巫術講座の開幕
各教団による巫術講座が宮殿内の各部屋で開始された。生徒らは各々自分が気になる教団を訪れ講座を受けた。
巫術には、太陽、水、金、地、火、木、土、天、海、冥、月の11の系統から成り立つ。各系統にはそれぞれ特徴がある。例えば、太陽系統は光と活力が特徴で、あたりを照らす光を生み出したり、元気のない人に活力を与えることができるといった巫術を操ることができる。11の大自然教団は、この各系統をそれぞれ長い年月をかけ研究し、研鑽してきた教団でもある。つまるところ、各系統のプロフェッショナルとも言え、更にそのトップである教団長と巫というプロ中のプロが生徒たちに巫術を教えるのである。
この講座時間は各30分くらいと決められており、5講座分の時間が設けられていた。故に生徒らはまず11の教団から5つに絞らないといけなかった。とは言っても大体は自分の素質があるところに行くだろうから、一部の多くの素質を持つ人たちを除いて、そこまで考える必要はなかった。
京也と治郎は別々に行動していた。二人とももっている素質が違うからである。
京也は初めに金に行き、次に木行った。京也はなんとなく初めに月に行く気になれず、先の2つをまわったのだ。しかし、あまり興味を持てず、遂に月の講座に行くことにした。
「(ここか。)」
京也は地図に書かれた月のブースにやってきた。教団の長や巫が不在なため、教団庁の人が代わりにするらしい。
部屋に入ると誰も居なかった。
「くが~。」
いや1人の女性が椅子に座り教卓の上に伏せて寝ていた。
「あのう。すみません。」
京也が声をかける。
「むにゃむにゃ。あと3分~。」
「…。」
起きそうになかった。
「これは~。」
教卓の上にはたくさんの本が乗っていた。きっと彼女が用意した月の教団に関する資料に違いないと京也は手に取る。勝手に他人のものを見るなどいけないことであるが、京也は興味心が勝り本を開く。
本にはやはり月の教団について書かれていた。つい本を熟読し始める京也。その本には大まかなことしか書かれていなかったため、すぐに読み終わる京也。
内容を要約すると、月の教団名は「双月の炎学団」といい。学問を深める学者が多いらしい。そして月の系統は鎮静と覚醒を司るらしく、荒ぶるものを鎮めたり、眠れる力を呼び起こしたりできるらしい。双月の炎学団これを体系化し「月聖術」を編み出した。月に己が学んだことを提示しながら祈るらしい。
「んん。ふわぁ~よく寝た。…はっ!」
京也がちょうど読み終えたごろに、寝ていた女性が起きた。彼女は京也をみて驚く。
「まさか人が来るなんて!…って時間がもうない!?」
懐中時計をみた女性が慌てだす。
「どうして起こしてくれなかったのですか!」
「起こしましたよ。貴方が起きなかったんです。」
「そ、そうですか。ごめんなさい。昨日準備してて眠たかったんです。人も来なかったので我慢できずに寝ちゃいました。」
京也の反論に 顔を赤らめて言う女性。
「あっすいませんこれ勝手に読んじゃいました。」
京也が手に持った本をみせる。
「全然いいですよ!どうでした?月の巫術についてわかりましたか?」
「だいたいは。」
「そうですか!良かった~。ならもう私が教えなくて大丈夫ですね!これで怒られなくてすみます!」
「…。」
「あ、あのう。ヘンゼルさんには言わないで欲しいのですが……。」
無言の京也に急に不安そうになる彼女。
「これ、しっかりとは読んでないので貸してほしいのですが。」
「全然いいですよ!なんならこちらの本もどうぞ!なので、チクらないでくださいね!」
京也に本を手渡しながら懇願する彼女。
「わかりました。僕はキョウヤといいます。」
「キョウヤさんですね!私はモモッモといいます。本を返すのはゆっくりでいいですからね!でも汚さないでくださいよ?」
「もちろんです。」
その後少し雑談した後時間が来たので、京也は部屋を出た。
「(『月聖術』良かったな。)」
本を読んだだけだが、京也はそれでも『月聖術』を気に入った。荒ぶるものを鎮め、眠れる力を呼び起こす。とてもロマンあふれているように感じた。
「でも…」
でも、素質がない自分ができるか不安だった。自分は貪欲に『月聖術』を学び、着実にでも力をつけるだろう。でも、もし後から来た素質持ちが自分を軽々しく抜いていったとき、自分は正気でいられるだろうか。そう思うと自分は『月聖術』を選ばない方がいいのではないかと思う京也であった。
「キョウヤ~!」
京也が悩んでいると、治郎が声をかけて近寄ってきた。
「どうしたんだ?」
京也の暗い表情に気が付き、治郎が尋ねる。
「ちょっとね。素質がない自分が月を選んでいいのかって思ってね。」
「そうか…。」
治郎は何言っていいかわからず、こうとしか言えなかった。
少し沈黙が続き、
「なぁキョウヤ。次に行くとこ決まっているか?」
「いや、決めてない。」
「ならさ、付き合ってくれね?」
京也と治郎は、天のシンボルを担う教団のブースに来ていた。
「悪いなキョウヤ。」
「いいや。俺も気分転換になるよ。」
首を振る京也。
「わかった。時間はいっぱいあるもんな。」
最終的に決めるのは明日の朝までである。時間はたっぷりあった。
プップラプッププー!
「な、なんだ!?」
京也と治郎が部屋で待っていると、いきなりラッパか何かの音が部屋に鳴り響いた。
「やあやあみんなこんにちはー!」
そう言いながら、部屋の前方の入り口から2人の男性が入室してきた。1人が若い男性で片手には独特の形をしたラッパみたいなものを手に持ち、もう一人は白髭を綺麗に整えた壮年であった。
「昨日も会ったけど改めまして!僕は教団『天嵐楽団』の巫子のフェルパレッロで、こちらが教団長のキュレーゼン様だよ。」
「いざないの皆様、よろしく。」
「ひーふーみーよー、4人か~今までで一番多いね!。あっちなみに天の素質を持っている人~?」
フェルパレッロが手をあげて質問する。講座に参加していた生徒は、京也を除き恐る恐る手をあげる。
「わーありがとう!天の素質持ちはレアだからいつも人が少ないんだ~。」
悲しそうにいうフェルパレッロ。
「そんでもって君は素質を持っていないのに来てくれたんだね!嬉しいなぁ~」
唯一手を挙げなかった京也に対し、とてつもなく嬉しそうな顔で言うフェルパレッロ。京也はあいまいな笑顔でうなづく。京也はとてもではないが、友人についてきただけなどと言えなかった。
「でも安心してね!素質が無くたって全然へっちゃらなんだから!確かに素質持ちに比べて苦労するけど、誰にも負けない天を愛する心さえあれば巫術はすぐに上達するんだから!その証拠に僕は素質は無かったけど、巫に就くまでになったんだから!愛することが一番の素質なのさ!」
「!?」
ここで、京也に激震が走った。「素質が無いけど、巫につけた。」このことが、京也の心にあった「素質が無くても上達すると皆いうが本当なのだろうか。仮に上達するとしても結局最後には素質持ちに負けるのではないか。」という悩みを打ち破ったのだから。愛さえあれば上達する。自分は月を愛する心は絶対に負けない。京也の瞳に決意が灯った。そして京也は思う。自分はあまりにも素質というものに振り回された。自分は月が好きなんだ。どうせ素質のある他の系統に行っても月を眺めるだろうし、何より壁にぶつかった時に後悔していただろう。後悔し、挫折し、腐っているかもしれない。でも月だったら自分は後悔せずに壁を乗り越えていける。そんな気がする。なんだって自分は月をどうしようもなく愛しているのだから。
それを気づかせてくれた。そして道を示してくれた目の前の天の巫子に京也は感謝と尊敬のまなざしを向ける。フェルパレッロはその目線にハテナを浮かべながらも話を続ける。
「ではでは、天の巫術について皆に教えるね!」プップラプッププー
そういってまたラッパを吹くフェルパレッロ。
「天の巫術は”変化と音”を司っているんだよ!みんな空を思い浮かべてごらん。空は毎日その表情を変えるよね!曇りの日や雨の日、雪の日や風が強い日など変化の連続さ!そして音は空に吹く風に乗って広がっていく。天の巫術はそんな空の性質を持つんだよ!」プップラプッププー
またしてもラッパを吹くフェルパレッロ。
「それを僕ら『天嵐楽団』は楽器や歌声で表現し祈る方法を編み出したんだ!それを体系化して、『天奏術と呼んでるよ!だから僕はこのラッパを持っているのさ!」
プップラプッププー
おもしろいな。そう思う京也。『月聖術」には楽器を使った祈り方が無かった。ぜひとも『月聖術』にも取り入れたい。まるでもう教団の上にいるかのような思考をする京也。心が定まった彼は、気が早かった。
「僕らの巫術の練習はいたって簡単!楽器や歌の練習をすることさ!僕は色々な楽器にふれているから、ある程度なら教えられるよ!」
胸を張りいうフェルパレッロ。
「あと歌に関しては、今ここにはいないんだけど、絶大な人気がある歌姫がいてね。本気で学びたいなら彼女が教えてくれるはずだよ!あっ僕らは修行もかねて国々を訪れ演奏会を開いているんだ!歌姫を含めた楽隊が今向かってて、数日後に記念講演を行う予定だから楽しみにしててね!では、そろそろ時間だし、何か質問はあるかな?…なさそうだね。みんなが選んでくれることを楽しみに待ってるよ~。」
そういって2人は部屋を出ていった。
「教団長は全然喋ってなかったな。」
「ああ、しかし良いことを聞けたよ。…ジロー、俺は『月聖術』を学ぶことを決意したよ。」
「へへ、そうか。俺は何にしよっかな~。」
京也の決意を聞き、嬉しそうにする治郎であった。




