王院研究所襲撃事件
王院研究所が襲撃されて、機密情報が盗まれた。
城内は色々な憶測が飛び交い大騒ぎ。
が、市井の人々はそんなことどこ吹く風で、いつもどおりの生活を営んでいた。
シルバーハイブ亭
「ここ、涼しいですね」
人懐っこい笑顔で、青年は言った。
「魔装具で冷たい風を対流させているからね」
店主のトゥラムがカウンター越しに注文の品を差し出しながら返す。
「ふ~ん」
青年は注文したアクアスエット(夏場はコレがよく売れる!)を飲みながら店内をぐるりと見渡した。
そして一息つくと、革袋からチョコレートを取り出した。
「珍しいものを持っているね」
チョコレートとは甘い甘いお菓子で、原材料となるカカオがエルローン大陸では取れない。そのため、この国では珍しい品物だった。
「実はガルフ大陸から来たばかりなんですよ。真夏のガレー船て、蒸し暑いし揺れがキツいしで、ホント、参っちゃったよ」
「なるほど」
青年はチョコをパリッと割ると、片方をトゥラムへ差し出した。
「いります?」
「いや結構。 エルフは甘いものが苦手でね」
もちろん嘘だ。エルフだって好みは十人十色。しかしそう言っておけば人間は勝手に納得してくれるからそう言うことにしている。
店内の喧騒とは別に、外が一段と騒がしくなっていた。
「何かあったんですか?」
チョコを頬張りながら青年が聞いた。
「王院研究所が襲われて、研究記録が盗まれたらしいね」
「犯人は4人組で、そいつらピエロの格好をしてたらしいぜ」
小間使いで小人族のポックルが横から口を挟んできた。
「そいつらなら、さっき見かけましたよ」
青年は興奮気味に喋りだした。
「港についた時、倉庫の方へ走ってったな。さすが交易国のメイチェック。いろんな人がいるなと思ったけど、まさかあいつら強盗だったなんて・・・」
噂好きの客たちが寄ってきた。
みんなから注目されて、青年が色めき立つ。そして饒舌に口が回り始めた。
それから身振り手振りも交えて青年が語るその時の状況に、店の客達もヤンヤヤンヤと喝采を送り、興味津々といった感じで聞き入り始めた。
「それ、警備兵にも話してくれるかい」
「もちろんいいですよ」
「ポックル、ひとっ走り行って、警備兵を呼んできてくれ。ついでにお使いも頼む、必要なものはここに書いてあるから。」
トゥラムは小さな羊紙にサラサラと何かを書きつけるとポックルに渡した。
賊の正体や王都への不満などが喧騒となって渦巻くシルバーハイブ亭へ警備兵の一団、いや、王立騎士団が到着したのはそれから少ししてからだった。
「おいポックル・・・」
「こいつか、賊の一味というのは」
トゥラムの言葉を遮り、団長らしき男が青年に剣を向けながらいきなりきりだした。
青年が殺気立つのとトゥラムがうんざりした顔をしたのはほぼ同時で。
どうやら穏便に済ませようという気は無いらしい。
客たちがサーッと引いてゆく。
「ごめんよマスター。詰所へ行ったら、ちょうど王立騎士団と出くわしちゃって、連れてこないわけにはいかなくなっちゃったんだ」
コイツラ呼ばわりされて色めき立つ騎士団。
その一瞬のスキを突いて、青年が団長に襲いかかった。
情けない声を上げながら尻餅をつき、仰向けにひっくり返る団長。
そのすきに脱兎のごとく逃げ出そうとした青年の後頭部にショットグラスがあたり粉々に砕け散る。
青年はもんどり打って倒れ、昏倒した。
「なんでオレの正体が分かったんだ」
拘束された青年が苦々しげにトゥラムを睨みつけながら言った。
「真夏のガレー船に乗って到着したばかりにしては、チョコレートが溶けてないのがおかしいと思ってね。それが最初の違和感。それからことさら大袈裟に盗賊団のことを話すから、ひょっとしたら撹乱役かもって思ったんだよ」
その夜、シルバーハイブ亭はその話でもちきりになった。