閉ざされた世界からの脱出
このファンタジー世界にきてはや三日が経過しようとしている。幸いこの三日間モンスターとの戦闘で倒れたりしたことはなかった。(まぁほとんど未瑠が倒してくれたお陰ではあるが。)少しずつレベルが上がっていく中で、雅道は三日前のことを思い出していた。
※※※
「え?嫌だけど?」
「・・・は?」
意味が分からなかった。何故レベルが80もあるのにドラゴン討伐に行かないのだろうか。このゲームのレベル80というのはドラゴン討伐をパーティを組まずに可能にできるレベルだ。
「何で討伐に行かないんだよ!?お前のレベルで討伐に行かない奴なんて普通いねーぞ!?」
「だってまだ見てないイベントがたくさんあるじゃないの?ゲームの世界でのイベントを私達の目の前でみれるのよ!?こんなチャンス滅多にない、いや、二度とないわ!」
「いや、お前今の状況分かって言ってんのか!?今考えられるこの世界からの脱出方法はゲームクリアしかないだろうが!現実世界に戻るのがどう考えても最優先だろ!?」
「は?この世界を存分に楽しむのが最優先でしょ。何言ってんの?」
「・・・いやいや、お前が何言ってんの!?」
「大体アンタ私がいなきゃクリアできないんでしょ?なら私に従うのが普通じゃない?」
「いや、そうだけどさ・・・。」
結局何度も説得を試みたが正道の説得は失敗に終わった。
ーダメだ、こいつ・・・。この世界を楽しむことしか考えてねぇ・・・。
※※※
三日間戦い続けた雅道の体はボロボロだった。モンスターから攻撃される前に未瑠が敵を倒してくれるからHPには影響がないものの、流石に三日間となるとキツイ。
「なぁ?そろそろ街に戻らないか?三日間戦い漬けだぞ?」
「せっかくアンタのレベル上げるためにザコ共と戦ってあげてたんだけどまぁいいわ。休みましょう。」
『俺はそんなこと頼んでないだろうが!』と言いたかった雅道だったが、そんなこと言えば後がどうなるか分からなかったのでその言葉を噛み殺し、街へ向かった。
街に入ると街は昼間の活気が無かったかのように静かだった。流石に夜だと街をうろつく人もあまりいない。
「とりあえず教会へ向かいましょ。」
ーそうだった。俺たちはまだセーブ機能を試していない。セーブはもし俺たちが全滅してしまったとき、再び冒険ができるようにするために必要な機能だ。これを試さずフィールドに出たのは迂闊だった。もし未瑠のレベルがこんなに高くなくて、セーブしてないのに気づかずにモンスターにやられてたら・・・とはあんまり考えたくないな。
早速二人は教会に入り、神官の前に立った。
「迷える仔羊たちよ。あなた達の今までの冒険をこの旅立ちの書に記録しますか?」
「はいはい!記録しまーす!」
ーこいつ、三日間戦闘した後なのに何でこんなに元気なんだ?
「さすれば神に祈りを捧げなさい。さぁどうぞ。」
ーよし、とりあえず祈ってみるか・・・。
二人は神官から言われたように手を合わせ、目をつむり神への祈りを捧げた・・・つもりだったのだが。何分経っても神官が終わりを告げてくれない。しばらくしてようやく神官が話しかけた。
「・・・お前らナメてんの?マジで神に祈り捧げてんの?絶対フザケてるだろ?神ナメてんじゃねーぞ?」
二人はキョトンとしていた。確かに祈りを捧げたはずだ。普通これでセーブが終わるはずなのだが。すると隣で未瑠が小声で話しかけた。
「このオッサン怒ってるのは多分私達が神に祈りを捧げてないってことよね?この世界の神って一体誰なの?」
「知らねーよ!今までいろんなRPGやってきたけどセーブのときに祈る対象なんて描写されたことねーし知ってるわけないだろーがっ!祈るフリすればどうにかなるんじゃねーかって思うだろ普通!」
「うるせぇ!冒険者共!神の前でザワザワ騒いでんじゃねーよ!ぶっ殺されてーのか!」
「神官の言う言葉かよ、それ・・・。」
結局二人は教会から追い出されクタクタになって宿屋に行くことにした。宿屋のおばさんが気を利かして部屋を別々に取ってくれて、雅道は風呂に入った後すぐにベッドに入った。体はとてつもなく疲れているはずだが、雅道は全く眠れなかった。今まで考えていなかった恐怖が雅道を襲った。
ーもしこのままセーブ出来ずに死んでしまったらどうなるんだ?
ー即死呪文とか食らったらすぐに死んでしまうぞ?
ー教会で復活ってできるのか?
ーでも俺が知ってるドラゴニックファンタジーなら死んだらゲームオーバーで次はセーブしたところからだったぞ?
ーそもそも次ってあんのか?
『ドンドンッ!』
急にドアを叩く音がして雅道は驚いた。開けてみるとそこには未瑠がいた。
「どうしたんだよ・・・。こんな夜中に・・・。」
「私いつも近くに誰かいないと寝れないのよ!だから・・・ホントは嫌だけどアンタの横で寝てやるわ!」
「何だよそれ・・・。」
「うっさい!私がそうしたいだけなんだから別にいいでしょう!黙って『はい』って言いなさい!」
そう言うと未瑠は雅道の隣の空いているベッドに入った。本来ならカワイイ女の子が隣で寝るというのはとてもオイシイ状況なのだが、そんなこと考える余裕は雅道にはなかった。
ーこのまま現実世界に戻らずに死んでいくのかもな、俺・・・。
「ねぇあのさぁ・・・。」
絶望に沈んでいる雅道の横で未瑠はそっと話しかけた。
「何だよ・・・。」
「あ・・・ありがとう。」
「・・・は?」
雅道は驚いた。急にそんなことを言うとは思わなかったし、未瑠がこんなに素直に感謝する人間とは思ってなかったからだ。
しばらく間が空いた後に未瑠は口を開いた。
「私ね。家の事情で昔から家にいる人以外と話すことを禁止されていたの。だから毎日とてもつまんなくって楽しくなかった。周りも私が無愛想な人と思って話しかけなかったし。だけどアンタが話しかけてくれたときとても嬉しかった。私が好きなゲームの話とかもしてくれて久々に楽しいって思った。アンタは話しかけるのは誰でも良かったのかもしれないけど少なくとも私はアンタに救われたの。だから・・・」
「今度は私がアンタを救う番。」
雅道はその言葉を聞いてすぐに未瑠の顔を見た。曇りのない真っ直ぐな目で雅道を見ていた。
「お前何をする気なんだよ・・・?」
「アンタがそんな顔してるの見てらんないから、ホントは嫌だけど行ってあげる。」
「行くってどこに?」
「決まってるでしょ!ドラゴン討伐に行くって言ってるの!」
「・・・行ってくれるのか?」
「そう言ってるでしょ!明日は忙しくなるからもう寝るわよ!」
ー何やってんだろ、俺。そうだ。戻るんだ。俺達の世界へ。絶対に諦めるもんか。俺だってやってやる!
さっきまでの絶望感は消えて雅道の中には希望しかなかった。
ー何たってこっちにはレベル80の未瑠がいるんだ。負ける気がしねぇ!よっしゃ!俺も頑張るぞ!
「ところでアンタに聞きたいんだけど・・・」
「ん?何だ?」
「ドラゴンってどうやって倒すの?」
「そのレベルなら何回も勝ったことあるだろ?何でそんなこと聞くんだ?」
「え?一回もないわよ?」
「・・・え?」
「だから、一回も勝ったことないんだけど・・・」
「・・・あっ、なら挑んだことないんだな?なら仕方な・・」
「いや、30回くらい挑んだわ。」
「・・・。」
ーどうしよう。やっぱり戻れないかも。
少しだけ絶望感が戻ってきた雅道であった。