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居待ち月の夜に  作者: 峰丘 馨子
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第七十三話 背景


 「お手数おかけして申し訳ありません」


 私はそう言いながら、西六条邸の一室へと入った。待っていたのは白鷺殿と明星、私の少し前に到着していたという時雨殿。仕事が立て込み、午後になっても帰れずにいた私の元に、白鷺殿から呼び出しがあったのである。明星が無常姫の件を白鷺殿に相談したとかで、時雨殿も交え、話し合いの場を設けようとのことだった。


 「少輔も来たことだし、始めようか。まず、明星君。無常姫とのことを、もう一度話してごらん。その後で、少輔の話も聞こう」

 「はい」


 白鷺殿は、改めて、明星と無常姫の間にあったことを、全員で確認したいと言う。


 「方違えで、普段とは違う道を通った時に、崩れた築地を見かけました。それほど大きく無い邸でしたが、その中に、女房らしき人が頻繁に出入りする部屋があったんです。若い女性の住まいやもと思いました。気になって眺めていたら、御簾の隙間から白い指を出して、女房にあれこれ指示を出す人がいるではありませんか。


 そこが寂しい感じの場所だったこともあって、僕は興味を持ちました。最初は、恋とか、そういうのじゃ無かったと思います。文を交わしている内に……です。けれど、彼女は自分のことを何も話しません。


 『無常姫と呼んで欲しい』としかおしゃらないんです。歳は、声の感じや、乳姉妹だと言う人の年齢からして、多分僕と同じくらいでしょう。素性を明かさない以外に変わったことはなく、趣味の良い、賢い姫です。その姫が、父上のことを聞くなり、私に『もう来ないで』とおっしゃいました。姫だけでなく、女房達も顔色を変えたように思います。見送った女房に事情を聞いても、話して貰えませんし、ならば父上に伺うしかないと思った次第です。なのに、父上は自覚が無いのか記憶が無いのか知りませんが『自分には分からない』と……」


 言葉の選び方から、まだ私への怒りが冷めていないと察せられた。ともかく、明星は一刻も早く、無常姫との仲を修復したいのだろう。それには、私の無常姫の関係が重要になってくる。


 「じゃあ、次は少輔の番ね。無常姫と、何かあった?」


 この人は、私が何も分からないと知っていてこう言うのだ。それを少々意地悪く思ったが、私は、自分が無常姫と関わったことが無いとする根拠を、ここに示した。


 「明星が怒って部屋を出た後、これまでに私が関わった女人を思い返してみました。でも、無常姫という女人は、その中におりません。ならば、無常姫と呼ばれるようになる前に出会った可能性は無いか、考えました。けれど、思い当たる人はおりません。


 素性を隠すのなら、見知った相手にも、自分の居場所を明かさないでしょう。ですが、私の知る姫に、行方の分からない方はおりません。そもそも『姫』と呼称される方と接点を持つこと自体、滅多にありません。時雨殿の供をして、お会いすることもありますが、基本、私は控えているだけで、何も話しません。それに、無常姫は明星と同年代なのでしょう? その年頃で関わりがある方となると、冬告げ姫以外におりません」


 私は、そう明言した。明星は、まだ納得していない様子だった。


 私は、無常姫が一方的に私を恨んでいるのではと考えたが、白鷺殿も似たようなことを思ったようである。


 「無常姫とやらが、自分の都合だけで、勝手に少輔を恨んでいるってことは無いの?」

 「姫はそんな人ではありません」


 白鷺殿の言葉を、明星は否定する。


 「なら、少輔を恨んでいる訳じゃないってことは無いかな。ほら、左大臣の末姫は、長いこと男嫌いだったけど、それは恐怖心からだったでしょ?」

 「千咲を怖がる奴なんていないだろう」

 今度は、時雨殿が否定した。


 「まあ、そうだよね。少輔が他人を怖がらせるなんてことは考えられない。ああ、見た目もそんな感じなんだっけ? んじゃ、こういうのはどうかな」


 白鷺殿の言葉に、皆が耳を傾ける。


 「彼女が少輔に対して、後ろめたさを感じている場合」

 「姫の側に非があるということか?」


 「まさか。それはあり得ませんよ」

 二人の言葉に、明星がそう返した。


 「別に、姫自身が問題を起こしたとは言ってないよ。身内が他人に迷惑をかけて、申し訳なく思うのは、自然なことでしょ? 私は気にしないけど」

 「つまり、父上に何かしてしまった人がいて、姫はその身内……?」


 白鷺殿は得意気に笑う。


 「そう考えると、該当する姫が一人いるでしょ?」

 「えっ……?」

 私達は一斉に白鷺殿を見やる。


 「ま、実際に迷惑をかけられたのは少輔じゃないんだけどね。ほらほら、忘れちゃった? いたでしょ。それなりに身分があって、悪巧みをして、それを君に暴かれちゃった、あの人だよ。無常姫もまた、その悪巧みの渦中にいたんじゃないかな?」


 明星は首を傾げたが、私と時雨殿は目を見開き、顔を見合わせた。確かに、無常姫がその人物の娘なら、全て説明がつく。素性を隠している理由も、私と関わりたくない事情も、理解出来る。


 私と時雨殿は、思い浮かんだその名を口にした。


 「権大納言ーー!」


 かつて、娘を東宮妃にしようと、桐宮様に呪詛を用いて、冬告げ姫誕生を邪魔した男。彼が東宮妃にと推していた娘こそが、無常姫なのだ。と、白鷺殿は推測したのである。

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