ファンタジー世界は突然に
重い剣を持って歩く一人の男がいた。
男の名は空野雅道。さっきまで竜が丘高校の入学生···だったはずの男だ。雅道は今、現実を受け止めきれずにいた。
「なあ、俺ってさっきまでお前と一緒に教室に向かってたよな?」
雅道は隣で楽しそうに歩く女子生徒に話しかけた。
「そうね!でもここはもうそんなつまらない学校とは違うわ!ファンタジーの世界なの!」
ー良かった。どうやら頭のネジが外れているのは俺だけじゃないらしい。この楽しげな女もここがファンタジー世界と認識しているようだ。雅道は大きなため息をついた。
ー一体俺が何をしたっていうんだ。ただ新しい高校生活をエンジョイしようとしただけじゃないか。それなのに何でこんな訳の分からない事をしているんだよ・・・。
この訳の分からない世界に困惑する雅道だったが何となくここに来た原因は分かっていた。とはいってもそれは根拠のない原因だ。
雅道が思う原因はまずあり得ないことなのだが、この世界自体があり得ないのだから、その原因が成り立ってもおかしくはないだろう。
その根拠のない原因とは今まさに隣にいる女子生徒ー『夢野未瑠』が言い放った一言だった。
※※※※※
雅道は心が踊っていた。高校生活初の生徒との会話、しかも女子生徒だ。ただ一緒に教室に行こうと誘っただけなのだがそれでも雅道にとっては大きな進歩であり、喜びであった。さらに話しかけた女子生徒はとても制服が似合う、可愛らしい女子生徒だった。
女子生徒は雅道を見た。
ーヤバイ!女子と目があった!しかも結構可愛い!そんなに見られると恥ずかしいって!いや、俺が声かけたから当たり前なんだけどさ!
そして女子生徒は雅道の誘いにこう返した。
「いいわよ。アンタ童貞っぽいからナンパじゃなさそうだし。」
「・・・え?今何って言った?」
「言った通りよ。童貞っぽいからいいって言ってるの。」
「あ、そう。ありがとう・・・。」
ーこのクソ女ぁぁぁ!『何が童貞っぽい』だコラァァァ!!何初対面に喧嘩売ってんだよコイツ!!いや、実際童貞だけどさ!
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結局雅道はこの女子生徒と教室に行くことになった。
ー最悪だ。計画は完璧だったのにこの女のせいで第一の作戦は失敗だ。まさかこんなクソ女だったとは・・・でもとにかく会話はしないとな。
「ねぇ、キミも1年生だよね?キミはどこのクラスなの?」
「2組」
「え?2組?俺と同じじゃん!」
「ふーん」
「・・・」
「・・・」
ーつ・・・続かねぇ!!!コイツ会話キラーかよ!全く会話続ける気ないじゃねーか!!
結局教室近くの階段まで無言で来てしまった。最悪だ。次の計画を実行するためにこの作戦は諦めようと思っていた矢先だった。
「ねぇ、アンタってさ。ゲームとかする?」
「え?あ、うん。たまにだけど。」
余談だがたまにというのは嘘だ。雅道は毎日のようにゲームをする。
「ならさ、このゲーム知ってるでしょ?」
と言うと女子生徒はカバンからゲームソフトを取り出した。パッケージにドラゴンが大きく描かれており、雅道にも馴染みがあるゲームだった。
「それって確か『ドラゴニックファンタジー』だよね?」
「そう!これ最近始めたんだけどとても面白いのよね〜!何かやっててワクワクするっていうかさー!」
雅道は驚いた。まさかこの女子生徒がここまでコアなゲームをやっていたとは・・・『ドラゴニックファンタジー』は20年前に流行ったゲームソフトなのだが、それを知っている高校生活なんてそこまで多くはない。しかも最近始めたとはなおさら驚きだ。
教室に行くまではしばらくこのゲームの話で盛り上がった。雅道もこのゲームの話を周りとしたことがなかったので計画を忘れて盛り上がってしまった。そしてすぐに教室の前のドアについた。
「あ、もう教室だぞ。」
「え!?もうついたの!?もう少しこのゲームの話したかったんだけどな〜・・・ねぇ、アンタまぁまぁ話のわかるやつだったから特別に自己紹介してあげる。私の名前は『夢野未瑠』よ。覚えときなさい!」
「おう、よろしくな。」
「んじゃ、教室に入りましょ。あ〜あ。ここが『ドラゴニックファンタジー』の世界だったらいいのにな~。」
その瞬間背筋が凍るようなゾクッする感覚が雅道を襲った。
ーなんだ!?今の感覚、味わったことない感覚だったぞ!?
きっと気のせいだと思った雅道は教室のドアを開けた。するとそこには高校の教室・・・が広がっているはずなのだが何かおかしい。灯りは蛍光灯ではなく何故かたいまつが使われており、甲冑やマントをつけている人が何人もいる。入学予定者をある程度調べていた雅道にはそれが生徒たちだとすぐにわかった。そして教官らしき人がこちらを睨みつけている。この人物も雅道は知っていた。体育教師の山崎先生だ。
「おい!貴様ら!来るのが遅いぞ!」
山崎先生は雅道たちを罵倒した。
ー入学式でコスプレしてこいなんて知らないぞ。何なんだこいつら?
「え~、今から西の洞窟のドラゴン討伐について説明する。」
ーは?ドラゴン?討伐?こいつら頭どうかしてんのかよ?
「ドラゴンがこの王国に現れてはや2年、この世は暗黒に包まれた。その恐怖から救うために君たち勇者は旅立たなくてはならない。君たちにはここにある武器から自分にあったものを持ってドラゴンの討伐に向かってもらう。もちろん報酬はだす。さぁ、勇者たちよ!今こそ旅立ちの時だ!いざ!ドラゴン討伐へ!」
ーこの人真面目な顔して何て恥ずかしいこと言ってるんだよ・・・。しかも内容が『ドラゴニックファンタジー』と丸被りだしよ・・・ん?『ドラゴニックファンタジー』?
雅道は未瑠の方を見た。彼女は目をキラキラさせて興奮している。
ーまさかとは思うがこいつがこの変な環境をを作ったのか?この世界観に変わったのもさっきの感覚があってからだし・・・。とにかく今はこいつらに従うしかなさそうだ。
「おい、未瑠。武器を持ったらすぐにここを出るぞ。まずは外の世界を見に行こう。」
「アンタに命令されなくてもそうするわよ。うわー!ここが念願のファンタジー世界ね!」
ーこいつ、この状況を何とも思ってないのか?そんなことよりまずは外の確認だ。
そして前にあった大剣を持って部屋を出た。大剣を選んだのはもしここが『ドラゴニックファンタジー』と同じ世界なら大剣が一番攻撃力が高いからだ。未瑠がロッドを手に取ったのを確認した後二人は外に出た。
そこには見たことのない、いや、ゲームで見た城下町が広がっていた。一瞬感動を覚えた雅道だったがすぐに我に帰り、自分がただの高校生だということを思い出した。そして同じく感動を覚えていた未瑠の手を引いて町を出た。未瑠が何か文句を言っていたが雅道はよく覚えていない。
※※※
それから雅道は未瑠と共にフィールドを歩いた。とりあえずお金がいると考えたからだ。無理やり連れ出して未瑠はまだふてくされていたが、聞かなければならないことを思い出し、渋々話しかけた。
「なぁ、お前ってステータスどんくらいだった?」
「うっさいな!いま確認するから待ちなさいよ!このタコ!」
この質問は結構重要だった。この世界が『ドラゴニックファンタジー』と同じだとしたらプレイヤーは始めるときランダムにステータスが振り分けられているからだ。この世界でも『ステータスが見たい』と思えば目の前に数値化したステータスが浮き出る。ついでに雅道のステータスはレベル1で平均的なステータスだった。
「あれ?」
「ん?どうしたんだ?」
「私のレベル80になってる。」
「・・・え?」
そんな事はないはずだ、と雅道は思った。このゲームはランダムにステータスが振り分けられているとは言ったが振り分けられるレベルは最高でもレベル5だったからだ。
「なぁ、もしかしたらお前って実際の『ドラゴニックファンタジー』でのレベルって・・・」
「レベル80ね」
「んじゃあ、まさか持ち物も・・・」
「あ、入ってるわね。ゲームで使ってる装備とか道具も」
「おいいいい!それもうクリアできる条件揃ってるじゃねーか!」
雅道はここで悟った。この世界が変わったというよりは、この女を中心とした世界に変わったということを。それと同時に安堵した。この女がいればこのゲームをクリアして実際の世界にもどるのではないかということを。
「そうとなったら決まりだ!早速西の洞窟に行くぞ!」
「え?嫌だけど?」
雅道の安堵はつかの間に終わったのだった。