第八話 不安な協力者
昔から、誰かに頼るというのが苦手だった。正確には、直接頼み事を伝えることが、出来ない性分だった。
「悩みがあるなら相談に乗るよ」
そんな優しい言葉に苦痛を感じる。
「助けて」と言えないから、誰かが察して、勝手に助けてくれるのを、ただ待っているだけの卑怯者。なのに、時雨殿には、いとも簡単にすがりついた。
「そうか、そんな事が。辛い思いをしたね」
まるで、自分の事のように、悲しそうな顔をなさる。
「しかし、それならば急いだ方が良いな。今は六月に入ったばかりだから、東市が開いている。早く何とかしないと、被害者が一気に増えるではないか。主上には私から報告しておくが、市を閉めるのは難しいだろうな」
「時雨殿は、信じてくださるのですか? こんな話」
「そりゃ信じるよ。嘘を言っている顔ではないからね」
私は、良成を理解して貰えたような気がして、嬉しかった。ずっと悔しかった。心根の優しい正直者だった良成が、嘘つき呼ばわりされていた事が、たまらなく悔しかった。それがようやく報われたのだから、嬉しいに決まっている。
そして、時雨殿の協力を得られたことで、事態はあっさりと好転してゆく。
だが。
「そうなると、白鷺に頼むのが手っ取り早いな」
「いつぞやに仰っていた陰陽師の方……でしょうか」
「ああ、そうだよ。お前さんには、源陰陽師と言った方が分かりやすいかな」
「え。源陰陽師というと……西の……?」
「そう、それ。西六条の主って呼ばれてる奴」
時雨殿の口から出た名前に、先程までの安心感がどこかへ行ってしまった。
「では早速、今日の午後にでも白鷺の邸に赴くとしよう。仕事が終わり次第、私の方から民部省に顔を出すから、待ってておくれ」
私に最大の安心感をもたらしたその人は、新たな不安材料を残して立ち去った。私も仕事に戻ったが、はかどることは無かった。
『西六条の主』
時雨殿が親しくしているという彼は、とんでもない奇人として有名だった。
まず、まともにその姿を見たという人間が、ほとんどいないのである。私も陰陽寮にはよく行くが、それらしい人物を見かけた事は無かった。噂によると、彼は西六条の邸から、ほとんど出て来ないのだという。
その邸は、二町及ぶ広大な敷地を持っているそうで、彼の身分を考えれば、有り得ない規模である。さらに彼は、邸の周囲をことごとく開拓し、そこらにいた浮浪者を雇って、田畑や民家を建てさせている。
六条の西端を四町ほど開拓すると、今度は南に向かって整地を進めた。これだけの広い土地を自由に使っているので、何か特権でも持っているのかと思いきや、全て彼が『勝手に』やっているというのである。もっとも、右京の南側は使い勝手の悪い土地柄であったから、文句を言う者は一人もいないのだが。
その他に事実として判明している事といえば、私より一つ年上であること。源姓を名乗っていることから、宮家の血を引いているであろうことくらいだった。
事実確認の取れない噂話としては「西六条で百鬼夜行を見た者がいる」「源陰陽師は人間ではない」「西六条邸の門をくぐると、二度と外に出られない」など、不可思議で少々物騒なものが多い。良成のこともあるので、これらが全て嘘とは言い切れない。時雨殿の紹介とはいえ、不安である。
「確かに、白鷺は少し変わっているよ。噂話も半分くらいは当たってるかな」
件の人物と対面する日、不安を拭おうと彼の人柄について尋ねる私に、時雨殿は笑って返した。
揺れる牛車の中、ますます不安を募らせる私を、面白がっているようにも見える。
「そうそう、西市のあたりで牛車を降りるよ。そこからは徒歩で向かう」
「それは良いですけど…何でまた?」
正直、全然良くない。まだ日は高かったのだが、百鬼夜行に遭遇したらどうしようと、この時の私は本気で怯えていた。
「白鷺の邸が近付くと、牛が怖がって歩かないんだ。私も歩くのは面倒だから、牛車で行きたいのたがね」
動物は人間よりも、霊的なものに敏感だと聞く。やはり、何か得体の知れないものが、居るのかもしれない。せめて、心の準備だけでもしておこうと思った矢先、牛車の揺れが止まった。
「牛が足を止めました。ここからは徒歩でお願いします」




