悪殺されてしまうかもしれない。住人との接触が、かえって生存確率を下げてしまうことが分かってしまった。
「おい!頼むから、このことは黙っておいてくれ!」
「そうもいかねえよ。あたいが気づいたくらいだ、他にも何人かがこの空から落っこちてきたものの存在に気づいている頃だろうぜ。そうすりゃあおめえ、今みたいに根掘り葉掘り聞かれて、結局はバレちまう。」
「そんな……」
まずいな。そうなると私は、この壊れた哨戒機に立てこもって、銃とバリアで徹底抗戦するしかないじゃないか。
「この哨戒機ってやつのことは報告するけどよ、おめえが異国人だってバレるのはまずいな……よし、いい考えがある。ちょっとついてこい!」
「なんだ、いい考えって?」
「いいから!黙ってついてくりゃあいいんだよ!」
というので、私はおリンについていく。
街中に入る。さすがにパイロットスーツ姿の私は目立つようで、皆がこちらをジロジロと見てくる。
ここの街にいる人々の男の頭はちょんまげ、女は髪結い、各々着物姿で、まさしく時代劇の舞台といった場所だ。
しかし、ここでもしその武士とやらに出くわしたら、バッサリと斬られてしまうかもしれない。いざという時には携帯バリアがある。それで刀をかわせても、そのあとはやはり哨戒機に立てこもって徹底抗戦するしか選択肢がなくなる。別に悪いことをしているわけでもないのに、そんな気の抜けない生活は嫌だなぁ……そんな心配をする私を引き連れ、急いで街の中に向かうおリン。
表通りを抜け、細い道に入る。なんだか同じような建物がいくつも立ち並ぶ場所へとたどり着いた。
で、その建物の一つの前で立ち止まる。
「ここはあたいの長屋だ。いいから入れ。」
というので、中に入る。
こじんまりとした部屋だ。板の間に一枚のござが敷かれている。
奥には、見たことのない文字の書かれた縦長の四角い箱が2つある。上に棒が置かれているところから、これが商売道具なのだろう。肩に担いで売る行商人用の荷物だ。
「あったあった!いやあ、残しておいてよかったぜ!」
なにやら、色あせた緑色っぽい着物を出してくるおリン。
「なんだ、これは?」
「死んだおとうの形見の着物だよ。これをきてりゃあ、異国人だとバレねえだろう。」
「はあ、なるほど。」
というので、早速着替えることにしたのだが……
「あの、おリンさん?」
「なんでえ。」
「じっと見られていると、着替えづらいのですが。」
「何いってるんで!女に見られたくらいで躊躇するたあ、おエドの男じゃねえぜ!もっと堂々としやがれってんだ!」
いや、私はおエドの男じゃないんだが。まあ、今は彼女のいいなりにならざるを得ない。いそいそとパイロットスーツを脱ぎ、その着物に着替える。
「やっぱりちょっと小さかったな。けどまあ、なんとか着られたな。これなら異国人だとバレねえだろう。それにしてもおめえ、妙なものを着物の下に着ているよな。」
「そうか?我々にとっては、普通の下着だよ。」
「いやあ、着物の下は普通、ふんどしだろう。ほれ。」
といって、おリンは着物をチラッとめくってみせる。確かに、ふんどしをつけているが……綺麗な太ももまで、丸見えだ。
「ああーっ!お、おリンさん!いいって、わざわざ見せなくても!」
「なんでえ、なに恥ずかしがってるんだ?まあいいや、とりあえずその格好で、外に出てみるか。」
「ええっ!?外に行くのか?」
「あったりめえだろう!その格好で怪しまれねえか、確認しといたほうがいいだろうが。」
「まあ、そうだけど……」
「よし!いくぞ!」
「でも、私の頭はちょんまげじゃないぞ?あと、この辺りではちょっと大柄な人間だから、目立つんじゃないのか!?」
「まあ、それくらい大したことじゃねえだろう。はぐれ者で、大柄で髷を結わねえやつなんてのは時々いるからな。やべえやつだと思われるくらいだろう。」
私ははぐれ者か。いや、確かにこの星では私は「はぐれ者」だな。髪の毛も少し茶色いが、これくらいなら気にしないだろうとのことだ。
で、長屋を出て街に繰り出す。表通りに出るが、先ほどよりはジロジロと見られることはなくなった。
ところで、このおエドというところは、あの小高いところにそびえ立つおエド城というところに住まう将軍様の周囲にできた、いわば城塞都市だ。
といっても、街全体が塀で囲われているわけではない。どちらかといえば、城を街が取り囲んでいる。
元々、この辺りは湿地帯だったらしい。あの城を中心にして徐々に埋め立てられ、街ができた。その名残として、あちこちに水路がある。
この水路を使い、物が流通している。長屋のそばにも水路が見えるが、そこを小舟がカゴに入れた野菜など、様々なものを運んでいるのが見えた。
ところで、この街の陸上の移動手段は徒歩しかない。馬車すらいない。エドの中は、駕籠と呼ばれる人が担ぐ乗り物以外は、徒歩しかない。
この街では馬は基本的にご法度のようだ。糞害を気にして、馬をあまり中に入れない方針らしい。おかげで船による水運か、大八車で人力による運搬。それがこの街の輸送方法らしい。
さて、しばらくおリンと歩いていたが、突然ある人物がおリンの元に走ってくる。
「て、てえへんだ!おリンさん!ちょっと来てくれ!」
「なんでえ、おハチ、また何かやらかしたのか!?」
「いや、俺じゃねえよ!さっきそこの水路から、死人が上がったんだ!」
「な、なんだってぇ!?」
「とにかく、すぐに来てくれ!あっちで大騒ぎになってるんだ!」
「分かった、案内しろや!」
哨戒機がエンジントラブルで墜落し、であったおリンという娘に突然この街の姿に変えられ、挙句の果てには死体が上がった現場に行くことになった。私にとってこの最悪の日は、まだ終わらない。