冬の決心。
よろしくお願いいたします。
僕が通う小学校は大通りに面している。
車通りも多ければ、もちろん人通りも多い。
目の前には歩道橋があるのだが、ツバメだかなんだかわからない鳥が巣を作ってる。
冬のこの時期にもそのまま居座り続けている所をみると渡り鳥ではないのだろう。
道路を挟んだ向かい側にはカレー屋がある。
カレー屋なので臭いはもちろん、客が普通にいるにも関わらずに、店長らしき男が従業員を怒鳴り散らすことで有名だ。
僕の兄貴が彼女を連れてその店に赴いた時も例に漏れず、そのショーが行われたそうだ。
ムードも何もあったものじゃないと兄貴は憤慨していたが、カレー屋をチョイスする時点でそもそも難しかない。カレー屋だけにナンしかない。
さて、本題に入ろう。
僕は今、既述の小学校の前にいる。
先日、職場体験を同級生数名と一緒にしてきた。
メンバーは僕、時折ズボンに両手を思い出したようにおもむろに出し入れする片岡、小学生なのにチャップリンに非常に似ている泉、眼鏡がよく似合っているとにかく可愛い(僕視点でだ)古橋さんだ。
希望の職場に赴く前に集まった場でたまたま休んでいた僕がリーダーにされてしまった。
ので、それぞれが書いたレポートという名のどうでもいい感想文(古橋さんのは是非読みたい)を僕がまとめる立場となってしまった。
小学校の前にいるのはそのレポートを集める為だ。
日程的に金曜日に職場体験、月曜日にレポートを提出なので土日に集めてまとめなければならない。
この日程を組んだ奴は馬鹿じゃないのか。
必然的に管理職は休日労働を強いられるではないか。
もしくは日々のうのうと生きている小学生に対する教師の恨み節が込められているのか。
それはまぁいい。さらに本題に入ろう。
土曜日のこの日、僕は古橋さんに恋人になって欲しいと告白するつもりでいる。
僕達が職場体験に向かった先は街医者だった。ちなみに歯科医だ。
仮にも医療に携わる職場であるので白衣を着用せねばならないのだが、あいにくと子供用の白衣はなかった。
なので普段給食時に着用するおなじみの医療用ではない白衣を着て職場体験をすることになった。
白衣は少し長めなので片岡はその習性上、いつも変な所で折って着用していた。
上は作業着、下はスーツのスラックスというよくいるけどおかしく思われる格好を想起させた。
ていうかその習性をやめればいいだけの話だ。何がお前をそうさせる。
泉は何を着てもチャップリンだ。この時は白いチャップリンだ。
給食の時、たまにパンではなくてごはんが出る時がある。
その時は必ず同級生から『米にうたえば』と馬鹿にされるが、泉は決して怒らない。
それどころかしゃもじをくるくると回転させ、給食当番ではないのにもかかわらず、ご機嫌に本来の給食当番を押しのけてごはんをよそう泉はまさにチャップリンになるために生まれてきたのではないかと疑うほどの喜劇役者だ。
まぁそんな男どものことはどうでもいい。
紅一点の古橋さんはとても白衣が似合っていた。いつも着ている白衣だけども。
問診票をとてとてと患者さんに持っていき、書けたら回収する。
その一生懸命さはまさに白衣の天使だ。いつも着ている白衣だけども。
「わたしね、将来看護師さんになりたいの」
何故こんな駅前にあるのに患者もこない、線路の前にあるためにうるさい歯医者を選んだのかと聞いたら少しはにかんでこう答えてくれた。
天使かと思った。
可愛さもそうだがすすんで人を看護したいと言うその慈愛の精神にくらくらとした。
ちなみに僕が選んだ理由は患者がいないからだ。
じあいのじの字もない。あるのはじぶんかってのじくらいだ。
さて、経緯を振り返るのはこれくらいでいいだろう。
とにかく僕はかわいい古橋さんと付き合いたい。
告白するにあたって片岡と泉は邪魔でしかないのでレポートは日曜日である明日に持ってくるように言っておいた。
作業時間が減って自分の首を絞める事になるが些末な問題だ。
僕と古橋さんが付き合えるかどうかの方が重要だ。
古橋さんがレポートを持って来る時間まではあと十分といったところか。
緊張してきた。
「あれ、京一じゃね?」
突然かけられた声の方を向けば片岡がいた。
何でだ。お前は明日くるように言っておいただろ。
「やっべ、レポート今日だっけ?すぐとってくるわ!」
とってくんな。帰ってくんな。
お前の家からここまで五分だから丁度古橋さんとの告白現場に鉢合わせるだろうが。
そう告げる前に片岡は反転して走り出した。ズボンに両手を突っ込みながら。
それこけたら顔からいくだろ。何がお前の両手をそうさせるんだ。
どうしたらいいんだ。
そりゃ車通りも多いし人通りも多い、何なら鳥の目もあるし、ここで告白したらドラマみたいで盛り上がるんじゃね?とは思ってたけど同級生に見られるのは嫌だ。
評判の悪いカレー屋の前で告白してOKもらえたらそれこそ真実の愛なんじゃね?とか訳のわからんこと考えてたけどまさかこんなことになるとは思わんかった。
うなだれていると後ろからとんとん、と肩を叩かれた。
なんだよ、今忙しいんだよ。
振り返ると泉がいた。
休日に見てもチャップリンだなこいつ。
何だよ、お前も僕の告白の観客者になりたいのか?役者でもたまに観客になりたいのかよ。
「……」
泉はカバンから何やら紙束を取り出して手渡してきた。
見るに先日の職場体験のレポートだ。
それとは別に紙も渡してきてきた。
『日曜でいいって言ってたけど今日渡しておくね。あと、告白頑張れよ!(^_-)-☆』
何で知ってるんだよ。
ていうか何で喋らないんだよ。
僕の問いかけには答えずに、泉はグッジョブポーズを繰り出した後、何も言わずに去っていった。
告白の事は誰にも言ってないのに、もしかして筒抜けなのか。
そうだ、それどころじゃない。
そろそろ古橋さんがくる。
それと同時に片岡も。
何一つ状況が解決していない。
「おふい、ひょういち!ふぁたせはな!」
ふがふが言いながらきたのは片岡だ。
ちくしょう、先にきやがったか。
もうこの際両手をズボンに突っ込んでるから口にくわえるしかないその唾液まみれのレポートには突っ込まない。
とっととおいて、とっとと帰れ。
こういう時には感覚が鋭くなっているのだろう。
その時、コツン、と背後で足音がした。
間違いない、古橋さんの足音だ。
幾度となくそのあとをつけて自宅まで同行した僕の耳が間違うわけがない。
「坂田君?」
古橋さんだった。
お母さんの方。
「ごめんね。里香、今日熱出しちゃって。代わりにこれ持ってきたわ」
あ、はい。
明日全て集まる筈のレポートが今日、全部集まった。
僕は古橋さんに告白できなかった。
「おい、京一。お前今日ナイアガラの滝見に行くとか言ってなかったっけ」
そんな嘘ついたっけ。
「まぁいいや。それより俺の家でスマブラしようぜ!」
片岡の家か。
とりあえずコントローラー持って行かないといけないな。
片岡の触ったコントローラー触りたくないし。
こうして僕の冬の決心は終わった。
冬休み前の予行演習ということにしておこう。
冬休みは短い。
ここまでお読みいただきありがとうございます。




